第6話 放課後 〜姫野舞子〜
「ひ、
震える健太の声にはっとする。
さきほどまでさんざん噂をしてきた人物が目の前に立っていたからだ。
消失していた時間がゆっくりと動き出す。
「えっ……」
ひめの……まいこ……
そう脳内でその名を繰り返すと同時にずいぶんひどいことを口走ってしまったことを自覚し、いたたまれない気持ちになる。
「へぇ」
作り物の人形を思わせる完璧な造形から声が発せられて再び飛び上がる。
そらしたくても視線は奪われたままだ。
「わたしの名前を、しかもフルネームで知ってるだなんて」
緩やかなウェーブがかった柔らかそうな髪を背に靡かせ、吸い込まれそうなほど大きな瞳をゆったり細めた彼女はおかしそうにくすくす笑う。
(き、きらきらしている……)
彼女が動くたびに暁は自身の目を疑う。
とても輝いて見えた。
もしも女神さまというものがこの世に存在するのなら、彼女ではないかと本気で思ってしまったほどに。
入学してからよく耳にした、『ヒメ』と呼ばれる存在を初めて真正面から目の当たりにし、暁はほかの三人同様に開いた口が塞がらない状態になっていた。
そして今日は、初めて目と目があった。声が出ない。
それと同時に思う。
(『ヒメ』というよりも、『女神さま』だ)
「
形のいい唇は、驚いたことに自分の名を告げた。
視線がこちらに向けられている。
「え?」
「わたしのクラス、五組でも、あなたのことはよく耳にするわ」
しかしその考えもそう長くは続かなかった。
「わたしもぜんっぜん興味がなかったけど」
耳を疑った。
この見るからにお花や妖精がまわりに舞っていそうなふんわりとした印象の女の子から発せられたものとは思えない、まるで刃のような言葉が、暁に突き刺さったからだ。
「勘違いの多い、バカ殿さん」
「なっ!」
ほんの一瞬の出来事だった。
「うわさに加えて中間テストも期末テストも連続で一位になってるから、どんな素晴らしい人なのかと思ったけど、たいしたことなさそうね。発想が低レベルというか、がっかり」
女神さまのような笑顔が突然、冷徹な悪魔の微笑みに変わった。
「な……」
「騙された女の子たちが可哀想」
ふふっと笑ってそれだけ言い残すと、彼女はすっと暁を隣を通りすぎ、なにごともなかったように廊下の向こうに消えていった。
ゆらゆらと揺れる長い髪にすらっと伸びた長い脚。
後ろ姿まで文句のつけようがなくて、それさえも嫌味に感じる。
「な……なな……」
ほんの少し、時間が止まったように感じた。
なんだかいい香りがしたような気がしたが、そんなのどうだっていい。
「な……」
言葉が言葉にならない。
「き、気にするな、暁……」
「そ、そうだよ、あっちゃん……」
封印の魔法がとけたように動き出した親友たちが慌てだし、これでもかというくらい真っ青な顔をした涼と健太があわててフォローを入れてくる。
「い、意外と気が強いんだな、ヒメさん……」
「ほ、本当に。ぼくもびっくりしちゃった……」
「で、でもよかった。よかったよ。おまえと彼女がうわさ以外のなにもなかったわけだし、なにかある前に本性もちゃんと見抜けたし……」
「涼、やめとけ」
逆効果だと静かに康長が呟いた時、すでに暁には聞こえていなかった。
「なんなんだよ、あいつ!」
(な、なにかあるなんて、じょ、冗談じゃない! うわさなんてぼくが望んだことじゃない)
「くっ……」
冷ややかな口調でいわれた『バカ殿』ということばが暁の頭の中を行ったり来たりする。
「く、くそ、なんなんだよぉーーーーー!」
誰もいなくなった放課後の廊下に、暁の雄叫びが響き渡った。
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