第5話 放課後 〜まばゆい光〜

 ぐっと拳に力を入れ、すっと息を吸う。


「そういえば三人とも、部活は?」


 手っ取り早い解決策第一、話題を変えることにした。


 こんなことで自分の心を乱している暇はない。自分に言いきかせる。


「大丈夫。俺とヤスは明後日から試合にむけての自主練期間中だから先輩たちもほとんど来てないからさ。今日はのんびりジョギングでもして帰るよ。なぁ、ヤス」


「いや、俺は最終の調整もしたいし、そろそろ行こうと思う」


「え、まじかよ。じゃ、じゃあ、やっぱ俺も行くよ〜!」


 二日後に試合を控えた陸上部の二人。


 一年生ながらにしてそれぞれ出番を勝ち取ったのだと聞いたのは少し前の話だ。


 冷静に鞄を持ち、立ち上がろうとする康長の姿に問題ないとけらけら笑っていたはずの涼も続いて慌ただしく立ち上がるしかなくなる。


 さきほどまでの余裕はどこへいってしまったのやら。


「あ、あっちゃん、ぼくらももう行かなきゃ……。掃除の時間とっくに終わってるし、また先輩おこられるよ~」


 窓から覗く入道雲は大きく青い空に広がっていて、セミたちもまだ全開に大声あげて鳴き続けている。


 日もまだずいぶん高いところにあってあまり放課後という感じがしなかったが、外ではすでにグランドに向かう生徒の声が聞こえ始めたところだった。


 健太も涼たちに続き、慌てて立ち上がる。


 同時に暁の腕を思いっきり引っ張りながら。


「あっちゃん、行こう!」


 時計の針はもうすぐ午後四時を指そうとしていた。


「カミナリ、きっと激怒してるよ~」


 健太の所属する剣道部では、四時をこえたらまず最後。


 鬼キャプテン金成かんなり(別名カミナリと呼ばれている)のカミナリが直撃で落ちるだろう。


 健太の……というか、実際には暁の所属する部活でもあるのだが。


「うーん。ごめん、健太。今日はこのまま帰るよ」


「え、うそ、なんで?」


 キャプテンのことを考えてか、真っ青な顔になる健太は不安そうに暁を見つめる。


「今日は家の用事があるから、まっすぐ帰りたいんだ」


 笑顔が引きつらないよう、努力する。


「違うだろ、暁」


「え……」


「女子にきゃーきゃー騒がれるのがイヤなんだろ」


「えっ……いや、ぼくは……」


 ふっと鼻を鳴らし、瞳を細める涼に内心どきっとする。


(な、なんでこいつはいつも……)


「おい、涼。俺はもう行くぞ」


 助け船か、そうでないのか。


 すっかり部活モードでいつの間にかジャージ姿になっていた信長が今度こそ出るぞと言わんばかりに三人に背を向けた。


「え、あ……ぼくも行くよ」


 そして健太も続こうとする。


「おまえもだ、暁! 嫌だから逃げようとするなんて、おまえらしくない」


「そうだよ、あっちゃん!」


「ほ、本当にぼくは……」


 涼と健太に力いっぱい引っ張られ、絶望的な気分になる。


(本当に、今日は行きたくないんだってば!それに……)


「暁?」


「ぼ、ぼくらしいってなに?」


「え……」


 廊下まで引っ張られた時、暁の頭の中が真っ白になっていた。


「ぼくらしいことだったらぼく自身が決める!」


 思わず声が大きくなっていた。


(ぼくは……)


「ぼくはぼくだから、ヒメって人にも興味はないし、これからだって興味を持つとは思えない。それに……」


 言いかけて、目の前にいる涼や健太、そして康長までも、言葉をなくして自分を見つめていることに気づく。


 しまった、と血の気が引いた。


「そ、それにぼくはどちらかというとああいう目立つタイプの女の子よりもっと落ち着いた女の子の方がいいから……」


 どうしたらわかってもらえるのだろうか。


 でも、信じてると言ってくれた彼らに対する程度でなかったのはわかる。


「あの……」


 慌ててフォローを入れるも彼らはさらに困惑した表情を見せる。


 そう。暁の背後に目を向けて。


「え?」


 ……そう思ったと同時に、うしろから、鈴の音のような声がした。


「こっちだって、まったくもってあなたに興味なんてないから安心したら?」


(え……)


 はっとして振り返った暁の目に飛び込んできたものは、はつらつとした夏の明るい太陽の光とはまた別のさらに眩くて明るい輝きだった。


 一瞬、本当に光だと思った。


 だって、目がちかちかするくらいきらきらして見えたのだ。


「あっ……」


 この人が、自分と変わらない年頃のひとりの人間だと気づくのに、少し時間がかかった。


 それはたった一秒くらいかもしれないけど、暁にはかなり長い空白の時間に感じられた。


 だけど、その名を暁は知っていた。

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