第4話 放課後 〜うわさのお姫様〜

「珍しくぴりぴりしてたけど、名誉なことだと俺は思ってるよ」


 涼がうんうんと頷きながら得意気な表情を見せる。


「だって、相手はあの、『ひめ』だぜ?」


 涼がまたケラケラ笑って、真顔の健太は顔を真っ赤にして大きな手で自身の顔を覆っている。


 康長だけはまたか、というように呆れた顔をしていて、三者三様の反応ではあったが、暁だけはその名を聞いて、不覚にもびくっと反応してしまった。


「秋にあるベストカップル賞の候補者ってやつにすでにお二人も入ってるって話だし、俺としては本気で応援したいと思ってるよ」


(あ、相手……? 応援……? ベストカップル……??)


 暁の中で、同じ単語がぐるぐるまわる。


 さきほどまで浄化され始めているようだった心の湖に、黒いもやがまたじわじわと広がり始める。


 その名を聞くと、いつもそうだ。


「もう、諦めろ、暁。みんなはおまえらをなんて呼んでるか知ってるか?」


「…………」


 知ってはいたが、絶対に認めたくない。


「おかしい……」


 子供っぽいとはわかっていた。


 感情をあらわにするなんて、未熟者のすることだ。そう思っていた。


「そもそもこの言い回しがまずおかしい。『ありけり』ってなに? 過去形になってるけど、この言葉って、『いました』ってことでしょ? ヒメは『いました』というか、『います』だと思うけど? 現在進行形でヒメって人は存在してるし……」


 それでも暁は屁理屈を並べて言い返すことしかできなかった。


 一体何なんだと声を荒げたくなる。


 その名を聞くと、余裕がなくなる。


 自分にとってこれ以上にない一番最悪だと思える態度だ。


 そう。


 『姫』と呼ばれる人物はちゃんと五組に存在しているのだ。


 だからこんな、バカげた噂が突然流れ出したのだけど。


「誰が決めた言葉なのかは知らないけど……ぼ、ぼくは……」


「はーいはいはい。悪かったよ。おまえほど頭よくないし、言ってる意味わかんねぇよ」


 降参というように、涼は両手をあげる。


「古文だよ。これから習うから、先輩たちは知ってるはずだよ」


(なのになんでこんなバカげたあだ名、つけたがるんだ?)


 しかもそのバカげたあだ名をつけられた張本人が自分だと思うと、情けなくなる。


「あっちゃんのことは、ぼくも誇りに思ってるよ」


 憤る自身を抑えようと必死の暁とは反対に健太はすごく嬉しそうだ。


「中学に入ってから、学校中にあっちゃんの魅力が伝わった。今はもうあっちゃんのことを知らない人はいないし、人気だってぶっちぎりだし……誰もが認める女の子とうわさされるのってすごいなって……あ、でも、まぁあっちゃんは頭もいいし運動神経もいいから当然……」


「もういい」


 小さい時からずっと、健太が喜ぶ顔は好きだ。


 見ている自分までほんわかしてきて幸せになれるから。


 暁はそう思っていた。


 でも、今回ばかりは違った。


 この話題になると、どうしても落ち着かなかなくなる。


 親友たちにだって、何を言ってしまうかわからない。


 これは暁の中での大問題だった。


 心のどこかでそんなことはないと否定していたかったが、暁自身もようやくそのことを自覚するしかなかった。

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