第3話 放課後 〜噂と複雑な心境〜

「仕方ないよ、殿だもん」


 誰もいなくなった教室で幼稚園からの親友の一人、太井田健太ふといだけんたがどこからともなく取り出したバナナを口いっぱい頬張りながらケロッとした声を出したとき、ピクリと動いた頬にこれはさすがにまずいと思った。


「あ、でも、殿は殿でも王子様か……」


 意味のわからないことを一人で呟き、健太は少し困った顔をした。


「あっちゃんかっこいいし」


 太井田健太。


 名前に負け劣らず大きな図体ではあるが、迫力があったり怖そうに見えないのが不思議だと今日も暁は思ってしまう。


「なぁーに二人揃って悩みこんでるんだよ。健太、あんま暁をいじめないでくれよ」


「……人のこと言えないだろ、りょう。どう見ても楽しんでるくせに」


「ちょ、ヤス、誤解を招くようなことは言わないでくれよ~」


 彼らも掃除が終わったのか、同じく親友たちである葉島涼はしまりょうがいつものように陽気に教室内に入ってきて、その後ろに続く仙石康長せんごくやすながが呆れた視線を投げかけている。


「ち、違う! いじめてたんじゃなくて……」


「殿は殿でも見た目は殿というより、白馬に乗った王子様。要するにそういうことだろ?」


「ちょ、涼くん……」


「てか健太……おまえ、どっから出してきたんだよ、そのバナナ……弁当のときも食ってなかったか?」


「えっ、涼くんも欲しい?」


「いらねーよ。おれは体型キープしてるんだから」


「ひ、ひっど~い。これでもぼくもダイエットしてるんだからねっ!」


「どうだか~」


 これはいつもの光景だ。


 なんだかんだで傍目に見ても二人はとても仲が良く見える。


 こんなやりとりもいつもは微笑ましいとさえ思っていた。


 そして、さらにからかわれる健太にそろそろたすけ船を出していただろう。


 しかし、今日は違った。


「おい、いい加減にしておけ」


 静かに響く康長の声にはじかれたように健太も涼も動きを止める。


 ただその姿をじっと見ていることしかできない自分に気付く。


 罰が悪そうに振り返る涼と健太。


 べつに、康長は怒ったわけでもないのに、彼の言葉には重みがあった。


「た、たしかに。名前だけで言ったらヤスのがずっとかお殿様っぽいもんな」


 動きを止めたのも束の間、ははっと懲りずにいい笑顔を作る涼を無視して、康長は暁に視線を移す。


「気にするな、暁」


「え……」


 目の前で繰り広げられる漫才のような涼と健太、それに喝を入れる康長の相変わらずのやりとりを毎度のことながらただただ眺めていただけの暁はいきなり自分に話題が振られ、戸惑う。


「眉間にしわが寄ってる」


 え? 誰の?


 と思ったと同時に、暁は自分が笑えていないことに気付く。


 康長も同じような顔をしたつもりなのか、かなり迫力のある表情になり、暁に見せた。


「ウワサなんて気にしなくていい」 


 見透かされたようで、ドキッとした。


 こんなこと、今までそうなかったと思う。


「すぐおさまる」


「そ、そうだよ、あっちゃん!」


「そうそう。おれらはわかってんだし、いいじゃん!」


 ぶっきらぼうに、それでもいつもながらフォローを入れてくれる(つもりらしい)康長に続いて、健太が頷き、涼がにっと笑う。


 ああ……とそれぞれの顔をゆっくりと見渡し、ふうっとため息を付く。


「……あ、あっちゃん?」


「大丈夫」


「え?」


「ありがとう。ちょっとは落ち着いたよ」


「ええっ!」


 彼らを見ていると、自分が何に怒っていたのかわからなくなることがある。


 いつもふざけてバカをして、からかってくることもあるけど涼は優しいし、天然な健太はしょっちゅう放送しているけど、そこのところを一番おとなな康長がまとめてくれる。


 彼らはなんだかんだで暁の心の支えになってくれている。


「それにしても健太、あっちゃんって……。もう小学生じゃないんだから……」


 にっと笑って見せると健太もにかっと笑って返してきた。


 この不思議な安堵感はなんだろうか。


 このときはまだ明確な理由はわからなかったけど、暁は親友たちの存在にとても感謝をしていた。

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