03 クリームシチュー

 呉葉さんが仕事をしているときは、俺はリビングで映画を観ていた。テレビボードと繋がっていたキャビネットには、古い映画のDVDが大量に納められていた。

 俺はもはや着替えを洗濯するときしか自分の部屋に帰ることはなかった。三食全て呉葉さんと一緒にとった。食費は彼持ちだ。


「伊織くん、終わったよ。今日は晩ごはん、僕が作ってあげる。スーパー行こうか」

「はい!」


 乾いた風が吹きすさぶ冬の道を呉葉さんと歩いた。俺は歩調を彼に合わせた。彼の手を繋いでみたかったが、さすがに外ではやめた。


「伊織くん、何食べたい?」

「クリームシチュー! 作れます?」

「ああ、あれなら簡単だよ」


 スーパーのカゴは俺が持った。呉葉さんが、鶏肉、タマネギ、ジャガイモ、ニンジン、ルーを入れていった。

 俺はチョコレートも追加した。棒についたやつだ。小さい頃は、虫歯になるからとなかなか買ってもらえなかった。


「あはっ、伊織くんは子供っぽいな。そこが可愛いんだけど」


 そう言って、顔をくしゃくしゃにさせて微笑む呉葉さんの存在は、俺にとって無くてはならないものになっていた。

 呉葉さんとなら、これからも一緒に生きていける。無職で何の取り柄もない俺を拾ってくれた。俺の幸せは彼と共にあった。

 帰宅して、呉葉さんがキッチンに立っている間、俺はソファに寝転んでいた。トン、トン、という野菜を切る音で、祖母のことを思い出した。

 そういえば、バイトをクビになったことすらも祖母には告げていない。そろそろ帰ってこいと言われそうだったが、どうしたものか。

 俺はキッチンの入り口に立ち、呉葉さんに声をかけた。


「年末年始はどうするんですか? 帰省とかするんですか?」

「いや、こっちに居るよ。伊織くんは帰るの?」

「帰りたくないです。呉葉さんと居たいです」

「甘えん坊め」


 俺は祖母に電話をかけた。バイトが忙がしくて帰れそうにないと嘘を並べた。母が死んでから俺を育ててくれた人だ。顔を見せないことに少し罪悪感はあったが、呉葉さんと離れることの方が嫌だった。


「はい、できたよ」

「わあっ!」


 ニンジンが星の形にくりぬかれていた。俺はそれをスプーンですくった。


「呉葉さん、これ凄く可愛い!」

「伊織くんが喜ぶと思ってね」


 俺は二杯もクリームシチューをおかわりした。呉葉さんは目を細めて、そんな俺のことを見ていた。

 呉葉さんが片付けを始めた。俺はチョコレートを食べた。棒についた欠片をしゃぶり、舐めつくした。


「伊織くんったら、口についてるよ」

「えっ?」


 口元を呉葉さんにぺろりとされた。俺はくすぐったくて笑った。そのまま、甘ったるい味のするキスをした。


「一杯やろうか。いくつかのカクテルなら僕でも作れるんだ」


 呉葉さんが作ってくれたのは、あの日ご馳走してくれたジンライムだった。


「これをシェイクしたら、ギムレットっていうカクテルになるんだ。さすがにそれは作れないけどね」

「俺、このジンライムが好きです。バーで飲むより美味しくかんじます」

「ははっ、それは買いかぶりすぎだよ」


 ほどよい酔いが回ってきたところで、呉葉さんはキスをくれた。俺はもう、彼にしっかりとしつけられていて、どうすればいいのか身体が覚えていた。


「伊織くん、ベッド行こうか」

「はい……」


 俺は指と舌を使って呉葉さんの細い身体をなぞった。薄い胸も、浮かんだ肋骨も、その全てが愛おしかった。

 呉葉さんが指を入れてきた。俺はふうっと息をついた。


「もっと声、出してもいいんだよ?」

「恥ずかしい、です……」

「嫌でも声出るようにしてあげる」


 その日はいつもと違って激しく攻めたてられた。俺は初めてやめてください、と言った。しかし、呉葉さんは口を歪ませて笑うだけだった。俺はたまらず嬌声をあげた。


「呉葉さんっ……呉葉さん……」

「僕のこと、好き?」

「好きです……好きですっ……!」


 身体中に痕もつけられた。シャワーを浴びながら、俺はその一つ一つに触れた。まるで呉葉さんの所有物になったようで、それを思うとまた熱がこもった。


「俺、呉葉さんに出会えてよかった」


 ベッドで寄り添いながら、そんな言葉を吐いた。


「うん。僕も伊織くんに出会えてよかった」

「ここまで誰かを好きになったの、初めてです。俺、ずっと呉葉さんの側に居ますから」


 俺にはもう、呉葉さんしか居ないと思った。ありとあらゆることを教えてくれた、愛しい人。彼の言うとおり、素直にしていることが、俺の生き方だと信じていた。


「そうだ、呉葉さん。俺、もうすぐ誕生日なんです。十一月二十二日」

「あー、その日は確か飲み会入ってるわ」

「そうですか……」

「別の日にお祝いしてあげる。ごめんね?」

「いえ、いいんです」


 寂しさはあったが、俺は呉葉さんを信用しきっていた。埋め合わせがあることを楽しみに、俺は眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る