02 呉葉

 並んで歩いてみると、呉葉さんは背が低かった。百七十センチそこそこじゃないだろうか。身体つきも華奢で、だが、どこにそんな力があったのか、俺はベッドに突き飛ばされた。


「伊織くん、いい子にしてるんだよ。僕が全部教えてあげるから」


 覆い被さるようにして呉葉さんがキスをしてきた。舌を絡ませ、ねっとりと長く。俺はそれだけで反応してしまった。初めての刺激というのはこれほどまでに強烈なものか。


「可愛いね……僕は伊織くんみたいな男の子が大好きなんだよ。悪いようにはしないよ。言うこと聞けるよね?」

「っは……はい……」


 呉葉さんの白い小さな手で俺は服をはがされた。勢いでここまできてしまったが、会ったばかりの男とこんなことをしてしまっていいものやら、まだ迷いがあった。でも、後には引けない。


「ふふっ……自分でしてるでしょ。指、すんなり入っちゃったね」

「あっ……」


 自分の意思では制御できない動きに、俺は翻弄された。吐息が漏れ、シーツを握る手に力が入った。


「ああ、でも、きちんと慣らしてからじゃないとね。今夜はここまで。僕の、舐めてみる?」

「はい……」


 呉葉さんは口に押し当ててきた。歯を立てないようにして慎重にくわえこむ。それから彼はどうやればいいのか教えてくれた。俺の拙い動作をどう思っているのかは知らないが、彼は優しく髪を撫でてくれた。

 それから、体勢を変え、今度は呉葉さんにしてもらった。激しい口の動きに俺はたまらず呻き声をあげ、彼の口内で果ててしまった。


「良かったよ、伊織くん……一緒にシャワー浴びようか」

「でも、まだ、呉葉さんが」

「僕はいいの。じっくりね? 今夜だけで終わらせる気ないから」


 風呂場で抱き締め合い、シャワーの湯にかかりながら、もう一度キスをした。俺はさっきの呉葉さんの言葉が嬉しかった。もうこの時点で完全に、俺は彼に落ちていた。


「好きです、呉葉さん」

「僕も大好きだよ、伊織くん」


 呉葉さんは大型犬を乾かすかのように、俺の身体をバスタオルで拭いてくれた。誰かにそうされることなど幼児の頃以来だ。俺は両親のことを思い出した。


「俺の母親、自殺したんですよね」


 そう打ち明けた。父がよそに子供を作り、離婚したこと。母がそれから酒びたりになったこと。母は父が新しい家庭を築いたことを呪いながら死んでいったこと。

 呉葉さんは、タバコを吸いながら、神妙な顔つきでそれを聞いてくれた。俺も一本もらった。


「そっか、辛かったんだね」

「俺も父親を呪ってます。いつか殺しにいきたいぐらい」

「人殺しはダメだよ、伊織くん。それよりも、もっと苦しめる方法はきっとあるさ」


 温和そうな呉葉さんがそんなことを言うのが意外だった。まだ聞いていないだけで、彼も苦い経験をしてきたのだろうかと感じた。

 呉葉さんにせがまれて、俺は腕枕をした。頭の重みが俺には心地よかった。誰かと一緒に寝るなんて何年ぶりだろうか。


「おやすみ、伊織くん」

「おやすみなさい……」


 今夜は沢山の刺激を呉葉さんに与えてもらった。俺はすぐに眠りに落ちた。目が覚めたのは、コーヒーのいい香りと共にだった。


「伊織くんも飲む? 砂糖とかいる?」

「いえ。ブラックで」


 昨夜はそのままベッドに直行したのでよくわかっていなかったが、リビングには広いダイニングテーブルとソファ、大きなテレビがあった。

 俺は椅子に座り、コーヒーを頂いた。部屋はスッキリと片付いており、呉葉さんの几帳面さが伺えた。彼が壁掛け時計を見て言った。


「もうすぐお昼だよ。何かデリバリーしようか」

「はい。お腹、すいてます」


 呉葉さんはピザを注文してくれた。俺は辛いものがダメなので、子供が好みそうなホワイトソースのやつにしてもらった。

 このマンションには、リビングの他に二つ部屋があるらしく、一つは昨夜眠った寝室、もう一つはパソコンが置いてある仕事部屋とのことだった。


「呉葉さん、こんなに広いところに一人で暮らしているんですね」

「そうなんだ。だから人恋しくてさ。伊織くん、また泊まりにきてよ。いつでも待ってる」


 俺はその言葉をまともに受けて、足しげく呉葉さんのマンションに通った。彼は毎回、柔らかな笑みで俺を出迎えてくれた。


「……呉葉さん。今日は準備、できてます」

「じゃあ、しようか。大丈夫。全部僕に任せて」


 冬が訪れた十一月のことだった。俺の身体は呉葉さんを受け入れた。多少の痛みはあったが、それ以上に甘美な快楽で俺は酔いしれた。


「伊織くんは本当に可愛いね。ずっと僕の言うことを聞いて、素直でいるんだよ」

「はい。呉葉さん……」


 もう、仕事のことも、将来のことも、どうでも良かった。俺は呉葉さんのところに入り浸った。朝も夜も彼と過ごし、あらゆる言葉を尽くして愛情を伝えた。

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