平地に波瀾を起こす
三鹿ショート
平地に波瀾を起こす
彼女は、揉め事を起こすことを好んでいた。
厳密に言えば、好んでいるという表現は、正しいものではない。
彼女にとっては、呼吸をするような、至極当然のことだったのである。
仲が良さそうな人間たちを目にすると、個別に接触し、仲良くしている人間が自分の悪評を広めていると告げ、殴り合いの喧嘩をさせた。
結婚を考えているような恋人たちを目撃すると、彼女は男性と関係を持ち、女性には男性から暴力を振るわれたなどと告げ、破局させたこともあった。
私が彼女の標的と化さなかったのは、親しい人間が皆無だったためだろう。
彼女は自身の行動によって他者の人間関係が破壊されていくことを誇ることもなく、淡々と作業を続けていた。
面白がるわけでもなく、恨みによる行動でもない。
だからこそ、彼女は恐ろしい存在だった。
***
不思議なことに、彼女は自身が関係を破壊させた人々から報復されることがなかった。
それは、その人間たちが彼女に嵌められたと気が付いていなかったことが理由だろう。
喧嘩別れした相手とはその後も連絡を取ることがないために、互いの誤解を無くすことができないのである。
ゆえに、彼女は他者の人間関係を破壊し続け、彼女が歩いた後の道には、憎しみや暴力が蔓延することになってしまっているのだった。
***
一度だけ、何故そのような行動に及んでいるのかと彼女に訊ねたことがある。
人間に呼吸をしている意味を訊ねるような阿呆の質問だったが、彼女は気分を害した様子も無く、それどころか何の表情も浮かべずに、
「争いは、人間を成長させるものですから」
まるで、自分が人間たちの人生を簡単に動かすことができる超常的な存在であるかのような発言だった。
だが、果たしてそれは正しいのだろうか。
関係が破壊された人々のその後を追っていくと、ほとんどの人間が、以前の生活の方が充実しているように見えた。
例えば、結婚が近いとされていた恋人と破局した男性は、その後は新しい恋人を作ることもなく、孤独な毎日を過ごしていた。
毎週のように恋人と過ごしていた時間は、今では自宅で黙々と読書をするものと化していたのである。
それを伝えると、彼女は私に目を向けることもなく、
「恋人と過ごすことに喜びを感じたとしても、読書によって得られる知識の価値と比べれば、大したものではありません。その男性は、それまでと立ち居振る舞いが変化しているのではないですか」
言われてみれば、その男性は、以前よりも落ち着いた言動をするようになっていた。
恋人が存在していた際は、他者が向ける迷惑そうな目に構うことなく過ごしていたことを思えば、人間的には成長したといえるだろう。
しかし、それがその男性にとって、幸福な生活なのだろうか。
私の疑問に対して、彼女が答えることはなかった。
***
もしやと考え、彼女が関係を破壊した人々を当たってみると、良い変化と言えば良い変化が訪れているように見えた。
とある友人と関係が終焉を迎えた女性を例にする。
その女性が友人と離れて正解だと言えるのは、その友人が、他者に借金を押しつけて逃亡するような人間だったからだ。
もしもそのまま親交を深めていれば、友人の頼みならばと連帯保証人と化していた可能性が存在するのである。
彼女が関係を破壊した人間たちは、結果的に、良い未来を迎えることができたといえるだろう。
だが、人々は避けられた災難の存在を知らなかった。
ゆえに、人々にとっては、親しかった相手と喧嘩別れしたという事実しか知らず、彼女の行為が自身の未来を救ったということもまた、知らなかったのである。
事実を知れば知るほどに、彼女の行為は褒められるべきものだった。
それを伝えれば、多くの人々から感謝されるのではないかと彼女に告げたが、彼女は首を横に振った。
「感謝されるために行動するようになった瞬間、私という人間の価値は零落するのです。ゆえに、私は自身の行動がどのような未来に繋がるのかなど、伝えるつもりは全くありません」
その会話を最後に、彼女は私の前に姿を現すことがなくなった。
おそらく、真実に気が付いた私が余計なことを周囲の人間たちに伝えると考えたのだろう。
確かに、彼女が伝えるつもりが無いのならば、代わりに伝えようかと考えていたことは事実である。
やはり、彼女は賢明な人間だったようだ。
今、彼女は、私が存在していない土地で、同様の行為に及んでいることだろう。
せめて私だけでも彼女の行為を称えようと思い、目を閉じた。
平地に波瀾を起こす 三鹿ショート @mijikashort
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