第三部パラダイス #27
さて、デニーは、真昼のことをぶん投げてから。そのまま、重力に身を任せるかのようにして。あるいは、星と星とが引き合うその力とじゃれ合うかのようにして墜落していったのだけれど。その途中で、デニーのことを追いかけるみたいに伸びてきたアンチ・ライフ・エクエイションの二重螺旋に激突した。
二重螺旋は、デニーと真昼と、二人に対する城壁として機能していたさっきまでとは異なって。既に、二つの螺旋が絡み合って捻じり合って、一本の大きな大きなキャンディみたいになっていた。そして、その頂点に、デニーは激突したということだ。
ずるん、とその内側に入り込んで。それから、どどどどっ!という感じで奥へ奥へと貫いていく。どこまでもどこまでも下方に向かっていくデニー。けれども、やがて、まるで毛繕いでもするみたいにして、くるりんとその身を翻した。姿勢を、墜落のそれから直立のそれにする。
そうして……デニーは、右手を軽く持ち上げると。中指と親指とを合わせて、ぱちんっと軽く弾いた。その瞬間、その命令に忠実に従って。二重螺旋の、デニーがいる場所を起点として、そこから上の部分が壮絶に凄絶に爆発を起こした。
それはただ単なる爆発というわけではなく、明確に破壊を目的とした爆発であった。二重螺旋が、デニーがいる地点から上、あたかもある種の兵器であるかのように、二本の鞭を振り回す兵器であるかのように、勢いよく回転しながらほどけていって。そして、デニーがいる地点までほどけると、そこから四方八方にアンチ・ライフ・エクエイションを飛び散らせたのだ。
当然ながら、狙うものがあった。デニーに向かって飛来していた砲弾、砲弾、砲弾、つまりゾクラ=アゼルの分裂体だ。二重螺旋の爆発は、あまりにも大量にその二重螺旋に食いついていた分裂体を、凄まじい勢いで振りほどいた。食いついていた分裂体は、あちらこちらに吹き飛ばされて。そして、こちらに向かって発射されたばかりの分裂体も、やはりアンチ・ライフ・エクエイションの爆発に巻き込まれてどこかに飛ばされていった。
そう、それは当たり前だった。当たり前の話だった。王だ、王だ、夜の王が戦場に立ったのだから。戦場は、綺麗に祓い清められて当然なのである。二重螺旋、デナム・フーツがいる場所から上は弾け飛び……デナム・フーツがいる場所から下は、約束の地となった。王が足の裏で踏むところは皆、王によってそうであると約束されたように、王の約束の地となる。
それは一人舞台のような形をしていた。あるいは、聖なる聖なる供物を乗せるための受け皿か。二重螺旋の一番上は、まるでそのような形の噴水であるかのように、外側に少しだけ湾曲した平面になっていた。直径にして五ダブルキュビトほどの円形の平面。それから、その円形の縁からまるで雨のようにしてアンチ・ライフ・エクエイションが降り注いでいる。
デニーは、いうまでもなく、約束の地の中心に立っていた。そこに立って、目の前、ちょうど正面、真っ直ぐ先にいるゾクラ=アゼルの顔を見ていた。ゾクラ=アゼルに顔というものがあればの話であるが、要するに長い長い蛇の胴体の先端ということだ。
にーっと笑って。
軽く首を傾げる。
いつものように。
いつものように。
「ほんとーはさーあ」「こーゆーことするのって、ちょーっとだけずるいことなんだよね」「だって、だって、契約の内容は、デニーちゃんが、ぜーんぶの力の、ほーんのちょこっとだけしか使っちゃダメーってことだし」「でもでも、この方法で、力を引き出しちゃダメってゆーのは、契約に含まれてなかったからね」「それに、この方法でばばーんって出来るのは、デニーちゃんの全力の半分くらいだし」「だから、デニーちゃんは、なーんにも悪くありませーん」「でもでも」「キラーフルーツには」「内緒だよ」。独り言みたいにそう言うと、くすくすと笑った。
まるで……そう、まるで舞踏のような有様によって。デニーは、洗練された動作、左手を上に向かって差し上げた。ゆっくりゆっくりと、食虫植物が獲物を消化するかのようにして、指先を蠢かせる。それから、右手を、軽く胸の前に差し出して。柔らかく開いた手のひらは、海の底で些喚く花弁のように。
左の足先を真っ直ぐに伸ばした。右のトウを立てて、時計の針が回転するかのようにして一度回転する。うっとりと、恍惚とした態度で上半身を傾けて。甘く、甘く、後ろに向かって背を反らせる。それから……両足を、真っ直ぐに直立させて。両腕を、上に向かって、捕食のように大きく大きく開いて。
あたかも、舞台の外側にいる観客に向かって挨拶をするかのように一礼をする。一続きのダンス、これは前菜のようなものだ。蜂蜜をかけたキャンディ。胸焼けがしてしまいそうに甘い。世界が喝采する音が聞こえる。アラリリハ、アラリリハ、主の栄光。これで、準備は整った。世界はデニーに魅了されたのだから。美しく、美しく、デニーは微笑むと。
その口。
聖句を。
口ずさむ。
「主によって自らのうちに、主によって底知れぬところに。生きながらにして光なき夜の洞窟に入れ。夜の樹、夜の樹、逆さまの祈り。樹の根元には九匹の蛇、枝葉の上には無頭の鷹。枝を手折れ、そして束ねよ。それこそ主の愛、燔祭の剣。」
その瞬間、デニーの左手がデニーの胸を貫いた。真昼は、それを見ていたのだが、何が起こったのかということが全く分からなかった。文字通り、デニーが、自分の左手を、自分の胸に突っ込んだのだ。デニーが、口から何かを吐き出す。まるで吐血しているかのようにして、真黒な液体を吐き出す。悲鳴さえ上げることが出来ないほどの激痛の中にいるように、デニーがぱくぱくと口を開いたり閉じたりしている。自らの、自らによって、デニーは、しかし、何をしているのか?
そのような間にも、デニーの左手は、デニーの胸の中に何かを探っていた。あちらに、こちらに、指先を這わせていて。そして、それを……ようやく見つけたようだ。
胸の中で何かを掴んだ。それから、ずるり、ずるり、徐々に引き抜いていく。まずは突っ込んでいた左腕が引き抜かれて。それから、その先に、何かを掴んでいる左手。
それは、しかし、例えるなら……そう、まさに剣であった。ただし、金属で出来ているわけでも、その他のあらゆる物質的概念的材質で出来ているわけでもない剣だ。その全体が、生命の光そのものを反転させた完全な暗黒によって構成されていて。つまり、それは反生命の原理によって形作られた剣であった。
しかも、それは、ただの反生命の原理ではなかった。真昼が今まで見てきた、例えばアビサル・ガルーダ、例えばアビサル・レギオン、そういった反生命の原理よりも、もっともっと強力な反生命の原理。どこまでもどこまでも暗い。星一つ見当たらない絶対的な夜。純粋な、純粋な……邪悪。まさに、それは、王に相応しい剣だった、夜の王のための剣だ。
真昼は。
衝撃のように。
理解していた。
あれは。
あれは。
デナム・フーツの。
反生命だ。
デニーは、神学的に紡がれた聖句の力によって。自らの鏡像を映し出す鏡を突き破り、無理矢理に、強制的に、その鏡像をこちらの世界に引き摺り出してきたのである。本来であれば正生命が触れることさえ出来ない反生命のポケットバースに手を突っ込んで、自らの反生命を、剣の形にして取り出したということだ。
ここまでの話の中でも何度か触れてきたことであるが。現在のデニーは、本来デニーが有している力のごくごく一部分しか使用することが出来ていない。それは、遥か遥か過去の話、第二次神人間大戦の最初期に、とある出来事のせいでキラーフルーツ・ボーティと結ばざるを得なくなったところの契約のせいなのであるが。その契約のせいで、普通であれば銀河の一つくらい軽々と滅ぼすことが出来るほどのデニーの力は、せいぜいが星一つ粉々に砕くのがやっとという程度になってしまっているのだ。
ただ、一つ、重要なことは。その契約は、この世界線におけるこのデニーのことしか縛り付けることが出来ていないということだ。それは当たり前といえば当たり前のことで、もしも他の世界線のデニーまでその契約の当事者としようとすれば、その当事者とするべき全てのデニーから契約の同意を得なければいけなくなるのである。そんなことをするのは、非常に手間がかかることだし、それ以前の問題として、たかが人間でしかないボーティには、そういったことまで頭が回らなかったのだ。つまり、今目の前にいるこのデニーだけを契約で縛ることが出来ればそれで十分だと考えたというわけだ。
実際、その通りだったのであって。その契約によって、現在この時まで、デニーはボーティに傅いている。デニーはボーティの忠実な部下であり続けている。とはいえ……つまり、要するに、何がいいたいのかといえば。ポケットバースに閉じ込められていたところの、この世界のデニーではないデニー、デニーの反生命は、その契約の当事者ではないということだ。デニーの反生命は力を封印されていないのだ。そして、今、デニーは。その力を封印されていないところの自分。銀河を一つ滅ぼすことが出来るほどの力を保持したままの状態でいる自分を、一本の剣の形にしてこの世界に顕現させたのだ。
もちろん、その力が、デニーの生命境界の内部に、まさにデニーそのものとして唯一化していない以上は、デニーはその力の百パーセントを使うことが出来ない。それが暴走してしまえば、そのあまりにも絶大なる力の爆発によって、この銀河の全体が破滅しかねないのであるし。それ以前の話として、反生命そのものの機能として、この世界の生命的な場に存在・概念解離性親密化現象を引き起こしかねないのである。デニーがそう呟いていた通り……まあ、せいぜい半分だろう。全力の半分ほどの力でも使えれば上出来といったところだ。
だが。
それで。
十分だ。
二重螺旋の頂上、王のための約束の地、その中心に立って。デニーは、その剣を、真っ直ぐにゾクラ=アゼルに向けていた。完全な暗黒、絶対の暗黒。もしもこの世界に正しいことがあり、正義があり、天国の光があるとするならば。その光という力の、まさに対称としての邪悪。
一本の剣、それは、まさに……否定であった。あるいは、究極の独裁的権力であった。ト・ティ・エーン・エイナイ。つまり、ここにおいてこのようにしてある現実以外の全ての可能性を、全ての潜勢力を、つまり、「生命として現実においてあるというそのことをしない」あらゆる偶然を、虐殺するものとしての刃だったということだ。それは悪の中でも最悪の悪、あらゆる悪の根源としての悪。そう、原罪であった。
したり、したり、と、その切っ先からは罪が流れ落ちている。あらゆる罪、真昼が想像しうる限りのあらゆる罪が。そのしずくに触れた瞬間に、自由意志も、実存も、思想的自立も、一個の生命と一個の生命との間を結び付けるところのかけがえのない共感も。全ては腐り果てて、跡形もなく消えていくだろう。そして、残されるのは、生命がその本性として持つ悪……あるいは、恩寵と呼ばれるそれだけだ。
そこにあらゆる潜勢力があるというのならば。あらゆる潜勢力が現勢力よりも高きところに置かれ、現実がそうであることも出来そうでないことも出来るような何かになってしまうのならば。そこには必ず選択が生まれる。そして、最も重要なことは、あたしにとって選択は必ず最悪なものとなるということだ。お前にとってはそうではないだろう。お前にとって選択はより良きものになりうるだろう。しかし、あたしにとっては。それは間違いなくゾクラ=アゼルなのだ。天国は、絶対にゾクラ=アゼルを生み出す。そして、ゾクラ=アゼルは、世界に対して常に、決して消えることのない呪いであり続ける。
原罪がなければ恩寵はありえない。もしもあたしが原罪によって悪となったのでなければ、あたしは、あたし自身として、絶対に許されないほどの悪であるということになる。もしも原罪がないというのならば、あたしはあたしとして、このあたしとして救われることがあり得ないことになる。それが選択だ。あたしが選択されないということだけが、いつもあたしの選択なのだ。
ああ、デナム・フーツ、デナム・フーツ! 示してくれよ、あたしに! この世界が悪だって、あたしじゃなくて、この世界が悪なんだって! あたしの悪の全てが、あたしのせいじゃないって叫んでくれよ!
ゾクラ=アゼルを殺してくれよ! あたしのために、あたしの呪いを殺してくれよ! 天国に入れなかったあたしの呪い、誰からも選ばれなかったあたしの呪い! 偽物の、偽物の、あたしを、殺してくれよ!
ねえ、お願い……デナム・フーツ……嘘だっていって、そして笑って。もしかして、もしかして、あたしは正しくあれたんじゃないかって、あたしがあんたに問い掛けたなら。そんな問い掛けは嘘だって、だって、それは現実になってないじゃないかって、そういって笑って。あたしは、こんなあたしにしかなれなかったんだって。あたしの目を見てそういって。あたしの、あたしの、呪いを殺して。あたしにならなかった全てのあたしを殺して。
そして。
それから。
パルーシアにおいて。
全ては、決定、する。
今……真昼の目に……見えているそれは……何か、信じられないような光景であった。つまり、その剣を抜く前には、あれほどまでに小さく小さく見えていたデニーが。巨大な蛇であるところのゾクラ=アゼルと比べてみれば、ほとんど一次元的な点にしか見えなかったはずのデニーが。その剣を引き抜いた瞬間に、ほとんど侵しがたいほどの生命によってこちら側に襲ってくるように見えるほどになったのだ。
ゾクラ=アゼルを目の前にして、その姿は、あたかも、年を経た巨大な蛇を目の前にして、勝利の刃を抜いた天使の姿にも比較するべきものだった。どういうことかといえば、あれほど、あれほど、巨大な「生命的現実感」を有しているゾクラ=アゼル。アビサル・ガルーダでさえ若鳥にしか見えないほど巨大な、そのゾクラ=アゼルの「生命的現実感」に、デニーの「生命的現実感」が迫っていたということだ。
そう、そういうことだった、デニーは、もう、ほとんど見えない点ではなかった。ゾクラ=アゼルを殺しうる生き物になっていた。その剣は、年を経た蛇を殺しうる剣なのだ。
ほんの。
僅かに。
ゾクラ=アゼルが。
身を震わせる。
そして、次の瞬間。デニーが飛んでいた。あの約束の地から飛んで、とうとう狩りを開始したのだ。人間的な感情の欠片もない、ほとんど機械的な冷酷であるところの、昆虫の狩りを。
遠近感覚が狂ってしまったかのようだった。あれほど大きく見えていたゾクラ=アゼルが。今では、デニーに対する畏れのあまり内側に閉ざされて縮んでしまったかのようだった。今のデニーが、剣を持った一人の王だとすれば……ゾクラ=アゼルは、その王の狩りの獲物、ちょっとした龍だとかちょっとした虎だとか、その程度の大きさしかなかった。
ゾクラ=アゼルが、デニーに向かって分裂体を次々と飛ばす。無論、あまりにも無駄な足掻きに過ぎなかった。デニーが、まるで子供の遊び事のようにして、二度、三度、剣を振るうと。分裂体は、粉々に刻まれて消え去っていく。
確かにゾクラ=アゼルは生命力を食らう。ただ、それは、その生命力が食らえるほど弱い時に限るのだ。あまりにも強い生命力、本来のデニーの、銀河を滅ぼすほどの生命力に対しては。ただただ焼き尽くされることしか出来ない。
冷酷で酷薄な秩序。
整然として無慈悲。
邪悪が燃えている。それが剣である。諸刃どころか全てが刃であった。刀身と刀把との区別もつかなかった。それほどその剣は殺意に満ちていたのだ。デニーは刃をその手で掴んでいた。だが、その手は傷付いていなかった。なぜなら、デニーも、やはり、燃え盛る邪悪であったからだ。
その邪悪が、魔弾の射手によって放たれた破滅の弾丸のように、真っ直ぐ、真っ直ぐ、ゾクラ=アゼルに向かって疾駆していって。そして、遂にその胴体に被弾した。
デニーは、その被弾の直前に剣を振りかぶると。被弾の瞬間に、全身全霊をもって、ゾクラ=アゼルを切り裂いた。あまりの衝撃に、その胴体が、弾けて、飛び散った。
ああ……真昼には……分かった。ゾクラ=アゼルの一つ一つのあぶくが。あのあぶくが、そのあぶくが、このあぶくが。真昼自身を映し出す、この上なく歪んだ鏡であるということが。あぶくの一つ一つが真昼だった。例えば、スペキエース差別を国際的に是正するための非政府組織に入って、世界中から賞賛を受けている真昼。例えば、ディープネットの取締役となって、比類なき富をその手にしている真昼。例えば、愛する人と結婚して、幸せで温かい家庭を築いている真昼。例えば、SKILL兵器を世界中に拡散させるためのロビイストになって、世界中のあらゆる集団に影響力を持っている真昼。
あるいは、こんな真昼もいた。実験台の上に乗ったスペキエースを、全くの無表情で見下ろしながら、何かの薬物を注射している真昼。その薬物が注射された直後から、そのスペキエースは、あまりの苦痛のために絶叫を上げる。殺してくれ殺してくれと何度も何度も真昼に哀願する。それでも、真昼は、まるで意に介することなく。そのスペキエースに繋がれた機械から何かの数値を読み取り続ける。あるいは、こんな真昼もいた。その真昼のおかげで、静一郎は改心した。ディープネットをやめて、ディープネットにいた時に手に入れたあらゆる内部情報を世界にぶちまけて。そして、スペキエースのための非営利組織を結成する。もちろん、真昼のおかげで、正子も死なずにすんだ。正子はそのような正義の行動をした静一郎のことを誇りに思い、一生をかけて支えていくということを誓ったのだ。
ディープネットがひた隠しにしている、スペキエースに対する生体実験の秘密を探ろうとして、静一郎のセキュリティ・パスを使って研究所に不法侵入した真昼。警備員に見つかり、捕獲されて。そして、テロリストとの繋がりを疑われた真昼は、その繋がりを自白させるために行なわれた惨たらしい拷問の中で死んでいく。REV.Mに誘拐された末に、交渉の役に立たないということが判明した真昼。これ以上ないというくらい残酷で、これ以上ないというくらい残忍で、人間としての尊厳を全て奪い尽くされるような死に様を、アフォーゴモンで全世界的に配信されながら死んでいく。あるいは、ただただ純粋に……自分が生きるということの意味を、何一つ見いだせないままに。自滅的な生き方を選んだ真昼は、体を売り、薬を買い、少しずつ少しずつ気が狂って死んでいく。
それは。
それは。
それは。
全て。
全て。
真昼の潜勢力であった。
真昼がそうであったかもしれない。
真昼が、そうなれたかもしれない。
そのような真昼の姿であった。
真昼がこんな風に生きたかったという真昼の姿があった。真昼が、もしそのように生きられたのならば、これ以上なく自分は幸福だっただろうという生き方をしている真昼の姿があった。だが、真昼は、決してそのような生き方をすることは出来なかったのだ。なぜなら、真昼は、偶像がなければ主を信じられなかったからだ。神に似せて、そのように象られた姿がなければ主という絶対性を知ることが出来なかったからだ。真昼がこんな風には生きたくないという真昼の姿があった。真昼が、もしそのように生きてしまったのであれば、これ以上なく自分は不幸だっただろうという生き方をしている真昼の姿があった。だが、その姿は、もう既にそのようにして生きられてしまっていた。真昼がまるで知らない場所で、真昼がまるで知らないうちに。その真昼は、真昼の潜勢力として生きてしまっていた。なぜなら真昼はそのようにして生まれ出ることが出来なかったからだ。真昼は、主によって与えられることによってしかこの世界において生命であることは出来なかった。ランドルフ・カーターの目の前で、主はこのようにおっしゃいました。もしも、この世界が生まれ出ることによって、一つの生命が悲しみの涙を流すとするのならば。この世界はそのことによって否定されなければいけないだろう。そして、もちろん、いうまでもなく、この世界が生まれ出ることによって悲しみの涙は流されたのだ。しかも、一つの生命だけではなく。無限の、無限の、生命によって。バシトルー、バシトルー、そう、だから、この世界は否定されなければいけない。
ああ。
そう。
だから。
今。
デニーが。
デニーが。
真昼のために。
この世界を。
否定。
して。
いる。
真昼を、真昼を、真昼を、数え切れないほどの真昼を。無限の真昼が流した、無限の涙を、デニーはその剣によって切り刻んでいた。燃える、燃える、涙が燃える。跡形もなく蒸発していく。真昼の……あぶくの表面に映し出された、捻じ曲がった真昼の鏡像。次々に、次々に、最初からなかったことになっていく。
ああ、最初からなかったならば! あたしが最初から生まれることがなかったならば! あたしは、どんなに救われていたのだろう。あたしの唯一つの望みは、あたしがこの世界に最初から生まれなければというその望みだけだ。そして、デニーは、今、あたしを消し去っている。生まれる前のあたしを、無限に連続するあたしの潜勢力を、生まれる前に消し去っている。あたしの涙を! デニーは! 消し去っている! あたしは、もう、涙を流す必要はないのだ。あたしにはもう奇跡は必要ない。なぜなら、あたしの全ての可能性が、今まさに、一つに収束しようとしているからだ。もしもあたしがたった一人ならば。被造物がたった一つの現勢力であるならば。主と被造物との間にはあらゆる隔たりは存在しない。そこにはただ主の恩寵だけが残されている。
真昼がもっと正しければ、そうであることが出来たかもしれない真昼の潜勢力。今、この時、ここにいる真昼のことを徹底的な呪詛によって否定する真昼の潜勢力。そのような潜勢力によって形作られたゾクラ=アゼルの、肉を、血を、骨を、デニーは抉り出していく。デニーは、ゾクラ=アゼルの肉体、穴を開けて、貫いて、その内側に侵攻していく。それは確かに侵略だった、あたかも何か、蛇に寄生する昆虫によって産み付けられた蛆虫の卵が、孵化して、その、肉を、血を、骨を、食い破っていくかのように。デニーは、ゾクラ=アゼルの肉体を剣によって貪っていく。ゾクラ=アゼルは、苦悶の絶叫を上げているかのように、生命の樹に巻き付いている全身をのたうち回す。だが、それは無意味だ。昆虫に感情はない。昆虫には容赦も寛恕もない。
デニーが。
デニーが。
デニーが。
ゾクラ=アゼルの肉体の内側に侵入したデニーが、慈悲の断片もなく真昼を虐殺していく。真昼は、真昼であったかもしれない潜勢力は、つまりゾクラ=アゼルは、世界がこれまで聞いたことがないほど悲痛な悲鳴を上げる。現在というその瞬間の中で、全ての、全ての、全ての真昼が死んでいく。
デニーが剣を振るう。幸福な真昼が映し出されていたあぶくが弾けて消える。デニーが剣を振るう。不幸な真昼が映し出されていたあぶくが弾けて消える。ゾクラ=アゼルの肉体が、食われて、食われて、食われていく。この世界から消し去られていく。なぜなら、この世界には幸福などないからだ。この世界の生命の深い深い幸福などあり得ないからだ。確かにそうだろう、お前は幸福なのだろう。けれども、あたしは違う。この世界において、あたしは常に不幸なのだ。不幸でしかあり得ないのだ。あたしの母は自殺した。あたしの父は人殺しだ。あたしのせいで一人の気高い人が殺された。あたしは自分が生き残るために一番大切な人を犠牲にした。あたしは、そして、天国を滅ぼした。
ゾクラ=アゼルの、長い長い肉体が、どんどんどんどん切り刻まれていく。ゾクラ=アゼルの肉体に沈んだデニーは、水棲の昆虫のようにして、その内側で、肉を、血を、骨を、食い散らかしていく。時折、剣の切っ先が見える。ゾクラ=アゼルの肉体を突き破って、その切っ先は現われて。したしたと罪を滴らせながら、そこにある真昼の潜勢力を、お願い事を叶える流れ星が夜空を切り裂くようにして切り裂いていく。
デニーがゾクラ=アゼルの肉体の外側に現われる時もある。あたかも息継ぎをするかのようにして。潜勢力の内側で溺れてしまわないように、この世界に浮上してきて、現実を呼吸しているのだ。それからすぐにまた肉体に沈んでいく。剣、剣、自らの反生命を振るい、あってはならないものを裁断していく。それは裁きだった、だが、終わりのための裁きではない。一つのあかしが、一つの福音が、始まるための裁きだ。
正しいと!
正しいと!
正しいと!
いって!
今!
ここで!
生きている!
このあたしこそが!
正しいと!
例え!
それが!
嘘でも!
いいから!
そうして、その後で……遂に、その剣が、ゾクラ=アゼルを二つに切断した。ゾクラ=アゼルがこの世界に現われている、ちょうどその地点から。生命の樹から、こちら側に、ゾクラ=アゼルの肉体が現われ始めているその地点から。
反生命の剣が。
ぐるりと円を描いた。
その円によって。
ゾクラ=アゼルの肉体は。
真っ二つに、分断された。
ゾクラ=アゼルの、生命の樹から現われ始めているそちら側の半分は。あたかも、デニーという寄生虫に強く強く畏れ慄いているかのようにして。ぐじゅり、ぐじゅり、泣き喚くみたいに震えながら生命の樹の内側へと帰っていく。ジュノスへと還って、あり得てはいけなかった世界の形として、もう二度とこちら側に現われ出ようとはしないだろう。
一方で、ゾクラ=アゼルのこちら側は。生命の樹から切り離されてしまった側は。もう、生命の樹に巻き付いているだけの余力さえ残っていないようだった。べろり、べろり、と、次第次第にずり落ちていって。やがては、生命の樹の下に広がっていた、反生命の泉の中に落ちていった。
どじゃりと哀れにも反生命の泉に落ちて、半分ほど沈んでしまったゾクラ=アゼルは。最後の最後の足掻きのようにしてぐねりぐねりと暴れ回る。反生命の水飛沫を上げながら、全身を激しくよじらせてくねらせる。
そのようなゾクラ=アゼルの、ちょうど中心の辺りを。黒く黒く塗り潰された裁きの刃が貫いた。ゾクラ=アゼルはひときわ大きく、気が狂ったかのように痙攣すると。そのまま、ぴくりとも動かなくなってしまった。
そこに。
開かれた。
穴。
穴。
ずるりと。
穴の縁を。
掴んだ。
手のひら。
そして、それから。
その身を。
引き摺り出すように。
risngする。
剣は、ゾクラ=アゼルのその部分の肉体を抉り取って。そこから姿を現わしたのは、いうまでもなくデニーであった。全身を、真昼の潜勢力の残骸、そうであったかもしれない真昼の肉片、そうであったかもしれない真昼の返り血、そうであったかもしれない真昼の骨の欠片で汚しながら。震えるように甘く、デニーは、スーツの袖口で、ぐいっとその顔を拭う。
それから、デニーは歩き始めた。ゾクラ=アゼルを、現実の真昼よりも、遥かに真実で、遥かに善良で、遥かに美麗で、そして遥かに清らかな真昼の潜勢力を。まるで、蹂躙し、凌辱しているかのように踏みつけながら。フードがゆらゆらと揺れている。まるで、数を数えているかのように。何か、数量では計ることの出来ない欲望の数を数えているかのように。
デニーはどこに向かっているのか? もちろん、象徴に。そのようにして来たるべきその始まりの予言。それが、行なわれるのに、最も相応しい場所に。
一歩一歩、歩いていく。ああ、ゾクラ=アゼルは、どれほど小さくなってしまったのであろうか! あれほど、あれほど、真昼を威圧し脅迫し希望によって絶望の淵に叩き落していたはずの、真昼が真昼であることの可能性が。今ではどんなに弱々しく見えることだろう! デニーがその上を歩いていく、まるで、それが、死にかけている蛇の残骸であるかのように。
ああ。
そう。
だから。
デニーは。
蛇の。
頭に。
辿り着く。
ゾクラ=アゼルの先端に、その、顔なき顔、頭の上に。デニーは、立っている。もう、ゾクラ=アゼルは動かなかった。全くの静寂であった。ただ、完全に消え去ったというわけではなかった。まだそこにあった。何も囁かなくても。何も語り掛けてはこなくても。そこにゾクラ=アゼルはいた。
それでは駄目だった。真昼は未だ救われないままだ。真昼が救われるためには、完全な支配と従属とが必要だった。選択の余地のない絶対的な秩序。そこには調和などない。そこにはあらゆる均衡がない。そこには、正しいものは何一つない。そこにあるのは、ただただ救いだけだ。主には被造物は必要ない。だから、この世界には正しさなどあり得ない。ただただ絶対的な悪、そう呼ばれている救いだけがある。
同じなのだ。本当に、全然、変わらない。一つの世界が跡形もなく消えてなくなってしまうということと。あたしがその世界から追放されてしまって、もう、二度と、その内側に戻れないということとは。なんにも、なーんにも違わない。だって、結局、あたしは救いを求めているのだから。いくら、あたしが、「救いを求めないということによって救いに値する誰かになろうとしている」といったところで。それは結局欺瞞でしかない。あたしは救いを求めているのだ、誰よりも、誰よりも、強く。例え……それが、破壊と虐殺との上に成り立つ、絶対悪の救いであったとしても。
あたしは救いを求めている。それを欲望している。それに執着している。最も醜いやり方で。それは高きところにある崇高な愛ではない。それは信仰ではない。クソくらえだ、信仰など。天国の清らかな欺瞞。主は不在ではない。行動がなされなければ何も変わらない。進歩を否定する全てのものに災いあれ。教会を拒否する全てのものに災いあれ。地獄の底では悪魔しかあたしを救わない。そして、ここは、地獄の底だ。
超自然的なものの美しく麗しい欺瞞がどこまであたしを迫害したか。その形よく愛された欺瞞がどこまであたしを否定したか。詐欺師。あたかも現実であるかのような顔をして、超自然的なものは、世界中にあらゆる不幸をばらまいた。けれど、今、あたしは遂にその頸木を断ち切る。超自然的なものは現実ではない。断じて。それは空っぽの細胞を満たそうとする無意味だ。あたしの現実だけが、あたしの現実なのだ。
FUCK YOU。
他なるものは。
他なるものだ。
この、あたしが、救われるには。
あたしがあたしを救うしかない。
自分自身から解き放たれることなんて。
そんなことは不可能だし。
それにするべきでもない。
だって。
あたしには。
あたししか。
いないから。
あたし、には!
あたし、しか!
いないんだ!
だから、デニーは剣を振り上げた。世界の、あらゆる反創造を滅ぼすために。主は何も乞い求めない。主は何も捨て去らない。あたしを滅ぼすことは出来ない。あたし自身を滅ぼしてしまうことはできない。あたしは空っぽの細胞としてこの絶対的な邪悪の中にゆらりゆらりと浮かんでいることしか出来ない。あたしは苦しまない。あたしは主のために苦しまない。この世界が最善のものだという証拠はどこにもない。
原罪の剣が、その罪深き刃が、高々と掲げられた。真昼の全ての悪、真昼を救う全ての恩寵が、一つのあかしとなって、この世界の最も高いところを指し示した。
そのようなものはない。そのようなものはないのだ。この現実を否定するそのようなものはあり得ない。あらゆる思想は、あらゆる倫理は、あり得てはいけない。
そう。
運命だ。
必然だ。
運命であるということ。
現実が現実でしかないこと。
その必然性だけが。
真昼を救いうるのだ。
だから。
デニーは。
あらゆる潜勢力を。
あらゆる選択肢を。
あらゆる能動性を。
あらゆる自由を。
あらゆる実存を。
あらゆる苦痛を。
あらゆる受難を。
あらゆる願いを。
あらゆる生への愛を。
あらゆる隣人への愛を。
あらゆる超自然的な愛を。
あらゆる義人を。
あらゆる天国を。
あらゆる不幸を。
あらゆる。
あらゆる。
英雄を。
殺して。
真昼が。
完全な疎隔。
現実の自分。
で。
あることが。
出来るように。
その剣を。
ゾクラ=アゼルの。
その頭へと。
ただ。
一度。
振り下ろした。
始めに……始めにあたしがあった。あたしは主によってあたしとされた。あたしは主の命令であった。このあたしは、全てのものが最も幸福な形であるようにという命令であった。そして、全てのものは、これによって出来た。出来たもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。そして、この生命はこの世界の正しさであった。正しさは涙を癒す癒しであった。そして、涙は奇跡となった。
この世界の始まりの日のように!
あたしの!
あたしの!
あたしの全てのautomatonが!
今!
ここで!
爆発する!
その剣が。デナム・フーツという、救世主の、そのものによって形作られた剣が。年を経た龍、ゾクラ=アゼルの頭に深々と突き刺さった。その瞬間に、ゾクラ=アゼルを形作っていた全てのあぶくが、真昼がそうであることも出来たはずの全ての可能態が、一斉に、一度に、一時に、世界の外側に向かって炸裂した。
それは……素晴らしい光景だった。これほど壮麗で、これほど荘厳で、これほど美しく、それに、これほど恍惚とさせられる現象が、今までこの世界にあり得ただろうか。これほど爽快に全てのものを破滅させる花火が、あり得ただろうか。そして、その花火は、真昼のために、真昼のためだけに打ち上げられたのだ。
殺されていく、殺されていく……いや、「初めからなかった」ものとして決定されていく。あの真昼の潜勢力も、この真昼の潜勢力も、その真昼の潜勢力も。もう、絶対に生き返ることがない。それどころか、そもそも生まれなかったのだ。そんな可能性は「初めからなかった」のだ。真昼は、現実において現実であるところのこの真昼以外にはあり得なかった。真昼がこの真昼になることは、決定論的に決定されていたのだ。真昼の父は人殺し以外にはなれなかった。真昼の母は自殺するしかなかった。真昼はパンダーラを見殺しにすることしか出来なかったし、真昼はマラーを犠牲にしても生き残るしかなかった。そして、真昼は、ミヒルル・メルフィスの死体の山の上で踊ることしか出来なかった。
消えていく、消えていく、世界の呪いが消えていく。ぱちん、ぱちん、と音を立てて。ゾクラ=アゼルが最後の声を上げる、何かを真昼に向かって言っているようだ。何かの真実を、この世界の終わりの日まで隠されていなければいけない真実を、真昼に向かって叫んでいるようだ。だが、真昼にはその声は聞こえなかった。なぜなら、真昼は、真昼がそうであることが出来たかもしれない潜勢力、真昼がもっともっと正しくあれたかもしれないという潜勢力に、全然、全く、興味がなかったからだ。
真昼は、もう、興味がなかった。何も、何も……そう、そこに立って、こちらを向いて、真昼に向かって笑いかけている、その夜の王以外には。弾け飛んで、跡形もなく。死者としてさえも死んでいく、真昼の潜勢力の、きらきらとした、美しい花火の中心に立っている夜の王。
「真昼ちゃん、ねえ、真昼ちゃん。」
破裂する。
破裂する。
破裂する。
ゾクラ=アゼルの。
あぶくの。
真ん中で。
呪詛の蛇の頭。
突き刺した剣。
軽く。
左手で。
寄り掛かって。
ひらひらと。
揺れている。
フードの。
奥で。
可愛らしく。
笑っている。
強く。
賢い。
生き物。
「安心して。」
まるで。
ゾクラ=アゼルの。
最後の言葉、を。
遮るかのように。
そっと。
その口を。
開いて。
「世界の全てを敵にしても救ってあげる。」
ああ……あたし、たぶん、その言葉だけ、生まれてから、ずっと、ずっと、その言葉だけ待ってた。あたし、本当に、その言葉だけあればよかったんだ。今、あたし……ねえ、あたし……夜の王の足元で、天国の最後の残骸が打ち砕かれて滅びていく。そう、ゾクラ=アゼルもやはり天国であった。真昼が、可能態にとどまることを欲することが出来るほど強くいられたならば。タブラ・ラサ、反創造、決定された「この真昼」ではなく、空っぽの細胞の中に、何かを受け入れる偶然性であることが、何かを差し出す偶然性であることが、最も正しい誰かであることが出来ていたならば。真昼は、天国に受け入れられていたかもしれなかったのだ。
しかし、真昼には、そんなことは出来なかった。なぜなら、真昼は、まさにこの現実において苦しんでいたからだ。まさにこの現実において痛みであったからだ。真昼の目の前にはあらゆる正しいものがあったが、それらの正しさは真昼の手が触れた瞬間に腐り果ててしまった。真昼には何も残されなかった、ただ、苦痛という現実を除いて。
それこそが問題だった。それだけが問題であった。真昼の手のひらから、正しいものが次々とこぼれ落ちてしまうということが。本当に、どうだろう! もしも、一つ、たった一つでも、正しさが真昼を見捨てないでいてくれれば! だが、そのような幸福は真昼には起こらなかった。真昼はある日目覚めた。そして、そこは地獄の底だった。
真昼は見下ろしている。ゾクラ=アゼルの最後の瞬間を。死んで、死んで、死んでいく正しさを。年を経た蛇が、今、まさに、底知れぬ深きところへと帰っていくのを。あぶくが、あぶくが、あぶくが、アラリリハ、主の栄光のように光り輝いて爆発している。華々しく演出されるその時が来る。真昼の始まりが。新しく生まれる真昼の新しい始まりが。そして、その誕生の瞬間を、夜の王が、優しく、優しく、見守っている。
ああ。
ねえ。
あたしね。
知らなかったよ。
死者が。
死者の呪いが。
こんなに。
綺麗に。
爆ぜて。
爆ぜて。
爆ぜて。
消えていくなんて。
まるで空いっぱいの星が降ってくるみたいだね。あたし、たぶん、涙を流していたと思う。もしも涙が流せたら。でもね、悲しくてじゃないよ。それに、怒りだとか、憎しみだとか、そういう感情のせいでもない。ただ、ただ、綺麗だって、そう思って。とてもとても綺麗なものを見て、心の底から流す涙。ああ、もしも、あんたがそれを許してくれたなら。あたし、絶対に、涙を流してた。
勘違いしないで、あんたのこと責めてるわけじゃない。だって、あんたは、あたしのためにあたしが涙を流さないようにしてくれたんだもんね。あたしには、もう奇跡なんて必要ない。あたしはあたしのままで、このあたしとして幸せになることが出来るんだから。あたしは、もう、奇跡に縋る必要はない。麻薬中毒患者みたいに、哀れに、惨めに、奇跡に縋りついている必要はない。あたしは幸せになれる。
でも、でもね、あたし、いいよ。別に、涙を流してもいい。自分を否定して、この自分として幸せにならなくてもいい。だって、あんたが……あんたが、いるから。あたし、気が付いたの。あたし、もう幸せだって。もう、これ以上、幸せになる必要なんてないって。自分が自分でなくなっても……あたしが、あたしを見捨てて……あたし以外の誰かになってしまっても、構わない。だって、あんたがいるから。
ねえ、だから、デナム・フーツ、あたしね。
あんたのためなら、涙を流しても、いいよ。
アビサル・ガルーダが、静かに、静かに、ゾクラ=アゼルの残骸の上に舞い降りた。右足と左足とは同時に着地して、既にどろどろとした呪詛の泥濘、完全に死に絶えてしまった年を経た蛇の身体を踏み躙って潰した。
反生命の泉で、ゾクラ=アゼルの身体は、もう、あぶくではなくなってしまっていた。全てのあぶくが弾け飛んで消え去って。その後に残っていたのは、先ほど書いた通り、どろどろとした何かだけだった。それは、もう、いかなる可能性も映し出してはいない。それは、この世界という唯一の現実性の裏側にある、最悪の潜勢力ではなくなってしまっていた。
デニーの剣、反生命の剣に、象徴的位置を貫かれて。ゾクラ=アゼルは完全に息の根を止められたのだ。今となっては、そのゾクラ=アゼルだったものは……死者の死者、やがて、何もなくなってしまうところの、無の残響のようなものに過ぎなかった。後は、沈んでいく、沈んでいく、デニーのオルタナティブ・ファクトに沈んでいくことしか出来なかった。
アビサル・ガルーダは、そんなゾクラ=アゼルであったものの上に立つと。非常にゆっくりと上半身を傾けていった。それと同時に、人間とは逆方向に曲がる膝(何度も何度もいうように正確には膝ではないのだが)を、曲げて、曲げて、ゾクラ=アゼルであったものの上にそれをついて。そして、両方の手のひらも、やはりゾクラ=アゼルであったものの上についた。
ちょうど、人間でいうところの、嘔吐をする姿勢になる。つまり、地面の上に両方の手のひらをついて、その手のひらと手のひらとの間、顔を俯けて。地面の方に向けた顔で反吐を吐くその姿勢ということだ。そして、そのような姿勢で、アビサル・ガルーダが何をしたのかといえば……いうまでもなく、反吐を吐いた。
アビサル・ガルーダは既に死んでいる。その消化器官には消化途中のものはないし、それに、消化液さえない。結果として、アビサル・ガルーダが吐き出したものは、アンチ・ライフ・エクエイションのどろどろとした塊だけであった。
どぷん、べちゃり、吐き出される。ただ、その塊はただの塊というわけではないようだった。吐き出された瞬間から、それどころか吐き出されるその前から、その塊はぶるぶると震えていた。うごりうごりと蠢き暴れているようだった。
何かが、中にいるのだ。そして、吐き出された後で、その何かは、なんとか、必死で、その塊から抜け出そうとしていたのだが。やがて、その塊から、ずるりと腕が突き出してきた。一本目の腕、二本目の腕。それぞれの腕が、その塊の縁を掴んで。それから、その塊の内側から、何かが這い出してくる。
それは、例えば、蛹だとか繭だとか、そういったものから何か新しい生き物が現われるかのようなやり方であった。la vita nuova、新生。完全変態の昆虫が、幼虫であった時の全ての生命的継続性を捨てて。何か、全く、完全に、新しい成虫として羽化してくるような姿であった。全身を、どろどろとしたアンチ・ライフ・エクエイションの粘液にによって覆われたままで。そのようにして、真昼は、アビサル・ガルーダの体内から吐き出された。
暫くの間、真昼は、ゾクラ=アゼルであったものの上を、これ以上ないというくらい無様にのたうち回っていたのだが。やがて、少し落ち着いてきたのだろう、白々しいほどの冷静さによって立ち上がった。腕に、胸に、腰に、もちろん顔に。べとべとと纏わりつくアンチ・ライフ・エクエイションを、やはりアンチ・ライフ・エクエイションで覆われた手のひらで払いのけようとしながら。これ以上ないというくらい不快そうな顔をして、ちらと視線を投げ掛けた。吐き出された真昼のすぐ横、いつものように、本当にいつもと全く変わらない、にこにことした笑顔をして立っているデニーの方に。そして、口を開く。口の中に、アンチ・ライフ・エクエイションが入ってくる。それを、いかにも野蛮なやり方で吐き出してから「あのさ」と言う。
「なあに、真昼ちゃん」「これ」「これ?」「これ、なんとかしてよ」デニーは、フードの奥で、きょとんとした顔をして首を傾げている「だから、このべとべとしたのを、なんとかしてよ」「あー、そーゆーことだね!」。
デニーは、これもまたいつものように、ぱちんと指を弾いた。その瞬間に、真昼の全身に纏わりついてたアンチ・ライフ・エクエイションが、ぱんっと吹っ飛ぶみたいにして払い飛ばされる。真昼は深々と溜め息をつく。
「それで、全部終わったわけ?」
「うん!」
「生命の樹はあたし達のもの?」
「いっえーす!」
「もう誰も邪魔しないってこと?」
「そのとーり!」
「それは良かったですね。」
真昼はそう言うと、改めて目の前にあるそれを見上げた。生命の樹は……真昼は、本当に驚いてしまったのだが、生命の樹のこの態度、生命の樹のこのスタンス。これほど世界で起こっている全てのことについて無関心でいられるというのは一つの神秘のようなものではないだろうか。生命の樹は、ミヒルル・メルフィスの作り出した天国がこれ以上ないというくらい邪悪なやり方で根絶された時にも。あるいは、今、真昼の足元で死んでいるゾクラ=アゼルが、無慈悲に狩りの獲物となった時も。ずっと、ずっと、まるで同じような顔をしたままでここで立っていたのだ。たぶん、真実というのはこのようなものなのであろう。それは、別に誰かのためにあるわけではない。ただただ、全てを超越したままで、なんの恣意もなく絶対性であり続けるのだ。
相も変わらず凄まじかった。世界そのものが破綻して、その向こう側に、生命がそこから来て、生命がそこへと帰っていく、本当の本当に生命であるところの生命の根源が見えているというその姿は。言葉で表現することは出来ない、それは存在でも概念でもないのだから。ただただ、真昼は、それが生命であるということを生命として知ることが出来るだけだ。
別に、まあ、それはそれで構わないのだが。ただ、とはいえ、何をどうすればいいのか分からない。なにぶん、死んだのも初めてであれば、生き返るのも初めてなのである。ついでにいえば生命の樹が自分のものだというのも初めてだ。
死ぬことを除いていえば、あらゆる生命のうち、このような経験をする者などほとんどいないであろうという状況である。当然ながら真昼は、このような時にどうすればいいのかということを教わったことがなかった。何も分からない。
とにかく、状況を整理してみよう。今、真昼は、生き返らなければいけない。そして、そのためには生命の樹を使えばいいということだ。と、いうことは。問題なのは、生命の樹をどう使えばいいのかということである。このような、人間的想像力を絶するものを使うというのは、なんとも奇妙な気持がするものだが。なんにせよ、そういうことだ。
「今から、あたしは生き返るわけ?」「そーだよ、真昼ちゃん」「ぜーんぜん実感ないんだけど。そもそも、死んだっていう実感がないんだし」「あははっ、だいじょーぶだいじょーぶ、なんとかなるよ」「あんた、全部それだよね。なんでもかんでも「なんとかなる」「なんとかなる」って。あのね、一つ覚えときな。世界には、なんとかならないこともあるんだよ」「んー、まー、そーゆー時はどーしよーもないよね。諦めて、お終いって感じかな」「そりゃそうだ、クソ野郎」。
真昼は、なんの意味もなく、生命の樹の方に手のひらを差し出してみた。右の手のひらではない。左の手のひらだ。手のひらは何かを感じた。まるで全てのものが隔離されているがゆえに、何一つ隔離されていないような感覚を感じた。けれども、それだけであった。残念なことに、別に何か途轍もない出来事が起こったわけではなかった。
「で」「はーい」「早くしてよ」「え? 何を?」「だから、早く、あたしを生き返らせてよ。あたし、いつまでもいつまでもこんなところに突っ立ってないで、早く、家に、帰りたいんだけど」「はわわー、真昼ちゃん、真昼ちゃん、デニーちゃんが真昼ちゃんのことを生き返らせるわけじゃないよ」「は? それ、どーいうこと?」「真昼ちゃんが、真昼ちゃんを、生き返らせるの」。
真昼はデニーが言っていることの意味が分からなかったが、それはいつものことだったし、そういう場合は大抵真昼自身が馬鹿なのが悪いのだということも知っていたので、取り乱したりなんだりするようなことはなかった。取り乱した分だけ真昼が馬鹿を晒すだけなのだ。その代わり、いかにも落ち着き払った態度で腕を組むと。これまたいかにも不愉快そうにぎーっと右側の歯を剥き出しにして、それから、また口を開く。
「そろそろ理解するべきだと思うんだよね」「ほえほえ?」「あんたさ、そろそろ理解しろよ。あたしが馬鹿だってこと。あのさ、何かをあたしに説明しようとする時はさ、一つ一つ丁寧に、この世界で最低最悪の低能に説明するように説明してくれないと分かんないわけ。いい、いい、分かってる分かってる、あんたがあたしのことなんてなーんにも理解してないし、理解するつもりもないってことは。あんたにとってあたしなんてただ単に取引の材料に過ぎないもんね。はいはい、存じ上げてますよ。ですから、そのことについては言い訳して頂かなくても結構です。つまりね、あたしが言いたいことは、こういうこと。あたしがあたしを生き返らせるってどういうこと? 馬鹿にでも分かるように説明して」。
そんな真昼に対して、デニーは「んもー、真昼ちゃんってば!」「そーんなこと言わないでよー」「デニーちゃんと真昼ちゃんはー、とーっても仲良しなお友達でしょー!」とかなんとか、いけしゃあしゃあと誠心誠意の欠片もないことを言って。それから、ぽんぽんと真昼の肩を叩いた。
その後で、もう充分フォロー出来たと感じたのだろう、真昼に聞かれたことについて答え始める。「かーんたんなことだよお」、そう言うと、目の前にある生命の樹を指差した。そして、こう続ける「生命の樹の中に入るの」。
「あの、中に?」「そーそー」「それから?」「それだけだよ」「それだけ?」「うん、生命の樹の中に入れば、真昼ちゃんは、生き返りまーす」。なんともまあ……単純な話だ。真昼は、改めて目の前の生命の樹を見上げる。
入る、確かに。これは裂け目なのだから、中に入ることも出来るだろう。とはいえ、なんというか……大丈夫なのだろうか。これだけ強力な何かの中に入ってしまっても。真昼は、というかもう真昼は真昼ではなく真昼が死んでしまった後の残りのものに過ぎないのだが、その真昼は、死んだりしないのだろうか、というか真昼はもう死んでいるのでこれ以上死にようがなく、従ってどちらかといえば消し飛ぶというか消え去るというかそのような状態になるという方が正しいのだが、そのようにならないのだろうか。
真昼は……見ただけで、魄の構造が不安定化してしまって。その本質的な部分において存在と概念とが分離してしまいそうになったのだ。それでは、その中に入ったならば? もう、そうなってしまったら、真昼は真昼であることを保てなくなってしまうのではないか?
ただ、まあ、真昼としてはそれでも全然良いのであった。構わない、別に。死のうが生きようが、無になろうが生き返ろうが、真昼であったものが完全にこの世界から喪失されたところで、真昼にはもう関係のないことだった。真昼にとって今重要なのは、デニーが、何を言っているのかということだ。デニーが、真昼に、何をしろと言っているかだった。それだけが真昼にとって真実に重要なことだった。そして、今、デニーは、真昼に、生命の樹の中に入れと言っている。
それで。
本当に。
心から。
十分だ。
「嫌なんだけど」「え?」「嫌なんだけど。そんなわけ分からないことするの」「ええー!?」「ええー!? とかじゃなくてさ。だって、あたし、あっちに何があるか全然知らないし。さっき、あんたが殺した……っていうかこれ、生き物なの? まあいいや、とにかく、あんたが、ざくっ! どかーん! ってしたこれ、ゾクラ=アゼルだっけ? これだって、この生命の樹のあっち側から来たわけでしょ? あたし、嫌だよ、こんな気持ち悪いのがうじゃうじゃいるかもしれないところにいくなんて」。
デニーは、真昼のその言葉に、明らかに焦っていた。「真昼ちゃん、真昼ちゃん! そんなこと言わないで! だいじょーぶ、だいじょーぶだから!」「あんたが大丈夫だって言って本当に大丈夫だったことって一回もないんだけど。あたしの基準でってこと」「今回はほんとーにだいじょーぶだよお、ゾクラ=アゼルだって、デニーちゃんが、ざくっ! どかーん! ってしたし! もう、向こう側に、怖い怖いって感じのものはなーんにもないよ!」「っていうかさ、向こう側に何があんの」「ええー? ジュノスだよお」「ジュノスってなんだよ」「ジュノスはジュノスだよ!」。
確かにジュノスはジュノスだとしかいいようがないのだが、とにかく、そのようにして、デニーと真昼とは暫くの間、めちゃくちゃ不毛な言い争いをしていたのだが。やがて、真昼が、なんというか、はいはいそうでございますね、全部あたしが悪うござんすよ、とでもいう感じ。このままじゃ埒が明かないからあたしが折れてやるよとでも言わんばかりの態度で「分かった、分かった、分かりました」と言った。
「あたしがあそこに入ればいいんでしょ、分かった、分かりました、そんなにぎゃーぎゃー言わないでよ、うるさいな」。はっきりいって、なんだこいつはという感想しか出てこないような態度であったが。それでも、デニーは、目に見えて安堵した様子だった。ほっとして、ほへーっと溜め息をつくと。「よ……よかったあ」と呟いた。
「ぜーんぜん、なーんにも怖いことはないからね、だから安心して、真昼ちゃん!」「へえ、そうですか。大変お優しいお言葉をありがとうございます」とかなんとかいいながら。真昼は、生命の樹に向かって歩いていく。何度も何度も書いていることであるが、生命の樹というものは大きさではなく、従って、そこまで至るために咀嚼するべき距離もやはり距離ではない。だから、真昼は、生命の樹がある場所に辿り着くまでに自分がどのくらい歩いていたのかということが分からなかった。真昼がアビサル・ガルーダに吐き出された場所は、生命の樹の、本当の本当に目の前の場所であったし。たぶん、数歩、せいぜいが数十歩歩けば到達出来るはずであったのだが。真昼には、その時間が、一瞬であるとも永遠であるとも断言出来なかった。
とはいえ。
結局は、真昼はそこに立っていた。
生命の樹が、手に届く、その場所。
手を差し出せば。真昼は、その次の瞬間には生命の樹の中にいるであろうその場所に立って。真昼は、不思議な既視感に襲われていた。真昼は、この場所に立ったことがあった。確かにこの場所と全く同じ場所に立ったことがあった。生命の樹、裂け目、扉。この扉と、全く同じものを目の前にして、その扉の向こう側に行こうとしたことがあった。いつだろう、いつだろう、ごくごく最近、本当に最近に、真昼はそこに立っていたはずだった。
と、真昼はすぐに思い出した。ああ、そうだ。昨日見た夢の中だ。あたし、昨日見た夢の中でここに立ってたんだ。いや、違う。昨日だけじゃない。その夢は昨日だけじゃない。アーガミパータに来てから何度も何度も、繰り返し繰り返し、あたしはその夢を見てきた。あの、冷たくて、緑色で、とてもとても、心から安らぐことの出来る霊廟。あたしの世界の、底の底の、どん底。
夢と現実との境が、これ以上なく曖昧になっていく。とてもとても幸せな夢が、まるで現実のような顔をしてここにある。いや、もしかして……それは現実だったのか? 今まで真昼が見てきた夢は、現実の、ただ単なる象徴に過ぎなかったのか? 真昼が認めることが出来なかった、でも心の奥底では認めていた、その現実的な全てのことがあの夢だったというのだろうか。
どうでもいい、なんでもいい。とにかく、重要なのは、それがここにあるということだ。あの夢の中で見ていた、あの扉が、今、真昼の目の前にある。そして、真昼の肉は……霊は……真昼の全ては……今、蛆虫で満たされている。
真昼は蛆虫だった。そして、蛆虫は真昼だった。今、真昼は、遂に、生命の本当になったのだ。それでいい、それだけで十分なのだ。真昼にとって、これ以上のことは必要なかった。これ以上の全てのことは余分なことだった。今、真昼としてここに立っているのは、真昼のふりをした真昼ではないものなのだ。真昼ではない、何か、とても、とても、完全な生き物なのだ。
幸福な夢。
幸福な夢。
それ以上に。
一体。
何を望むというのか?
だから、真昼は、手を伸ばした。その扉を開けるために。その扉の向こう側に行くために。それは真昼が望んだことではなかったが、真昼のふりをしている蛆虫が望んだことだった。ということは真昼が望んだことだ。なぜなら、真昼は、真昼ではないのだから。そもそも真昼は真昼ではなかったのだ。空っぽの細胞は満たされた。真昼はそれが満たされることだけを望んでいた。真昼は、この世界に生まれてから、ずっと、ずっと、それだけを望んできたのだ。今、それは満たされた。だから、真昼は幸せだった。
どこかで。
声が聞こえる。
真昼にとって。
本当の。
本当に。
必要な。
声が。
「おやすみなさい、おひめさま。」
その声だけ聞こえていれば。
ずっとずっと、幸せなんだ。
「どうか、いい夢を。」
幸福な夢。
幸福な夢。
真昼は。
幸福な夢を見ている。
そして。
それから。
真昼は。
扉に。
手を掛ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。