第二部プルガトリオ #70

 失。

 っ。

 た。

 も。

 の。

 は。

 も。

 う。

 二。

 度。

 と。

 取。

 り。

 戻。

 せ。

 ね。

 ー。

 ん。

 だ。

 よ。

 バーカ。

 今、真昼の目の前には……極楽が広がっていた。いや、勘違いして貰っては困る。そうではない、これは比喩表現ではない。本当の意味での極楽がそこに姿を現していたのだ。つまり、何がいいたいのかといえば、真昼はスカーヴァティー山脈の上空にいたということだ。

 とはいっても、無論、クシェートラと呼ばれる領域に入っているというわけではない。共通語においては浄土と翻訳されているクシェートラとは、要するに無教徒にとって最も真聖な領域、いわゆる如来と呼ばれる「何か」によって満たされている領域を指しているが。一般的には、スカーヴァティー山脈にある極楽浄土とアビラティ諸島にある妙喜浄土と、この二つが有名だろう。

 このような浄土と呼ばれる領域は、いわゆる神話・伝説のたぐいであるとされていて、あまり物事を知らないような下等知的生命体の間では実在しているのかどうかということさえ怪しまれているのだが。まあ、普通に実在している。いや、なんというか、実在しているといい切ってしまうには若干の揺らぎがないわけがないのであるが、なんにせよあるにはある。とはいえ、例えば極楽浄土であれば、スカーヴァティー山脈の奥の奥、下等知的生命体どころか高等知的生命体でさえも踏み入るのが難しい場所にある。

 真昼は、その極楽浄土にいるというわけではない。そこまでスカーヴァティー山脈の奥深くに入り込んでいるというわけではないのである。それどころか、端っこも端っこの方、山麓からちょっと内側に入ったところとでもいうべき場所にいた。

 ただ、それでも、その光景は凄まじかった。冷ややかな巍峨とでもいうべきだろうか。絶対的かつ圧倒的であるところの、壮麗な冷酷。

 そう。

 それは。

 ぞっとするほどに。

 透明なまでの冷度。

 その光景の中で最も驚くべきものは、雪だ。そう、なんと真昼の眼球には雪が映し出されていた。このアーガミパータで、ヒラニヤ・アンダという地獄のスーパーマッシヴ・ディヴァインスターに焼かれながら。それでも、そこには雪があった。

 真昼の前方、神々が天空に突き立てた刃、刃、刃、の連続のように横たわっている山脈の脊髄。その剣の切っ先が、真っ白に塗り潰されているのだ。それは……何か……禍々しさと、神々しさと、その二つの感覚を感じさせるような非現実な現実。

 それは、きっとスカーヴァティー山脈の標高に関係しているのだろう。スカーヴァティー山脈の中でも最高の標高を誇っているのはダルマーカラ山であるが、その高度はなんと一アーロハである。ちなみにアーロハというのはアーガミパータで使用されている単位であり、ダルマーカラ山の標高と全く同じ長さを指す。

 えーっと、これじゃあなんにも分かりませんね。一アーロハというのは一定しておらず、その時々で変わってしまうかなりまちまちな単位なのだが。人間至上主義諸国で使われている単位を使うならば、三十エレフキュビトくらいである。つまり、一アーロハとは、一万五千ダブルキュビトくらいの高さだということだ。

 しかもダルマーカラ山だけではなく、その他の山々も(まさに)軒並み一万ダブルキュビトを超えるものばかりだ。標高が百ダブルキュビト上がるとどのくらいの温度が下がるんだったか、ちょっと、すとんと忘れてしまったのだが。とにかく、一万ダブルキュビトもの高さとなれば当たり前のように氷点下になるはずだ。ということで雪も解けないのである。

 ただ、そうだとするとおかしなこともあった。それは、そういった山々の山頂ばかりではなく、真昼がその上空を飛んでいるこの場所も雪に覆われているということだ。ここは先ほども書いた通り山麓に過ぎないのであって、どちらかといえば山麓高原と呼んだ方がいいくらいの場所だ。その標高もせいぜいが数千ダブルキュビトを超えることはないだろう。

 それは、例えば、アーガミパータのように、これほど近い距離で神卵が焼き尽くしの光を放っている場所でなければ。もしかして、数千ダブルキュビトの高さでも雪が残ることがあるかもしれない。あるいは、アーガミパータであっても、冬の季節であれば雪が解けずにいることもあるだろう。だが、ここはアーガミパータであり、今は夏なのだ。夏というか暑季というか、なんにせよ一年の中でも最も暑い季節なのだ。

 一体これはどういうことなのか? どうも……真昼は、今まで感じたことのないような感覚、視覚でも聴覚でも嗅覚でも味覚でも触覚でもない、もどかしく全身で震える血液の循環のような感覚によってそれを感じ取っていたのだが……ここは、おかしいらしい。どうおかしいのかということは、具体的に表現することが出来ないのであるが。この山脈の付近は、全体的に、原理のようなものが、奇妙に捻じ曲がっているような気がする。

 スカーヴァティー山脈の中に、どこか、一点がある。限りなく虚無に近い無限がある。その一点があまりにも絶対的な重力となっていて。そのせいで、座標のように存在しているはずの原理の全体が、ぐにゃりとしてしまっている。例えばそういうことだ。そして、そのせいで、氷点を下回っていないはずのこの場所でも、水が凍り続けているということ。

 もちろん、その一点とはクシェートラなのだろう。この星、この時、お二方まします如来のうちのお一方。阿弥陀如来のまします場所。それがそうであることを望む者のためであるならば、例えそれが世界の原理に反することであったとしても変えてしまうことができるという力を持つ……その力が満たされた場所。要するに、スカーヴァティー山脈は、如来の力の残響によって、取り返しがつかないほどに歪んでいるのだ。

 ただ。

 それは。

 今の真昼にとって。

 どうでもいいこと。

 なんにせよ、真昼の目の前には……というか、眼下には。あたかも神々の手の内で砕かれて、この大地の上に降り注いだ宝石のようにして、どこまでもどこまでも山々が続いていた。夜の天蓋がこぼれ落ちたかのような暗黒の岩石が、さらさらと歌いながら溺れていく山々を形作っていて。それらの山々には、辛うじて、しがみ付くかのように、植物が育っている。ここからでは、それが広葉樹なのか針葉樹なのかということさえ分からないが……ひどく野蛮で、ひどく強靭で、そして悪意さえ感じさせるような高木の群れ。

 その山々の合間を、絶望のようにして白く染めている雪。この雪の白を見ていると、息がしにくくなる。何か……何か、とてもとても重要なものが失われてしまった跡のように見えるのだ。そのせいで、世界は色を失ってしまっていて。何ものでもない虚ろな白紙だけが残されているかのように。

 そして、真昼が。

 その視線を。

 下から前に。

 向けてみれば。

 これほどの、これほどの、高さを、滑空しているにも拘わらず。その視線を超えるほどの高さに、スカーヴァティー山脈の有頂天ともいえる山々が並んでいた。一万ダブルキュビト級の山々のことだ。真昼がいる場所からは、まだまだ何エレフキュビトも離れているはずの、それらの山々は。あたかも、晴れやかな蒼穹を鋭く切り刻んでいる岩斧のごとく……そして、その岩斧は、真昼を押し潰してしまいそうなほどに巨大に見えた。

 今まで、アーガミパータに来てから、幾つも幾つも巨大なものを見てきたが。それらが巨大だというのならば、これらの山々のことをなんと表現すればいいのだろうか? そう、これらの山々はこの星の子供達なのだ。人間の物差しで測ることが出来るような、そんなものではない。人間は、これらの山々を測ることなど出来ない……それは思考の停止……それは星の壁……ただ、その前で、立ち止まるだけだ。

 さて。

 とこ。

 ろで。

 つい先ほど、ちょっとばかり前に書かれた言葉に、違和感を覚えられた方もいらっしゃるかも知れない。真昼が「滑空している」というそれだ。滑空している? どういうことか? 真昼は、スカーヴァティー山脈の山麓に立っているわけではないのか? そこを歩いているわけではないのか?

 そう、その通り。真昼は下等知的生命体である人間らしく、惨めに、哀れに、地の上を這いずっているのではなかった。天高く、山脈の標高さえも超えるほどに天高く、滑空していた。

 いや、この表現は正確ではないだろう。なぜなら、飛態であるのは真昼自身ではないからだ。真昼と、それにもちろんデニーと。その二人の体を手のひらの上に乗せて大空を一直線に引き裂いていたのは、アビサル・ガルーダであった。

 完全に純粋な黄金よりも、更に更に光り輝いている二枚の翼。最大限に広げたそれらの翼に、凍り付いた銀河さえ粉々に砕いてしまいそうなほどの魔力を漲らせて。アビサル・ガルーダは、飛んでいた。高度五千ダブルキュビトを超えていて、普通であれば上層雲にさえ到達するはずの高さ。羽を動かすこともなく、容易く飛んでいる。どのような仕組みで飛んでいるのか分からないが、恐らくはなんらかの魔学的な方法を使っているのだろう。

 今もってなお全身の傷口という傷口から反生命の原理を滴り落としてはいたのだが、それらの原理のしずくは、滴り落ちるとともにいつの間にかどこかに消えてしまっているので、アビサル・ガルーダの下の大地に降り注いでいるというわけではない。なんにせよ、そのように飛んでいるアビサル・ガルーダによって、デニーと真昼とは運ばれていたということだ。

 アビサル・ガルーダは両の手を合わせて、一つの碗のような形にしていて。それを、まるでいと高きところにいる何者かに捧げているかのように自らの頭の上に掲げる形であった。それで、デニーと真昼とはその椀の上に乗せられていたのだ。このように掲げられた状態であれば、上も下もアビサル・ガルーダによって遮られていないため、よく周りを見渡すことが出来ていた。

 ちなみに手のひらの上は、縦の長さも横の長さも十数ダブルキュビトはあったので、かなり広々としていて落下するような心配はまるでなかった。まあ、落下したところで真昼は既に死んでいるので、だからどうしたという話ではあるのだが。

 また、これほどの高度にいるというのに、なぜか真昼は寒さを感じていなかった。服装は相も変わらず血まみれ丁字シャツとずたぼろジーンズだけ、真夏常夏真っ盛りパラダイスという感じの服装。ほとんど激痛と感じられるほどの寒さを感じていてもおかしくないだろう。それでも寒くないのは……なんでだろうね。いや、よく分からん。またデニーが何かしてるんじゃない?

 結界があるのならばなんらかの周波数を感じるはずだが、そういったものを感じるわけではない。また、真昼の肉体に描かれた魔学式が関係しているのならば魔力が関係してくるはずだが、それを検出することも出来ない。常人が耐えられるはずもない環境に、真昼はどうやって耐えているのだろうか? 実は、それは、真昼の魄を完全な状態で保っているところのマネリエス・フォーミングが関係していることだった。

 少し前に説明した通り、真昼の内部においてはこの世界の通常の法則とは少しばかり異なった法則が働いている。それとこれとがどのように異なっているのかということは、かなり複雑であるため、人間的なエゴ・コーギトーによっては説明しにくいが。簡単にいえば「破壊の非破壊性」ということだ。

 真昼の内部では真昼の破壊が真昼の破壊とは接続していない。いい換えれば、真昼がいくらダメージを受けたとしても、それは真昼のダメージとはならないということだ。例えば、真昼が跡形もなく消し去られたとしても。真昼は、依然として消し去られる前に立っていた場所に立ち続けているだろう。

 真昼の内部では破壊が破壊として成立し得なくなっているのである。いや、まあ、正確にいえば、それは真昼の全体がそうなっているわけではなく、真昼の魄についてのみそうなっているのであって。先ほどの比喩でいえば、消し去られた後に立っているはずの真昼とは、真昼の肉体ではなく真昼の魄、真昼の設計図だけということになるのだが。なんにせよ、真昼の魄がダメージを受けない以上は、真昼がダメージを感じることはない。

 何がいいたいのかといえば、どれほど肉体が傷付こうとも真昼はそれを感じないのである。先ほど、真昼の首が真昼の胴体から落ちた時にも、真昼はほとんど苦痛を感じることもなく、全然大丈夫という感じだったが。そういうことなのだ。

 実は、今も真昼の肉体はとんでもないダメージを受けていた。具体的にいえば、全身の細胞の一つ一つ、内部の水分が凍り付いてしまっていて。少し体を動かすたびに、冷凍状態にあるそこここが折れたり砕けたりしているような感じであったが。それでも真昼は、そのダメージを感じていなかったのである。

 まあ。

 肉と骨と内臓とが氷結してしまっているせいで。

 なんとなく体を動かしにくいような気がしたが。

 そのことについて、真昼は。

 さして気にしていなかった。

 ともあれ、真昼は……それにデニーは。壊れ物注意的な感じでアビサル・ガルーダの手のひらに乗せられて、スカーヴァティー山脈の上を飛んでいたということだ。

 前回のイシューが終わった後、真昼はすぐにアビサル・ガルーダに乗せられた。そして、どこに行くのかということさえ教えて貰わないうちに、いつの間にかアビサル・ガルーダは空へと飛び立っていた。いや、それどころか、気が付いた時には既にこの場所にいたのだ。実際のところ、前回のイシューが終わってから現在のこの時点まではたった数分しか経っていないくらいだ。

 それほどまでにアビサル・ガルーダのスピードははちゃめちゃであった。というか、実は、アビサル・ガルーダは、ここに来るまでの移動にはデウス・ステップを使っていた。あーっと、飛行しているわけなのでステップというよりもフラップといった方がいいかもしれませんね。とにかく、アーガミパータ霊道の場所からスカーヴァティー山脈のこの場所までの千エレフキュビト近い距離を、ほんの一瞬で飛び越えてしまったのだ。

 それで、ここまで辿り着いた後で通常の飛行モードに移行したということである。通常の、といっても、かなりの速さであるということに変わりはなく。大体、自殺行為号(仮)が道なき道をぶっ飛ばしていた時と同じくらいの速度、つまりは時速二百エレフキュビト程度の速度ではあったが。とはいえ、瞬間移動と比べれば全然遅いということは間違いない。

 ちなみに、こう書くと、読者の皆さんにはとてもとても気になることが出てくるだろう。それは風圧についてのことだ。時速二百エレフキュビトで飛行しているということは前方から時速二百エレフキュビトの風を受けているのと等しくなる。

 一般的に平均風速が時速百エレフキュビトを超えると人間は風に向かって歩くことが出来なくなるといわれている。真昼がその二倍の風圧を受けてアビサル・ガルーダの手のひらの上から吹き飛ばされないのかというのは、実に最もな疑問だ。

 ただし、そのような心配をする必要はない。先ほどは結界などの周波数は感じられないと書いた。確かに結界は張られていない。が、その代わりに、アビサル・ガルーダはその周囲に風の防壁を纏っている。アビサル・ガルーダの嘴の先端から発生しているその防壁は、アビサル・ガルーダの全身を覆い尽くしている。いうまでもなく真昼がその上に乗っている手のひらも防壁の内側にあるのであって。従って、真昼は一切の風をその身に受けていないのだ。吹き飛ばされる心配は兎の耳の先ほどもない。

 真昼は。

 無風の中で。

 見下ろして。

 いる。

 この高さから見下ろすと……例えこれほどの速さで飛んでいたとしても、眼下の光景が流れていく速度はそれほどでもないように見える。どろどろとした泥濘が夜の淵を流れ落ちていく程度にしか見えない。それは、本当は、あまりに広い距離を見渡しているからであって。つまり、ここから見た世界はまるで一枚の写真のように現実味のないものに見えた。

 幾つもの山々を、幾つもの谷々を、アビサル・ガルーダは越えていく。谷々って言葉ある? あんま聞いたことないけど、まっいいか。とにかく、ぎょにもう、アビサル・ガルーダがこのようにして普通に飛んでいる以上は目的地が近いということなのだろう。

 それでは。

 その目的地とは。

 一体どこなのか。

 真昼は……知らなかった。目的地を。ついさっき書いたばかりのことであるが、真昼は、何一つ教えて貰うこともなかったからだ。目的地どころか、その目的地で何をするのかということもよく分からなかった。いや、デニーの話からすれば、恐らくは生命の樹というものを探すのだろう。それから、あれこれをなんやかんやして、真昼のことを生き返らせるのだろう。そのくらいのことは推測出来るのだが、そんなものは、ごくごくぼんやりとした全体のイメージに過ぎない。

 普通であれば、それでも問題がないのだが。ただ真昼を導いているのはデニーなのだ。悪魔と契約を交わそうとするのならば、一つ一つの句読点にまで欺瞞が張り巡らされていると考えなければいけない。一体、何を手に入れるのか……一体、何を代償にするのか。それを完全に理解していない限りは、決して悪魔の言うことを信じてはいけない。そうでなければ……マラーを助けてくれと、そう願った時のように。何もかも犠牲にしなければいけなくなってしまうことになる。

 もちろん、いうまでもなく、真昼はそのことを理解していた。いや、理解しているはずだった。けれども、そういった全てのことが、今の真昼にとってはどうでもよかったのだ。

 何かが。

 何かが。

 真昼の中で。

 決定的に。

 変わって。

 しまって。

 いた。

 例えば、真剣さのようなもの。例えば、深刻さのようなもの。どういう言葉を使っても構わないのだが、今のこの自分をまさに自分が生きているという感覚。真昼からは、そのような感覚が完全に失われていた。まあ実際のところ、真昼は死んでいるから当然といえば当然なのだが。いや、というかそういう話じゃなくて……どういえばいいのかな……なんだか、ぼんやりとしている。

 とはいっても世界の輪郭がぼやけているという感じではない。自分の輪郭がぼやけているわけでもない。むしろ、今ほどあらゆるものがはっきりと見えていたことはなかったくらいだ。それでも、なんだか、全てが……馬鹿馬鹿しい。いや、馬鹿馬鹿しいというのも違うかもしれない。とにかく、これ以上ないというほどに取り返しがつかないことが起こってしまったような気がする。

 たった今のこの自分が、死んでしまう前の自分とは、全く違ってしまっている。自分のことを操り人形みたいにして操っていた糸が、全部切れてしまったような感じだ。本当に何もない、どこでもない場所に放り出されてしまったのだが。それでも、そこには恐怖という感覚さえないので、畏れることもない。

 ああ。

 ねえ。

 そう。

 あたし。

 全部。

 分かんない。

 人間の……人間の本当ってなんだと思う? 生きることの本当ってなんだと思う? あたし、ねえ、あはは、分かんないんだ。全然分かんない。なんにも、なーんにも分かんない。だってさ、だって……あはは! あー、なんか白痴みたい。だって、あたし、死んじゃったんだって。あたし、もう生きてないんだって。ああ、ほんと、困っちゃうよね。そんなこと言われてもって感じ。生きてるだとか、死んでるだとか。くるくるくるくる、目が回る。人間? ああ、そう、あんた人間なんだ。へー、そう。だから? 人間だからどうしたっていうの? あたしは玩具。あたしは幽霊。ねえ、あんたの言葉、その人間っていう言葉が指し示すものは、あたしみたいな頭が悪い生き物にとってなんの意味もないの。あんた、あんた、教えてあげる。ここは、頭が悪い生き物のための国。全ての全てに意味がない。ただ……ただ、生まれたばかりの幽霊が、積み木を積み重ねるみたいにして、言葉の玩具で遊んでいるだけ。ああ、ねえ、見て! あたしのふりしたあたしがあたしみたいに動いてる! あはは、ほんっとーに、あたしって、空っぽ。だからさ、はーあ、もう、なんか、どーでもいいんだよね。

 っていうかさ。

 お腹、減った。

 そう、何かが変わっていた。それがなんなのかということは具体的にいうことが出来なかったのだが、真昼の中にあったはずの何かが、完全に欠損してしまっていた。ある種の精神的な器官のようなもの、理性とか、良心とか、善意とか悪意とか。そういったたぐいのもので、けれども、それらの全てとは違っているもの。

 それは、どうも「死」という境界線を境にして失われたもののようだった。真昼が生きていた頃にはそれがあった。でも、死んでしまった真昼の抜け殻にはそれがなかった。

 真昼の抜け殻? いや、何かが違う気がする。抜け殻というのならば、生きていたころの方が抜け殻としての実感があった。抜け殻に実感があるというのも変な話だが、今の自分には何もないということを、生きていた頃の真昼の方が感じることが出来ていたということだ。だが、死んでしまった今の真昼には、その抜け殻という感覚さえなかった。

 今の真昼にとっては、真昼という人間は喪失されるべきものではない。そうではなくて、真昼という人間は、その本質において絶対的なのである。人間は有限だから愚かなのではない。その正反対に、無限であるからこそ愚かなのだ。

 従って、今の真昼は抜け殻ではなかった。空白でも空虚でもなかった。まさに人間であった。完全な人間だ。とはいえ、それでも、何かが欠損していた。欠損しているからこそ完全なのだ。最後の審判の……最後の審判の、後の世界。それが全て終わった世界。そこに生きている人間。円環は完全だ。中心が欠損しているからこそ、円環は完全なのである。

 それでは。

 真昼の。

 中心とは。

 何なのか。

 最初は……それが魂なのではないかと考えた。まあ、それも当たり前といえば当たり前の話だ。死ぬ前にはあったが、死んだ後にはないもの。生命体の中心。それは、間違いなく魂だろう。けれども、よくよく考えてみるとなんだか違う気がした。

 魂というものは人間の思考が遥かに及ばない領域にある何かである。そうであるならば、それがあるかないかの違いが、真昼の思うこと・真昼の考えることに関わってくるとは思えない。魂が、そんなどうでもいいことに関係するわけがない。

 今となっては、どうでもよくなってしまった全てのもの。今までの人生で、後生大事に抱えてきた何か。一番重要だったもの、最も大切だったもの。それなのに、実際に後生になった今。自分が死ぬということによって……というか、苦痛によって、死闘によって、エレファントによって、サテライトによって、レジスタンスによって、プレッシャーによって、カレントによって、失われてしまったもの。

 人間にとって。

 救いとは何か。

 真昼は、本当に不幸な人間を見た。救いを渇望しているところの、救われるべきはずの、本当に不幸な人間を。レジスタンスは、プレッシャーは、カレントは。あるいは、エレファントは、サテライトは。正義を求めたか? いや、正義など求めなかった。というか、そこには正義という観念などなかった。

 そこには希望がなかった、そこには理想がなかった、そこには未来がなかった。そう、未来がなかったのだ。そこにあるのは一瞬一瞬の現在であり、現時点において救われているという現実だけだった。

 生きているということ。本当に不幸な人間は生きているということを考えない。生きているということなんて考える暇もなく、ただただ死んでくか……あるいは、自分を殺そうする者を皆殺しにするか。

 Infantia。それは、明確な幼児性である。以前も書いたことであるが、感情とは動物的な本能ではない。感情とは、一つの論理的体系である。そして、それは明確な幼児性でもある。感情とは……赤ん坊が母親の表情を真似ている、ただそれだけのことなのだ。人間は、今も、母親がしている表情をそのまま母親に返している。それ以上のことはしていないのだ。感情さえも、それは一人の人間に帰属するものではない。これは、人間が関係知性を有する生命体である以上は当たり前のことだ。

 つまり、何がいいたいのかといえば。人間には根源的な何かなどというものは存在していないということだ。いい換えるのであれば、人間には記号以前・記号以後などというものは存在しない。あらゆるものが……感情さえもが関係である以上、それは当たり前のことだ。関係とは象徴であり、象徴とは記号である。それならば、人間の本質とは、非記号であるがゆえに純粋な何かではない。そうではなく、純粋な記号こそが人間の本質なのだ。そして、それこそが、あのテロリスト達がそのようにして生きていたところの生……語るべきことなど何もない生である。

 あたしの中に……あたしという過程が存在していない。なぜなら、あたしは、今という一瞬一瞬の内側で動作している虚栄に過ぎないからだ。vanus gloria、ぱらぱらとめくられる紙の中で走り続ける絵画のようなもの。一枚一枚は静止画に過ぎないが、ストップモーション・アニメーション、あたし自身さえもあたしが走っているのだと勘違いしてしまう。要するに、あたしは願わない。願わないのならば罪も犯さない。

 エレファントも。

 サテライトも。

 レジスタンスも。

 プレッシャーも。

 カレントも。

 みんな。

 みんな。

 正しかった。

 冷酷と。

 憎悪と。

 あたしのこと。

 殺そうとして。

 ねえ、教えて、教えてよ。あたし、もう分からないの。世界を滅ぼすことの何が悪いの? 貪欲であることの、強欲であることの、何が悪いの? 科学は正しい、あたしを幸せにしてくれる。技術は正しい、あたしを幸せにしてくれる。世界が壊れていくとして、だから何? どうしたっていうの? あたしには関係ない。あたしが気にするべきことじゃない。

 そう、あたし、分かったの。あたしが、あたしだけが正しいんだって。っていうか、この世界にはあたししかいないんだって。唯我論、あたしだけがあたしなんだ。人間至上主義者達は賢しらな顔をして人間は愚かだという。人間は救いようがなく、この世界を滅ぼしてしまうという。勝ち誇った顔をして、人間が消え去った後もこの世界は残るだろうという。

 低脳。ねえ、だからどうしたっていうの? 意味からの解放? 目的からの解放? ははっ、どうしてそんな頭が悪いことをいえるんだろう。あたしがいない世界にはなんの意味もないし、あたしがあたしではないという真実にはなんの目的も見いだせない。ねえ、あんた、自分が神様だと思ってるんでしょう? 自分の内側だけじゃなくて自分の外側にも広がっていけるような、とてもとても素晴らしい生き物だと、自分はそういう生き物だと思ってるんでしょう? 巫山戯んなよ、あたしはあたしだ。あたしの一瞬一瞬は、あたしの一瞬一瞬だ。

 あんたは人間が無意味だという。あんたは人間が無目的だという。人間は進歩しないし、人間の完成なんて幻だっていう。馬鹿。信じられないくらいの馬鹿。人間至上主義者、ねえ、教えてあげる。人間は、藁で出来た犬じゃない。

 あたしは呼吸をしていない。

 あたしの心臓は動いてない。

 あたしは死んでいる。

 あたしの細胞の一つ一つが死んでいる。

 だから。

 あたしの痛みもあたしの苦しみも。

 ねえ、人間至上主義者。

 全部、全部、ほんとう。

 つまり、真昼は……その思考の全体が、ほぼ完全に支離滅裂になってしまっていたということだ。自分が、この世界を肯定したいのか否定したいのか。自分が、この自分を肯定したいのか否定したいのか。善とはなんなのか悪とはなんなのか、そもそも救いというものが存在しているのか。そういったことについて、真昼は、幾つも幾つも粉々に砕けてしまったかのように、一人の人間としての単純な思考を持てなくなってしまっていた。

 しかしながら、それでも。その真昼の思考には、なんらかの中心的な部分があるらしいのだ。一貫した、統一した、絶対の核みたいなものがある。それは、果たしてなんなのだろうか。

 真昼には、全然、全く、分からなかった。なぜなら、その核は今までの真昼とは完全に異なった何かであったからだ。今までの真昼が人間であるとすれば、それは、昆虫のようなもの。

 そう、昆虫だ。今の真昼は、例えるならば、人間から昆虫へと変態する繭の中にいるようなものであった。真昼の思考は、繭の中でどろどろに溶けてしまって。一つの核を中心として、全く新しい何者かに再構成されようとしている。そして、真昼には、その何者かが何者なのであるかということが分からない。けれども……その分からないということは、別に重要なことではなかった。なぜなら、真昼自身が、全部のことを分からなかったとしても。それでも、真昼は知っていたからだ。その、真昼が分からない、全部のことを知っている誰かのことを。

 ああ。

 真昼だけじゃない。

 誰でも知っている。

 パンダーラも。

 マコトも。

 マラーも。

 知っていた。

 その誰かのことを。

 この世界の、全てのことを。

 なんでもなんでも知ってる。

 その誰かが誰なのかということを。

 デナム。

 フーツ。

 斯うと、それでは、そのデニーはどうしているのだろうか。どうしているも何も、デニーちゃんはずーっとずーっと真昼ちゃんと一緒なのであって、この瞬間もやはり真昼ちゃんと一緒にいる。つまり、アビサル・ガルーダの手のひらの上にいるのであったが。ただ、とはいえ、真昼のすぐ横にいるというわけではなかった。

 真昼は、アビサル・ガルーダの右側の手のひらの上にいた。しかも、その指と指との間の辺り。左側の手のひらと合わさっている指と、その隣の指との間の辺りにいた。そして、そこにへたり込むみたいにして座り込んで。指間腔から、ぼんやりとした顔をして、下の世界を眺めていた。

 一方のデニーは左側の手のひらの上にいた。しかも第一趾、つまり後ろ向きについている指の近くにいたのだ。真昼から少し離れたところだ。そこで何をしていたのかというと……うろうろとそこら辺を行ったり来たりしながら、またもやスマート・バニーで電話をかけているのだった。

 電話の。

 内容は。

 大体。

 こんな感じ。

「あー、プリアーポスちゃーん? じゃじゃーん、デニーちゃんだよー! ほえー? もーっちろん、お変わりないない! とーっても元気でーす! え? え? なあに? んー……あははっ、違う違う! そんなわけないじゃーん! そーゆーことじゃなくって……そーそー、だいせーかーい! うんうん、デニーちゃんじゃなくってね、真昼ちゃんに、ちょーっとだけ困ったことが起こってね……そーそー、死んじゃったの。

「んもー、大変だよー! そりゃー、頭蓋骨が吹っ飛んじゃったとかさーあ、心臓が大爆発しちゃったとかさーあ、それくらいならぜーんぜん直しちゃえるけど。そーそー、さぴえんすの構造って単純だからね。でもでも、死んじゃったら死んじゃうじゃん。そうなったら、もう、デニーちゃんとしてもどーしよーもないよね。

「しかもさーあ、聞いてよプリアーポスちゃん! 真昼ちゃんね、ぜーんぜん分かってないの! 死んじゃうっていうのがどんなに大変なことなのかってゆーこと! もーなんてゆーか、はいはいそーですかーって感じで。じゅーだいさってゆーかさーあ、そういうことが分かんないのかな? ほーんと、困っちゃうよねー。

「ほえ? ああ、そーそー、REV.Mの子達については追い払っちゃったから大丈夫なんだけど。でもでも、死んじゃった真昼ちゃんじゃー、やっぱり駄目じゃないですかー。これじゃ、取引には使えないよね。だからね、ちょーっと世界樹を探しに行かなきゃいけないことになっちゃんたんだよね。うんうん、向こう側に。それで、今、パヴァマーナ・ナンディに向かってるとこなんだけど。

「それでそれで、向こうにいったら、世界樹を探さなきゃいけないでしょーお。世界樹を見つけたら、そこにいるミヒルル・メルフィスをみんなみんな殺さなきゃいけないじゃないですかー。その後で、世界樹に寄生してるヒュプノマトをばっさりってして。それで、よーやく世界樹にアクセス出来るようになるよね?

「やっぱり、どー考えても一日くらいはかかっちゃうと思うんだよねー。えー? あははっ、無理無理、無理だよー。そりゃー、デニーちゃんがぱーふぇくとなデニーちゃんだったら、それくらいかーんたんって感じだけど。今のデニーちゃんはこんな感じでしょー? デニーちゃん一人じゃ、ミヒルル・メルフィスの都市を滅ぼすのは無理でーす。だから世界樹に行く前に色々と準備をしなきゃいけないでしょ? そーなると、やっぱり一日かかっちゃうよ。

「だ、か、ら! プリアーポスちゃんにお迎えに来るのは明日にして欲しいんだー。え? あー、場所は大丈夫。おんなじところで大丈夫だよ。うんうん、例のブラインド・スポットだね。日にちだけ、一日ずらして欲しいの。

「んー、別にこっちに来ておいてくれてもいいんだけどねー。でもさーあ、そーするとさーあ、プリアーポスちゃんが動いたってことがフランちゃんにばれちゃうかもしれないでしょー? んー、大丈夫だとは思うんだけどねー。でも、やっぱり、デニーちゃん的にはあんまり危ないことはしたくないから。

「と、ゆーことで! お迎えは明日ということでお願いしまーす! ほえほえ? あははっ……そうだね! そうそう! もう、大変なことはなんにも起こって欲しくないけど。また何かあったらお電話するね。

「あっ、そうそう、今回のことは、ぜったいぜったいぜーったいキラーフルーツにばれないようにしてね。大切な大切な商品を傷ものにしちゃったーなんてことがばれたら、デニーちゃん、一体どれだけ怒られちゃうか! このことは、デニーちゃんとプリアーポスちゃんと、二人だけの内緒にしておいてね。うん、うん、そーゆーことだから。色々とよろしくねっ! じゃねー、ばいばーい、ぴろぴろりーん。」

 話し終えて。

 デニー、は。

 通話を切る。

 ほへーっと溜め息をつきながら、スマート・デヴァイスをスーツのポケットの中にしまう。なんというか、あんまりデニーらしくない、ひどくアンニュイな感じの溜め息である。いや、まあ、アンニュイっつったって「んもー、やんなっちゃう!」程度のアンニュイさではあったが。なんにせよ、それから、デニーは振り返った。今まではアビサル・ガルーダの方に体を向けていたので、その体は進行方向の方を向いた(方向の方を向く??)ということになって。自然と、真昼の姿が視界に入ってくる。

 その真昼はというと、やはり振り返っていた。ただし、振り返るといっても、真昼の体はもともと進行方向を向いていたので。今度はアビサル・ガルーダの方……というか、デニーの方に、顔が向かうことになる。膝を崩して、いかにもかったるそうにその場に座っている真昼。肩越しに、デニーのことを見ている。

 「あたし達」「ほえほえ?」「そのパヴァマーナ・ナンディっていうところに向かってるわけ」「ああ、そーそー、そーだよ」。いかにも興味なさそうな顔をしておきながら、デニーの話していた内容を聞いていたらしい。真昼は、死んだような眼をしたままで……いや、っていうか実際死んでるのか。なんにせよ、そんな感じの目をしたままで、「それ、どこ」と問い掛ける。

 「パヴァマーナ・ナンディはねーえ、あそこだよー」と言いながら、デニーがこちらに向かって歩いてくる。アビサル・ガルーダの手のひらの上はまあまあ広いが、とはいっても所詮は手のひらの上であって、デニーと真昼との距離もせいぜいが数歩といったところだ。

 真昼のすぐそばまでやってくると。デニーは、けれども、真昼の横に座るのではなく……左の手を真昼の左肩の上に置いた。それから、右腕を真昼の右肩の先に伸ばす。

 手のひらは、人差し指をぴんと伸ばしていて。その先にある何かを指差しているようだった。だから、真昼は、その何かを見るために、視線を、そちらの方へと向ける。

 いうまでもなく。

 パヴァマーナ・ナンディは。

 そこに。

 あった。

 それは……まあ、いってしまえば川であった。そう、パヴァマーナ・ナンディは川であった。とはいえ、パヴァマーナ・ナンディを初めて見た者が、その川を川であると理解するのは難しいことだろう。

 それは川というよりも、信じられないほど巨大な神の手のひらによって引き裂かれたところの、世界の裂け目であるように見えるものだった。地溝というか裂谷というか、大地が深く深く抉られたもの。

 デニーの指先が、真っ直ぐに前を指差した時。そして、真昼がその指先に蠱惑されるようにして視線を向けた時。ちょうどその時に、アビサル・ガルーダは、一つの山脈を越えたところだった。これはいうまでもないことであるが、障害物を越えれば、その障害物によって隠されていたものが見えるようになる。

 蹲る大天使の姿にも似た魁偉、豪壮にして麗容なる岩壁。まるで世界の果てを閉じ込めている閉塞であるかのように凄まじくそこに「ある」ところの山々を飛び越えた先に……その傷口は開いていた。

 人間という下等な生き物の眼球が、このように絶対的な物を視覚することが出来るということは、この世界における一つの奇跡なのだろう。そう思ってしまうほどに、その傷口はマハーラージャーであった。とはいえ、それを見ている眼球が、もしも真昼の眼球でなければ――というのは、つまり、既に人間であることからかけ離れてしまった人間の眼球でなければということであるが――恐らく、その眼球は、あまりの偉大さによって、激痛と苦悶とを感じていただろうが。

 左側の天空を切る山脈と、右側の天空を切る山脈と、その両方に挟まれるような形で作り出された深刻の峡谷に、その川は流れていた。長江といおうともその江の遠長さを表現するには足りないだろうし、大河というともその河の巨大さを表現するには足りないだろう。その偉形を表現するには、こういうしかない。それは、パヴァマーナ・ナンディは、このアーガミパータという土地にあってさえも最も偉大であるところの地形の一つなのである、と。

 洪龍を見たことがあるのならば、その姿を思い浮かべてくれればいい。というか、その姿を千の銀河を滅ぼすほどの爆発によって炸裂させた、その瞬間の姿といった方がいいかもしれないが。それは……確かに静かではあった。滔々と流れていく流水の姿は、時のない静寂にも似た静けさによって包み込まれている。とはいえ、それは、永遠に尽きることがないように思えるほどのエネルギーを内側に秘めていた。凍り付き、永遠の凪のうちにある爆発。

 音もなく流れている――まるで開かれているみたいに――その川は、目覚めることのない眠りについている神のようだった。当然ながら、その川がどれほど長いのかということは真昼には全然分からないことだった。その川の流れくる方向にも、その川の流れいく方向にも、果ては見えなかったからだ。一方で、その川の幅であるが……それも真昼には分からなかった。

 いや、別に、右側の果てと左側の果てとが見えなかったということではない。その川は、先ほども書いたように、山脈によって右端と左端とのそれぞれを定義付けられていたからだ。ただ、それでも、真昼には分からなかった。その川の幅がどれくらいであるのか。とてもとても長大であるということは分かるのだが、それ以上のことは、はっきりと認識出来なかったのだ。

 数ダブルキュビトといわれれば、そうかもしれないと思うだろう。数万エレフキュビトといわれれば、それほどとも思える。その川の幅は、存在的にも概念的にも一定していないのだ。恐らく、その川そのものが持つあまりのエネルギーのゆえに、時空間そのものが破綻してしまっているのであろう。

 川の。

 有する。

 力の。

 総量。

 川は、この星の血管であるかのように光り輝いていた。例えば太陽の光を反射していただとか、そういう生半可な意味ではない。川そのものが太陽にも劣らないほどの光を放っていたということだ。しかも、比喩的な表現の一切を許さないような究極的な意味においての光、つまりはセミフォルテアの光によって。

 要するに、その川に流れているものは水ではなかった。少なくとも、ただの水ではなかった。それはソーマであったのだ。しかも、この世界で最も純粋なソーマ、セミフォルテアそのものを抽出して具象的な液体と化したところのソーマ。そこに……流れているのは……魔学的エネルギーそのものだったのである。

 そもそもの話として、それは、普通の意味における川ではないのだ。普通の川は例えばこのようにして出来る。山脈に降り注いだ雨が、大地に染み込んで地下水となる。その地下水があちこちから地上に流れ出して、そのようにして現われた湧水が次第次第に一つの流れになる。そして、その流れが川と呼ばれる。

 けれども、パヴァマーナ・ナンディは。

 そのようにして川になるわけではない。

 それでは。

 どのように。

 それは。

 それに。

 なるのか?

 そのことについて説明する前に、一度、物語の焦点をデニーと真昼とに戻してみよう。なぜかというと、この二人は、これからまさにそのことについての話をするところだからだ。デニーと真昼とは……アビサル・ガルーダの手のひらの上で、この光景を見下ろしていた。アビサル・ガルーダは、いつの間にかパヴァマーナ・ナンディのほとんど真上といってもいい地点にまでやってきていて。そして、両の翼に纏わりつかせた魔学的エネルギーによって、羽搏くこともなくその上空に静止していた。

 無原罪のように睥睨する青に塗り潰された空。

 切り開かれた星の内臓にも似ている断崖絶壁。

 そして。

 そこを。

 蛇行しながら。

 流れて、いる。

 世界の。

 断絶面。

 暫くの間。

 二人は、何も言葉することなく。

 そういう光景を、眺めていたが。

 やがて。

 真昼が。

 口を。

 開く。

「川だな。」

「川だね。」

「それで。」

 冷たい目をして。

 視線だけ。

 振り返る。

「この川が、どうしたっていうんだよ。」

 真昼ちゃん、なんか言葉遣い悪くなってきてない? それはそれとして、この質問はあまり適切なものとはいえないだろう。この質問によって真昼が聞きたかったことは、きちんと言葉にするならば「私が見たところ、この川は川にしか見えないのですが、この川があなたの言っていた世界樹云々という話とどのように関わってくるのでしょうか」ということである。この内容に対して、真昼が口にした言葉はあまりに簡潔に過ぎる。というか、ほとんど全面的に省略してしまっている。これでデニーに伝わるのか?

 無論だ。

 伝わる。

 デニーは、真昼の単純な思考形式程度のこと、既に完全といっていいほどに把握していた。確かに、ホモ・サピエンスの愚かさというのは、デニーにとってはちょっと驚異的に意味不明な部分がないわけではないが。とはいえ、それが愚かなほどに愚かであるということには変わりない。それは決まり切ったパターンであって、多様性の欠片もない退屈な構造をしている。デニーほどの賢い生き物であれば、数秒もあれば、その構造を理解することなど造作もないことだ。

 確かに、今までは……面倒だったので。いちいち真昼の思考形式について理解しようとするのが面倒だったので、そのことについては全然考えてこなかったのだけれど。さすがに、ちょっと、これ以上大変なことが起こるとヤバ過ぎる。つまり、真昼はついさっき、デニーには予想も出来ないほど愚昧なことをしたせいで死んでしまったのであるが。そういったことが今後も起こってしまうと不味いのである。そんなわけで、デニーは、真昼の思考形式について、ある程度は理解してしまったのだ。

 だから、

 デニーには、真昼が言おうとしていること。

 まるで、顔の上に書かれているかのように。

 容易く、理解出来た。

「これから、あそこに突っ込むんだよー。」

「突っ込む?」

「そう!」

 デニーは、指差していたはずの右手も、真昼の右の肩に乗せていて。少しだけ真昼に向かって屈み込むように、両方の手のひらを真昼の肩に乗せているような状態であったのだが。そう言った後で、ぱっと、その両方の手のひらを離した。てんってんっという感じの足取りで、真昼のすぐ横のところまで移動すると。両手を体の後ろで組んで、眼下を流れているパヴァマーナ・ナンディの方向に、ほんの少しだけ上半身を傾けてみせた。

「パヴァマーナ・ナンディはね、あっち側への入り口なの。」

「あっち側って、マホウ界のこと?」

「うん、そーだよ。」

 真昼は。

 少し考えてから。

 こう問い掛ける。

「あのさ、あんた、さっきから「こっち側」だとか「あっち側」だとか言ってるよね。「こっち側」っていうのがナシマホウ界のことで、「あっち側」っていうのがマホウ界のことでしょ。それで、今から、「こっち側」から「あっち側」に行くってことなんだろうけど。ちょっとそれっておかしくない? アーガミパータって、ナシマホウ界とマホウ界とがぐっちゃぐちゃに混ざってるところなんだろ? 「あっち側」も「こっち側」もないんじゃないの?」

 真昼の。

 疑問は。

 典型的な。

 誤解なのだが。

 この問い掛けに関するデニーの回答を聞いていく前に、一応ではあるが、ざっとおさらいをしておこう。そもそも、借星は二つの世界に分かれている。ナシマホウ界とマホウ界とだ。これらの二つの世界は、そもそもは同一の概念平面上にあったのだが。マホウ界であったはずの部分は、その世界が有する観念重力によって、次第次第に別の概念平面上に移動してしまった。

 こうして出来上がったものがリリヒアント階層であって、神獄・地獄・鬼魔界・下部幻想界・ナシマホウ界・上部幻想界・精霊界・天領・天堂の九階層に分かれている。いや、分かれているといっても下部幻想界と上部幻想界とは繋がっているし、鬼魔界と精霊界とも往来が可能なので、実際にはもう少し複雑な形状をしている。それに、幻想界よりも外側にある階層はそれぞれの階層ごとに複雑に分裂していて、元素界だの巨体界だの純粋記号界だのが入り混じっているので、必ずしも整然と九階層に分かれているというわけでもない。

 また、こういった階層の外側にも様々なポケットバースがあるし、それらのポケットバースを結び付けているシフト・コリドールもある。それだけでなく、ドリームランドのように階層とは無関係の非常に特殊な世界もあるのだが……まあ、そういった例についてはここでは置いておこう。

 とにかく、そのようにして、通常の世界は九つの階層に分かれてるのだが。アーガミパータのような場所では、そのような階層が体をなしていない。まあ、なんだ、ちょっとした理由があって、概念平面がめちゃめちゃになってしまっているからだ。

 真昼が言っているのは、そういったアーガミパータの特殊性についてのことである。つまり、そのような事実があるのであれば、このアーガミパータにおいては「こっち側」だの「あっち側」だのという区別は存在しないのではないかということだ。

 さて。

 それでは。

 真昼の問い掛けに対して。

 デニーはどう答えるのか。

「あははっ! 真昼ちゃーん、違う違う、違うよー。アーガミパータで、リリヒアント階層がぐっちゃぐちゃーってなっちゃってるってゆーのはね、そーゆーことじゃないの。

「真昼ちゃんが言ってることって、こーゆーことでしょ? 神獄から天堂まで、リリヒアント九階層のぜんぶぜーんぶが、アーガミパータっていう一つの時空間の中で、完全に同一の概念平面上にフラット化しちゃってるってこと。んー、まあ、そういう場所もないわけじゃないんだけどね。でもでも、そんな場所は、ほんっとーに例外中の例外って感じだよ。アーガミパータの大部分はねーえ、パッチワークランドみたいなものなんだよ。えーっと、つまり……例えば精霊界だとか鬼魔界だとか、そういう世界が、階層性を残しつつ断片化して、その断片化した階層がランダムに配置されてるってゆーこと。

「普通だったらさーあ、それぞれの概念平面って、ちゃーんと別々になってるわけだよね? 神獄と鬼魔界とは階層の断絶でばらばらになっちゃってるわけだし、鬼魔界と下部幻想界とは階層の断絶でばらばらになっちゃってる。んー、下部幻想界と上部幻想界との断絶とかはちょっと例外的で、別の概念平面にあるとしても、立体として捉えた場合には接続性があるわけだけど。とにかく! 例えばの話として、ナシマホウ界から上部にせよ下部にせよ幻想界に行こうとすれば、何かしらの導管を通さなきゃいけないわけじゃないですかー。

「それがね、アーガミパータでは、違ってるの。確かにそれぞれの世界は別々の概念平面上にあるんだけど、それぞれに階層的な断絶性がないってゆーことだよ。普通の状態のリリヒアント九階層をそれぞれが別々の場所にある九枚の布地だとするとね。その布地の一枚一枚をばらばらに切っちゃって、一枚の布に縫い合わせたおよーふくがアーガミパータってゆーことだね。

「だからね、一つ一つの世界はね、同じ時空間の中にあるってわけじゃないの! マホウ界にしてもナシマホウ界にしても、幾つも幾つもの断片になっちゃってて、それぞれの断片が、別々の時空間に閉じ込められてるって感じだねー。

「そうそう! 同じナシマホウ界の断片でも別々の時空間にあるってゆーこともあるんだよ。例えばだけど、アヴマンダラ製錬所があったあの場所とカリ・ユガ龍王領があるこの場所とだけど、やっぱり別々の時空間にあるんだよね。

「たまたまミセス・フィストのテレポート装置が繋がってたから簡単に来られたんだけど。そうじゃなかったら、時空間と時空間との狭間を通ってこないとここには来られなかったんだよね。

「なーんにしてもっ! 概念平面は違うんだけど、接続性が保たれてるってゆーこと。まあ、んー、もちろん、完全に別々の概念平面にある場合と、それぞれの概念平面の外縁部分が混ざり合っちゃってる場合と、そういうのはあるんだけど。とにかく! ぜんぶぜーんぶの階層がフラット化してるわけじゃないの!

「だけど、だけど! それでもね、そういう時空間の一つ一つは、とってもとってもとーっても近い場所にあるんだよね。っていうかさーあ、ぺたーってくっついちゃってるって言った方がいいかも。さっきも言ったことなんだけど、断絶性がないの。だから、それぞれの概念平面から別の概念平面にいくのは、すっごくすっごくすーっごく簡単なの。導管を通す必要なんてぜーんぜんありませーん。時空間と時空間との接触部分を探して、そこを通り抜ければいいだけなんだよ!

「それで、そういう接触部分はたくさんあるんだけど。その中でもいーっちばん大きなのが、このパヴァマーナ・ナンディだーっていうこと。パヴァマーナ・ナンディはね、なんと、なんと、なななんと! アーガミパータを構成しているほとんど全部の時空間と接続してるの! つまり、パヴァマーナ・ナンディを通り抜ければ、理論上は、アーガミパータのどこへでも行けるんだよ!

「まあ、とーぜん、それはあくまでも理論上のことなんだけどね。大体のルートは、そのルートが通じてる場所を支配してる誰かさんに塞がれちゃってるわけなんだけど。でも、まあ、それでも、例えばこっち側からあっち側に、ナシマホウ界からマホウ界にいこーってするくらいなら、簡単に出来ちゃうのだ! と、ゆーわけで。今、デニーちゃんと真昼ちゃんとは、ここに突っ込もうとしてるってわけだね!」

 デニーは。

 そこまで。

 話すと。

 傾けていた上半身を起こして、真昼の方に視線を落とした。可愛らしい子猫が鼠に向けるような、にーっとした笑顔。その顔のままで、「どう? 分かった、真昼ちゃん」と言う。もちろん、これは問い掛けではない。なぜなら、自分の話を真昼がどの程度理解出来ているのかということを、デニーは、真昼自身よりも正確に理解していたからだ。

 ああ、単純。ホモ・サピエンス、これほど下等な種が、よくもまあ、今まで滅びずに生き延びられたものだ。なんにしても、真昼は、理解すべきことは理解出来ていた。見下ろす視線を見上げる視線。これが、本当にあの真昼なのだろうかと思ってしまうほどに酷薄な視線が、凍り付いた水銀の刃のようにデニーに向けられる。「あんた、本当に説明が下手だよね」。

 「あははっ! 真昼ちゃんってば!」、両方の手のひらをぱっと広げて、自分の口のすぐ前で、柔らかく重ねて。それから、デニーは、さも面白そうに笑った。それから……デニーといえば聞かれてもいないことをべらべら喋るやつだし、聞かれてもいないことをべらべら喋るやつといえばデニーであるが。そのセオリー通り、真昼が聞いてもいないし、特に教えて欲しいとも思っていないことを、いかにも楽しげに話し始める。

 右と。

 左と。

 手のひらを。

 ひらひらと。

 踊らせながら。

「パヴァマーナ・ナンディはねーえ、さぴえんすが「川」っていった時に、その「川」っていう記号が指し示してるところの何かとは、ちょーっとだけ違ってるんだよねー。まあ、川は川なんだけどね。ほら、さぴえんすがいう「川」ってさーあ、なんか水がわーわーって流れてるところっていうか、なんか水がずーずーって流れてるところっていうか、そーゆー感じの意味でしょお? でもねーえ……ほらほら、ちゃーんと見れば真昼ちゃんも分かると思うんだけど。パヴァマーナ・ナンディを流れてるのは水じゃなくてソーマなの。ソーマっていうのは、ほんとのほんとの意味でのソーマのことだよ、セミフォルテアを液体化したソーマのこと。

「そもそもねーえ、パヴァマーナ・ナンディは、「川」っていうよりも、世界の亀裂みたいなものなんだよね。パヴァマーナ・ナンディがどうやって出来たのかーっていうとー……さっき言ったみたいにして、リリヒアント九階層のそれぞれの概念平面が、切り刻まれて打ち砕かれて、ばらばらにされちゃって。そういうばらばらにされたそれぞれの時空間が、また集まって一つのパッチワークになったわけなんだけど。その時に、時空間と時空間とがどっかーんってぶつかりあって、その衝撃でそれぞれの時空間に罅が入っちゃったの。そーゆー罅の一つ一つが、実は全部が同一のものだったっていう仮定の下で再結合したわけなんだけど。それがパヴァマーナ・ナンディだったっていうことだね。

「つ、ま、り! パヴァマーナ・ナンディは時空間と時空間との衝突による衝撃で出来たっていうこと! ちなみにねーえ、時空間と時空間とがぶつかり合った時にどばばーんてなった魔学的エネルギーが、観念重力のせいで、その罅の部分に固定されちゃったんだけど。それが、今流れてるソーマになってるんだね。」

 話し終わると。

 デニーは。

 きゃるーん、という。

 可愛らしい顔をして。

 笑う。

 はい、これで先ほどうっちゃっておいた疑問についての回答が出ましたね。その疑問とは、パヴァマーナ・ナンディがどうやって出来たのかということだが。ほら、ね? 普通の川とはちょっと違った感じの出来方だったでしょ? ここまで違っちゃうと、この地形のことを川と呼んでいいのかどうかということにさえも疑問を呈したくなってきてしまうが。まあ、アーガミパータでは一応は川ということで通ってるのでいいんじゃないすかね。

 さて、真昼は……別に、そういう話にはまるで興味がなかった。マジで「そうですか」という感じだったし、心の底から「なるほど」という感じだった。なので、真昼は、人間の発声器官に可能な限り、その声に興味のなさを滲ませながら……デニーに向かって「へえ、そう」と言ったのだった。

「あははっ! 真昼ちゃん、なんか冷たーい!」

「ちゃんと反応してやっただけありがたいと思えよ。」

「んもー、真昼ちゃんってば! 嬉しい時は嬉しいって、楽しい時は楽しいって、ちゃーんとえくすぷれっしょんしなきゃ! 笑いたいって思った時は笑った方がわくわくするんだよ! ほらほら、笑って笑って、ににーって!」

「お前……勝手に人の顔触んじゃねーよ!」

「あははっ! ほら、こっちの方が全然楽しそー!」

「やめろ、やめろって! クソが……つーかさ、それよりも!」

「ほえ?」

「いつ、突っ込むんだよ!」

 一通り、クソうざくてクソかったるい絡み方をされた後で――その絡み方とは、具体的には、頬をぐいーっとされて無理やり笑顔を作らされるというものであったが――真昼は、デニーに向かってそう叫んだ。まあ、確かにそれはその通りでございまして、いつまでもいつまでもこんなところでうだうだとしていてもなんの意味もないのである。

真昼のその発言に対してはデニーも特に反論はないようで。ごくごく素直に「あ、そーだね」と答えた。それから、座り込んでいる真昼の頬に触れるためにしゃがんでいた体を起こして立ち上がると、右の手をほんの少し持ち上げた。大体、自分の胸のところくらいの位置だ。

 真昼に向かって、ひどく軽い調子で「じゃ、行こっか」と言うと。そうやって持ち上げていた右の手を、すっと振り下ろす。その手のひら、人差し指をぴんと真っ直ぐにしていて、ちょうど、その目の前にあるものを……つまり、パヴァマーナ・ナンディを指差す形になっていて。

 その指差す方向に向かって。

 デニーと真昼とが乗っている乗り物。

 要するに、アビサル・ガルーダ、は。

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