第二部プルガトリオ #2

 伝説時代以降、特に「主の眠り」戦争以降のあらゆる紛争において、最も重要なファクターの一つとして広く認められているのがポータル・ベースである。ポータル・ベースとは……いや、いきなり総論的なことを述べてしまうよりも、まずは具体例を示してからの方が良いかもしれない。

 歴史上で一番有名なポータル・ベースといえば。第二次神人間大戦中に、アーカム大陸の北部、当時はケメト・タアウィと呼ばれていて、現在はエスペラント・ウニートと呼ばれている、広大な土地。それを七つに分けて、その一つ一つに打ち立てられた合計七つのポータル・ベースである。

 総称して「ビースト・ヘッズ」と呼ばれていたそれらのポータル・ベースは、第二次神人間大戦の中期以降、大変重要な役割を果たした。サヴィエト・ルイドミや愛国やといった人間至上主義国、あるいはパンピュリア共和国のようなトラヴィール教国、つまりいわゆる人間側と呼ばれていた側の、兵士・物資を。ケメト・タアウィという戦場、神々側の陣営へと、大量に、迅速に、輸送するために使われたのだ。

 「ビースト・ヘッズ」は、リリヒアント第二階層にあるヤー・ブル・オンの神津揖屋代とナシマホウ界のケメト・タアウィとを結びつけていた七つのヴェッセルの残骸の上に建てられていた。というか、それらの残骸を利用して建てられたものだ。ヴェッセルは、あるリリヒアント階層と別のリリヒアント階層を跳躍することが出来る、ある種のテレポート装置だったのだが、そのテレポート能力を利用して、兵士・物資を輸送するためのポータルとして再利用したということだ。

 そう、つまり。

 ポータル・ベースとは。

 テレポート・ポータルを中心とした。

 軍事的な基地のことを、指している。

 まあ、そのまんまでしたね。

 そして、特に、アーガミパータにおいては。ポータル・ベースは、戦略上独特の意味を有している。なぜなら、ここまで何度も何度も書いてきたように……いや、それほど書いてないかもしれないが……数回は書いてきたと思う……よく覚えてない……ごめん……とにかく、アーガミパータでテレポートを行うというのは、大変困難を極めることだからである。

 ある地点からある地点へとテレポートするためには、その地点間にきちんとしたルートを通しておかなければいけない。ということは、ポータル・ベースを一つ作るために、大変な労力を必要とするということだ。それがどれほどの労力かということは、アーガミパータの軍隊には、アーガミパータの軍隊にしか存在しない「転送開通士」という特殊技能兵がいるということからも理解出来るだろう。ということで、アーガミパータにおいては、ポータル・ベースは、一度建設したら、絶対に陥落させてはいけない基地なのであって。もしも、その場所に戦闘を仕掛けられたとしたら……全力で守らなければならないのである。

 と。

 そんな。

 わけで。

「ちょっと、あんた!」

「なに、真昼ちゃん!」

「これ、は、どういうことよ!」

「どういうことって、何が!」

「だから……クソがっ!」

 吐き捨てるようにしてそう言いながら、真昼はマラーのことを後部座席の上に押し倒した。その直後、真昼とマラーとの上を金属の破片がすっ飛んでいく。これは先ほどまでは暫定政府軍が所有する戦車だったところの破片であり、大体三秒くらい前にカリ・ユガ軍によって破壊されたため、今では四方八方に飛び散る残骸となってしまっていた。真昼の反応があと一秒でも遅かったら……真昼の首もマラーの首も、あの破片と同じ方向にすっ飛んでいたところだろう。

「だから!」

「だから何、真昼ちゃん!」

「内戦は小康状態に入ってたんじゃないのかよ!」

「しょーこーじょーたいなんて難しい言葉を使うんだね!」

「おちょくってんじゃねーよ!」

「あははっ、ごめーん!」

 とかなんとか言いながらも、デニーはまたもやめちゃくちゃな方向にハンドルを切った。そのせいで、真昼とマラーとは座席の右側に大変な勢いで滑っていき、真昼などはマラーを庇うために思いっ切り頭をぶつけてしまったくらいだった。とはいえ、デニーがそうしなかったら……ごくごく近くを、様々な武器を持って、凄まじいスピードで駆け抜けていったウパチャカーナラの一隊に突っ込んでしまっていたことだろう。

 ウパチャカーナラ達は。例えば携行用に改造した重機関銃のようなものを肩に引っ掛けていたり。例えば片方の手に無反動を持っていて、もう片方の手にその弾薬を詰め込んだ金属製の袋を掴んでいたり。人間ならば(パワー系のスペキエースみたいな特殊な人々を除いて)持ち運び出来ないような巨大な武器を持ったままで、暫定政府軍の陣営に向かってひた走っていく。

 もちろん、その突撃大作戦を指先ペロペロキャンディーで見守るばかりの暫定政府軍ではないわけで。先ほど吹っ飛ばされていた戦車がもともと所属していたであろう、戦車・軍用多目的車両・非標準戦術車両・それにもちろん歩兵などで構成された、明らかに寄せ集めっぽい部隊が、そのウパチャカーナラの大軍を迎え撃っている。あちらこちらで戦闘が繰り広げられていて……そして、自殺行為号(仮)は、その真ん真ん中を突っ切っているわけだ。

 なんで。

 そんなこと。

 するの。

「ちょ……やめろ、やめろ! そんな風にハンドルを切るな!」

「無理だよ!」

「ああああああああああああっ!」

「だから掴まってって言ったでしょー!」

 なんだかとってもしっちゃかめっちゃかではあったが……ただし、とはいえ。真昼は、なんだかんだいって、こういった状況にそこそこ慣れていた。読者の皆さんも覚えていらっしゃると思うが、デニーのめちゃくちゃな運転によってマジでヤバいことになるという体験は、真昼的には初めてではないのであって。こんなハンドル捌きの中でも、五回に四回くらいは受け身を取ることが出来ていた。まあ五回のうちの一回はしたたかに頭をぶつけてはいたのだけれど。

 可哀そうなのはマラーであった。マラーは、いうまでもなく、こんな状況に慣れているわけもなく。目を白黒させながら真昼の腕の中で縮こまっていることしか出来なかった。しかも、その口の中には、梨轡みたいに丸められたタオルハンカチが突っ込まれているのだ。ちなみに、このタオルハンカチは、こんな状況の中でマラーが舌を噛まないようにと真昼が突っ込んだ物で。今までずっと真昼のジーンズのポケットに入れたままになっていた、真昼の私物のタオルハンカチだった。いや、まあ、このジーンズもこのタオルハンカチもASKによって複製されたものなので、「ずっと」という表現は正しくないかもしれないが。

 それにしても。

 真昼ちゃんは。

 袖とかじゃなくて。

 そのタオルハンカチで。

 汗を拭けば良かったのでは?

「でもさーあー。暫定政府軍の子達がここまでおばかさんだなんていうこと、デニーちゃんに分かるわけなくない? いーっくら「平和的回廊地帯」の範囲内だからって、カリ・ユガのおうちからこーんなに近いところにポータル・ベースなんて作ったら、ぜったいぜったいぜーったいこういうことになるに決まってるじゃーん! なんでこんなところに作ろうと思ったんだろーね、よーっぽどなんにも考えてなかったのかな?」

「何言ってんのか分かんねーよ! もっと分かりやすく言え!」

「つまり、この状況は、完全にそーていがいだったってことです!」

「なるほどな!」

 確かに、デニーにしては珍しく……ここまで大規模な戦闘に巻き込まれるということを、全く予想出来ていなかった。いや、全くというのはいい過ぎかもしれないが。このシナリオは、想定したシナリオの中でも、起こる確率がかなり低いもの、ほとんど無視してもいいほどの確率しかないものと考えていた。暫定政府軍がしたことは、それほどまでに愚かなことだったということだ。

 「平和的回廊地帯」には、はっきりとそう決まっているというわけではないのだが、暗黙の了解としてハーフラインというものが想定されている。カリ・ユガの領土から十エレフキュビトくらいのところと、その反対側の外縁から十エレフキュビトくらいのところ、地図上になんとなく引かれているラインであって。戦闘拠点を作るのは、お互いに、このラインの内側にした方がいいというラインである。もちろんその外側、例えば「平和的回廊地帯」の幅が三十エレフキュビトくらいあるところであれば、ハーフラインとハーフラインの間の、いわばブランクスペースともいうべきところに、どうしても避けられない必要性から戦闘拠点を作ることはあるが。その場合、極力小規模に抑えたものにするのが普通だ。

 しかし、それにも拘わらず、このポータル・ベースは。な、な、なんと! ブランクスペースどころか、カリ・ユガ側のハーフライン内部に作られていたのだ! ポータル・ベースというものは、先ほども書いたように、大量の兵士や物資やを輸送することが出来るのであって。そんなものが自分のハーフライン内部にあったら、どう考えても破壊する以外の選択肢はないのである。その一方で、暫定政府軍からしたら、多大なる労力と何人もの「転送開通士」の犠牲とをつぎ込んで作った大切な基地を、おめおめと手放すわけにはいかないのであって。ということで、他の地域での戦闘がだいぶん穏やかになってきたこの段階においても、ここでだけは激戦が繰り広げられていたということだ。

 マジで、一体、何故に、暫定政府軍はこんなことをしたんでしょうかね? 今回はいけると思ったのかな? そうだとしたら頭が悪過ぎる……仮にカリ・ユガ龍王領まで到達できたとして、カリ・ユガがいる限り、そこを陥落させることが出来るわけないでしょうに……恐らく血迷ったか何かしたのだろう。そうとしか考えられない。

 と、いうことで。

 デニーが。

 この展開を。

 予測できる。

 わけがなかったのだ。

 しかも、その上、ハードでバッドなアンラッキーはここで終わらなかった。タイミングが悪かった、タイミングが悪過ぎた。全くもって最低最悪なことに、デニー&真昼、ついでにマラーがこの戦場に突っ込んだまさにこのタイミング、な、な、なんと(二回目)! カリ・ユガ軍がポータル・ベースを落とすための大規模反転攻勢を仕掛けたそのタイミングと丸被りしてしまったのだ。

 デニーが言っていた通り、ちょうど、この地域以外での戦闘がまあまあ落ち着いてきていたところだった。そのため、今まで別の地域の戦闘に割いていた物資、兵器だの弾薬だの燃料だの、その全てをこの地域の戦闘にぶっ込めることになっていたのだ。そんなわけで、まさについさっき、数時間前に、カリ・ユガ軍は、暫定政府軍のポータル・ベースを陥落させるための最終作戦を開始したばかりだったのだ。いやいや! そんなことあるかよ! 本当に、まあ、笑ってしまうような不運さである。

 そんなこんなで。

 今。

 自殺行為号(仮)が。

 突っ走っている。

 この道なき道は。

 まさに。

 修羅ウェイと。

 化して、いた。

「どうすんだよ!」

「どうするってどういうこと!」

「これから、一体、どうするんだよ!」

 吹っ飛んできた肉片を避けながら真昼が叫ぶ。ウパチャカーナラの肉片だと思うが、もしかしたら人間の肉片かもしれない。赤い塊の中に白い骨がちょっと見えているだけだったのではっきりしたことはいえないのだ。その肉片から、ぱっと飛散した飛沫が、真昼の瞼の辺りにかかってしまって。真昼は舌打ちしながらそれを拭う。

 そんな真昼、に。

 デニーは答える。

「とにかく! ここを、こっちに、ずーっと行けば、カリ・ユガの子達の作戦本部みたいなところに着くはずだから、そこに行きます! それで、そこの指揮官の子になんとかして貰う感じです!」

 そこまで言い終わると。

 デニーは。

 独り言みたいに。

 ぼそっと、呟く。

「それまで何も起こらなければいいけどねー。」

「は? あんた、今、なんつった?」

「あっ! 真昼ちゃん、危ない!」

「え……うおっ!」

 デニーの口にした言葉の一言一言に最大限の注意を向けて、もう二度とデニーの嘘や、あるいは悪意のある真実によって、絶望的な状況に追い込まれることがないようにと決意していた真昼は。当然ながら、デニーが呟いたその言葉について、一体どういう意味があるのかということを追求しようとしたのであったが。ただ、まさにそのタイミングで……一匹のウパチャカーナラが、まるで真昼の頭を掠めていくみたいにして、自殺行為号(仮)の上を飛び越えて行った。

 なんでそんなことが起こったのかといえば、自殺行為号(仮)が、幾つかに分かれていたウパチャカーナラのクラスターの一つに突っ込んでいたからだ。偶然なのかなんなんのか、ちょうど進行方向が交差する形になったのだろう。自殺行為号(仮)は、可能な限りの速度で疾走しながらも、ウパチャカーナラの進路を妨害する障害物となってしまったのであって。その上を、次々に、ウパチャカーナラ達が飛び越えていく。

 そして、当然ながら……そんな状態では、さすがの真昼も、デニーに対しての追及を続けている余裕などないのであって。ただひたすら「この……」「うわっ!」「ちょっと!」「やめ……」みたいなことを、途切れ途切れに叫びながら。マラーのことを庇うので精一杯になってしまったのだった。

 さて。

 と。

 こ。

 ろ。

 で。

 自殺行為号(仮)が走っているこの場所の状況、もっとはっきりいってしまえば、この場所で行われている戦闘とは、一体どんなものなのだろうか。これまでも断片的な情報は幾つか提示してきたのだが、ここで一度、しっかりと纏まった、全体的な構図について示しておいた方がいいかもしれない。

 いうまでもなく、ここに存在している全ての戦力は二つの陣営に分けることが出来る。一つが暫定政府軍であり、もう一つがカリ・ユガ軍である。この区別はそれぞれの立場による区別であって、本来であれば外見からはなかなか見分けがつきにくいはずのものであるが。実のところ、ぱっと見ただけで、その戦力がどちらの陣営のものなのかということ、真昼にもなんとなく分かるほどに分かりやすく異なった姿形をしていた。

 簡単にいえば。

 暫定政府軍は機械的であって。

 カリ・ユガ軍は生物的なのだ。

 まず、暫定政府軍であるが。こちら側は、いわゆる軍隊らしい軍隊、テレビとか新聞とかでよく見るような、いかにも人間至上主義としての軍隊といった感じだった。ただ、まあ、以前にも書いたように、なんとなく寄せ集めというか、安っぽい感じのする軍隊ではあったが。

 中心となっているのはFPP製の戦車で、その中でも一番数が多いのはUP-65(Unknown Protester No.65)だ。これはサリートマト製の主力戦車であるY82をベースとして、サヴィエトや愛国やといった国々の工廠が第二次神人間大戦中にマホウ界の勢力と戦うために製造していた「対形而上体戦車」の要素をごちゃまぜにした、なんとも混沌とした設計の戦車だ。その特徴としては、全体的に赤みがかかった色をしているということがあげられるだろう。これはもちろん、装甲に赤イヴェール合金が混ぜられているからであって。これによって、敵側の魔学的な攻撃をある程度防ぐことが出来るとともに、自分が発射する魔学的な砲弾(フロギストンや魔法円の力を含んだもの)の反動に耐えることが出来るようにもなるというわけだ。

 また、それ以外にも様々な軍用車両が戦闘に参加していた。例えば、珍しいところだと駆逐装甲二輪車。アヴィアダヴ・コンダでの戦闘の際にも一度触れたと思うが、これはアーガミパータにおいて独自に発達した軍用車両であって、その用途は主にウパチャカーナラの駆逐である。形としては、かなり巨大な二輪車に、しっかりした装甲の傘が覆いかぶさっているといった形だ。その装甲の前方、操縦者の少し後ろ辺りのところに、回転式の砲塔が取り付けられている。この砲塔からウパチャカーナラを吹き飛ばせるほど強力な砲弾が発射されるというわけだ。ウパチャカーナラは、読者の皆さんもご存じの通り、大変すばしっこい生き物であって。普通の戦車ではまるでその速度に追いつくことが出来ない。そのため、こういった小回りの利く軍事車両によって駆逐しておく必要があるというわけだ。

 軍用車両の中で特に数が多いのは、この駆逐装甲二輪車と……それに非標準戦術車両だ。これがどういうものであるかは読者の皆さんもご存じだと思うが。簡単にいえば、ピックアップトラックやその他の四輪駆動車、つまりごく普通の、民間用に作られた自動車に、様々な種類のヘビーウエポンを積み込むことによって、即興的に軍用車両に改造した物だ。積み込む武器は、機関銃に多連装ロケットランチャー、対空砲に対戦車砲に対猿砲、それに無反動砲と様々であるが。とにかく、この種類の軍用車両は、それほどたくさんの資金を軍隊につぎ込むことが出来ない集団が、ライト・キャバリーの必要性を満たすために間に合わせで作るものであって。いかにも暫定政府らしい、資金力のなさを露呈させる代物であった。

 とはいえ、そういった軍用車両よりも。剥き出しの人間、要するに歩兵の方が遥かに多かったのだが。標準的な陸軍戦闘服、アーガミパータ北部迷彩が描かれたジャケットとトラウザーズとに身を包んで。頭にはヘルメットをかぶり、体には防弾ジャケットを着けている。手に持っているのはPGO-BGであり、そこから発射されるのはありきたりなフロギストン弾だ。無論、フロギストン弾でもウパチャカーナラを殺せないことはないが。それは、例えば、ネイルガンで人間を殺そうとするようなものだ。それなりに近くから、それなりの量を、撃ち込まなければいけないのであって。そのせいで、歩兵の犠牲は……かなりの数にのぼっているようだった。

 これは。

 アーガミパータでは。

 人間の命は。

 限りなく安価な。

 取り換えの利く。

 兵器として。

 扱われるということの。

 分かりやすい、実例だ。

 さて、それに対してカリ・ユガ軍であるが。先ほども書いたように、なんというか……真昼には見慣れないものだった。いや、軍隊を構成する個々の要素について、そういったものが兵器として使われる場合があるということは、知識としては知っていたのだが。こうして、その当の要素……つまりは動物兵器だけでほとんどを構成された軍隊を見るのは、なんだか新体験だったのだ。

 カリ・ユガ軍の中で中心的な役割を果たしているのは、先ほどから何度か触れている通り、ウパチャカーナラである。とはいえ、実は、ただのウパチャカーナラではない。それらのウパチャカーナラの頭部には、たくさんの宝石がきらきらと輝いているのだ。赤いものもあれば青いものもあり、黄、緑、紫にオレンジと、虹のように色とりどりに。まるで地の底から突き出している結晶体のようにして、ウパチャカーナラの頭蓋骨を突き破って露出している。これらの宝石は、ウパチャカーナラの知能を上昇させるとともに、その動物的な凶暴性を制御して、扱いやすい兵器として利用可能にするものだった。そのため、これらのウパチャカーナラには、上に乗って行動をコントロールする人間は必要なく。先ほども書いたように、ウパチャカーナラ自身が巨大な武器をその手に掴んで、敵に向かって突撃して行くことが出来るのだ。

 ただ、もちろんカリ・ユガ軍に人間がいないというわけではない。アーガミパータ北部迷彩とは少しだけ違っている、砂ばかりのヌリトヤ砂漠に特化した物と思しき、ざらついた模様が描かれた戦闘服を着て。その上に、まるで爬虫類の体を覆う鱗のようなスケールアーマーを纏って。そして……ウパチャカーナラよりも遥かに大きく、遥かに荒々しい生き物に乗っていた。

 それは、真昼もよく知っている生き物。その生き物と相対し、殺し合いをしたことがある生き物。つまり、マンティコアだった。とはいっても、ASKで見たような、形相子組み換えを施されたスーパーサイズ・マンティコアではなく。ごくごく普通のサイズ、それでも相当大きいのだが、数ダブルキュビト程度の大きさのマンティコアだった。

 それらのマンティコアは、ただし、大きさ以外の部分も普通かといえば、そうではなかった。体の様々な箇所に加工が施されていたのだ。例えば頭部には、ウパチャカーナラと同じように、自然形成された水晶みたいにして宝石が突き出していたのだし。それに、それだけではなく。その体には、なんらかの魔力を帯びた金泥のようなものを入れ墨されたのであろう魔学式が、ほぼ全面にわたって描かれていた。これは、マンティコアの身体能力を強化するものというよりは、マンティコアの肉体をなんらかのマジック・ジェネレーターに変化されるためのものらしく。その魔学式によって、マンティコアとそれに乗っている人間とを包み込むような、魔力の装甲が形成されていた。この装甲はあぶくのような形をしていて、ちょうど、シノンサ砲によって発射された時の自殺行為号(仮)を包み込んでいたあの泡に似ていた。

 また、それよりも目を引く特徴は、その尾部に見出せるかもしれない。通常のマンティコアが一本の尻尾しか持たないところを、そのマンティコアは、なんと六本の尻尾をもっていたのだ。さしずめ多連装マンティコアとでもいうべきだろうか。その上、その尻尾は、なんらかの魔法円によって強化されているらしい。尻尾の先端、針を発射する部分に、まるで刀に対する鍔のようにして……魔法円が突き刺さっていたからだ。それは突き刺さっているとしかいいようのない形であった。何かに描かれたわけではない、空間に浮かぶ純粋な光によって描かれた魔法円が、花開くかのごとき態度によって、その針の根元に浮かんでいたということだ。そして、そういった強化された尻尾から発射された針は、ある種のミサイルのように、正確に対象まで飛んでいって。着弾した直後に、凄まじい魔力の炎を上げながら爆発するのであった。

 そして、更に、人間が乗っている動物はマンティコアだけではなかった。それよりも遥かに、巨大で、強靭な、肉体。恐らくは十数ダブルキュビトくらいはあっただろう。まるで一つの要塞のように堂々としたその動物は……全体として、象によく似た生き物だった。ただし、大槌のように地面に打ち付けられるその足は、合計して八本もあったのだが。

 ウパチャカーナラと同じようにアーガミパータにしか生息しないマホウ界の生き物であって、真昼はやはり図鑑でしか見たことがなかったのだが、名前をガジャラチャといった。うーん、なんだかとんちきな名前だ、ちなみにその名前はジャーンバヴァ語で「戦車のような象」を意味しており、まさにその生き物を表すのにぴったりの名前といえる。

 その耳で羽搏けば魔力を帯びた突風を捲き起こし、その牙で突き刺せば赤イヴェール合金にさえ穴を開ける。その皮膚はフロギストンの爆発にさえ耐えられるような、まるで岩石のようにごつごつとした装甲であって。そして、ガジャラチャが一声咆哮すれば、周囲にいる生き物は、その音波の圧力によって、一定時間は動けなくなってしまうくらいである。

 と、自然のままの状態でも、これほどまでに強力な生き物であるが。カリ・ユガ軍のガジャラチャは、更に、魔学的な強化が施されているようだった。いや、これは……どちらかといえば、工学的な強化と表現した方が正しいのかもしれないが。

 まず、ガジャラチャの周囲には、その肉体を中心として幾つかの円盤が浮かんでいた。それらの円盤は、直径にして五十ハーフフィンガー程度。一匹のガジャラチャに十枚くらいの円盤が付き纏っている。赤イヴェール合金か、もしくはそれと同じような性質を持つ金属で出来ていて、表面には魔法円が描かれている。

 それらの円盤は、ガジャラチャが、天を貫き地を裂くような咆哮をあげた時に。その咆哮が持つ魔学的エネルギーを吸収して、それを荒れ狂うような稲妻に変換し、辺りに放つという役割を果たしているようだった。本来であれば、ガジャラチャの咆哮は、敵味方の区別なくダメージを与えてしまうものであるが。円盤がエネルギーを集中させることによって、敵だけに、より強いダメージを与えられるようになるのだ。その結果として、ガジャラチャが叫び声をあげるごとに、テンペストのような稲妻が、辺りにいる全ての敵を薙ぎ払って。そうして開いた空間に味方の軍がどっと流れ込んでいくというわけだ。

 また、ガジャラチャの背中には。それぞれの個体によって種類は違うが、どれも非常に強力であるところの、車両搭載型重火器が取り付けられていた。例えばペスティカル・アンダー機関銃、ペスティカル・オーバー機関銃、BRRR885(車両搭載型多連装無反動ロケットライフル)、フロギストン・スローラー(燃素放射器)、それに連射式シノンサ砲といったものまで。様々な殺戮兵器が取り付けられて。それらの兵器が暫定政府軍に向かって総攻撃を仕掛けていた。

 さて、ところで……今の説明に、少し引っ掛かるところはなかっただろうか? ガジャラチャの背中には、強力な兵器が取り付けられていて……それでは、一体、人間はどこに乗っているのだろうか。その答えは簡単で、人間は、ガジャラチャの体外ではなく体内にいたのだ。カリ・ユガ軍に戦車として使われているガジャラチャは、その体内から、ほとんどの内臓を抜き取られていて。そこに、人間が乗り込むスペースが作られているということ。ちなみに、抜き取られた内臓の代わりに、より効率的にその役割を果たす魔学的な装置が組み込まれていて。肉体のところどころでは、そういった装置が体外に突き出して、不格好な機械の腫瘍みたいになっているところもあった。

 その構造について詳細を書くのは避けるが(気になる方はガジャラチャの兵器利用についての本を読んで下さい)(共通語での需要がほとんどないからアーガミパータの言葉で書かれてるやつを読むしかないと思うけど)。ただ、これだけは書いておいたほうがいいかもしれない。それらの兵器化されたガジャラチャは、外から見た限りでは、中に人間が乗っているということは全然分からないようになっていた。なぜというに、内側から外側を覗くための、視界を確保する窓のようなものが一切作られていなかったからだ。実は、ガジャラチャの周囲に浮かんでいる円盤の一つ一つに情報収集のためのセンサーが取り付けられており、それらのセンサーによって収集された情報が、そのままスクリーンとして、人間がいる内部空間に映し出されるシステムになっているのである。

 と。

 まあ。

 その。

 ように。

 して。

 ここまで暫定政府軍とカリ・ユガ軍について書いてきたのだが。その二つの軍隊が、この場所で、正面衝突していた。暫定政府軍が、合計して三万人程度の兵力。戦車が二千台程度、駆逐走行二輪車が三千台程度、その他の軍用車両が全部で八千台程度。カリ・ユガ軍に関しては、人間の総数はよく分からないのだが、ウパチャカーナラが一万二千匹程度、マンティコアが二千匹程度、ガジャラチャが千匹程度といった感じだ。真昼には、なんとなく――目の前に広がっている光景を見た限りでは――暫定政府軍の方が、少しばかり、数において優勢であるように思われた。

 ちなみに、戦場となっているこの場所は、砂沙漠ではあったのだが。ただ、どこまでもどこまでも、なんの障害もなく見渡せる平面というわけではなかった。一応は、暫定政府軍の歩兵が隠れることが出来る塹壕のようなもの、あるいは盛砂のようなものが、そこら中に作られていたのだ。ただ、こういった障害物は……予めこの戦場に作ってあったものではないらしい。

 歩兵達が、何か、小さな手榴弾のようなものを持っていて。それを放り投げてから、真昼にはよく分からない呪文のような言葉を叫ぶと。ぱんっと破裂した手榴弾のようなものの中から、ぱっと魔法円が広がって、周囲の砂を塹壕にしたり盛砂にしたり、地形を変化させるのだ。恐らくは元素学系統の魔法を使うことによって砂沙漠の砂を操作しているのだろう。

 そうやって障害物を作って、それによって身を隠して。それから、横殴りの豪雨みたいに突撃してくるカリ・ユガ軍を待ち受けるというわけだ。そう、ポータル・ベースを守っているのが暫定政府軍である以上、当然といえば当然なのだが。基本的なスタンスとして、暫定政府軍が守備側に回っていて、カリ・ユガ軍が攻撃を行っているという形だ。もちろん、待ち受けているだけではどんどんと攻め込まれるだけなので、多少押し返そうとして、攻撃を仕掛けていはするが。それでも、あまり無茶苦茶な進軍を行っているような様子は、暫定政府軍にはなかった。

 そして。

 そんな。

 戦場を。

 真昼と、デニーと、マラーと、が乗った。

 この、自殺行為号(仮)は。

 どちらの陣営に属することもなく。

 ただ、ひたすらに、疾駆している。

 なんというか……果たして、このビークルはどのように見えているのだろうか。一歩間違えれば、いや、それどころか指先の動き一つでも間違えれば。すぐ後ろまで迫っている「死」によって、いとも容易く頭を撃ち抜かれてしまう。今までどれほどの命を奪ってきたか分からないし、その上、次の瞬間にも、自分が命を奪われるかもしれない。そんな状況下で……目の前を駆け抜けていく、信じられないほどきらっきらなビークル。どす黒く濁った血液で汚れている世界、乾ききった砂色の世界を突っ切っていく、馬鹿にしているのかと思うほど派手派手なピンク色。そこらじゅうを虹色の砂糖菓子でコーティングされた、蛆虫みたいな乗り物。こんな場所よりも、遊園地や、サーカスや、そういった場所にある方が、遥かに相応しい乗り物。

 恐らくは、そういった巫山戯た見た目をしていたのは……かえって良かったのかもしれない。暫定政府軍にせよカリ・ユガ軍にせよ。これほどまでに目立ちまくる、悪い冗談みたいな乗り物が、敵軍の所有する危険な戦闘車両だとは、逆立ちしたところで思うわけもないからだ。

 とはいえ、それならば、このビークルが一体何者であるのかということは……やはり誰にも分からないようだった。例えば、自殺行為号(仮)がある塹壕の上を、ちょいと失礼とばかりにぶっ飛んでいった時などは。真昼は、本当にたまたま、その塹壕の中にいた暫定政府軍の兵士と目が合ったのだが……その兵士は、失踪するピンクのキラキラに乗っている、丁字シャツとジーンズだけを履いた、高校生くらいの女の子であるところの真昼のことを。まるで空飛ぶシュガー・コーティング・ドーナツに乗った水玉模様の兎でも見るような目、つまり明らかにわけの分からないものを見る目をしたままで、ただただ見送ることしか出来なかったものだった。

 要するに、その兵士だけでなく、この戦場にいる誰もが――こればかりは敵も味方もなしに、心を一つして――完全に困惑しきっているようだった。全ての兵士達に共通している気持ちを、たった一言で表現するとすればこうなるだろう「いや、こいつらは誰だよ」。まことにごもっともな疑問だと真昼は思う。

 ただ。

 まことに。

 ごもっともで。

 あっても。

 それに答えている暇は。

 真昼、には、ないのだ。

「そこには!」

「えっ!? 何か言った、真昼ちゃん!?」

「そこには! あと! どのくらいで! 着くんだよ!」

「そこって、カリ・ユガの子達の作戦本部のこと!?」

「それ以外ねぇだろ!」

「えーと……ごめん、分かんない!」

「はっ!?」

「分かんないって言ったんだよ、真昼ちゃん!」

「違げぇよ! 聞こえなかったんじゃなくて……」

 と、デニーと真昼との会話がここまで進んだ時に。いきなり、どすんっ!という音を立てて後部座席に何かが飛び込んできた。一瞬マジでビビってしまった真昼は、「うおぉっ!?」みたいな感じの、どう聞いても可愛くない声をあげながら、ほとんど咄嗟の反応としてマラーに覆いかぶさったのだが。飛び込んできたものをよくよく見てみると……月光刀だとか爆弾だとか、そういった危険なものではなく、ただの左足だった。

 ミリタリーブーツを履き、アーガミパータ北部迷彩のトラウザーズを身に着けた、太腿から下の部分だ。そこら辺にいた暫定政府軍の歩兵が、擲弾で吹っ飛ばされるかウパチャカーナラに引きちぎられるかうっかり手元で手榴弾を爆発させるかして、その左足だけがここまで飛んできたのだろう。左足ならば危険はない……まあ、後部座席が多少血で汚れはするが、それは命には関わらない。真昼は、安心してほっと息をつく。

 と。

 その息をついた瞬間。

 狙いすましたように。

 運転席から「ああーっ! 真昼ちゃん、危なーいっ!」というデニーの声が飛んでくる。相変わらず危機感があるのかないのか分からない、なんとなく間の抜けた警告であったが。それでも真昼は、はっと視線を上げる。

 燃え盛る何かの塊がすぐそこに迫ってきていた。真昼の頭くらいの大きさ、確かに燃え盛っているということは分かるのだが、ただそれがなんの塊なのかということは分からない。いや、だってよく考えてみて? 分かんないでしょ、この状況下で。めちゃくちゃ燃えてる何かが目の前にまで迫ってきてるんだぜ? そんなぱっと「これは何々だ!」って分かるような理性的な状況ではないのだ。ただ、しかし、燃えている以上は危険なのであって。しかもどうやらその炎はフロギストンの炎のようだ。

 このまま黙って見ていれば。

 間違いなく、この塊は後部座席に飛び込んでくる。

 そうなれば、マラーの命は危険に晒されるだろう。

 かといって、フロギストンの炎を。

 まともに触ることなど、出来るわけがない。

 魂魄の本質まで焼き尽くされるのがおちだ。

 どうしよう、どうすればいいのか。そんなことを考えている時間さえない、あと一秒もしないうちに、事態は取り返しのつかないことになる。真昼は、真昼は、真昼は……本当に、完全に、脊髄の反射として。すぐそこに転がっていた左足に手を伸ばした。

 腹の底から「クソがぁああああっ!」と叫びながら、足首のところを掴んだ左足をフルスイングする。その左足の太腿の部分が、燃え盛る塊に、奇跡的な角度でスクエアリー・ヒットして。なんだか分からないものはなんだか分からないまま向こうの方にすっ飛んでいった。

「ないすひっと!」

「うるせぇよバーカ!」

 うーん、真昼ちゃん……逞しくなったね……! アーガミパータに来た最初の頃は、目の前でパロットシングの眼球が抉り取られたぐらいのことで言葉を失っていたのに。今の真昼ちゃんは、誰のものとも知れない左足を、なんの抵抗感もなく掴んだままで、はーはーと荒い息をついている。いつまでも掴んでいないで、さっさと放り棄てればいいと思うのだが……ただ、また、さっきのようなものが飛んでこないとも限らないのであって。手頃なバットを手放すのはちょっとばかり不安なのだろう。

 ところ、で。

 なんの話を。

 してたんだっけ。

「っつーか、分かんないってどういう意味だよ!」

「どういう意味って……」

「言っとくけど、「分からない」って単語の辞書的な意味を聞いてるわけじゃねぇからな!」

 なんだか。

 心なしか。

 真昼ちゃん。

 言葉遣い。

 荒くなってない?

「はわわー……やだなあ、真昼ちゃん。それくらい分かるよー!」

 そう言って。

 けらけらと笑う、デニー。

 そのまま、言葉を続ける。

「ここからそこまで一直線に行ければいいんだけどさーあ、ほら、見渡す限り、ずっとずっとずーっとこんな感じじゃない! 爆弾とか弾丸とか、危ないものを避けて避けて、かなりぐねぐねーってした感じで進まなきゃいけないから! 結果的に、どれくらいの時間が掛かるのか、分かんないってことだよ!」

「じゃあ、最高でどれくらい掛かりそうなんだよ! それくらいは分かんだろ!」

「んー、たぶんー……」

 デニーは。

 ちらりと。

 左手の、方に。

 視線をやって。

「あそこにポータル・ベースが見えるから、いっちばーん時間が掛かったとして、十分くらいかな!」

「は? ポータル・ベースって……」

 そんな風に何かを言いかけながら、デニーが視線をやった方へと顔を向けた真昼の目に。何か、とても、巨大なものが映し出された。「それ」は、自殺行為号(仮)が走っている場所からは、随分と遠いところにあるにも拘わらず……例えるならば……この世界そのものに走った一つの亀裂のようにして、沙漠の全てを睥睨するかのような態度で、地平線に聳え立っていた。

 「それ」は円形をしていた。全然厚みを感じない、完全な二次元であるかのような、一枚の円盤だ。ちょうどテーブルの上にコインを立てたような感じ。なめらかな金属のように光沢があり、だが、よくよく見てみると、その光沢は、何か別の光源から発せられた光を反射しているわけではない。その円盤自体がその光を発しているのだ。

 直径にして五十ダブルキュビト程度。その円盤の片側には、何かの設備が作り付けられていた。円盤を口だと仮定した場合、まるで舌のような……円盤の下半分、二十五ダブルキュビトくらいのところまで、何本も、何本も、吐き出されている……そう、それは道路だった。四車線くらいある広々とした道路が、一本、二本、三本、四本。

 なぜ、あんなところに、合計して四本もの道路がくっ付けられているのか? あたかも、それは、円盤の向こう側から続いているようで……いや、違う。「あたかも」ではない。それは、実際に、円盤の向こう側から続いているのだ。

 つまり。

 その円盤は。

 一つの。

 巨大な。

 ポータルなのだ。

 ASKにいた時に、ミセス・フィストが何度も何度も使っていたものと、基本的には同じ種類の物のようだった。もしかしたらASKから購入したポータル・システムを使っているのかもしれない。ただ、ミセス・フィストが使っていたものは、使用の都度消えていたのだが……このポータルは開いたままでスタビライズされているらしい。

 なぜ、それがポータルだと分かったのか? 簡単なことだ。その円盤からは軍隊が吐き出されていたからだ。四本の道路を通ってこちら側にやってくる、歩兵に駆逐走行二輪車、それに種々様々な非標準戦術車両。なぜか戦車の姿は見当たらなかったのだが、投入出来る戦車は、既に全て投入し終えてしまったのだろうか? とにかく、ポータルを通って、暫定政府軍の兵士達は、次々とこの沙漠にやって来ていた。

 そして。

 そんな。

 ポータルの周りに。

 ベースが。

 つまり、基地が。

 組み立てられていた。

 実際のところ、それは……真昼が想像する軍事基地からはかけ離れたものだった。なんというか、それは、あまりに急拵えというか、こういってはなんだが国内避難民キャンプみたいに見える代物だった。いや、正確にいうなら、真昼が見たあのキャンプ、サテライトとエレファントとに蹂躙されたあのキャンプの方が、よほど立派に見えるくらいだ。

 建物のほとんどはテントだった。二種類のテントがあって、そのうちの一種類は、ドラム缶を半分に切って、その半円筒形を切断面を下にして置いたみたいな物。いわゆる蒲鉾型というか、よくあるグリーンハウスのビニールの部分を、砂塵色の布地に変えた感じのテントだ。もう一種類が、いかにも幕舎といったたぐいのもの。頑丈な布で出来た小屋で、入り口は金属製。周囲は土嚢で固定してあり、その上にはカモフラージュ用のデザート・ネットをかぶせてあるテントである。

 そして、テントと同じくらい多いのが、巨大なモーターホームにも似た車両だ。テントと同じ色である砂塵色の塗料で全面を塗られていて。その後ろには、それぞれの個体によって形も大きさも違うのだが、どれも数ダブルキュビトくらいの長さがあるトレーラーが連結されている。これは、死の商人砂流原静一郎の娘である真昼も知っていたのだが……DMF装甲輸送車両と呼ばれる種類の軍事車両だった。

 DMFとは、Devided Military Facilitiesの頭文字を取ったもので、「分割された軍事施設」の意味だ。その名の通り、この車両に連結されているトレーラーの一つ一つが、一般的な軍事施設における様々な設備、例えば武器庫や補給所や、フォワード・オペレーション・センターといった設備の役割を果たしていて。それらのトレーラーの全てを接続することによって、簡易的な軍事施設として使用可能になるという優れ物なのだ。利便性や耐久性やといった点では、無論、劣ってしまうが。いちいち軍事施設を一から作り上げる暇がない時などは大変重宝する。

 さて、こういった、建物と呼んでいいのかどうか躊躇われるような建物の大部分が、基本的には緊急事態が起こった場合の対策としての設備だった。まあ、もちろん、現地司令部として利用されている建物もあったが、ほとんどが、ポータルが破壊された時に備えて設置された建物だった。

 蒲鉾型をしたテントは、大体、宿泊施設及び病院である。いうまでもなくポータルが使用出来なくなった場合にポータル・ベースを防衛する人員のための施設ということだ。あるいは、DMF装甲輸送車量は、その大半がポータルの状態管理と、それから修理準備と、そういった用途のために割かれている。DMF装甲輸送車量の内部には転送開通士が常に待機していて、ポータルに少しでも異常があれば対応出来るようにしているのである。

 ところ、で。

 それ以外に。

 真昼には一体なんなのか皆目見当も付かない設備もあった。それは、ポータル・ベースのあちらこちらに、一見なんの法則もないかのようにして配置されている金属塔だ。数本の金属塔がそれぞれのクラスターを作っていて。そういったクラスターが、ポータル・ベースの全体に、まだら模様みたいに点在している。

 一本一本の金属塔の形状を比喩するとすれば、鉄骨を格子構造に組み合わせて作り上げた送電塔のようなものだろうか。ただし、明らかに送電を用途としたものとは思えなかった。それらの金属塔がポータルベース内の他の施設に送電線によって結び付けられている様子は一切なかったからだ。

 その代わりに、それらのクラスターごとに一つずつ、何か蓄電池のようなコンテナが設置されていて。金属塔の全てはそのコンテナに接続されていた。コンテナの上部、屋根とでもいえる部分には、太陽電池に似たプレートのようなものが設置されていた。なんらかのエネルギー収集装置だろう。

 さて。

 そんな。

 風にして。

 ポータル以外の設備は、間に合わせの・俄作りの・一時的な、設備で構成されているベースであったが。基本的にポータル・ベースはどこもこんな感じなのだ。いや、もちろん、ビースト・ヘッドとか、歴史的にも重要なポータル・ベースは、ほとんど一つの都市ほどに発展したベースであったが。それ以外の、一般的なポータル・ベースにおいては、それほどしっかりとした施設はそもそも必要ないのだ。

 なぜなら戦闘に必要なほとんどの準備はポータルをくぐる前に終了しているからである。考えてみれば当たり前のことだが、ポータルをくぐった後にちんたらちんたらと兵装を整えるよりも、ポータルをくぐったら即座に戦闘に突入出来るようにしておいた方が、遥かに効率的なのであって。ということで、ポータル・ベースには、最低限の設備しか存在していないのだ。

 ただ。

 一点。

 防衛の。

 ための

 設備を。

 除いて。

 そう、ベース自体には、国内避難民キャンプにも劣る設備しかなかったのだが。そのベースの周囲に設置された防衛関係の設備に関しては、ある種の要塞のごとく充実したものとなっていた。いうまでもなく、なんとしても守り通さなければいけないポータルの、防衛のための設備である。

 例えば施設全体を囲んでいる壁。コンクリートをベースとして、内側を赤イヴェール合金製の金属筋で補強した物であり、その高さは十ダブルキュビトを超えていた。しかも壁の上には、等間隔を開きながら、全体に砲台が取り付けられていた。一つ一つが、なんとピロティガン型要塞防衛砲台であって。ピロティガン型という単語の意味については、ここでは詳しく書くことはしないが……とにかく、簡単にいえば、砲台の内部に小型のテレポート装置が埋め込まれているため、ウパチャカーナラさえも一撃で吹き飛ばせるくらいに強力な砲弾を機関銃みたいな速さで連射できるタイプの砲台という意味である。ちなみに、ピロティガン型の兵器はアーガミパータではあまり使用されない。なぜなら、アーガミパータにおいては、何度も何度も書いている通り、テレポート装置を使用可能にするために膨大な労力がかかるからだ。ただ、ここで使用されている砲台は、あの巨大なポータルにリンクされているらしい。あのポータルから砲台内部のテレポート装置に転送された砲弾が直接発射されるということだ。

 そして、更に。ポータルが設置されている場所は、少しばかり盛り上がった高台のような場所になっていたのだが、その高台をぐるっと一周するみたいにして一群の防空システムが設置されていた。固定式の、恐らくは短距離ミサイル。ミサイルが懸架された電源装置兼発射装置が捕捉用マーダーと一体になっている、完全自動型のシステムだ。まあ、完全自動型といっても、もちろん、一発のミサイルを発射した後は人間の力によって装填を行わなければいけないのではあるが。

 そういった。

 万全の、防衛体制が。

 ベースを守っていて。

 万全、というか、真昼にはその防衛体制はあまりにも強力過ぎる気がした。先ほども書いたように、戦場で戦闘を繰り広げている軍勢の比較においてさえ、暫定政府軍はカリ・ユガ軍よりも優勢なのだ。かてて加えてこれほどの防衛体制を構築するとは。

 そんなポータル・ベースを、というか、正確にいえば、信じられないくらい大きく開かれたポータルを。暫く、真昼は、言葉を失ったように見つめていたのだが。やがて……ふと気が付いたみたいにして、デニーに問い掛ける。

「なあ、おい。」

「なあに、真昼ちゃん。」

「その、カリ・ユガってやつのところに行くんじゃなくて……暫定政府軍のところに行くんじゃ駄目なのかよ。つまり、あのポータルは、アーガミパータのどこかにある、暫定政府軍のハブ・フォートに繋がってるんだろ? それを使わせてもらって、そのハブ・フォートまで行けば、あとはそこから、どうとでもなるだろ。つまり、この国から出る方法は幾らでもあるだろ。」

 「つまり」という接続詞を、二回も使ったところに。

 真昼のちょっとした気遣いが表れているそのセリフ。

 デニーは。

 あっさりと。

 こう答える。

「うーん、それはちょーっと難しいかも。」

「難しいって、何がだよ。」

「えー? 言ってなかったっけ。デニーちゃんは、暫定政府にないしょでアーガアミパータに来たんだよー。アーガミパータにちゃんとしたやり方で入ろうとすると、色んな入国審査があるじゃないですか。デニーちゃん、あの審査をまともに受けたら、2Mチェックでダメーってなっちゃうから。ほら、「公」レベル以上の魔力・精神力の持ち主はもんどーむよーで入国拒否でしょ? まー、まー、裏から手を回せば入れないことはないんだけど……それだと色々と時間が掛かっちゃうもん。一刻も早く真昼ちゃんのことを助けたいーっていう気持ち! でしょ? と、ゆーことで! デニーちゃんは、いわゆる密入国をしてきたのです! もしも暫定政府の子達に見つかったら、逮捕だーってなっちゃうよ。」

 それは。

 確かに。

 難しい。

 良く考えてみれば、デニーはギャングの幹部の一人なのであって、しかもアーガミパータは紛争荒れ狂う内乱の地なのだ。この二つを数式のそれぞれの項に代入して、そこに「まともな入国」という「答え」が出てくるはずもない。とはいえ、同じギャングの幹部の一人であっても、例えばフラナガンであったらごくごく普通に入国して来ていたのであろうが……そこら辺は個性の差として捉えればいい問題だ。

 とにかく、真昼はデニーの言うとおりだなぁと納得したのであって。それ以上は肯定の言葉も否定の言葉も発しなかった。デニーの言葉に肯定的な返答を返すのはなんだか負けた気がして嫌だからね。もー、真昼ちゃんたら負けず嫌いなんだから! しかし、それにも拘わらず……デニーは、更に、言葉を続ける。

「それに……」

 空の。

 方を。

 指差し。

 ながら。

「たぶん暫定政府の子達もそんな状況じゃないと思うよっ!」

 またもやデニーによって真昼の視線は誘導されて。地上に広がるどす黒い赤色の戦場から、その赤色からは信じられないほどに、目を焼くくらいに澄み渡った青色の空へと向けられた。眩し気に細められた目、そんな真昼の顔を……さっと撫でるみたいにして、唐突に影が覆った。

 日の光から、真昼の姿は隠されてしまって。暗く陰った世界の中で、真昼は、ほんの一瞬だけ、何が起こったのか分からなくなってしまったのだが。けれども、その次の瞬間には気が付く。空を、目の前に広がるあの空を、圧倒的に大きな、一匹の生き物が、通り過ぎて行ったのだ。

 太陽を食らう。

 蝕の悪魔のような。

 二枚の羽を広げて。

 真昼、は、もちろん。

 その名を知っていた。

 その。

 生き物の。

 名前は。

 グラディバーン。

 真昼は、ぞっと、背筋に、冷たい水銀のような感覚を覚える。確かに真昼は死を恐れはしない。だが、だからといって……グラディバーンを恐れない人間などいるだろうか? それは、高いところに立つことを恐れるように。暗い闇に閉じ込められることを恐れるように。人間としての本能的な恐怖なのだ。

 グラディバーン、ホビット語で「破壊を生み出すもの」を意味する名前を持つこの生き物は、第二次神人間大戦時には、デウス・ダイモニカスの騎兵隊が乗る軍用生命体として、大量の人間を焼き払い・食い殺したものだ。金属にも比するほどに硬質な鱗、破砕機と見紛うほどに力強い後脚、そして、何よりも、残酷な剣を幾本も幾本も並べたような、その口。頭部から尾部までの長さはおよそ十ダブルキュビト、翼を広げた場合、その長さは十五ダブルキュビトにも及ぶことがある。基本的には巨大な蜥蜴といった姿形をしていて、その前脚が翼となっている感じだ。

 共通語で「オロチ(大蛇)」と総称される爬虫類系のマホウ族は、主に五つの種類に分けることができる。カメ(亀)目の生き物が進化したとされている「偽龍」。ヘビ(蛇)目の生き物が進化したとされる「舞龍」。トチ(螣)目の生き物が進化したとされている「飛龍」。ワニ(鰐)目の生き物が進化したとされている「泳龍」。そして、もちろん、いうまでもなく「洪龍」。その中の「飛龍」に属するのがグラディバーンだ。いわゆる知性というものを持つ「偽龍」「舞龍」「洪龍」とは違い、「飛龍」と「泳龍」とは一般的な動物と同程度の知能しか有していない。ただし、その代わりに……それほど強力ではないデウス・ダイモニカスなどであれば、魔的ゼティウス形而上体でさえも太刀打ちできないほどの、恐ろしい魔力を有しているのだ。

 そんな生き物が。

 今。

 真昼の頭上を。

 飛んで、いく。

 しかも、よくよく見てみれば……グラディバーンはその一匹だけではなかった。三匹のグラディバーンが一組となり、そんな組が、最初の列に一組、次の列に二組、最後の列に三組。合計して十八匹ものグラディバーンが、自殺行為号(仮)のスピードさえもエスカルゴの歩みに思えるほどのスピードで、瞬く間に飛び去って行ったのだ。飛び去って行った? どこの方向へ? そんなの、もちろん、決まってるだろう。暫定政府軍のポータル・ベースがある方向へ、だ。

 つまり、それらのグラディバーン達は、カリ・ユガ軍が所有しているミリタリー・エアークラフトなのであって。戦闘機・攻撃機・爆撃機のような役割を果たしているらしかった。なるほど、と真昼は思った。これでようやく合点がいった。カリ・ユガ軍が、戦力において、明らかに暫定政府軍よりも劣っているように見えたのはこのせいだったのか。カリ・ユガ軍には、グラディバーンという圧倒的な切り札が残されていたのだ。この切り札の投入によって、暫定政府軍とカリ・ユガ軍とはほとんど同等、それどころかカリ・ユガ軍の方が少しばかり有利なのではないかと思えるくらいに戦況は変化した。

 真昼達のこと、自殺行為号(仮)などには見向きもすることなく、グラディバーン達は一直線にポータル・ベースへと進んで行き……そして、「オドラデク!」と叫ぶ暇もなく、そのポータル・ベースの真上にまで到着していた。

 ここで、編隊は形を変えて。ベースの全体に攻撃がいきわたるように分散した。三匹がポータルの周りに集中して。それ以外の十五匹は、外側に九匹、内側に六匹、二つの円を描くようにベースの上をぐるぐると周回し始める。

 その口から。

 セミフォルテアの炎を。

 壮絶に、嘔吐しながら。

 そう、これこそがグラディバーンの最も恐ろしい武器である。グラディバーンは、様々な方法を使って、自分の個体限定範囲の外側にある魔学的なエネルギーを自分の個体限定範囲の内側に取り込むことができる。例えば、周囲の魔力を吸収したり、あるいは、食べた生き物の観念を消化したり。そうして、そこから不純物を取り除き、限りなく純粋にすることで、神々の力、セミハの原理であるところのセミフォルテアを吐き出すことができるのだ。当然ながら、フロギストンなど比べ物にならないほど強力な、その炎は。ポータル・ベースを焼き尽くす……かに思えた。

 しかし。

 その瞬間、に。

 このベースの。

 防衛システムが。

 作動する。

 さっき視線を向けた時に、何に使うのか全く分からなかった、あの格子構造の金属塔が。ベースに向かってグラディバーンの炎が吐き出された瞬間に、世界そのものを振動させるかのようながりがりがりがりという音を立てながら、天から振り降ろされた雷鎚にも似た、凄まじく強力な稲妻を放ち始めたのだ。それらの稲妻は、最初は、金属塔の周りで無秩序に乱舞していたのだが。やがて、瞬く間に収束して。それから、空に向かって、逆転した落雷のごとく放たれる。

 そして、更に。別々の金属塔から放たれた稲妻が、一つ、二つ、三つ、結び付き、織り成されて。ベースの上空には、雷光によって、壮大な魔法円が描かれる。例の発電施設ごとに分かれている金属塔の、そのクラスター一つにつき一つの魔法円が発生していて。これこそが、ベースに備え付けられていたところの、ファイアーウォールだったのだ。神卵、アーガミパータの太陽から照射されるセミフォルテアの光を蓄力し、それを防御用の魔法円として発動させるためのもの。最終的に、ベースの上空は、多数の魔法円によってほとんど埋め尽くされてしまった。

 さすがに真昼は、魔法円を見ただけでは、どのような性質を持つ魔法円であるのかということは分からなかったのだけれど(少なくともデニーが使っていた「大罪の詩行」ではないようだ)。どうやらよほど強力な魔法円らしい。見た限りでは五芒星が中心となっていて――ちなみにそれはいわゆる「不完全な王の詩行」であったのであるが――そうして、グラディバーンの吐炎をほぼ完全に防ぎ切っていた。まあ、あくまで「ほぼ」完全にであって、ところどころではベースの内側に火の粉が降り注いで、テントが燃えたりもしていたのだが。

 このままでは、せっかくカリ・ユガ軍が投入した切り札も、なんの意味もないままに退けられてしまうのではないか……なーんていうことを真昼が思う暇も無かりせば。十八匹のグラディバーン達は、炎を吐き出していた口を一度閉じて。それから、次なる一手に取り掛かる。

 ここまで触れていなかったのだが、当然のように、グラディバーンもあちこちが改造されていた。頭蓋骨の部分にはマンティコアやウパチャカーナラと同じように宝石が突き出していて。胴体のところどころに金属製のジェットエンジンのようなものが埋め込まれていて(体内に溜めたセミフォルテアをジェットとして吐き出すためのものだ)。そして、今、何よりも重要なのは、その腹部がひどく膨らんでいるということだ。それは肥満しているというよりも……腹だけがぼこりと膨らんだその形は……何かを孕んでいるみたいに真昼には見えて。さて、実際に、その通りであった。

 口を閉じたグラディバーン達は、暫くの間、ベースの上空に浮かんだままで、何か恍惚とした痙攣のようにして、その身を震わせていたのだけれど。やがてその腹部が……がぱぁっと、内側に含んでいた体液をぶちまけながら、大きく開いた。縦に一直線、あたかもそこに一つの巨大な口が取り付けられていて、その口が大きく大きくあくびをしたみたいな形。べちゃべちゃと、粘性の高い、濁った液体が、唾液のごとく滴っていて、そして、そこから排出されたのは、もちろん体液だけではない。

 小さな。

 小さな。

 グラディバーンの胎児。

 その子宮から。

 何匹も。

 何匹も。

 産み落とされる。

 ずるりずるりと未熟児の態度。べったりとした羊水に似た液体にまみれたままで、腹の中から吐き出されるその姿は……まるで、ぶくぶくと包み込まれたあぶくの中から吐き出される蟷螂の様態みたいだと真昼は思った。

 読者の皆さんも多分ご存じのことだと思うが、グラディバーンは他の爬虫類全般と同じように卵生の生き物である。だが、真昼の目の前で繰り広げられているその光景は、どう見ても胎生生物の出産に酷似していて(とはいっても臍の緒や胎盤は見当たらなかったが)。恐らくは、胎生生物の形相子を挿入することによって、こういった性質を獲得させたのだろう。

 それはともかくとして、それらの胎児の群れは、母親だか父親だかから排出されると。そこからの墜落の過程で次々に目を覚ましていって、それから、やけにあっさりとしたやり方で二枚の翼を広げた。まだ、こんなに……生まれたばかりだというのに。予めその脊髄に飛行のための完全なメソッドが埋め込まれていたとでもいうかのように、やすやすと飛ぶことを始めたのだ。

 きぃっきぃっという感じ、壊れたおもちゃから空気が抜けていくような声で泣き喚きながら。あるいは、体に纏わり付いている母親だか父親だかの体液を撒き散らしながら。暫くの間、そこら中を、ぐるぐると飛び回っていたのだけれど。やがて、突然、誰かから何かを指示されたかのようにして。胎児の群れの全体が、一斉に、ベースへと向かって斜め下向きの滑空を開始する。

 しかしながら、かつ、当然ながら。まだ小さくてあどけない子供のグラディバーンだからといって、魔法円が、手心を加えたり、あるいは内緒でこっそり通してくれたりするわけもなく。ベースの上空を覆うシールドのような魔法円によって、胎児の群れは次々と行く手を阻まれることになってしまう。一匹、二匹、三匹……それから先はたくさん。胎児の群れは、それぞれの親螣ごとに別れて。そうして分かれたそれぞれが、なんだかお団子でも作るみたいにして、集団で魔法円の上空に集まって。

 それから。

 その集団を形作る。

 大量の胎児の群れ。

 その。

 一匹。

 一匹。

 が。

 唐突に。

 爆発する。

 それは一つ一つが小さな太陽であるかのような凄まじい爆発であった。まあ、それも当然といえば当然であろう。グラディバーンは、先ほども書いたように、魔的ゼティウス形而上体と同程度の魔力を有しているのであって。しかも、これらの胎児達の体の中には、親から注がれたところのセミフォルテアまで詰め込まれていたのだから。

 さすがにセミフォルテア爆弾レベルの威力はなかったが(形而上臨界点に達したことによる爆発ではなかったため)、とはいえマジック・ダーティ・ボムと同じくらいの威力はあったらしく。それゆえに、さすがの「不完全な王の詩行」も耐え切ることが出来なかったようで、胎児たちが群がっていたところ、ぽっかりと穴が開いてしまう。

 さて。

 これで。

 料理の。

 下拵えは。

 お終い。

 穴が開けば水が漏れるし、水が漏れれば火も漏れる。そっと開かれた処女の唇に、無遠慮に口付けを落とす娼婦みたいな態度で。大人のグラディバーン達は、次々と、魔法円に開いた穴に、頭を突っ込んでいって。そして、そこから、勢いよく、思う存分に、セミフォルテアの炎を、反吐のように吐き始める。

 これはもう……なんというか……ベースの人達からすれば、たまったものではない。穴が開いている箇所が十八しかなく、ベース全体を焼き尽くすまでには至っていないが。それでも、あのテントが、このテントが、そのテントが、そしてトレーラーが、悪魔をも焦がす炎によって飲み込まれていく。しかも、それだけではなかった。このベースの、最も重要な施設。つまり、ポータルまでもが、その炎の標的となっているのだ。

 というか、ポータルが一番危機的な状況にあったといった方が正しいだろう。以前書いた通り、ポータルの上空には、三匹のグラディバーンが集中していたのであって。もちろん穴も三つ開いている。そのそれぞれからグラディバーンが鎌首を伸ばしていて――この表現はなんかちょっと間違ってる気がするが――今にも、ポータルに、ポータルを維持しているテレポート装置に、炎を吐きかけようとしている。

 このままでは。

 めちゃくちゃ。

 ヤバい。

 もう。

 すっごく。

 ヤバい。

 思わず馬鹿みたいな文章にしてしまったが、それほどまでに暫定政府軍の状況は芳しくなかった。この戦いはポータル・ベースを維持するための戦いであって、従って、ポータルを破壊されたらそれで終わりなのだ。ということで、暫定政府軍も、仕方なく奥の手を出さざるを得なくなる。

 ポータルの周囲。

 設置されていた。

 防空システムが。

 遂に。

 起動するのだ。

 いや、ていうかグラディバーンが来た段階で作動させておけよと思うかもしれないが。ちょっと考えてみて欲しい、このミサイル一発幾らすると思う? アーガミパータの暫定政府は、パンピュリア共和国やエスペラント・ウニートやといった大国と違って、湯水のごとく(ちなみにこの湯水という比喩表現は(略)貴重品であるからだ)防衛費に予算をつぎ込むことは出来ないのであって。可能な限り、空からの攻撃は、ミサイルほど金のかからない魔法円によって防御したかったということだ。

 しかし、その魔法円が破られた今となっては、いつまでも金を惜しんでいるわけにはいかない。ミサイル一発分の金額よりも、ポータル一つ分の金額の方が、んもーぜーんぜん高額なのであって。今こそ、この「最後の手段」を使う時だ。

 そもそもグラディバーン達が捕捉マーダーの検出圏内に入った時点で狙いは定められていた。そして、このミサイルがいくら短射程といっても、それこそスープの冷めない距離――火炎放射ももちろん冷めない――にいるグラディバーン達の位置が、有効射程圏内でないはずもないのだ。

 ちなみに、その有効射程とは半径二十エレフキュビトであるが。それはそれとして、このような条件下で、しかも、この発射装置が完全自動型である以上、ミサイル発射を躊躇う理由はどこにもないわけであって……ポータルを狙う三匹のグラディバーン達が、穴に顔を突っ込んだちょうどのそのタイミングで、配置されていた全てのミサイルが発射されていたのだ。

 ベースを。

 襲う。

 十八匹。

 全ての。

 グラディバーンに。

 向かって。

 ちなみに、余談であるが。ポータルの上のポイントは、他のポイントよりも魔法円によって形作られたシールドがかなり分厚くなっていた。いうまでもなく、そこが最重要ポイントだからである。そのため、三匹のグラディバーン達がその場所のシールドを破るのは少しばかり余計に時間が掛かっていた。そんなわけで、そこのシールドが破られたタイミングでなされたミサイル発射の時点で、既に、他の場所では、そこそこの被害が出てしまっていたということである。

 まあ、それはそれとして……大きく口を開いて、その名の通りに破壊を撒き散らしていた十五匹のグラディバーン達は。あるいは、たった今、それらの口から、まさに炎を吐き出そうとしていた三匹のグラディバーン達は。それぞれの口めがけてミサイルが飛んできているのを確認すると、すぐさま首を引っ込めた。それから、あたりに満ちている腐りかけた血の匂いを払うかのように、ばさぁっと羽を羽搏かせると。一気に上空へと飛躍していく。

 さて、ここまで触れていなかったのであるが……グラディバーン達が産み落とした胎児の群れは、実はその全てが魔法円の破壊のために自爆したのではなかった。その目的のために華々しくも物悲しく散っていったのは半分程度であって、残りは未だ、親であるところのグラディバーンの周囲を、公園を駆け回る子供達みたいにして飛び回っていたのだ。

 グラディバーンが一定の高さまで飛び上がると。その頭蓋骨に埋め込まれている宝石が……異様な輝きを放ち出した。なんとなく薄暗い、濁ったような光。すると、まるでその光に共鳴するみたいにして、今度は胎児達の頭の上に突き出している宝石が同じような色で光りを放つ。

 この光は、実のところ、胎児達が自爆した際にも放たれていたものであって。セントラルとなる親ディバーンからターミナルである子ディバーンに対して、一定の指令を送信するための光なのだ。そんなわけで、胎児達は、ぱっと飛び回ることをやめて……その指令に従い始める。

 具体的には、ミサイル(複数)に向かって勢いよく群がり始めて。それらのミサイル(複数)の外部装甲を引き裂くみたいにして、鋭い牙を突き立て始めたのだ。グラディバーンの牙は生半可な金属よりも遥かに硬く、しかもそれらの歯にセミフォルテアの力を満たすことによって、ヒートナイフのように使うことができるのだ。これはグラディバーン同士が共食いをする時に大変便利な機能なのだが、それはひとまず置いておいて、胎児達に群がられたミサイル(複数)は、装甲を引き剥がされた上にバランスを失って、結果的に見当違いの方向へとよろめいていく。

 そして。

 目標に到達する前に。

 あえなく、爆発する。

 ただ、それは、真昼の思い描く「爆発」とはいささか趣の異なった現象であった。どちらかといえば「凝結」といった方が正しいかもしれない。ミサイルが、ぱっと弾けたかと思うと……その中心に向かって、周囲に満ちている「何か」が、急速に収束していって。辺りにある全ての物体を巻き込みながら信じられないほどの冷たさによって凍り付いたのだ。

 無論、胎児達もその「凝結」に巻き込まれたのであって。ミサイルに纏わりついていた胎児達は、逃げる間もなく凍り付いて……そして、その巨大な氷の塊は、ほんの一瞬だけ存在した後……ぱぁんと割れて、粉々に砕けて、雪のような態度でもって地上へと降り注ぐことになる。

 要するに、このミサイルに乗せられていたのは、元素術を兎錬術的に応用した魔力凍結弾頭だったということだ。弾頭に積み込まれていたのは、爆発することによって周囲の極子から魔力エネルギーを奪う薬品であって。それが周囲に散布された結果、魔学的な絶対零度に極めて近い状態まで環境変化を起こしたということだ。そして、その極低温状態となった空間が、雪のように、ベースに降り注ぐことによって……ベースのあちこちで燃えていたセミフォルテアの炎、その全てといわないまでも、少なくとも一部分は消されていく。このミサイルは、対象を凍殺するか、それに失敗したとしてもベースの消火作業は行える。対グラディバーンを想定した、一刃二魚のミサイルだということだ。

 さて。

 とはいっても。

 目標であるグラディバーンは。

 殺せなかったのでありまして。

 せっかくクソ高いミサイルを、あれだけぶっこんだというのに、このままでは……無駄に終わってしまうというのか? もちろん、そんなわけがない。第一弾のミサイルで、邪魔をする子ディバーン達は、そのほとんどを駆逐することが出来たのであって。今度は、親ディバーンを仕留めるための、第二弾のミサイルを放てばいいだけの話なのだ。

 とはいえ……と、読者の皆さんは思っていらっしゃるかもしれない。とはいえ、ミサイルの再装填は、人間の手によって行わなければいけないのであって。それならば、そんなにすぐさま二発目のミサイルを発射することは出来ないのではないか? もしも、そういうことを思っているとすれば。それは、読者の皆さんが……この戦場が、アーガミパータであるということを忘れていらっしゃるからだろう。

 ここでは、アーガミパータでは。

 人間が人間である必要は、ない。

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