第一部インフェルノ #26

「もっと何とかならないの!」

「何がですかっ!」

「この運転!」

「これは! どうにも! なりません!」

「うわっ!」

「真昼ちゃん、左っ!」

「おっと! この……」

 うーん、とても大変だということが伝わってきますね。しかもなんだかしっちゃかめっちゃかだ。とはいえ、デニーと真昼とは、殺されていないだけましな方だった。周りでは無人機によってダコイティの人間達が次々と撃ち落されていっているのだから。ちなみに撃ち落されていっているというのは、無人機が放った黒い色の閃光によって「撃たれて」、粉々になった肉体の断片が「落ちていく」ということだ。

 今までさんざんぱら「アーガミパータは地獄です」だの「血と内臓の泥沼です」だのといってきたのだが、なかなかその具体的な実例を示すことができなかった。まあ、国内避難民のキャンプとかのシーンはそれなりに人が死んだりもしていたが、あれはしょせん何もかも終わった後の光景であって。今、ようやく、現在進行形の地獄をご紹介することができる。

 ということで。

 真昼は。

 地獄に。

 立っていた。

 地獄に立っていたというか正確には地獄で飛んでいたなのだが、その話は後でするからここではひとまず置いておこう。とにかく、真昼は、初めて「この世の地獄」というものを味わっていたのであって。とはいえ、実際にそれを味わってみると……なんというか、地獄さが薄味に感じるというか、いまいち真剣みに欠けている自分の状態を意識していた。

 #25のラストシーンで、ダコイティがフォース・フィールドの内側に飛び込んだと書いたのだが。いうまでもなくデニーと真昼とも、ダコイティ達と同時に突っ込んでいた。ということで、真昼の目の前で今この時に広がっている光景は、間違いなく戦場の光景である。ダコイティとASKの機械達とが命懸けで(機械には懸ける命はないのだが)戦っている、その永遠とも思える瞬間の連続であって。血と油、肉と金属、内臓とCPU。そして、真昼も、それと同じ戦いを戦っているのだ。

 それにも拘わらず……どうも現実感が欠如しているのだ。映画とかドラマとかを見ているみたいな、それは確かに湯水のごとくお金を使った(ちなみにこの湯水のごとくという比喩表現はアーガミパータの一部地域では全く通じない)(そういう地域では水が大変な貴重品であるからだ)超大作ではあるが、しょせんは紛い物に過ぎなくて。鼻を刺すような焦げた金属の匂いも、耳を劈くような誰かの断末魔の声も。あるいは、たった今頬をかすっていった、真昼自身が破壊した無人機の欠片も。確かに現実であるはずなのに……全部、全部、とてもリアルな、遊園地のアトラクションか何かのように思えてならないのだ。

 これは真昼には全く理解できない感覚なのであったが、このような状況に置かれた人間が示す大変一般的な反応であるといえた。こんなことはいわなくても誰でも知っていることであるが、人間とは生き物としては完全に出来損ないである。特に知性の面では大変劣っていて、劣っているというかその思考システムはほとんどでたらめだといってもいいくらいなのだが、とにかく、それゆえに、物事についての感覚・思考に関してはある一定のレンジでしか行うことができない。それが日常であろうと非日常であろうと、人間という生き物は、その範囲以下・以上で何かを感じるということができないのだ。

 そして、更に、そのレンジはお粗末なほど小さいがゆえに。どんな人生を生きている人間であっても、その普段の生存過程において、レンジの全てを使って物事を感じている。ダコイティのように生死に関わる日々を送っている人間であっても、真昼のようにのんべんだらりとした日々を送っている人間であっても、それは変わらないのだ。

 ということで、真昼の感覚は、この戦場においても、真昼が普段過ごしている「何してるの?」「呼吸してる」レベルの日常と同じ程度にしか物事を感じていないのだ。それなのに、真昼は、まるで映画やドラマやの登場人物が感じているような、ハラハラドキドキの感覚を求めているのであって。だからこんな違和感を覚えているのだ。

 ただ。

 まあ。

 それはともかくとして。

 真昼は今どこにいるのか? いや、どこにってデニーが載ってるバイクの上にいるのだが、それではそのバイクはどこにいるのか。先ほど真昼は「飛んでいた」と書いたのだが……これは文字通りの意味だった。このバイクは、アーガミパータの空、無人機と無人機の間を縫うようにして飛んでいたのだ。

 このバイクは実際にはバイクではなく、以前書いたようにバイクのようなものであって、正確な名称は「スカイスティック」という。マジックエンジン式の鼎発戦闘機であり、通常は省略してスティックと呼ばれる。戦闘機と聞いて普通思い浮かべるオキュペント・プロテクトのもの、つまり搭乗者がガラスや金属で外界と隔てられているものとは違って、スティックはかなり小回りが利く。このタイプは隔壁や兵装やなどの余計なものは全て剥ぎ取ってしまっているからだ。そのため、第二次神人間大戦期にはグラディバーンなどの大型飛行生物が大群で現れた際の遊撃に使用されていたし、現在ではドローンの駆逐を主な用途として使われている。

 とにかく、大群で現れた敵をその敵と敵との間を縫うようにして迎撃・制空するための戦闘機なのだ。三つあるマジックエンジンがそれぞれ独立して動くことで、そこら中を縦横無尽に飛び回ることができる。搭乗者は通常二人、一人は運転役でもう一人は攻撃役だ。今回のケースでは運転役がデニー、攻撃役が真昼。機体自体には武器が取り付けられていないため、攻撃役は自分で武器を持って乗り込まなくてはならず、真昼の場合はそれが重藤の弓ということだ。そんなわけで、今、デニーと真昼とが乗ったスティックは……叢雲の如き無人機の大群に突っ込んで、それらを遊撃しているというわけなのだ。

 もちろん、そうしているのは。

 デニーと真昼とだけではない。

 空中戦は恐ろしいほどの激戦だった。ダコイティ側の大半がスティックに乗った人間であるが、ダイモニカスも僅かながら混じっている。ちなみにダイモニカスはスティックに乗っているわけではなく、自力で空を飛ぶことができる者達だ。その中には真昼の見知った者、要するにレンドゥもいて。正直な話、昨日の会議では一度も発言しなかったし、いつもオカティの隣にいる人くらいの印象しかなかったのだが……このレンドゥが、もうびっくりするほど頼りになる仲間だった。

 以前、レンドゥは蝶々の羽を生やしていると書いたと思うが、その蝶々の羽から、何か鱗粉のようなものを常に放出している。その鱗粉はダコイティにかかっても何の影響もないのだが。にも拘わらず、それに触れられた無人機は、瞬く間に機能を停止して墜落していくのだ。恐らくこの粉にはレンドゥが定めた相手から魔力を吸収する効果があるのだろう。だから魔力を吸い取られた無人機はエネルギー切れを起こして墜落するのだ。もちろん通常の攻撃も行っているので、レンドゥの周りにはそこだけ無人機の空白地帯ができているくらいだった。

 とはいえダコイティ側の被害もかなり大きかった。ダイモニカスではない通常の人間の死亡率が、もう笑ってしまうほどのハイレートなのだ。これはよく考えれば分かることなのだが、そもそもスティックには何の防護装置も付いていない。よって、一発攻撃を食らえば即死なのだ。それどころか無人機はそこら中に満ちているため、少し運転を間違えれば激突して死ぬ。一秒に一人どころか一秒に十人くらい死んでるんじゃないかと思うほどに、この空は死屍累々のビートを刻んでいるのだった。ただ、まあ、その割にはまだそれほど人の数が減っているわけでもないので、実際はそれほどの死にまくっているわけではないのだろうが。

 そんな中で鮮やかな活躍を見せているのがジュットゥだった。#25で書いた通り、ジュットゥのスティックにはジュットゥしか載っていない。それに、これはダコイティがほとんど手作りしたものだ、自動運転装置などという高級なものが取り付けられているはずもない。ということで、一人で運転と攻撃を行っているはずなのだが。それなのに激突もせず、周囲の無人機を的確に打ち抜いていっている。弾倉の交換をする時など、明らかにハンドルから両手を放しているのだが、それでも普通に運転しているのと変わらない挙動なのだ。

 ちなみにジュットゥが持っている武器は、デニー&真昼が出会った時に持っていたものと同じPGO-BGであったが。よく見ると、それは普通のアサルト・ライフルというわけではなかった。その銃身に何か螺旋状のもの、コイルのようなものが巻き付いていたのだ。それはどう見ても赤イヴェール合金でできたものであり、ジュットゥが引き金を引く度にそれに反応するみたいにして光る。このコイルは、他の人間達が持っているアサルト・ライフルにも取り付けられているもので……どうやら一種の魔力収集装置みたいなものらしかった。アーガミパータに満ちている魔力を吸い込んで、それをライフルが放つ弾丸に付与しているのだ。そのため、ごく普通の鉛玉と思える弾丸であってもASKの無人機を撃ち抜けるということだ。

 さて。

 そんな、乱戦の場で。

 真昼もまた。

 戦っている。

 これは真昼自身が一番驚いていることなのだが、かなり控えめに見積もっても「真昼ちゃんスーパー大活躍タイム」だった。レンドゥほどではないとしても、ひょっとしたらジュットゥよりも活躍しているのではないかと思うほどだ、まあ真昼は自分で運転しているわけではないのだが。

 その活躍は、間違いなくこの弓をパンダーラに強化してもらったおかげだった。この弓が放つ矢は、まるで散弾のように炸裂させて、たくさんの矢として雨のように降り注がせることができる。それは強化する前からできたことなのだが、ただし、以前は分裂した矢は分裂した分だけ弱化していた。サテライトの衛星くらいなら、あれは基本的には人間の体なので、刺すことができたのだが。もしも強化する前の状態であれば、散弾の矢はとてもではないが無人機を貫くことなどできなかっただろう。となれば一本一本矢を放っていくしかなかったはずだ。

 しかし、パンダーラによって強化された矢は、どれだけ分裂してもほとんど弱まることがなかった。どうやら分裂した後に周囲の魔力を取り込むことによって、もともとの力を取り戻すことができるらしいのだ。理論的にはできないことではない。以前少しだけ書いたことであるが、重藤の弓は鳴弦と同じ原理で動くものであって。それが発射している矢は魔学的な意味においても物質と呼べるものではなく、基本的には魔子の振動である。従って、周囲が魔力に満ちている状態であるならば、その魔力によって振動を大きくすることは不可能ではない。

 そういった理論は、いうまでもなく、真昼の知るところではなかったが。それでも自分の放っている矢がどれほど強力になっているかということ、感覚的には十分に理解できた。これほどの力を自分が持っていることが信じられなかった、一度矢を放てば、少なくとも十体の無人機を破壊することができたからだ。ちなみに、その射撃結果には、デニーの魔学式による動体視力の強化も寄与していたことはいうまでもあるまい。普通の人間の動体視力では、ASK製の無人機がどこにいるかという位置関係、十体同時に把握するなんてできることではない。

 そんなこんなで。

 真昼は、襲い来る無人機を。

 次々に撃墜していたのだが。

「これじゃ、きりがない!」

 ちっと軽く舌打ちをしながら、そう呟いた。真昼が、ダコイティが、これまでに相当数の無人機を撃ち落としているはずなのに。それでも無人機は一向に減ることがなく、それどころか(こういう状況にありがちなことであるが)その数を増しているようにさえ思われるくらいだった。

「あれだけ落としたのに……ASKはどれだけドローンを持ってるわけ!? 一体、どれだけ壊せば全滅させられるの!!」

「そもそも全滅は無理だよ!」

「はっ!? 無理ってどういうこと!!」

「ASKはアーガミパータから外部に繋がるテレポート装置を持ってるからね! ドローンなんて、その気になれば本社から幾らでもテレポートさせられるってこと! あっ、真昼ちゃん!」

「うわっ!」

「だいじょーぶ!?」

「いいから! 話! 続けて!」

「えーと、なんだっけ……そうそう、ドローンはいくらでもテレポートさせられるの! もちろんこすと・あんど・べねふぃっとで問題のない範囲内でってことだけどね! でも、あんなドローンいくらもしないだろうし……」

「御託はいいから! 結論!」

「つまり元から全滅させようなって思ってないってこと!」

「じゃあどうすんの!」

「上っ!」

「クソがっ!」

「とにかく製錬所に着くこと! それから二手に分かれるの! 片方の部隊は製錬所の主要施設、発力所とか、工廠とか、テレポート装置とか、そういう場所を破壊する! そうすれば、これ以上はASKの兵隊さんも増えないでしょ! もう片方の部隊はメイン・コンプレックスに突入! ミセス・フィストを倒して、それでマラーちゃんと、それにカーマデーヌを助ける!」

「ってことは、あたしとあんたは後者の部隊ってわけね!」

「真昼ちゃん、かしこーいっ!」

 この時点まで、真昼はこれからの計画について一切聞かされていなかったのであるし。それについて気に掛けてさえいなかったので、とてもじゃないが賢いなんていえたものではなかったのだが。それはそれとして、ここでようやく、これから何をするのかということが分かった。そうなると今度は細かいところまで気になってきてしまうものである。と、いうわけで、真昼はデニーに対して次の質問を投げかける。

「部隊の! 他の! メンバーは!」

「ないすしょっと、だね!」

「お世辞はいらない!」

「ミセス・フィストを倒し隊は、デニーちゃんと、真昼ちゃん、それにパンダーラちゃんの三人です!」

「え……は?」

「真昼ちゃん、危ない!」

「うわっと!」

 デニーの言葉、あまりに衝撃的だったせいで。

 真昼は、スティックから落ちかけてしまった。

「三人って、三人!?」

「そうだよ、三人!」

「あのミセス・フィストと!?」

「そうだよ、あのミセス・フィストと!」

「そんなの……」

「相手がミセス・フィストだからね! さぴえんすなんていくらいても無意味だし、マーラの子達だってそんなに役に立つとは思えないってこと! それなら施設の破壊にまわってもらった方がいいでしょ!」

「だけど、あんた一人でも勝てなかった相手でしょ! それに……言ってたじゃない、ミセス・フィストは盤古級対神兵器だって! 盤古級っていったら、デウス・デミウルゴスでも殺せる兵器だよ! そんな相手に三人で勝てるの!」

「んもー、真昼ちゃん、ちゃんと話聞いてたの!? 盤古級っていっても「力」を使える状況は限定されてるの! まあ、いつものデニーちゃんが相手だったら全力を出してきただろうけど……とにかく、ミセス・フィストは「力」のほとんどを使えないってわけ! だから、今の状態なら、デウス・デミウルゴスどころか「公」レベルのマーラも倒せないんじゃないかな! それくらいの相手なら……やり方によっては、倒せなくもないよ!」

「やり方って、どうやって!」

「真昼ちゃん、真昼ちゃん、真昼ちゃーん! ここでそんなこと言えないよ! ASKが聞いてるかもしれないからね!」

「確かに! ごめん!」

 素直に謝れて偉いね、真昼ちゃん。とはいえ……一抹の不安が残ったのも事実だった。一抹の不安というか、オイルタンカー一隻分の不安というか。ミセス・フィストは、本当に、三人で何とかできる相手なのか? というか、それ以前の話として、ミセス・フィストを相手にした戦いで真昼は役に立てるのか?

 ミセス・フィストとデニーとの戦いを真昼は見ていた。見ていたというか、見えなかったというか。その戦いは、あまりにも可及的速やかに行われていたため、強化されているはずの真昼の目によってさえ捉えることができなくて。しかも、真昼よりも遥かに強い魔力と精神力を持つデニーでさえ、ミセス・フィストに対して防戦一方だったのだ。そんな相手との戦いで……真昼が、一体何ができるというのだろうか。

 いや、いけない。

 こんな考えじゃ。

 昨日、パンダーラが教えてくれたではないか。大切なのは結果ではないと。行為をなそうとすること、善なる行為をなそうとすること。それだけが真昼にできることで、だからこそ真昼にとって一番大切なことなのだと。抗え、抗え、運命に抗え。それが結局のところ不可能なことであっても……そうすることで、真昼は、自分自身で、何かを選ぶことができるのだから。

 もしもマラーを助けるために、ミセス・フィストと戦うことが必要なのならば。喜んで戦うべきなのだ。その戦いの中で、デニーが真昼のことを守り切れず、命を落とすことになったとしても……元から捨ててかかった命だ、惜しいものなど何もない。ならば失うものも何もないのであって、それならば恐れる必要もない。恐ろしいのは戦わずに逃げること、それだけだ。

 そんな風に考えながら。

 真昼は。

 一際強く。

 弓を引く。

 目の前に……「母船」が現れたからだ。ここで「母船」といったのは、真昼が勝手に心の中でその名称で呼んでいるからであって、実際に何かの母船であるというわけではない。正しくいえば、これは「再生機」と呼ばれる種類の無人航空機だ。今まで真昼が撃墜してきた無人機、それらは「戦闘・自爆兼用機」と呼ばれる種類の無人航空機であるが、それらとはSIZEもSHAPEもSITERUKOTOも違うのだ。ちなみに、このSITERUKOTOというのは「してること」をイージー・パンピュリアン・ゲバルで書いただけのことであるが、なんでそんなことをしたのかというと、どうしても頭韻を踏みたかったのだがSで始まるいい感じの汎用トラヴィール単語を思いつかなかったからである。

 まず「戦闘・自爆兼用機」(長過ぎるので以後は無人機と書く)についてであるが、本体の大きさは一ダブルキュビト程度、円錐を研ぎ澄ませるだけ研ぎ澄ましたような、ほっそりとした流線形の姿をしている。無駄な装飾は一切なく、本当にただただ金属を固めただけといった感じ。いかにもASKらしく、恐ろしいほど非感情的な形だ。その原材料となっているのは、熱に浮かされて見る夢のような赤色をしたあの金属、赤イヴェール合金。ただし、どうやら、ごく一般的な赤イヴェール合金というわけではないらしい。その証拠に、その無人機は、その機体から、常に、奇妙な光を発し続けている。薄ぼんやりとして捉えがたい、じっと見ていると咳込みそうになる、そんな光で。恐らく、それは、無人機が放出している魔力を隠蔽するための何らかのステルス機能に関係しているのだろう。まあ、今現在のこんな状況下ではそんなステルス機能に意味があるとは思えないが……少なくとも機体がマーダー(MAgic Detection And Rangingの略称、魔力を使ったレーダーのこと)に映ることはないのだろう。

 先ほど本体の、と書いたのだが。そう書いた通り、この無人機には本体以外の部分がある。どす黒い稲妻を束ねたようなエネルギーによって本体と繋がっている、二つの、黒い、宝石。この宝石はアヴマンダラ製錬所を脱出した時にデニーと真昼とのことを追いかけてきたあのドローンを駆動させていたものと同じ宝石だった。ただ、その大きさはあの宝石よりも二回りほど大きかったのだが。それらの宝石は本体の周囲を衛星のようにぐるぐると巡っていて、稲妻が届く範囲ならば完全に自由に動けるようだった。それは……つまるところ、無人機に搭載された兵器なのだ。二つある宝石のそれぞれが人間達に向かって黒い閃光を放つ。希望の色彩を失った日の夜のような、星一つない黒い閃光を。そして、その光を浴びた人間は……まるで、サイエンス・フィクション映画の中で、邪悪なエイリアンが放った光線銃に撃たれた哀れな一般人か何かみたいに。ちょっと間抜けなくらい粉々に砕け散ってしまうのだ。その光景を始めて見た真昼は(そんな大袈裟に砕ける必要ある?)と思ってしまったほどだった。

 さて、そんな無人機に対して、「再生機」(これは別にそんなに長くないのだがこれからは母船と書こう)の方であるが。個体によって大分と大きさが変わってくるのであるが、平均して直径二十ダブルキュビトはあるだろう巨大さであった。直径と書いたように、その形は球体であって、そして……真昼が見た限り、それは沸騰する光の塊であった。これは比喩的表現でもなんでもなく、本当に光の塊が沸騰しているのだ。目もくらむばかりの光が、空中に浮かんで、ぼこぼこと泡立っている。その光の色はアーガミパータの太陽と同じ色で、光の強さばかりはさすがに全然弱いものであったが、それでもそれがクリーンエネルギー、つまり太陽光発電によって動いていることは理解できた。なんというエコロジー! そう、ASKは敵対する者に無慈悲であっても環境には優しい企業なのだ! こういうのはファニオンズがうるさいからね、サステナビリティっていうんだっけ。まあそれはいいとして、母船はそんな感じの姿をしていた。

 その球体の周りをリングが回転している。リングの数もやはり個体によって変わってくるのだが、平均して三つ。リング・システムのような態度で回っていて、白と銀の中間みたいな色をした金属の帯でできているらしい。非常に滑らかで、視線さえ滑ってしまいそうなくらいであるが……母線は、そのリングから、大量の無人機を吐き出しているのだ。リングの表面が液体面であるかのようにして、とぷん、とミルク・クラウンを描きながら、次々と無人機が出現してくる。だからこそ真昼はこの球体のことを「母船」と呼んでいたのだ。ただし、このようにして排出される無人機は、実は新しい無人機というわけではない。

 何度も書いているように、母船の正式名称は「再生機」であって、これらの船は、その名前が指し示す通りの行為をしている。要するにダコイティによって破壊された無人機をリサイクルしているというわけだ。その行為は以下のような過程で行われている。まずは地上に墜落している無人機を、御神渡りを機械的に模倣した転送機構によって中心にある球体に集積する。球体の内部でその情報を再構成し、リングへと転送する。そうすると、リングが情報を物質化することによって、無人機はセカンド・カミングを果たすということだ。まあ、現在の状況下ではセカンド・カミングどころかセンチュリー・カミングくらいは果たしていそうなのだが。それはそれとして、この船は、ダコイティ側からすればかなり迷惑なことをしているいうことだ。

 しかも、その巨大さゆえに、明らかにアサルト・ライフル程度でどうにかできる相手ではない。無論、ダコイティの中には携行無反動砲だのなんだのを持っている人間がいるし、それに何よりダイモニカスがいる。そういった人々は、この母船を優先して攻撃してはいるのだが(ちなみにジュットゥのしていることは、携行無反動砲を持っている人間が母船に辿り着けるまで、近づいてくる無人機を撃墜して援護することだった)……とはいえ、どうにも厄介な代物であることは間違いない。

 そして、今。

 真昼が狙っているのは。

 その母船の一つなのだ。

 今まで真昼は母船を攻撃してこなかった。それはどちらかといえば、真昼が怖気づいていたというよりも、単純にデニーがそのそばに近づかなかったからである。デニーの目的はあくまでもこの軍勢を突っ切って製錬所に辿り着くことだ。それゆえにその飛行経路は接近する無人機の数が最低となるルートを辿ることになる。一方で、母船は常にその周囲に無人機を吐き出し続けている。ということで、デニーが母船に近づくメリットは一つもないのだ。

 しかしながら……これは恐らく、つい先ほど真昼がスティックから落ちかけてしまったせいなのであるが。ほんの少しだけ、デニーの飛行経路に修正が施された。もちろん二人の命に関わることなど何一つあるわけがなく、それはデニーちゃんがとーっても賢いからなのだが、とにかく母船の近くを通ることになってしまったのだ。そして、真昼が、その機会を逃すわけがなかった。

 母船を一機撃墜できれば。それは今後再生されるであろう無数の無人機を撃墜するのと同じくらいの効果があるということだ。とはいえ、問題なのは……本当に、重藤の弓で、母船を撃墜できるかということである。真昼の矢はあれほど巨大な光の塊を貫くことができるのか? もしも試してみて失敗したら? その行動によって何かの悪影響が発生してしまったら? ただし、今は考えるべき時ではない。行動するべき時なのだ。信じろ、この弓を強化してくれたパンダーラを。そして、何より、自分自身を。

 真昼は。

 弓を引いたままの姿勢。

 自分の、全てを。

 注ぎ込むように。

 番えた矢へと。

 神経を、集中する。

 すると……弓の先が光を放ち始めた。目には見えないはずの矢が、その姿を現し始めたのだ。これは論理的に有り得ないことで、重藤の弓というのは本来的には矢を放っているわけではない。弦の振動によって魔子を共振させているだけなのだ。今まで矢といってたのは、その振動を便宜的に矢といっていたに過ぎない。だが、それでも矢が現れたということは……通常とは別の論理が働き始めたということだ。

 間違いなく、パンダーラによる強化の影響だった。しかも、その矢の光は、限りなく暴力的で、限りなく原理的で――光というよりも、もっともっと情報に似たもの――つまり、セミフォルテアに限りなく近い、非常に純粋な魔力の光。

 弓を引いている真昼でさえ、その光の温度に耐えられなくなってしまいそうだ。矢が触れている左腕からスナイシャクが焼けていく音が聞こえる気がする。ちりちり、ちりちり、ちりちりと。無論、それは真昼の錯覚に過ぎないのだが、それくらいのエネルギーを感じたということだ。今までの矢が普通の銃弾だとすれば、この矢は砲弾だった。しかも鉛でなく銀でできた砲弾。これならば……これならば、もしかしたら、あの母船さえ貫けるかもしれない。いや、貫けるに違いない。

 真昼は。

 空気を大きく吸い込んで。

 ぎりっと歯を噛み締めて。

 絶対に外さないよう。

 大きく目を見開いて。

 それから、矢を、放つ。

 その矢は、その瞬間に、その場所にはなかった。まるで初めから弓になど番えられていなかったとでもいうようにして、完全に姿を消していて……そして、真昼の目の前で、何の前触れもなく、母船が炸裂した。

「おっと!」

「うわっ!」

 中に液体をたくさん含んだ水風船が針で突っつかれて破れたみたいだった。ただしそれは完全な無音の状態で起こった出来事であったが。沸騰した光の散乱を、そこら中に撒き散らしながら、その球体は弾け飛んだ。デニーの類稀なる運転技術のおかげで事なきを得たようなものの、それがなかったら間違いなく光の飛沫に被弾していたに違いない。そう思ってしまうくらい、とにかくめちゃくちゃな爆発だった。

 ちなみに、その周りでふわふわと浮かんでいたリングは。今まで感じていなかった重力を唐突に感じ出したとでもいうみたいに、わざとらしいほど重々しく落下していって。それが大地に触れた時に、初めてこの破壊に伴う音が聞こえた。ずしーんという、随分とありきたりな物理音だったが、それでも上空にいる真昼の鼓膜を破りそうなくらい大きな音だった。

 真昼は……一瞬、何が起こったのか分からなかった。そして、その一瞬が過ぎ去っても、自分のしたことについて確信が持てなかった。自分が、あの母船を、落としたのか? 真昼の放った矢は、放った本人である真昼でさえ、その弾道を見ることができなかったくらいの速度で飛んで行ったからだ。本当に、自分は矢を放ったのか? 本当に、その矢が、母船を落としたのか? 真昼は、それを、一番信用している相手(一番信用できない相手でもあるのだが)に、その疑問を、その質問を、問い掛ける。

「……ねえ。」

「なーに!」

「あれ、あたしがやったの?」

「そうだよ、真昼ちゃんがやったの!」

 次第に。

 次第に。

 現実味が湧いてくる。

 あれは、あれは、あたしがやったことなのだ。間違いない、デニーが言っているのだから。デニーはあの矢が飛んでいくのを見ることができただろうし、デニーはあの矢が母船を貫いたところを見ることができただろうから。とくん、と、心臓が跳ねるみたいな音がして。鮮烈な快感が身の内で叫び声をあげる。やった、やった、やった。あんなに巨大で、あんなに強力な、物体を。あたしは、破壊することができたのだ。あたしは、あたしは、もう弱い存在なんかじゃない。誰かに守られなきゃ生きていけない存在なんかじゃないんだ。

 大丈夫。

 大丈夫。

 大丈夫。

 できる。

 やれる。

 あたしは、あたしの、力を、手に入れたのだから。

 ミセス・フィストにも、立ち向かうことができる。

 自信が持てて良かったね、真昼ちゃん。まあ実際のところは、あの程度の無人航空機を一機撃ち落とすことができたところで、ミセス・フィストに立ち向かえることの証明になどなるはずがないのだが。それでも自信を持つということはいいことだ。

 ただいくら自信が持てたとしても、あらゆる生命体には各々の限界というものがあるのだ。真昼も生命体であるからには真昼なりの限界があって、それはデニーに強化されているがゆえに、まだまだ遠いところに見えているくらいなのだが……それが、今、「見えている」ということは確かだ。

 このままいつまでも、このような状況が続けば。

 間違いなく、その限界は、肉体に訪れるだろう。

「ねえ!」

「なーに!」

 また、弓を引いて。

 近づいてくる無人機を射ながら。

 真昼は、デニーに、問いかける。

「いつまで! こいつらの! 相手してればいいわけ!」

「いつまでって、製錬所につくまでだってば!」

「だ! か! ら! そこに着くまであとどのくらいかかるのかって聞いてんだよ!」

 ちなみに#25が終わってから、つまりアヴマンダラ製錬所に突入してから、まだ半時間程度しか経っていない。真昼の体感時間では三時間か四時間くらいは経ってる感じなのだが、それは真昼が、この半時間というもの、自分の「生」というものを強く実感できる素晴らしく充実した時間を送っているからである。

 ただ、まだ半時間とはいっても……かなりの距離を進んでいるだろうことは否定しがたい事実であった。なぜなら、デニー&真昼が加わっている空中部隊も、あるいは地上部隊も。なかなかの速度で進んでいたからだ。当然ながら、ASK側の妨害のせいで全速力とはいいにくい速度であったが。それでも高速道路を法定速度で走っているお行儀のいいファミリーカーくらいの速度は出ていた。あとどうでもいいことなんですけど「否定しがたい事実」っていい回し、何かおかしくないですか? 事実なんだからそもそも否定できないでしょ。

 真昼の問い掛けに。

 デニーが、答える。

「もーちょっと!」

「もーちょっとってどれくらいだよ!」

「もーちょっとはもーちょっとだよ!」

「具体的に言え!」

「あーとー……ほら、あれ! 見えてきた!」

 そう言いながら、デニーが指さした先に。

 大地の上に蹲る、巨大な、機械の、怪物。

 見覚えがあるその姿。感情を失ってしまった虹のように、冷たく、白く、空に放物線を描いていくトランソロスの向かう先。そう、今まで書いていなかっただけであって、トランソロスは、常に、デニーと真昼とが飛んでいく方向と並行して流れていて。よく考えてみれば、デニーは、その流れに沿って進んでいたのだ。そして、その流れの先にいる、あの怪物は……製錬所。アヴマンダラ製錬所の中心であり、実際に鉱石を製錬している、その場所だ。

 ただ、見えてきたことは見えてきたのだが。

 やはり、まだ、相当遠いことは間違いない。

「まだまだじゃないの!」

「そんなことないよ! このままのすぴーどで飛んでいけば、あれくらいすぐに着いちゃうって!」

 確かにデニーの言っていることもやはり間違いのないことだった。距離的には遠いが、先ほども書いたように、デニー&真昼もそこそこの速度で進んでいる。このまま何も起こらずに、この速度を保つことができれば……恐らくは、あと半時間ほどで辿り着くことができるだろう。

 だが、それでも。

 あと、半時間だ。

「あー、もう! 信じらんない!」

「そんなこと言わないで、真昼ちゃん! えーと……ほら、下、見てみてよ! パンダーラちゃんもあーんなに頑張ってるんだよ! デニーちゃん達も頑張ろ! ねっ!」

 デニーにそう言われて。

 アヴマンダラ製錬所に突入して、初めて。

 真昼は、パンダーラのことを思い出した。

 こう書くと、なんだか真昼がめちゃめちゃ薄情なやつであるかのような感じになってしまうが。真昼も真昼で生きるのに忙しかったのである。自分の命を狙って次から次へと閃光を放ってくる無人機が、アイドルユニットのコンサートもかくやという勢いで襲い掛かってくる。いうまでもなくここでいうアイドルユニットとはデニー&真昼のことであって、いやデニーも真昼もアイドルではないのだが(デニーちゃんはアイドル級の可愛さです)、とにかく修羅場を切り抜けるので精いっぱいだったということだ。とはいえ……思い出してしまうと気になってしまうもので。デニーの言った通り、真昼は地上に目を向けてみる。

 さて。

 目に入ってきたのは。

 地獄の底で、炎の海を。

 渡っていく、船の姿だ。

 目を見張るような大船団だった。中心に位置しているのは、大量のダコイティを乗せた例の「籠」、ホバークラフトによって引き摺られている「籠」。そして、それぞれの「籠」の周囲には、護衛艦のようにしてスティックの群れが付き従っている。

 ちなみに、この船団の重要部分を構成しているビークルについて念のために触れておくと。まずはホバークラフトについて、これはスティックを改造して駆逐走行二輪車のような機能を持たせたものだ。駆逐走行二輪車に関しては、まあ、今はさして説明する必要もないし、もう少し余裕がある時にでも改めて解説しようと思うが。今は革命の最中ですからね、とにかく、要するに、これはスティックをもう少し頑丈にして搭乗者の安全性を向上させたものだ。ただのスティックならば、一つか二つ壊されたところで、乗っていた人間が死ぬだけの話だ。大した損害にはならない。ただ、このような、「籠」を引っ張っているホバークラフトが壊されると。引っ張っていた「籠」が運んでいた兵士の全体が駄目になってしまうことになる。これは大きな損害だ、ということで、他のスティックよりも気を使った構造になっているのだ。そして、もう一種類のビークル、この「籠」は、ランドライターと呼ばれているものである。その名の通り、地上を渡る艀としての機能を果たしている。

 ああ!

 危ないよ!

 注意して!

 どうやら。

 この海には。

 危険な肉食の生き物がたくさんいるようで……蛸に鮫、クラゲにウミユリ、それに大きな大きな蟹の姿。もちろんこれは全て比喩的な表現であるが、そういった肉食の生き物に似た何かが。この海を渡っていく船、船、船のことをひっくり返して、上に載っている生き物のことを皆殺しにしようと、そこら中で群がっていたということだ。

 それらは。

 いうまでもなく。

 Made in ASK。

 殺戮兵器の。

 姿であって。

 特に目を引くのが、恐ろしく巨大な甲殻類のような姿だった。ダコイティ達を運ぶライターのうち、大きな方のライター、百人単位で死者を運んでいる方のライターと比べてさえ、その「蟹」は二倍から三倍ほどの大きさがあるくらいだ。それらは戦車ではない、なぜなら車輪によって駆動するわけではないからだ。それらは多関節の節足機構によって地上を闊歩する存在だ。つまり、それらは、真昼が送迎船の上から見ていた、アーガミパータの鉱石を採掘していた重機だったのだ。

 様々な種類の重機が、己が持つ能力を駆使することによって、ダコイティ達を引き裂き・叩き潰している。エキスカベーターはライターにシャベルを叩き付けているし、ブルドーザーは目の前にいるダコイティを引き殺している。コンパクターは、周囲にある全てのものを吸引し、それらをまとめて潰している。それに、時折、この星そのものを餌としている蚯蚓なのかと思うほどヘビーでヒュージなワームが、凄まじい音を立てながら、穴を穿って地上に顔を出して。そして、その先にいたダコイティを、先端のドリルで引き潰してから、また地下へと戻っていく。これは恐らくボーリング・マシンだと思われた。

 また、超巨大な兵器だけではなく。

 そこそこ手ごろな大きさの兵器も。

 数多く存在していた。

 ちなみにこれらの兵器にも車輪式のものは一切なかった。なぜなら、人間という生き物は尋常ではないくらい低能なので気が付いていないようなのだが……車輪というシステムは、本質的に非効率なシステムだからだ。完全なスフィアであれば別なのだが、車輪というのはきちんと均された平地以外では驚くほど移動効率が下がってしまうものであって。そして、この世界に、そんな風に均された平地などというものはほとんど存在していないのだ。

 人間は救いようのないことに、車輪を使って少しだけ重いものを少しだけ早く運ぶことができるようになったことを、大変な進歩であると勘違いしているのだが。その車輪を使うためには大地を何年も何年もかけて丁寧に均さなければいけないのだという事実をなぜ忘れてしまえるのであろうか。それはどうしようもなく非効率な作業であって……そんな狂気じみた無意味な行為を、ASKのような合理的な集団が行うはずがない(室内移動用のビークルは別だが)。ということで、ASKが作る兵器は、販売用のデモールド品を除いて、ほとんどがマルチレッグ・タイプかフローティング・タイプなのであって。

 そして。

 そこそこの大きさのものは。

 フローティング・タイプだ。

 アーガミパータで使用されていることを考えれば、これらのものが魔力駆動の製品であることが容易に想像できる。なんとなく、全体的に、ファッショナブルかつスタイリッシュな形をしていて……しかもこんな型式の兵器がASKのカタログに載っているのを見たことがない。もしかすると新製品のファーストロットなのかもしれなかった、急遽・大量に手に入れられるものがそれぐらいしかなかったのだろう。

 ドーバスト・ボールよりも一回り大きいくらい、直径にして大体四十ハーフフィンガーの球体がふわふわと浮かんでいて、その上に覆い被さるみたいにして、ほっそりした本体が非接触搭載されている。ほっそりしたというのはある種の花冠のような形だということだ、柔らかい花托と、ふんわりとした花弁、それから、その花弁の中では……鎌首をもたげた蛇みたいにして、たくさんの触手が顔を覗かせている。

 全体の高さが二ダブルキュビト程度、こんな形をした兵器が、戦場のそこら中に花開いていた。ちょっと滑稽なほどの速さで回転しながら、ゆっくりとそこら中を移動しているのだ。どうやら生えている触手がメインの武器であるらしい。その触手から、くねくねと動く、エネルギーのファイバーみたいなものを吐き出している。これが触れたものは、まるで単極子繊維に触れられたみたいにしてあっさりと真っ二つに切断されてしまう。触手は大量にあって、それゆえにファイバーも大量に吐き出されているのだが、それらがひらひらと揺らめき踊る様は……燃え上がる夢のように美しいと言えなくもなかった。

 透明で。

 残酷な。

 深海魚のための音楽。

 地獄の海、地獄の海、地獄の海。もちろん、これ以外にも様々な兵器があった。大き目の戦車ほどもあろうかというほどのサイズ、取り込んだものを溶かしながら進んでいく、淡い光を放つスリムニー。ふわふわと宙に浮かびながら、御神渡りの模倣行為を繰り返し、現れた場所で高濃度のエネルギーを発することで何もかもを焼き尽くすスフィア。それに、目には見えないほどのスピードで戦場を飛び回って、通り道にあるものを手当たり次第に切り刻むエッジ。奇妙なほどに幾何学的な兵器群が、ダコイティを殺しまくっているのだ。まあダコイティのうち半分以上は既に死んでいるので、どちらかというと殺しまくっているというより壊しまくっているといったほうが正しいのかもしれないのだが。

 さりとてダコイティ側も。

 殺されているばかりとは。

 いえないのであって。

 防戦一方なのは確かであるが、なかなかの奮闘ぶりであると認めないわけにはいけなかった。フォーメーションとしては、少し前にも書いたように、まずはライターをセンターとして、そのアラウンドをスティックに乗った人間及びダイモニカスの歩兵が縦横無尽に動き回るという形を採用している。

 基本的に、地上部隊の目的は、なるべく多くの兵力を温存したままで製錬所にまで到達することだ。現在はあくまでも移動の段階であり攻撃の段階ではない、ここでそれほどのリソースを割くわけにはいかない。

 ちなみに、当然であるが、ライターに乗っているダコイティも、何もせずぼんやりと突っ立っているというわけではなかった。近づいてくる兵器は撃ち落とし、巨大な重機による一撃を阻むためには携行無反動砲で迎撃もしている。とはいえ、やはり攻撃の中で中心的な役割を担っているのは、遊撃部隊、中でもダイモニカスなのであって。その中でも、最も活躍しているのは……いうまでもなく、パンダーラであった。

 真昼は……真昼は見た。

 この世界の何よりも冷たく。

 この世界の何よりも美しく。

 そして、この世界の何よりも破滅的な。

 パンダーラの、ダンスを。

 まあ、あくまでも真昼の主観的な感想ではありますが。それはそれとして、ここでダンスといったのは比喩的な意味ではなく完全な事実としてだ。少し前にも書いたように、アーガミパータにおいて、殺戮とは、破壊とは、芸術の形式の一つなのである。戦場は、少なくともダイモニカスにとっては、舞踏会場の一形式を指し示す言葉であって。それゆえに、パンダーラの戦闘は……それは、間違いなく、ある種のダンスなのだ。

 パンダーラは、誰とも手を打ち合うことなく、誰とも足を絡めることなく、たった一人で踊っていた。ソロのダンス、ダコイティの集団よりもずっと先の先頭で、その集団を導くかのようにして、道を切り開いていたということだ。なぜ、パンダーラは独舞にならざるを得なかったのか? それは、ダコイティの中に、パンダーラの踊りについていくことができる生き物は、一人たりとていなかったからである。

 パンダーラは、他のダイモニカスと比べてさえ圧倒的な「破壊」であった。これほど大量の兵器に囲まれながら、地上のダコイティがあまり犠牲者を出していないのは。間違いなくパンダーラの活躍がその理由の大部分を占めているだろう。パンダーラが駆け抜けていったその後ろには、まるで海を引き裂いたかのようにして兵器の残骸しか残らないくらいだった。

 いや、パンダーラが「駆け抜けて」いったと書いたが……それは少し違うかもしれない。人間のいう「駆ける」と、パンダーラが行っている移動方法とには、かなりの違いがあった。パンダーラのそれはどちらかといえば「跳ぶ」といった方が正しいだろう。片方の足が大地を蹴ると、その体は、まるで祝砲によって放たれた色鮮やかな花火のようにして、数ダブルキュビト先まで一気に跳んでいくのだ。だから、空中部隊に勝るとも劣らないスピードで驀進していく地上の船団に追いつかれることもなく、その先導役を務め続けることができるということだ。

 パンダーラは……何度も書くように、踊っていた、踊り続けていた。手と足を使って、冷酷で、残酷で、繊細で、大胆で、それから、何よりも、真聖な踊りを。

 まずは足について。パンダーラが、とんと地を踏んで飛び上がって、その足がもう一度大地を踏むと、足首のガンガッラが透き通った音を立てる。絶対零度よりも深く沈み込んだ氷が、自らの冷たさに耐えられず、時折罅割れる、そんな時に立てるような音。すると、パンダーラがその足を落とした地点を半径にして十数ダブルキュビトの範囲にある全ての兵器が、まるで祝福のように弾けるのだ。ぽんっと、上等なロムノド・テロスの栓を抜いた音みたいにして。兵器は、兵器は、兵器は、粉々に砕けた金属の砂となって吹き飛んでいく。

 それだけでもかなりの攻撃であるが、とはいえ、実は、これは攻撃ではなかった。移動に伴って、ついでに発生した衝撃に過ぎないのだ。パンダーラの本当の攻撃は……その喪失した右腕によって行われる。

 こちらは、ガンガッラによって発生する衝撃とは異なって、やはり多少のインターバルが必要らしい。充電しているのか、それとも集中させているのか、それは真昼には分からなかったが、そのインターバルの時間は、パンダーラの背で開いている、あの孔雀の尾羽によって測ることができた。壮麗という単語を思わせるほどに絢爛で厳粛なヴィヴィッド、ここが戦場とは信じられないほどに美しいその羽は、あの白い壁を打ち砕いた時から開きっぱなしになっていたのだが。その羽が、少しずつ、少しずつ、光を増していくのだ。そして、その光が、人の目どころかダイモニカスの目さえも焼いてしまいそうなほどになった時……パンダーラの、右腕が、作動する。実際のところ、一体何が起こったのか、真昼には何も見えなかった。あまりにも眩く、あまりにも煌いため、パンダーラの右腕から鮮烈な光の爆発が放たれたということしか分からないのだ。だが、その光が消え去った後には……数十ダブルキュビトにわたって完全な不毛が現れる。溶けた金属と、それに奇妙な色をして光る何かの部品みたいなもの、それが少し残っているだけで。兵器は、その全てが、消滅してしまったのだということだ。こうして、パンダーラは星雲の如く群がってくる軍勢に楔を打ち込んで、そうして、その楔の只中をダコイティは進んでいくということだ。

 確かに。

 これほどの「破壊」であるならば。

 一人で進むしかないだろう。

 少し離れたところで踊らなければ。

 他のダコイティまで、その踊りに。

 巻き込んで、しまう、だろうから。

 一人で、一人で……そう、パンダーラは一人で戦っている。いや、いうまでもなく、本当に一人で戦っているというわけではない。パンダーラの後ろには何千人ものダコイティの仲間がついてきている。とはいえ、パンダーラの視線に入ってくるのは、間違いなくASKの兵器の姿だけであって。誰に背を預けることもなく、誰の手を借りることもなく、パンダーラは己の力だけで道を切り開いている。

 それこそがパンダーラなのだ。パンダーラは常に孤独に生きてきた。デニーに捨てられた時から、誰にも頼らずに、自分だけの力を頼りとして……けれども、それでも、アヴィアダヴ・コンダの救世主として生きてきたのだ。誰からも助けられずに、誰をも助ける。デニーの言う通りだ、そんなパンダーラと比べれば、自分は、自分は、どれほど恵まれていることだろうか?

 真昼は、そんなことを思ったのだった。もちろん、デニーは「パンダーラちゃんも」「頑張ってる」から「デニーちゃん達も頑張ろ」うと言ったのであって、パンダーラと比べて真昼が恵まれているなんていうことは一言も言っていない。ただ、まあ、こういうのはクラッシク・真昼ちゃん・スタイルというか、いつものことだ。思い込みが激しいというか何というか。それに、確かに、真昼の考えたことは事実ではないわけではなかった。パンダーラと比べれば真昼の状況はかなり恵まれている。真昼の周りには、真昼と一緒に戦う飛行部隊がたくさんいたのだし。それに何よりスティックを運転しているのはデニーだったのだから。不幸というものは主観的なものであるのだから、相対的なものではなく絶対的なものであって、誰かと比べるのは愚の骨頂ではあるとしても……真昼の思考が、そのような方向に進んでしまうのも、致し方ないことではあったのだろう。

 ただ。

 あまり。

 戦場で。

 深く、物事を。

 考えない方がいい。

 戦場というのは、一瞬ごとに生死に繋がる選択を迫ってくる場所なのであって。そんな場所では、どうすれば生き残れるのか、あるいはどうすれば殺し続けられるのか。その二つのこと以外のことを考えていた場合……選択を誤るどころか、選択すべき瞬間を逃してしまうことさえありうる。もしもテストの選択問題で、何も書かず、無回答のまま用紙を提出すれば、問答無用で零点がつく。それは戦場でも同じことであって、ただし戦場での零点というのは、要するに死のことだ。

 そして。

 真昼が、無意味なことを。

 いつまでも考えていると。

 目の前の。

 デニーが。

 こう言う。

「あ、ごめんっ!」

「え?」

 次の瞬間。

 はっと我に返った真昼の目に。

 黒い稲妻が、飛び込んでくる。


 まずは状況を説明しよう。デニーがちょっと頭を下げたのだ。頭を下げたといってもお辞儀をしたとかそういうことではなく、デニーの頭を狙って放たれた稲妻を避けるために、ハンドルの上に上半身を伏せたということである。これ自体はさほど問題となるような行為ではない。頭を下げていなければ稲妻は間違いなくデニーに直撃していただろうし、そうなっても死にはしないだろうが(デニーちゃんは強いからだ)服の襟のところが多少焦げたりはするだろう。だから、至って普通の行為だったのであるが……ただし、その後ろにいた真昼の状態が普通ではなかったのだ。

 普通ではないというのは要するに深く深く考え込んでいたということであるが、いくら賢いデニーちゃんとはいえ、ここまで激しいどんぱちぱっぱの真っ最中に、何事かを深く深く考え込むやつがいるなんていうこと、予想さえできるはずがなかった。そのため、真昼も、自分と同じように普通に稲妻を避けるだろうと思ったのだ。しかし、実際には、真昼はぼーっとしていて……気が付いた時には、それは眼前に迫っていたということだ。

 気が付くのが明らかに遅すぎた。

 真昼は、とっさに、自分の顔を。

 腕で覆うことしか、できなくて。

 あなや!

 あわや!

 黒い稲妻は!

 真昼の体を!

 無慈悲にも!

 打ち抜いて!

 打ち抜いて……あれ? どうもおかしいな……何も起こらないぞ……? あの稲妻が接近してきた速度から考えれば、真昼の上半身は既に粉々になっていなければおかしいはずなのに。どうも自分が粉々になったという実感が湧いてこない。いや、もちろん真昼とて粉々になった経験があるわけではないのだが、さすがに自分が粉々になっていればそれと分かるだろう。ということは、真昼は粉々にはなっていないというわけであって。

 真昼は。

 恐る恐る。

 目を開く。

 目を開くことができるということは、たぶん頭部は無事だということだろう。それに目の前にはデニーがいたし、相変わらずスティックに乗っていることは間違いがなく、ということは頭だけで墜落しているというわけでもない。それならば首や胸も問題ないはずだ。それから、真昼は、まだ両腕がついているかを確認するのであるが……そこでおかしなことに気が付いた。

 いや、結論からいうと、両腕ともに健康な状態で体にくっついてはいたのだが。その左手が……何やら、ばちばちと音を立てているのだ。雷撃的というか、サンダーボルティックというか。そして、音を立てているだけではなく、その音に相応しい光を放っていた。月の光を引き裂いた、その夜の傷口から滴り落ちる血液よりも、なお黒い色をしたその光は……黒い稲妻。

 つまり。

 無人機の放った、稲妻は。

 真昼を打ち抜くことなく。

 その左腕に絡めとられていたということだ。

「真昼ちゃん、危なーいっ!」

 このセリフは「危ない」の「ない」の部分を「なーいっ」と伸ばすだけでこれほどまでに危機感がなくなるという素晴らしい実例だと思うのだが、それはそれとして真昼は実際に危なかった。薄らぼんやりと真昼が自分の左腕を眺めている間に、スティックのすぐ横のところまで無人機が迫っていたのだ。しかも、二つある黒い宝石のうちの一つが今にも真昼に向かって雷撃を発射しそうな感じである。

 真昼はまたもやはっとして、しかし今回はその「はっ」は間に合ったようだった。宝石が雷撃を放つ前に、真昼は迎撃の体制をとることができたのだから。ほとんど脊髄の反応として、真昼は無人機の方に左腕を突き出し、弓を弾いて、矢を放って……その時に、ようやく気が付く。

 今、放たれた矢は。

 振動ではなく。

 神力でもなく。

 黒い、稲妻の、矢。

「なっ……!?」

 自分でやっておいて自分で困惑するというのも間の抜けた話であるが、真昼はそれをほとんど無意識でやっていたのだから仕方がないのかもしれない。とにかく、真昼は、左腕に纏わりついていた稲妻を、無人機に向かって撃ち返していたのだ。その稲妻は見事に標的を打ち抜いて、その無人機はばちばちと黒涙の如き火花を上げながら墜落していった。

「ないすしょっと、真昼ちゃん!」

「今……」

「ほえ?」

「今、何が起こったの?」

「何が起こったって、あのドローンを撃ち落としたんだよ。」

「そうじゃなくって!」

「えーと、じゃあ……ドローンの攻撃を、その弓がぎゅぎゅーんって吸い取って、その吸い取った攻撃を矢にしてかうんたーあたっく!したんだよ。そういうこと、前はできなかったみたいだけど、パンダーラちゃんができるようにしてみたいだね。だーいぶ強化されてるから……何ができるかって、ちゃんと教えてもらってなかったの? もー、真昼ちゃんてばうっかりさん!」

 真昼がデニーに慣れてきているように、デニーも真昼に慣れているらしく。今回の回答は、かなり的確に真昼の知りたいことを教えてくれていた。といっても、そんなこと、デニーに教わらなくても分かっていて当たり前のことではあったが。とにかく、この弓の、新しい能力の一つだったというわけだ。

 よくよく考えれば真昼はきちんと教わっていた。パンダーラは言っていたではないか、「敵対する相手から放たれた魔力も利用できるようになってる」と。ただ、真昼は……ここまでアクティブな利用の仕方ができるとは思っていなかったのだ。せいぜいが相手の放った魔力の残響のようなものを吸収できるくらいだと思っていた、それがどうだ、この弓は、今となっては、まるで盾のように使うことさえできるのだ。

 ちなみに、これは余談であるが。恐らくデニーは、こういった重藤の弓の新しい能力について真昼よりも詳しく知っているに違いないと思われた。なぜなら、もしもデニーがこの新しい能力について知っていなかった場合、あるいはこの吸収能力で吸収できるエネルギーの総量を分かっていなかった場合。決して、デニーは、黒い稲妻を、避けていなかっただろうからだ。デニーの「仕事」は真昼を無事な状態でアーガミパータから救出することであり――まあ無傷というのは不可能であるとしても少なくともそこそこ生きた状態でということだ――仮になんらかの盾なしで、黒い稲妻が真昼に直撃してしまっていれば、当然ながらその「仕事」はアチーヴメントすることができなくなっていたのだから。そ、れ、に、デニーちゃんはとーっても賢いしね!

 とにもかくにも。

 これは。

 想像していた以上に。

 素晴らしい、贈り物。

 無論、パンダーラ自身が有している能力からすれば、こんな力はごくごく些細なものであろうけれども。それでも、これは、真昼にとって身に余るような祝福であった。これほどの力を手にするだけの価値が自分にはあったのだろうか? いや、そんなこと考えるのは無意味だ。それよりも、もっとずっと、真昼が考えるべきこと……それは、どうすればこの力に見合う人間になれるのかということ。

 少しでも。

 少しでも。

 この戦いに。

 貢献すること。

 だから、真昼は、左手を伸ばして。そして、また、矢を放ち始める。蚊柱の如く群がる無人機の方向へと、まさに矢継ぎ早に、矢の雨を降らせる。真昼が無人機を撃ち落とした空間は、一つのルートとなって。そのルートを通って、強力な武器を装備したダコイティが母船へと向かう。

 矢を放つごとに心臓が高鳴るのを感じる。自分はここで役に立っている、自分はここで必要とされている、体中の血液がそう叫んでいる。真昼が感じているこの感覚は、ダコイティという集団の意識と、自分の身体と、その二つが深いところで繋がっている感じであって……つまり、真昼は、この地獄のような中で、初めて自分の居場所を感じていたということだ。

 ああ。

 これが。

 生きていると。

 いうこと、だ。

 そんな風に生きる喜びに浸っている真昼の目の前で。しかし、不吉な影は次第に次第に大きくなっていく。真っ白な色をして、光り輝く、巨大な影。一つの六角柱を中心として、一つの巨大な魔学式のように――その内側に、あまりにも力強い何かを封印している、拘束の魔学式のように――整然とした仕草で広がっているその影は、要するに製錬所であって。

 あと十分もしないうちに。

 デニーは、真昼は、ダコイティは。

 その製錬所に、辿り着くであろう。

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