第3話
わたしはスマホで命先輩と話をしているわけだけども、この手にあるスマホだけが外界とのつながりといっても差し支えない。だから、いつスマホの電源が切れてしまうのか、それだけが心配であった。
だけど、一時間二時間と連続して通話しているにもかかわらず、バッテリーは1%と減っちゃいない。これはどういうことだろうか。
空を見上げると、太陽は頭上を越え、西の空へと動き始めている。その動きが妙に気になった。いつもよりも早いような気がする。
そう思って、ビルが伸ばす影を見れば、その動きがいつもよりもはっきりわかる。輝く影を踏みしめる人々もまた、足早だ。
わたしは深呼吸をする。信じたくはなかったがこれは……。
「命先輩」
「どうしたんだい、後輩君」
「そっちの時刻を教えてもらえませんか?」
「うーんとね、午後三時になったところだけれども」
「マジですか。時計がバグってるだけじゃないですか」
「ううん。だってねえ、駅前の時計だもん。あ、ちょっと待って」
ごそごそという音と、テレレレンというコンビニの入店音。
「店で確認してみたけど、やっぱり三時だね。それがどうかしたの」
「あの、信じてもらえるかわからないですけど」
「状況が状況だからねーなんだって信じるよ」
「助かります。そっちとこっちで時間の流れが違います」
スピーカーの向こうで息を呑むような音がした。
「本当に?」
「太陽の傾き方が速いし、人の往来も早回ししてるみたいに素早いです。それにバッテリーの残量も減りません」
「そういえば、私のと君のって一緒だったよな?」
「文化祭の時に揃って壊れて、一緒に選びましたもんね。わたしのは90%」
「こっちは50%――あらまあ」
バッテリーはあてにならないかもしれないが、時刻の食い違いは、時の流れに違いがあることの証明といっても過言ではない。……命先輩が嘘をついてなければだけど。
「嘘、ついてないですよね?」
「何をバカなことを言ってるんだい? こんな緊急時に君を騙すほど、君の中の私は鬼なのかな」
「違いますけど……」
なんとなーくそんな気がしたというだけだった。声音とか、わたしをからかって愉しんでいるときのそれに似てる気がするんだけどなあ。
それに、そもそも論として、わたしを先輩が騙しているとしたら、この鳥カゴめいたドームもまた先輩が仕組んだものってことになる。
透明なだけではなく、声とか振動は通さないくせに空気だけは通す容器を、先輩がつくれるのかって話だ。しかも空中から落として、わたしめがけて落とすだなんて人間のなせる技じゃない。つまり、気のせいってことだ。
「すみません、疑ってしまって」
「いいよ。疑う気持ちもわからないでもないし。不安なんでしょ」
「不安です。怖すぎます、わたし閉所恐怖症なのに」
わたしは電車に乗るのもドキドキしてしまうようなタイプだ。エレベーターは乗れないけど、窓ガラスさえあれば何とかって感じ。その点、このドームは全面ガラス張りなので発狂しないで済んでいる。
うん、生殺しにされているとも言うね。
「先輩が話し相手になってくれてよかった」
うっ、といううめき声が聞こえてきた。餅が喉元につっかえたときみたいな感じのやつで、心配になってしまう。
「だ、大丈夫です……?」
「死ぬかと思った」
「死ぬかと思ったっ!?」
「いや予想外なことが起きて、びっくりしちゃって。あ、こっちの話ね」
「そっちも大変なんですか」
「大変……といえば大変なのかも?」
「そんな中、話に付きあわせちゃってすみません」
「いいってことよ」
ウィンクしている姿がありあり想像できてしまうくらいには、頼もしい言葉であった。
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