第2話

 命先輩と出会ったのは、去年のこと。


 わたしは大学に入ったばかりのヒヨコといったところで、ひっきりなしに渡されるサークル勧誘の紙束にピヨピヨと目を回していたものである。


 そこで出会ったのが命先輩である。


 絶世の美女という言葉が顔を赤らめどこかへ行ってしまうほどの美貌の持ち主で、わたしなんか目がくらんで何も覚えちゃいない。


 気が付いたら手の中には入部届けがあり、それを命先輩へと手渡していた。


 ようするに一目ぼれというやつなんだろう。でも、付き合ったのは命先輩ではなく別の人。なんでだよって? そりゃあ、先輩は高嶺の花で、とっくの昔に誰かと付き合ってるだろうと思ってたんだ。


 でも、違うらしいと分かったのは最近のこと。ちょっともったいないことをしたかもしれないと脳裏をよぎらないでもないけども、わたしなんかが告白したところでフラれるのがオチだ。


 そういうわけで、わたしと命先輩は友達ということになっている。これでもわたしには過ぎた友達だと思うんだけど、どうだろう。




「ふむ。出られない、と」


 わたしの報告を聞いた命先輩がそう言った。


 時刻は午前十時三十分を回ったところ。待ち合わせ時刻からはすでに一時間半が経過している。メールなり電話なりがやってきていてもおかしくはなかったけれど、正直なところ確認するのは怖かった。


「呼吸ができるってことは穴が開いてるってことでしょ? あ、ガス状になれたりしない?」


「できるんならとっくにやってます」


 だよねー、というのほほんとした声。本気で脱出方法を考えている人間が出す声だとはおおよそ思えない。マッドサイエンティストのごとき他人事感。いや実際、他人事なんだが。


「うーん、私たちにはどうすることもできなさそうだねー」


「わかりきっていたことですけど、先輩から言われるとこう、クルものがあります」


「お、それって私のことを信じてくれていたってことかな? そいつはうれしいねえ」


 そんな弾んだ声は、わたしの悲しみにくれた心にじんわりしみ込んでいくような気がする。


 というか。


「話してるだけで結構落ち着きますね」


「そこって一人なんでしょ? 閉鎖空間なわけだし、話してないとすぐに気が狂っちゃいそうね」


「……怖いこと言わないでくださいよ」


「じょーだん。っていうか、そうならないように私が会話の相手になったげる」


「いいんですか? 授業とか……」


「今日は講義ないし、用事もないから。それにサークルの仲間が大変な目に遭ってるんだぜ。放置なんてできないって」


「命先輩……!」


「好きになってくれたっていいよー」


「や、それはさすがに」


「わかってる。好きな人がいるんだもんねー?」


 からかうような言葉に、わたしは恥ずかしくなってきた。公認の仲とはいえ、いじられると胸の中がカッカしてきて、押し入れに閉じこもりたくなってくる。


「でも、今日は怒られちゃうかもなあ」


「あ、そっか初めてのデートなんだっけ」


「どうしてそんなことまで知ってるのかはあえて聞きませんよ」


「いやいやいや、別に盗聴とかしてるんじゃないからね? 本人から聞いたんだってば」


 ああー、そういえば命先輩はわたしの彼女と知り合いらしい。そんなことを言われたような気がする。


「君が彼女と付き合えてるのは、ひとえに私の働きかけもあるのさ。感謝したまえよ?」


「ははーっ」


 わたしは平身低頭。土下座にも近い恰好をしていたけれども、誰一人として怪訝な目を向けてくることはなかった。

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