第肆拾参話 その力、半端ないって

「ほんま、釣りはイキエしか勝たんで、ギジエとか逃げやろ、知らんけど」

 船の移動中に、三本の針の一つ一つにアオイソメを刺しながら、船上でそう呟いた磯辺愛海(いそべ・まなみ)は、船縁から仕掛けを海中に落とす前に、操船を担当している、神使の兎にこう問うた。


「ピョン吉っ! ここらの水深は何メートルや?」

「知らんピョン! てか、船の操縦に容量を使い過ぎて、海中の探知にまで回す神通力なんて残ってないピョン。神使の力は有限なのピョン」

「ありえへぇぇぇん」

 愛海は、頭を抱えてしまった。


 船釣りの場合、魚が群れて泳いでいる層、いわゆる〈棚〉に正確に仕掛けを落とし込むのが釣果を上げる重要なポイントで、現実世界で船釣りをする場合には、熟練の船主さんの長年の経験か、あるいは、魚群探知機の性能によって知った、水深が釣りに最適なポイントに船を停めてくれる。それゆえに、船上の釣り人一般は、魚がいる位置に関しては、船主の指示か機械の表示に頼れば、それで事足りるのである。


 だが、他者の経験であれ、機械の性能であれ、そういったものに頼れない、となると、今から、自力で〈水深〉や〈棚〉の調査をせねばならず、場合によっては、それだけで、一日が終わりかねない。

「万策尽きたぁぁぁ。この〈左右(ま)界〉には、現実の電波がきとらんから、せっかく、電動リールを手に入れたっちゅうに、憧れの『探見丸』も宝の持ち腐れやし」


 愛海が具現化させた『シマノ』の電動リール、「フォースマスター」には「探見丸」という機器が搭載されている。

 『シマノ』の「探見丸」とは、船に設置している「探見丸」の〈親機〉から、魚群探知機が得た情報、例えば、水深、海底形状、魚の反応などが、釣り人たちが利用している〈子機〉に一斉に送信される、という画期的なシステムで、つまり、「探見丸」の子機を持っている釣り人は、船縁の自分の場所、いわゆる〈釣座〉にいながらにして、親機が伝えてくれるオンタイムの情報を参照して、釣りに臨む事ができるのだ。

 さらに、電動リールと連動している「探見丸」は、親機が指示した〈棚〉に仕掛けが到達した時点からの経過時間、リールカウンターから割り出した水深といった、それぞれの子機が示す個々の情報も表示される、という優れ物なのだ。 


 だが、〈左右会〉では、現実世界の電波が届かない為、愛海は、折角の「探見丸」が使えない、と思い込んでいた。


「なあ、ピョン吉、どうにかして、〈探見丸〉を使う方法ってないんか?」

「あるピョン」

「あるんかぁぁぁい。なら、早ぉ言えやぁ、自分っ!」

「神使は、問われた事にしか応えられないピョン」

「わぁったっ、じゃ、どないしたらええねん?」

「マナミんは、住吉大神様が授与なされる〈神通力〉を、未だ使ってないピョンよね?」

「そういえば、そんなのあったな。忘れとったわ」

「つまり、〈底津之三神〉様から与えられる、たった一つの力として、海中を探知する〈探見力〉を選べば良いピョン」

「その発想はなかったぁぁぁ」


「アタイ、小学生の頃から、バスケでポイント・ガードをやっとって、コート全体を見渡すようなイメージでプレーしとったんや。某バスケ漫画の影響やけど」

「あぁ、〈鷲の眼〉〈鷹の目〉ってやつピョンね」

「そう、それそれ。まあ、漫画みたいにはいかんかったけど、そうゆうコート全体を見渡そうって意識は常に持っていたんやでぇ」

「なるほど。そもそもの話、〈底津之三神〉は、底・中・上といった、海中のあらゆる層を網羅しているピョン。とゆうことは、〈住吉三神〉の御力と、マナミんのポイントガードとしての空間全体を把握する、いわゆる〈鷹の目〉の力が掛け算になれば、もっのすごく強力で、精度の高い海中探知の神通力が顕現するかもしれないピョン」


 かくして、愛海は、海底に向かって、〈二拝八拍一拝〉をし、海神である住吉三神に、〈探見力〉の付与を願ったのであった。


 船が沖に向かって進んでいる間に、愛海は兎に問うた。

「のう、ピョン吉。『うぉぉぉ~~~、力が漲ってくるぅぅぅ」っとか全然なっとらんし、なんか普通なんやけど、ほんま、アタイ、神通力もらえたんか?」

「目を凝らして海を覗いてみて、マナミん」

「……。『だが、何も起こらなかった」やで」

「まあまあ、それで、リールの探見丸の子機をオンにしてピョン、マナミん」

 なんと、神通力の付与を願う前まで、「ノー・データ」の表示の状態であったリール搭載の探見丸が魚影を捉えていたのだ。


「これや、これ、これ、こうゆうのが欲しかったんやぁぁぁ」

「マナミん、これは、いわば、マナミんに〈探見〉の神通力が通って、『探見丸』の親機のような役目を果たし、その力をリールの子機が……、って、聞いとらんのかいっ!」

 愛海は、神卯の説明を無視して、自分の釣座に置かれている竿とリールに飛び付き、仕掛けを海に落とした。


「ぎょうさん、釣ったるでぇ。しかも、相手は、四番を打っとるオレンジ・ヤッケ。アタイ、ガタイがいいやつだけには、ぜったい、負けたないねん」


 その時、愛海の竿の穂先がググッと曲がった。

「いきなり、アタリが来たっ! やっぱ、すみよっさんの力、半端ないわ」

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