第肆拾話 砂浜からのイシモチ釣り用のタックルの具現化

 第壱回戦を戦う他の釣巫女等から遅れること二時間、自ら選択した釣り場である砂浜に立った潮見凪は、海に眼差しを向けた。

 凪の基本的な釣り方は砂浜からの遠投だ。

 遠投の利点は、飛距離が出れば出る程に、広い浜辺に散らばっている魚群を探せ、釣果の増加に繋がる点である。だが、それより何より、遠くに飛ばせれば、それだけで凪は気分爽快なのである。


 やがて、凪は、長さ一メートル程の愛用の『ミズノ』のバットケースから、三つに分割された棒を取り出した。それら、穂先、胴、バットという名称の三本の棒を繋いでゆくと、一本の長い竿になった。

 それから、グリップを両手で握った凪が目を瞑って、「伸びろ」と念じると、継ぎ足された竿は徐々に伸びてゆき、やがて、全長四メートル以上にまでなった。その長尺の竿を、凪は何度か試し振りした。

「長さも重さも、しなり具合も問題なし。投げ竿はこれで良かね」 


 投げ竿には、このように、穂先、胴、バットといったパーツを繋いでゆく〈並継(なみつぎ)タイプ〉と、太い径に収納されている狭い径のパーツを伸ばし、一本の竿にする〈振出タイプ〉に大別できる。

 コンパクトに収納できる振出竿は、一本に短く縮めてまとめられるので、三本に分かれている並継竿に比べて、持ち運びが便利なのは確かなのだが、並継の方が竿に〈張り〉があるので、遠投性能がより優れているのだ。そういった分けで、遠投マニアの凪が好んで使用するのは並継竿の方であった。


 実は、凪は、中三に上がる前の、二〇二三年の三月の半ばに、北九州市の「西日本総合展示場」で催された『西日本釣り博2023』に参加した。この時、『ダイワ(DAIWA)』や『シマノ(SHIMANO)』あるいは『JACKALL(ジャッカル)』といった釣り具メーカーのブースに立ち寄って、遠投用のロッドを片っ端から試して回った。

 納得のゆくまで振りに振った結果、凪が特に気に入った竿は、『ダイワ』から出ている、並継投げ竿「トーナメントキャスター」というシリーズの「32—428」という一本であった。ちなみに、前半の数字は錘(おもり)の号数で、数字が大きい重い錘ほど飛距離が伸びる、と言われている。だが、それぞれの竿には、竿が耐え得る〈錘負荷〉があって、「32」の場合、その数字の前後、二十七号から三十五号の錘が適正となる。一方、後半の数字は竿の全長で、「428」の場合、全長は四.二八メートルで、この長さの並継竿の場合、三本に分割した時の長さ、〈仕舞〉は〈一五〇〉センチとなる。

 試し振りして、即座に、このダイワの竿が気に入った凪だったのだが、メーカーのスタッフから値段を伝えられるや、目は飛び出し、耳は尖ってしまった。

 なんと、メーカー希望価格は十二万円以上だったのだ。


 十二万円では、お年玉貯金を崩しても、さすがに中学生の凪には手が出ない。

 だが、左右界で榊に神通力を通せば、イメージ通りのロッドが具現化できる。

 だから、凪は、試合までの準備期間を、約十か月前に釣り博で振った時の感触を思い出しつつ、『ダイワ』の「トーナメントキャスター」を具現化させ、さらに、その長尺の竿をベースに、自分の体格や筋力に最適なカスタマイズする事に当てたのだった。

 それを、試合前に、当日のコンディションに合わせて、長さを数センチ、重さを数グラム、微調整した次第なのである。


 砂浜からの投げ釣りで、良型のイシモチを狙う為に必要なタックルは竿だけではない。


 竿を振った後に、凪は、お気に入りの「リール」、すなわち、糸を巻き付けておく釣り具を竿に取り付けた。

 リールの有る無しで、やはり、竿を振った時の感覚は違う。だから、リールを付けた竿の重さを、凪は、大国主神から貸し与えられた〈造物〉の神通力を用いて、さらなる微調整を加えたのであった。


 北九州の「釣り博」の時に、凪の心を掴んで離さなかったのが、『ダイワ』のリールコーナーに置かれていた、二〇二三年四月デビューの新作リール、銀と金の二色を基調にした「ロングビーム35」というシリーズであった。何より、〈ロング〉という名称が凪の琴線に触れたのだ。


 リトルシニアで野球をやっていて体力自慢の凪とはいえども、重いリールを取り付けた竿を、一日に何百投もするとしたら、さすがに疲労する。だから、リールは軽い素材の物がよいのは必然だろう。

 この新作リールは、投げ釣り専用のリールとしては初の「ZAION V」という素材を使っている。

 一般的なリールには、素材としては、アルミニウムやマグネシウムといった金属と、カーボンなどの高強度樹脂が使われており、アルミニウムは剛性はあるが重く、マグネシウムは剛性と重量のバランスは良いが耐食性に難があり、高強度樹脂は、軽く耐食性に優れるが剛性はない、といったように、それぞれの素材には一長一短がある。


 だがしかし、『ダイワ』が開発した〈カーボン含有樹脂材〉「ZAION(ザイオン)」は、金属素材に比べて圧倒的に軽く、耐食性にも優れ、しかも高い剛性を誇っており、つまりは、オールラウンダー・リールなのだ。譬えてみると、投げてよし打ってよし、守備も抜群で、足も速いといったオールラウンド・プレイヤーのようなもので、これも、凪が気に入った点である。

 さらに、この「ロングビーム」シリーズは、そのスプールが秀逸なのだ。

 スプールとは、リールの糸を巻いておく部分の事なのだが、「ロングビーム」では、「LC(ロングキャスト)-ABS」というスプールを採用している。

 飛距離は糸の摩擦が無いほど出る。

 「LC-ABS」では、抵抗なく、より円滑にリールから糸を放出する為の設計がなされていて、その結果、このリールの前のモデルで使われていた「ABSⅡ」というスプールよりも、飛距離が五パーセント以上も上昇した、という実験結果が出ている、と凪は『ダイワ』のスタッフから説明を受けた。

 そのメーカー希望価格は三万円台である。

 この値段ならば、四月の十五歳の誕生日に買ってもらう予定の『任天堂』の「スウィッチ」を我慢すれば、『ダイワ』の「ロングビーム35」を手に入れる事ができるかもしれない。

 結局、凪は、二〇二三年の四月六日に発売されるや即座に、誕生月のお祝いとして、この新作リール「ロングビーム35」を買ってもらい、以来、毎日、このリールに触れ、愛用のバットと共に常に持ち歩いていた。

 だから、リールに関しては、神通力で具現化させる必要はなく、エナメルバックの中に入っていた愛用機を、榊から変化させた「トーナメントキャスター」に取り付けたのであった。


 だが、年末年始にリールをメンテナンスした際に、リールから糸を外していたので、糸は〈造物〉の神通力で具現化させねばならなかった。


 これは、勘違いし易い事なのだが、遠くに飛ばすのだから、糸は太くて丈夫な方がよい、という分けではない。実をいうと、投げ釣りを始めたばかりの頃の凪は、そう思い込んでいた。

 だが、今だから言える。

 糸は〈細い〉方がよいのだ。


 これは、釣り全般に言える事なのだが、釣るべき魚に警戒心を抱かせない為にも糸は細い方がよい。ちなみに、釣り糸の単位は〈号数〉で表わし、若い数字の方がより細くなる。

 さらに、遠投という点でも、糸が細ければ細いほど、長い糸をリールに巻けるし、そもそもの話、糸が細いほど、飛距離は伸びるのだ。

 それは、糸は細いほど、例えば、竿のガイドとの接点が少なく、〈抜け〉もよくなり、また、細く軽い糸ほど空気抵抗が少ないからだ。

 だが、細いと、切れ易くなるのも必然なので、糸は、〈細く〉かつ〈丈夫〉な素材の物を選ばなければならない。


 ラインは、素材ごとに、フロロカーボンライン、ナイロンライン、PEラインといった種類があるのだが、こと〈遠投〉に関して最適なのは、複数の糸を編み込んで作られた、ポリエチレン製の〈PEライン〉で、同じ号数のナイロンラインに対して、約三倍の引張強度があり、しかも軽い。だから、飛距離も出る。

 ただPEラインにも弱点もあって、その軽さゆえに風に煽られやすく、風が強い時には飛距離が出ずらくなる。また、潮の流れが強い時にも、その軽さゆえに、PEラインは流され易いのだ。

 また、中学生にとっては大問題なのだが、ナイロンラインに比べて、PEラインはかなり値段がお高いのだ。

 だが、今回の競釣で使う釣り具には、全くお金がかからないので、凪は、何の気兼ねもなく〈PEライン〉を具現化させる事にしたのであった。


「カメイ、ウチ、普段、スポーツ・キャストの時は二号ば使っとるんよ。イシモチ釣りでは、ラインは何号がよかと?」

「ナイロンだったら四から六号だけど、PEなら、一.五から三号カメ」

「錘や針もだけど、糸も、具現化の〈ジンツーリキ〉を使えば、糸ば太さ変えられるから、ムモンダイたいね」


「ねえねえ、凪様」

「何ぃ? カメイの方から、ウチに声ば掛けるって珍しかね」

「巨大化したら、リキを使い過ぎて、お腹が空いたんで、エサで使うアオイソメを具現化させて、自分に食べさせてください」

「それはムッリィ~」

「凪様それは、あまりにもいけずです。少しは分けてくれても、よかでしょカメ」

「いや、カメイ。ケチで、イソメば、あげないって言ってるんじゃなかと」

「じゃあ、何でですか?」

「ウチ、ムシエサ、触れないけん」

「な、な、な、なんですとぉぉぉ」

「生理的に無理なものは、無理やけん」

「浜からの投げ釣りゆうたら活き餌、アオイソメが相場と決まっているカメよ。なのに、どうやって、イシモチを釣ろうってゆうんですかっ!?」


 凪は、竿の柄の先を砂上に当て、長尺の竿を体の脇に立てながら、亀に向かって言った。

「疑似餌を使うんじゃっ!」

「ルアーとかワームとかゆうアレですか?」

「ちゃう、『マルキュー』の〈パワーイソメ〉ってゆう人口イソメじゃ。イソメそっくりじゃけど、ニョロニョロ、ヌルヌルしないので、これなら、見た目同じでも、ウチも普通に触れるんやでぇぇぇ」


 でも、と亀井は思った。たしかに、イシモチは騙せても、パワーイソメじゃ、空腹の自分の食餌にはならないのではないか、と。

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