第参拾捌話 日の出とともに壱回戦はじまる
刻は〈卯(う)三つ〉を迎えた。
師走十六日の大洗の日の出は六時四十四分、日の入りは十六時五十四分で、この間の十二時間十分が、この日催される第一回戦の試合時間となる。
午前六時には既に、集合場所である大洗マリンタワー前の芝生広場には、一回戦シードの、茨城の河瀬愛結(かわせ・あゆ)と京都の清流龍子(せいりゅう・たつこ)、そして、一回戦でハゼ釣り勝負をする、東京の濱辺七海(はまべ・ななみ)と神奈川の川崎海千流(かわさき・みちる)、同じく、一回戦でイシモチ勝負をする磯辺愛海(いそべ・まなみ)ら、五人の釣乙女が見止められたものの、その中に、福岡の潮見凪(しおみ・なぎ)の姿はなかった。
時刻が六時十五分になった時、大会で審判を務める〈海兎(カイト)神〉が告げた。
「さて、日の出まで四半時(しはんとき)を切りました。
未だ一人が来ていませんが、遅刻して制限時間が減るのは自己責任なので、既にいらしている御三方は、このまま釣りの準備に入ってください。
勝敗の対象とする魚は、日の出から日の入りまでに釣り上げた魚のみで、この場合、魚を網に入れた時点で〈釣り上げ〉と判定します。そして、日の入りの時点で針に掛かっていた魚は、釣り上げた場合には審査対象魚とするので宣言してください。
それでは、移動していただきます」
数瞬後、釣巫女等の姿は消え、事前に申告しておいた各々の釣り場に、乙女達は〈転移〉していったのであった。
海兎神と少女二人が残された芝生公園の中空には、四つの大きな長方形の枠が浮かび上がり、その枠内に三人の釣乙女の姿が映し出された。そして、水平線に太陽が顔を出したまさにその瞬間、少女達は一斉に竿を振り出したのであった。
やがて、「遅刻遅刻」と繰り返しながら、左肩にバットケースを掛け、両腕に亀を抱えたオレンジ・ヤッケの少女が小走りで公園内に入ってきたのは、試合開始から二時間が経過した午前九時前の事であった。
三時半頃に、夜のランニングから宿に戻るや、凪は、ヤッケを着たまま蒲団の上に突っ伏し、試合開始まで少し休んでおこうと思った。しかし、目が覚め、部屋の時計に目を向けるや、慌てて跳ね起きた。
「八時半、ありえんっ! コガメラ、何で起こしてくれんとっ!」
「だって、凪様、起こす時刻告げてくれてないカメ」
「マリンタワー前に六時集合やけん、そこは、五時半には起こすよね、普通」
「神使は、訊かれた事にしか応じられないカメ」
「そういえば、そうだった。融通きかないのよね。やばいよ、やばいよ。どんだけ寝過ごしたと?」
「試合開始から、もうすぐ一刻カメ」
以上が、「遅刻遅刻」と呟きながら、二時間遅れでマリンタワーに現れた潮見凪の事情であった。
「ぷっ。『遅刻遅刻』って亀を抱えてはるのに、〈三月兎〉みたいな事ゆうてはるわ、オホホ」
京都の龍子は思わず吹き出していた。
(二時間遅れで、長尺の木刀ならぬ、長いバットケースって、それ、巌流島の宮本武蔵だろ)
こんな事を思いつつも、立場上、海兎神は凪に問うた。
「今まで、いったい何をしとったんですか? 潮見さん」
「すいません、兎の神様。寝坊です」
「ぷぷぷ、龍子さん、今の対応、三月兎というよりもぉ、『すらだん』のぉ「センドー」ですよぉ」
茨城の愛結もツボに嵌まってしまったようである。
「……。えっと、潮見さんは正直者なのですね。だがしかし、遅刻のペナルティとして、釣り場への移動に〈転移〉は用いません、速やかに、自分が選んだ場所に移動してください」
「かしこまり、です。じゃけど、開始二時間、まだまだ慌てるような時間じゃなかとよ。じゃ、コガメラ、巨大化」
「ウィかめ」
そう応えると、凪の腕の中の亀は巨大化し、己が甲羅に両足を着いた凪を乗せて、巨大亀は砂浜に向かって真っ直ぐに飛んで行ったのであった。
(ガ、ガメラかよっ! い、いや、亀仙人か?)
思わず、カイトは心の中でツッコミを入れてしまったのであった。
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