第参拾肆話 カミカノ、神等彼女の事情
黄泉国から戻った伊邪那岐命が〈海〉で禊をした時に化生したのは、ワタツミ神社の祭神となった〈綿津見三神〉と、底筒之男神(ソコツツノヲノカミ)、中筒之男神(ナカツツノヲノカミ)、上筒之男神(ウハツツノヲノカミ)等、〈筒之男三神〉である。これらの神々は〈筒之男〉の名を含んでおり、その〈筒〉は、〈夕方(ゆうづつ)〉の〈つつ〉に通じ、〈つつ〉とは、夕方の月や、宵の明星、あるいは、星を意味するので、筒之男三神は、星が航海の指針となるが故に、航海守護の海神として信仰され、これらの三神は、総じて〈住吉大神〉とも呼ばれている。
伊邪那岐命が禊をしたのは「筑紫日向小戸橘之檍原」なのだが、ここは、現在の宮崎県高千穂地方に当たるとされ、その檍原(あわぎはら)に隣接している宮崎市の塩路(しおじ)は、住吉大神生誕の地と推定されるが故に、この地にこれらの神々を祀る神社が創建された。こうした御由緒ゆえに、全国の住吉神社の〈元宮〉を称している。
また、同じ九州、福岡市から北西に約八〇キローメートル、玄界灘に浮かぶ、長崎県に属している壱岐(いき)島に鎮座する住吉神社は、その社伝によると、住吉大神の守護によって三韓征伐を成し遂げた神功皇后が、その帰途、この島に上陸して大神を祀ったのが、この島の住吉神社の始まりとされ、そういった理由から、壱岐島の住吉神社は、自社を日本初の住吉神社と称している。
そして、筑前国の一宮でもある、福岡市の博多区に在る住吉神社は、その社記である『筑前国住吉大明神御縁起』において、筒男之三神生誕の〈あわぎはら〉を博多と推定しており、また、三韓征伐以前にこの地に創建されたという伝承もあり、すなわち、日本で最も早く創建された住吉大神を祀る神社である、とされているので、自社を住吉神社の始祖とし、「住吉本社」あるいは「日本第一住吉宮」と称している。
さらに、『住吉大社神代記』によると、三韓征伐からの帰還の際に、神功皇后に神託が下され、〈荒魂(あらみたま)〉を祀る祠を今の山口の下関に、〈和魂(にぎみたま)〉を祀る祠を、今の大阪の住之江に設けるように命じられた、とある。
かくして、筒之男三神、すなわち、住吉大神を祀っている神社のうち、その始祖と称している福岡県の博多、荒魂を祀っている山口県の下関、和魂を祀る大阪府の住吉の三つが、日本三大住吉神社と呼ばれているのだ。
今現在、住吉神社は日本全国に散在しているのだが、海神を祀っているがゆえに、そのほとんどは海側にあり、小さな社まで含めると、その数は、二数百社にも及ぶと言われている。
日の本一の釣神を決める〈競釣〉が催される、その切っ掛けになったのは、令和五年神在月に神の宴で起こった、水神系と住吉系の神々の諍いで、それゆえに、住吉勢は、いち早く、この代理競釣への参加を表明していたのだが、二千以上の住吉神社の中から、派遣すべき釣巫女を選出する段階において、内部抗争が起こってしまった。
先に見たように、三大住吉とされているのは、福岡・博多の住吉神社、山口・下関の住吉神社、大阪・住之江の住吉大社で、この大阪の大社こそが、今現在、住吉神社の総本社となっている。
しかし、三大住吉の博多の住吉神社は、始原の住吉として「住吉本社」あるいは「日本第一住吉宮」と称し、長崎・壱岐の住吉神社は、自社を日本初の住吉神社だと主張し、そして、宮崎・日向の住吉神社もまた、自社を全国の住吉神社の〈元宮〉と呼んでいる。
かくして、喧々諤々の住吉勢の神議の結果、候補は、日向、壱岐、博多、下関、そして、住之江の五つにまで絞られた。ここからさらに会議は紛糾したものの、結果的に、釣巫女選出の権利を大阪の住吉大社が得、その召喚の儀が催されるのは、上弦の三日後の黄昏時とされたのであった。
以上が、一月二十一日の夕方に、住吉大社を参詣した磯辺愛海(いそべ・まなみ)が、鳥居をくぐった途端、左右(ま)界に召喚された住吉神社の神等側の事情である。
大阪府の南西に位置し、大阪湾に面している〈住之江区〉に愛海は住んでいる。
この付近は、古代から「すみのえ」と呼ばれてきて、漢字は、住之江、墨江、住吉、清江などが当てられてきた。
その住之江に在るのが「BOAT RACE住之江」で、一九八六年から、毎年、年末に行われ、二〇二三年で三十八回目を迎えた、競艇界最大のビックレース「ボートレースグランプリ(旧名・賞金王決定戦戦競争)」は、その三十八回中三十一回がこの住之江で開催されているため、住之江は「ボートレースのメッカ」「ボートレースの聖地」と呼ばれている。
住之江の競艇場の入場料は、現在、一〇〇円なのだが、十四歳以下は無料で入場できる。だから、未成年でも、保護者同伴ならば入場できるのだ。
子供の頃、愛海は、競艇好きの祖父や父に連れられて、これまで幾度となく、今では「BOAT RACE住之江」と呼ばれている住之江競艇場を訪れてきた。
しかし、小学生時代の愛海は、ただ父や祖父と一緒にレース場に付いていっているだけに過ぎず、本当の意味で、ボートレースに興味を抱くようになったのは、磯辺愛海、中三の夏の事であった。
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