第参章 壱回戦第壱試合の鮖(イシモチ)対決

第参拾壱話 海神等の対抗心

 記紀神話において、 〈神生みの神〉たる伊邪那岐命(イザナキノミコト)の黄泉(よみ)返りの神話はこのように語られている。


 亡くなった妻である伊邪那美命(イザナミノミコト)の事が忘れられず、死の世界である黄泉に向かったものの、「見るなの禁」を破って、腐敗したイザナミの姿を見てしまったイザナキは、黄泉比良坂(よもつひらさか)でイザナミに絶縁宣言をし、黄泉国から逃げ帰る事になった。

 やがて、黄泉から戻ってきたイザナキは、「筑紫日向小戸橘之檍原(つくしのひむかのおどのたちばなのあはぎはら)」で、黄泉の穢れを洗い去る為に、禊祓(みそぎはらえ)を行った。


 まず、〈瀬〉、すなわち、川にて、身に付けていた物、すなわち、杖・帯・袋・衣服・袴・冠・腕輪を投げ捨てたり、汚れた垢を洗い落とした際に、数多の神々が〈化生(けしょう)〉した。さらに、瀬にて、黄泉の穢れを祓った際に、八十禍津日神(ヤソマガツヒノカミ)と大禍津日神(オホマガツヒノカミ)の二柱が生まれたのだが、その禍津日神がもたらす〈禍〉、すなわち、災厄を直そうとして、三柱の直毘神(ナホヒノカミ)、つまり、神直毘神(カミナホビノカミ)、大直毘神(オホナホビノカミ)、そして、伊豆能売(イヅノメ)の三柱の神が成った。

 

 その後、イザナキは〈海〉で穢れを祓った。

 まず、海の底で濯いだ際に、底津綿津見神(ソコツワタツミノカミ)、ついで、底筒之男神(ソコツツノオノカミ)が、次に、潮の中に潜って濯いだ際に、中津綿津見神(ナカツワタツミノカミ)と中筒之男神(ナカツツノオノカミ)が、それから、潮の上に浮いて濯いだ際に、上津綿津見神(ウハツワタツミノカミ)と上筒之男神(ウハツツノヲカミ)が誕生した。

 このうち、〈綿津見(ワタツミ)〉の名を含む、底津綿津見、中津綿津見、上津綿津見の綿津見三神は、総じて〈大綿津見神〉とも呼ばれ、その綿津見三神は、ワタツミに〈海神〉という漢字を当てる事からも明らかなように、その〈神格〉は海神で、筑前国、今の福岡県の志賀島に鎮座している志賀海神社の主祭神になった。

 一方、〈筒之男〉の名を含む、底筒之男、中筒之男、そして、上筒之男は、総じて、「筒男之三神」、あるいは、「墨江三前の大神(スミノエノミマエノオオカミ)」、「住吉三神」、「住吉大神(スミヨシノオオカミ)」という総称を持ち、禊祓の神、港の神、航海などの海上交通の守護の神になった。


 最後に、身体を洗った時に、四柱の神が生まれ落ちた。

 まず、洗った左の眼からは、太陽神たる天照大御神(アマテラスオオミカミ)が、次に、洗った右眼からは月読命(ツクヨミノミコト)が生まれ、この月読命の後に、蛭児(ヒルコ)が生まれ、その後、鼻を洗った際に生まれたのが建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)である。

 これら、天照大御神、月読命、そして、須佐之男命は、最も尊き三柱の神、すなわち、〈三貴子(みはしらのうずのみこ)〉とされ、天照大御神は高天原、月読命は夜の世界、そして、須佐之男命は海原を統べる事になった。


 つまるところ、〈禊祓〉の最後に誕生したにもかかわらず、スサノオは、海の主宰神たる事を父神から任じられたのだ。海で身を清めた際に、綿津見三神と筒男之三神等、二組の三兄弟、六柱の海神が、スサノオよりも先に誕生していたにもかかわらず、である。


 父たるイザナキノミコトの言であるが故に、綿津見三神と筒男之三神は、大人しくその命に従い、身を引いたものの、弟たるスサノオとその一族が海の神として〈上〉に立っている事には、やはり、思うところがない分けではなかった。


 また、底・中・上の三柱二組の兄弟神、綿津見三神と筒男之三神と、その眷属等は、同格の〈海神〉であるにもかかわらず、否、同じ神格であるがゆえにかえってますます、互いに〈同族嫌悪〉にも似た敵愾心を抱き合い、神在月で出雲で顔を合わせた際に、何かにつけ張り合ったり、神の宴である〈直会〉において、小競り合いを度々起こしていたのだった。


 その綿津見三神を祀る綿津見神社・海神社の総本社である、福岡の志賀海神社が召喚した福岡・志賀島の潮見凪と、筒男之三神を主催神とし、住吉神社の総本社である、大阪の住吉大社が召喚した磯辺愛美が、神の代理として、令和五年の師走に、日の本一の釣神を決める、〈釣之巫女〉争奪勝ち抜き〈競釣〉の一回戦・第一試合で、いきなりぶつかる事になった。

 この対決は、同格の海神が召喚した釣巫女の勝負という事も相まって、全国の海神とその眷属等から、熱い注目を集めていたのである。


 さらに言うと、この一回戦に勝利した釣巫女は、次の二回戦にて、シードされている茨城県・取手の八坂神社が召喚した河瀬海千流と対戦する事になる。

 八坂神社の主祭神はスサノオノミコトであり、それゆえに、綿津見勢の神々も、住吉勢の神々も、自分たちの代表である乙女が一回戦に勝利して、弟神であるにもかかわらず、海の主催神の地位にあるスサノオの釣巫女に勝利して、祇園勢に一泡吹かせる機会が巡ってくる事を強く願っているのであった。

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