第参拾話 判定者の紹介と再会

 かくて、神の代理として競い合う神徒と神使が出揃った。


  茨城の河瀬愛結、八坂神社・須佐之男命の牛

  大阪の磯辺愛海、住吉大社・住吉大神の兎

  京都の清流龍子、貴船神社・高龗神の蛟(みずち)

  福岡の潮見凪、志賀海神社・綿津海三神の亀

  神奈川の川崎海千流、伏見大漁稲荷神社・稲荷神の狐

  東京の濱辺七海、富岡八幡宮・八幡神の鳩


「スクナ様、ちょっとよろしどすか? 大国主様からの言伝は、その神使たる〈ネズちゃん〉が、ワテ等それぞれの神様からの伝達は、各々の神使、ワテだったら、この蛟はんから神託があるって理解でヨロシどすか?」

「その通りじゃ」


「それじゃ、あと一つだけ質問、ヨロシどすか?」

「述べよ、小紫色の鞍馬の乙女よ」

「ワテの場合、お詣り終えて、貴船神社の鳥居を通った途端、いきなり、この〈左右(ま)界〉に召喚されたんやけど、当然、釣りの道具なんて何も持っとらんのよ」

 京都の龍子の指摘に、福岡と横浜のスポーツ少女も同調した。

「ウチは練習の帰りじゃけん、バットとグローブしかなかと」

「アッシはスパイクだけジャン」

「竿やリール、糸や針、ウキやオモリっつう道具もそうやけど、エサも問題やっ! 釣り道具と釣りエサ無しには、釣りはようできんわ」

 と大阪の愛海が話に加わってきた。


「案ずるでない。釣乙女等よ」

 こう大国主が言った後、少名毘古那神が話を引き継いだ。

「常陸国の大洗が複製され、糊付けされるのは、顕世と幽世の間に在るこの左右界である。この時空間には、神の力がさきわっており、〈造物神〉たる大国主大神様の神通力の一端を、汝等、ヒトのコさえも使う事ができるのじゃ。例えば、このように、な」

 そう言った少名毘古那神が念じると、その手の中に竹竿が現われた。

「いきなり、竿が出てきたでっ!」

「ワレは釣りには詳しくはないので、かつて見たことがある、事代主の竹竿の具現化がせいぜいじゃな。

 さて、この時この場の出逢いによって、神と人との〈縁〉が結ばれ、造物神やその協力神であるワレ等と汝等の間に、〈物造り〉の神の力が通った。

 ゆえにじゃ、釣乙女たる汝等ならば、いかなる道具も必要な餌も、その〈神通力〉によって思うがままに具現化できよう」

「大国主様ぁ、つまりぃ、僕たちはぁ、各々のぉ想像力をぉ用いてぇ、釣りにぃ必要な物をぉ何でも創造できるってぇ事でオーケーですかぁ?」

「然り」


「要するに、道具や餌の調達は、アタイらの経験次第っちゅー事やな」

「それまた然り」

(それじゃ、リアルに一度も釣りをした事がない、釣り未経験者のワタシが一番不利じゃないのっ! どうしたらいいの? これって、ポッポちゃんに相談すれば、解決できる問題なのかしら?)

 七海は急に不安になった。


「さらに、乙女等に伝えるべき事がある。

 つまるところ、『でふぉると』な力として、汝等に与えた、造物神である大国主大神様の創造の神通力に加え、対戦前に、それぞれが通じておる神から、何か一つ、望んだ神通力が貸与される。当世風に表現なるならば〈すきる〉というヤツじゃな」

「『スキル』って、ちっさい神様は、現代日本のゲームやアニメにも詳しいみたいジャン」

 横浜の川崎は、サッカーをやっているのでアウトドア系の少女と思いきや、存外、ゲームやアニメといったヲタク系のカルチャーにも造詣があるようだ。


「『でふぉると』とか『すきる』とか言われても、よう分からんわ」

「愛海さん、僕たちぃ全員、使いたいぃ道具や餌をぉ思い浮かべればぁ、それがぁ出てくる共通の力が持ててぇ、あとはぁ、勝負する際にぃ、愛美さんだったらぁ、住吉の神様がぁ、好きな神の力をぉ貸してくれるって話ですよぉ」

「つー事は、すみよっさんが、ドラちゃんみたいに、なんとかポッケから、好きな便利道具を出してくれるみたいな話やな」

「そうですよぉ」


「釣乙女等よ。心して聞くがよい。この『と~なめんと』において、勝った者は、負けた者を従属化する事ができる」

「ナンやて! 負けたら、そいつの〈下〉に付かんとあかんのかっ!」

 大阪の愛美が反応すると、茨城の愛結がこう付け加えた。

「なんかぁ、ヤンキー漫画みたいですねぇ」

「でも、強い相手に勝てば、次の対戦が有利になるって事ジャン」

 横浜の海千流も、この手の物語展開に対する理解度は高いようである。


 ここで、ずっと黙っていた七海が声を上げた。

「大国主大神様、少名毘古那神、突然、ワタシ達に何の断りもなく〈左右界〉に召喚されて、正直、戸惑っております。自己紹介を聞いたところ、みんな、中学三年生、受験を控えた大切なこの時期、決勝戦が二月九日がという事は、そう、二十日近くも、訳が分からない世界に閉じ込められて、ぶっちゃけ、迷惑です。ワタシ、もう不戦敗で構わないので、すぐに現世に戻してくれませんかっ!」

「東娘よ、それは、できない相談じゃ」

「どうしてなのよっ!」

 少名毘古那神は続けた。

「汝らはそれぞれの神に選ばれた、いわば〈釣巫女〉である。代行者である釣巫女が勝負をせぬまま逃げ出す事、それは、神が勝負から逃げ出す事と同義で、〈逃げ恥〉は信仰する神の顔に泥を塗る行為じゃ」

「もしかして、勝負をしなかったら……」

「御利益どころか、逆に、罰が当たるんちゃうん?」

「そ、そんな……」


「そもそも、顕世に戻れるのは優勝者だけじゃしな」

「「「「「「き、きいてないよぉぉぉぉぉぉ~~~!」」」」」」


「それって、何が何でも、優勝しない分けにはいかないって話やないかっ!」

「じゃが、見事、優勝し、日の本一の〈釣之巫女〉の座を勝ち得た乙女には、顕世に帰還する際に、好きな願いを何でも〈三つ〉叶えて進ぜよう」

「な、何でもやとっ!」

「そう、何でもだ。ヒトのミでは不可能な神通力の顕世での行使でも構わんぞ。

 さて、釣乙女等よ。勝負は厳正であらねばならぬ。それゆえに、勝負の判定者をこちらで用意した。その者は、神が宿りし衣を纏ったヒトのコで、いわば、顕世と幽世をその身に混交させた〈ま〉なる半人半神、それでは、その判定者を、ここに呼び寄せよう。カイト神、ここに来たれっ!」


 少女たち六人全員の視線が大鳥居に注がれた。


 やがて、鳥居の間に人影が現れ。徐々に姿が明瞭になっていった。

 その人物は、前半身に白い兎が描かれたTシャツを着ていた。


「せ、先生っ!」

 そこに現れた、神の代理〈競釣〉の判定者たる〈海兎神〉とは、神在月の出雲で行方不明になっていた神津海斗その人であった。

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