第弐拾玖話 神使来たれり

 大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)の左肩に乗っていた少名毘古那神(スクナビコナノカミ)が、釣り競技会の概要を説明し終えると、抽籤箱を携えた〈墨の五彩〉は大神の方に向かい出した。その五匹の鼠が大神の足下に至るや、少名毘古那は大神の肩から飛び降りた。そして、そのまま自由落下していった少名毘古那は、地面に衝突する寸前に、瞬間、空中に浮きあがったようになり、やがて、ゆっくりと着地すると、〈墨の五彩〉を後に控えさせ、少女たちの方に進み出た。


「この鼠達は、大国主大神様の直属の〈神使(じんし)〉である」


 〈神使〉とは、神や神社に召し使えている鳥獣虫魚の事で、大国主大神は鼠を神使としている。


 少名毘古那神は続けた。 

「今後、競技会関連の事で、そなたらに伝達事がある場合には、この霊獣の眷属たる鼠を遣わす事にいたす」


「スクナよ。例の件を」

 大国主から促され、少名毘古那が告げた。

「顕世(うつしよ)で暮らすそなた等、ヒトのコが、この〈左右(ま)界〉で釣り勝負をする上で不都合がないように、各々が信仰する神が己の神使を、その方等に随伴させる事と相成った」


「なんかぁ、異世界物でぇ、キャラがぁテイムするぅ獣魔みたいぃだねぇ」

「いやむしろ、ゲームの〈ナヴィゲーションAI〉が擬態化したものみたいジャン」

 一人一人に、アドヴァイザーとして動物が付く、という話を聞いて、茨城の愛結と横浜の海千流は、それぞれの趣味趣向に応じて、神使を譬えてみせた。


「スクナ様、よろしどすか? ワテらに付く動物って、鼠さんなんえ?」

「否、鼠は大国主様専用の神使で、それぞれの神には異なる神使がおる」

「それってどんな獣なんどすえ?」

「今から、神から遣わされた神使が鳥居から出てきて、そち達の許に赴く事になっておる」


 まず最初に、大型の獣の姿が大鳥居に現れて、ゆっくり、否むしろ、ノロノロと少女たちの方に歩み寄ってきた。

 それは牛であった。

 やがて、その牛は、茨城の河瀬愛結の前で止まった。


「この牛がぁ僕のぉ神使ぃ?」

「然り」

「でもぉ、何でぇ、牛なのぉ? 牛って天神様の御使いじゃないのぉ?」

「そなたが参詣しているのは、八坂神社じゃろ? 八坂神社の祭神は、ワレの祖神の須佐之男命様じゃからな」


 八坂神社の祭神は、須佐之男命とその妻である櫛稲田姫命、そして、須佐之男命の子、八柱御子神である。

 その主祭神である須佐之男命は、牛に乗って天界より出雲国に降り立った。また、須佐之男命には〈牛頭天王〉という別称もあり、それゆえに、八坂神社の神使は〈牛〉なのである。


「よろしくぅ、牛さん」

 愛結が牛に声を掛けると、大きな牛は、お守り位の大きさに変化して、愛結が着ている深緑色の制服の胸ポケットに入ってきた。

「今日からぁ、君のぉ名前はぁ〈アカベコ〉だよぉ」

 すると、同意するかのように、〈アカベコ〉は「モゥ~」と一鳴きしたのであった。


「次は、誰の神のお使いが出て来るんやろ。アタイの動物はナンかな?」

 愛結とアカベコの様子を見て、大阪の愛海は興奮を示していた。

 この時、ピョンピョン跳ねながら鳥居から出てきたのは小さな獣で、大きく一跳びすると、愛海の前に着地した。

 それは兎であった。

「ちゅー事は、このウサギがアタイのジンシか?」

 愛美が手を差し出すと、大きさを変えながら、兎は愛海の手に跳び乗った。

「そういえば、〈すみよっさん〉の境内にもぎょーさんウサギの像があったな」

 

 住吉神社の祭神は、住吉三神と神功皇后(じんぐうこうごう)である。その神功皇后が、住吉大神を祀ったのが、辛卯の年、卯月の卯日であるが故に、その縁から、住吉神社では〈卯〉、すなわち、兎が神使となったのである。


 次に鳥居から這い出てきたのは、大きな蛇に似た存在であった。ただ、蛇と違って、身体には四本の足があり、加えて頭には角さえ生えていた。

「ナンや、あれっ!」

「あれは、蛟(ミズチ)やね。ってことは、あれがワテの神使ちゃうか?」

 京都の龍子が言うや、蛟は龍子の身体に巻き付いてきた。

 京都・鞍馬の貴船神社の祭神は、高龗神(タカオカミノカミ)、龍神であり、その神使は、龍の眷属たる〈蛟〉なのだ。


 蛟の次に、のっそりと鳥居から出てきたのは亀であった。

「惜しいっ! 蛇と亀が合体しとったら、中国の四神、北の〈玄武〉やったのに。しかし、あの亀はんの鈍い足やと、こっちに来るまで、えろう時間がかかりそうやね」

 龍子のそんな感想を聞いたのか、亀は空中に浮かび上がると、少女たちの方に高速で向かってきた。


「まるでガメラじゃん。で、あの飛んでる神、誰の所に来るんかな?」

 亀が飛んで来たのは、福岡の潮見凪の所であった。

「このコガメラがウチの神使と?」


 福岡の志賀島に鎮座している志賀海神社の境内には亀石が置かれているのだが、この神社は〈龍の都〉と呼ばれてもおり、こう言ってよければ、〈龍宮〉なのだ。そう考えると、志賀海神社が遣わした神使が〈亀〉というのも合点がゆく。


 やがて、鳥居に現れたのは小さな四足獣であった。

 その獣影は、「コォォォ~~ン」と一鳴きすると、姿が朧になり、その数瞬後には、横浜の川崎の前で姿を明瞭化させた。

「アッシがお詣りをしてるのは、近所の伏見稲荷やし、やっぱ、アッシのジューマは狐でファイナル・アンサーって思ってたよ」

「注意しとくコン。ウチは〈従魔〉じゃなく〈神使〉や。それに、ワレの主はウカ様であって、アンサンに従っているわけでもないコーン」

「ワリィ、ワリィ、コンちゃんは、お稲荷様のミツカイ様だもんね」


 この時点で、未だ神使が来ていないのは、東京の濱辺七海だけとなった。

 しかし、いつまで待っても、鳥居の間に神使は姿を見せない。

 ふと上方に視線を向けると、大鳥居の一番上の横棒、〈笠木(かさぎ)〉と呼ばれている部位に、鳥が止まっているのに七海は気付いた。


「もしかして、ワタシの神使って、サッカー日本代表のマークにもなっている、あの有名なヤタガラス? なんか、龍子さんのミズチみたいに、幻獣が神使ってロマンかも……」


 やがて、その鳥居に止まっていた鳥は、七海の肩の上に飛び移って来た。

「クックルクゥゥゥ~~~、ポッポポォォォ~~~」

 七海の肩の上で、神使である鳥が鳴き声を上げた。

「東京の土産ゆ~たら、鳩サブレやし、トーキョーモンには、ぴったりやな」

 大阪の愛海がそんな感想を口にした。

 

 富岡八幡宮の八幡神が遣わした、七海の神使は〈鳩〉であった。

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