第弐拾捌話 対戦条件の御神籤

「ワレ等の分霊が鎮座する常陸国の大洗磯前神社、その神社の前には、かつて、ワレ等が降り立った岩礁が在り、その上には〈神磯(カミイソ)の鳥居〉が立っておる。この地には、海や川、さらには湖もあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁる」 


「大神様、結局、釣りをするだけじゃから、場所なんて、何処でもよか。それよりも、どげな風に勝負するん? 一口に〈釣り〉ゆうても色々あるけん」

「それに、六人、それぞれ、得意な釣りだってあるジャン」

 福岡と横浜の二人は、野球とサッカーと競技は異なれど、互いにスポーツ少女ゆえにか、種目、すなわち、勝負方法にこそ関心があるようだ。


 少女たちの言を受けて、少名毘古那神が勝負方法の説明を始めた。

「まず、初戦を戦う二組に、四度、〈御神籤(おみくじ)〉を引いてもらう。

 第一は、先か後か、籤を引く〈順〉を決めるもの、次は、海か川か、それとも湖か、釣りをする〈場〉を決める籤、その後が、例えば、アジ、クロダイ、イカといった〈対象魚〉を決める籤、そして最後が、勝負の方法、匹数なのか大きさなのかを決めるものじゃ。

 一回戦後には準決勝に関する籤を、準決勝の後は決勝の籤を同様に引いてゆく次第じゃ」


 ここで、京都の龍子が疑問を口にした。

「それやと、得手不得手、経験未経験もあるし、引いたクジの運、つまり、釣りをする人間それ自体の釣りの技量というよりも、勝負を決するのは、運否天賦次第という事になりません?」


 龍子の疑問に少名毘古那神が応じた。

「小紫色の京の都の乙女よ。釣果に影響を与える加護の強さ、それは、神との〈縁〉が強ければ強い程、その人の運それ自体も強くなる分けで、神徒が自分にとって都合の良い籤を引けるという事もまた、その神の加護の強さの証となろう」

「まさしく、運も実力のうちって事ですか?」

 ってゆうか、これって、人の運の強さが神の実力って話よね、と少名毘古那神と龍子の話を聞きながら七海は思ったのであった。


「早速であるが、初戦の条件の設定を始めんとす。それでは、〈墨の五彩(すみのごさい )〉、籤箱をここへ」

 勝ち抜き表を決める際に使った白い木箱を持って、白き鼠が後方に下がると、代わって、色が異なる四つの箱を持った、彩り異なる墨色の鼠が前に進み出てきた。


 墨の五彩とは、銀(しろがね)のような明るい鼠色の毛並みを持つ〈白鼠(しろねず)〉を長とする大国主大神の神使である霊獣で、墨の色を想起させる、その毛並み故に〈墨の五彩〉と呼称されている。その中でも最も淡い墨色の毛並みが〈清〉と呼ばれ、これが白鼠の毛の色であった。

 五彩の序列は、〈清〉〈淡〉〈重〉〈濃〉〈焦〉の順で、この順に、徐々に鼠の毛の色は濃い墨色になってゆく。

 

「それでは〈コゲスミ〉前へ」

 焦げたような黒に近い灰黒色の〈墨色鼠〉が、同色の箱を前に差し出したので、大阪の愛海が、その墨色の箱に手を入れた。抜き出したその手には「先」という玉が握られていた。

「ウチが先行っつぅ事は、このまま続けて、くじを引けばよいワケやな」


「それでは〈ノウドン〉前へ」

 墨色よりもやや淡く、後に控える第三の鼠よりも濃い色の毛並みの〈丼鼠〉が、その毛並みと同じ色の箱を持って前に出てくるや、愛海は即座に箱に手を入れた。そして、右の手の中にある玉を見て愛海は叫びを上げた。

「きたあああぁぁぁ~~~!」

 愛海の手の中の玉には「海」と刻まれていたのだ。

「場所は〈海〉、これは、もう、アタイが勝ったようなもんやな」

「大阪のぉ、なんばゆうちょる。ウチかて、博多湾、海が釣り場じゃ。もう自分が勝った気になるのは未だ早いけん」


 そう言いいながら、福岡の潮見凪は三番目の鼠の前に立った。

「ジューソ、籤箱を筑前の乙女へ」

 少名毘古那神に命じられ、〈素鼠(すねずみ)〉が、その毛並と同色の箱を凪に差し出した。

 素鼠の毛の色は、〈重〉と呼ばれる明度の無彩色で、他の色味を含まない、混じり気のない鼠色をしているので、この種の鼠は〈素〉鼠と呼ばれている。ただ、光の加減で、その灰色は黄色を帯びたり、青みががったように見えたりして、この時の素鼠の毛の色は黄色に見えていた。 

 バットの一振りの如く、箱に腕を差し入れ、サッと引き抜いた凪の手に握られている玉には、魚偏に石と書かれていた。

「〈鮖〉、これって何なん?」

「〈イシモチ〉でチュー」

 凪の問いに素鼠が応じた。


「イシモチか……。なら、大阪湾で釣った事あるわ」

「ウチかて、博多湾で釣った事あるけん」

「ほう。ほな、アンタとは熱い勝負ができそうやな。最後は、勝負方法やけど、どないな方法で戦う事になるんやろ?」


「ギンネズ、箱を前へ」

 淡い灰色、こう言ってよければ、青みを含んだ銀色の毛並みの〈銀鼠〉が、愛海に箱を差し出した。箱に手を入れた愛海は、あれっ!? という驚きの表情を見せた。

「どげんかしたと?」

 対戦方法を引かんとしている、自分の相手たる愛海の様子を注視していた凪が問うた。

「玉じゃないんやっ!」

 これに銀鼠が応えた。

「対戦方法は一文字じゃないんで、玉ではなく、札になっているでチュー」

「大吉、大凶、待ち人来るとかゆう、あれやな」

 愛海は納得したようだ。

「なんかギョーさん、入っとるけど、よっしゃ、イッカンニューコン、これやっ!」

「その掛け声、何ナン?」

 凪が疑問を口にした。

「知らんけど、釣り師のオッチャンらが、こう言ってから、竿を振っとるんや」


「『イッカンニューコン』って、いったい何だろう?」

 次に、御神籤を引く事になっている横浜の川崎が疑問を呟いた。

「多分、一つの竿にぃ魂をぉ入れるぅ、野球のぉ〈一球入魂〉のぉ〈球〉をぉ〈竿〉にぃ換えたんじゃないかなぁ。〈竿〉のぉ音読みはぁ〈カン〉だしぃ」

 このように茨城の愛結が推測してみせた。


 腕を引き抜いた愛海は、銀鼠に札を見せた。

「三匹重量でチュ」

「ナンや、それ?」

「それでは、説明するでチュー。時間内に釣り上げた対象魚の中で最も大きい三匹の合計の重さで、勝負を決めるでチュ」

「よう分かった。チュー事は、とにかく、でっかいのを三匹釣ればよいっチュー話やな」

 愛海に、銀鼠の口癖が移ってしまったようだ。


 続いて、第二試合で対戦する二人も、七海、海千流、七海、海千流の順で御神籤を引いてゆき、かくの如く、対戦条件が決まった。


 第一戦・ 第一回戦・第一試合、海・鮖(イシモチ)・三匹重量

 第二戦・ 第一回戦・第二試合、川・鯊(ハゼ)・二匹合計長寸

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