第弐拾柒話 対戦の日程と場所の選定

 中空に浮かび上がっている対戦表を確認した後で、少名毘古那神が少女たちに対戦の日程を告げた。

「第壱回戦の弐試合は、今日より伍日後の〈望〉の日、師走の拾陸日に、準決勝の弐戦は〈下弦〉の日、〈節分〉でもある師走の弐拾肆日に、そして、決勝戦は、令和伍年の〈大晦日〉たる参拾日に催す事にいたす」

「スクナの神さん、ナニを言うとるんや、ボケとるんかっ! 令和五年の大晦日って、とっくに過ぎとるやないかっ!」

 上方に向けた右の手の甲を手首だけで小さく振りながら、大阪・住之江の礒辺愛海が、少名毘古那神にツッコミを入れていた。


「神様、対戦の日取りって、もしかして、旧暦ですか?」

「然り」

 東京の濱辺七海の問いに大国主大神が応じると、その後を少名毘古那神が引き継いだ。

「東娘よ。人の世では、この日の本でも、西洋由来の暦を用いておるのは確かじゃが、古来、日の本では、月の満ち欠けに基づく太陰暦を用いてきた。たとえ、必要に応じて、南蛮の暦を参照する事があるとしても、何ゆえ、舶来の太陽暦を、ワレら日本の神々が使う必要があろうか」

「やっぱりぃ、繋がらん。でも、ざっくり言うとぉ、新暦と旧暦は大体ぃ一か月ぅズレるぅって事だからぁ、今はぁ、旧暦の師走って事になるよねぇ。マカイじゃぁ、ネットにぃアクセスできないからぁ、正確なぁ日付はぁ、ボクにもぉ分かんないけれどぉ」

 茨城・取手の河瀬愛結は、虹色、いわゆる「レインボーカーソル」がぐるぐる回ったままのスマホの画面を見ながら呟いた。

「深碧(しんぺき)の乙女よ。今日は、師走の拾壱日じゃ」

 少名毘古那神から愛結への返答を聞きながら、七海は、メモ・アプリに、「一月二十一日、旧暦・師走十一日」と打ち込みつつ、頭の中で、旧暦の師走残りの〈二〇〉と新暦一月の〈二一〉を足して、「四十一日差」とも付け加えたのだった。


 すなわち、不戦の二戦を除くと、〈望〉、師走十六日、新暦の一月二十六日に行われる一回戦、その第一試合は、大阪の磯辺愛海と福岡の潮見凪との対決で、第二試合は、神奈川の川崎海千流と東京の濱辺七海が相対する。

 次に、節分でもある〈下弦〉たる師走二十四日、新暦の二月三日に催される準決勝、その第一試合は、一回戦・第一試合の勝者と茨城の河瀬愛結の対戦、第二試合は、京都の清流龍子と一回戦・第二試合の勝者が戦う事になる。

 そして、最後の決勝戦が催されるのが師走晦日、新暦の二月九日である。

 どうやら、一回戦、準決勝、決勝の計五戦の対戦日は、月の満ち欠けに応じて、望、下弦、朔の前日に設定されているようだ。


 少名毘古那神による日程発表の間、五日後の第一回戦で釣り勝負をする事になった四名のうち、濃紺のコートを着た住之江の愛海は、釣りができる喜びで興奮し切っていたのだが、横浜のサッカー少女、赤味ががった黄色のウィンド・ブレーカーを身に着けた海千流は、気になる事があるようで、神に向かって次のような質問を発した。


「アッシらが通っている神社の神様の釣りの加護こそが最強ってのを、アッシらが代理で釣り勝負をして証明するとして、どこで、どうやって釣りをするんスか? この〈マカイ〉じゃ、どうみても、釣りができるような海も川も湖も、ましてや、釣り堀さえもないみたいっスけど」

 横浜の川崎が指摘したように、出雲大社の大鳥居前の勢溜にも似た〈左右(ま)界〉は、果無き広がりこそ誇ってはいるものの、何も無い、ただ広いだけの無限の空間なのだ。


「案ずるでない。小麦色の衣の乙女よ。大国主大神は造物神、そして、ワレ、少名毘古那神は〈協力神〉、これまで、ワレ等二柱で、数多の国造りを為してきた。なるほど確かに、天津神への〈国譲り〉が為されたが故に、顕世(うつしよ)における国造りは、今ではワレらの管轄外なのだが、この左右界ならば、いかようにも、想像した通りの創造が可能である」

「なんか、世界創造系のゲームみたいっスね。それじゃ、海や川も創れちゃうんスか?」

「然り。じゃが、無からの国造りは、神でも時間のかかる所業。そこで、かつて、大国主と、この少名毘古那が造り上げ、ワレらの分霊が鎮座している地の中から、釣り勝負に最適な地を選定し、しかるのちに、その顕世の地を複製し、この左右界に糊付け、その複製地こそを、この釣り勝負の会場にいたす」

「いったいぃ、大会で使うぅオリジナルの場所ってぇどこなんですかぁ?」

「深碧の衣の乙女よ。慌てるでない。今から大国主大神様が、その地をお告げなさる。それでは大神様、開催地の発表を」


「ワレ等、大国主と少名毘古那は、数多の名を持つ。名の多さは、神の力を表わす。そのワレ等が、〈大己貴命 (オオナムチノミコト)〉と〈少彦名命 (スクナヒコナノミコト)〉という名で祀られている地、数多あれど、最も漁業盛んで、釣りに最適なのは……、常陸国の〈大洗〉であぁぁぁぁぁぁるっ!」


「大洗、水族館でも有名ジャン。家族で行ったことあるヨ」

「お、オーアライ、きいたことあるで。センシャとかでユーメーなトコやろっ! 〈磯〉ちゅう字が入っとんも、ナンかエーやん!」


 かくして、対戦会場は、茨城県の大洗の複製地に決まったのであった。

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