第弐拾陸話 抽籤会

「そんで、小さなカミさん、どないな方法で、ナンバー・ワンの釣り人を決めるんや。どっかの海とかで、みんなで釣り勝負でもやるんか?」

 大阪の磯辺愛海が少名毘古那神にそう尋ねた。

「否。全員で一斉に釣果を競い合うのではなく、一対一の勝ち抜き戦形式で、最も優れた〈釣り乙女〉を選出する。当世風な舶来の言葉で言うと、〈と~なめんと〉という方式じゃな」

「神さんって、大昔の方やのに、外国語とかも使うんやな」

「濃藍の衣の難波の少女よ。神は、今生の参詣者からの祈願を受けておる。自然、その時々の流行にも敏感となり、外来の言葉に精通するのも必然である」

「まあ、言われてみれば、その通りやな」

 愛美は納得したようであった。


 少名毘古那神は続けた。

「それでは、まずは、籤引きをし、それぞれの対戦相手と対戦順を決める事にしたい。箱の中に、〈いち〉から〈はち〉まで、八つの数字が刻まれた玉を入れておく。氏族名の〈いろは〉順に、それぞれ一つずつ玉を取ってゆくがよい」

 少名毘古那神がそう告げるや、どこからともなく、木箱を抱えた白い毛並みの大きな鼠が現れ、少女たちの前まで、その箱を運んできた。


「ちゅう事は、〈いろはにほへと〉の〈い〉やし、アタイからやな。くじを引く順番が一番って、ナンか、幸先ええなぁっ!」

 愛海は、箱に手を入れるや即座に、入れた手を引き抜いた。そして振り返ると、後ろに控えていた少女たちに、自分が掴んだ玉を見せた。

「ナンか、よう分からんけど、こんな文字が出たでっ!」

 愛海が指で摘まんでいる玉には「壱」と刻まれていた。

 籤に使われているのは、〈大字〉と呼ばれている漢数字だったのだが、愛海は、その字を知らなかったようである。。

「愛海さん、その漢字ってぇ、数字のぉ〈一〉ってぇ意味ですよぉ」

「ナンやてっ! 一番に引いて、一番を引き当てるなんて、ラッキーやっ! アタイの好きな数字も〈一〉やし、ナンか最高やん」


 その時である。

 突如、空間にトーナメント表が浮き出てきて、左の最端に書かれた「壱」という大字の下に、氏名、令制国名、神社名が浮き出てきた。


「んじゃ、二番目は誰や?」

 愛海が問うと、濱辺七海が小さく手を挙げた。

「なんや、次はトーキョーモンか、ジブン、さっさと引きいや」

 

 七海が引いたのは〈八〉を意味する「撥」で、空間上のその大字の下、表の右端に七海の名が現れてきた。

「なんや、ジブン、ビリっケツかっ!」

「そもそもの話っ、トーナメント表の位置と順位は関係ないでしょ、磯辺さんっ!」

 あまりにも不条理な物言いをされ、さすがに七海も言い返してしまった。

「確かにそうやな。スマン、スマン」

 軽い調子で、あっけらかんと愛海は謝ってきた。たいして悪気は無いようで、きっと、この難波娘は、思ったことを考える前に口に出してしまうタイプなのだろう。


「三番目の乙女、前にっ!」

 少名毘古那神から呼び出しが掛かったものの、進み出る者は誰もいなかった。

 どうやら、三番目に引く事になっている少女は、いろは順を正確には覚えてはいないようで、少女たちの中には、ネットで調べようとした者もいたが、スマホは圏外を示している。当然といえば当然なのだが、現世ではない〈左右(ま)界〉まで現代日本の電波がきているはずはない。

 だから、習慣って怖っ、とスマホを手にしていた全員が思っていた。


 すると、茨城の河瀬愛結が、横浜の川崎海千流の肩をポンと叩いた。

「三番目はぁ川崎さんですよぉ」

 そう言われた赤黄色のウィンドブレーカーの川崎は、慌てて、箱の方に走っていった。


「こんなん出ましたけっどぉぉぉ」

 素早く籤を引いた海千流が示したのは、〈七〉を意味する「柒」で、右から二番目の「柒」の下に「川崎海千流」の名が現れた。

「よろしくね、濱辺さん」

 かくの如く、七海の対戦相手が決まった。


 この時点で未だ籤を引いていないのは、愛結、凪、龍子の三人である。

「あの、オオクニヌシさま、ちょっと、ヨロシどすか?」

 その時、清流龍子が、少名毘古那神に疑問を投げ掛けた。

「残っているのはワテを含めて三人、空いている枠は五つ、これって、くじ運次第では、一回戦が不戦勝って場合もあるって理解でヨロシどすか?」

「然り」

 簡潔に大神は応じた。


 この短い応答の後に、深緑の制服の茨城の河瀬がゆっくりと白鼠の方に向い、箱の中で、渦を描くように何度も掻き混ぜるようにしてから腕を抜いた。

「〈肆(シ)〉ぃですぅ」

 難しい漢字だが〈四〉を意味するらしい。


 この時点で、名前の枠が空欄になっているのは、〈弐〉〈参〉〈伍〉〈陸〉の四枠で、くじ順、最後から二人目は、福岡の野球娘、潮見凪であった。

 凪は大股で箱に近付くと、腕を一振りして、玉を一気に引き抜いた。

「〈弐〉ですね」

「ってことは、アタイの相手は、オレンジ・ヤッケかっ! 燃えてきたでぇぇぇ」

 そう言うや愛海は、左手の掌を右拳で何度も叩いていた。


「〈あさきゆめみし ゑひもせす〉、最後に残ったのは、いろは順、最後から二番目の〈せ〉から始まるワテやね。残りの枠は、サン・シ・ロク、さてさて、ワテが闘うのは、はたして茨城か、それとも不戦勝か、まさしくこれは、〈ザッツ・ア・クエスチョン〉って状況やね」


 龍子は、箱に腕を入れると、右手の指で玉を跳ね上げ、その玉を空中で掴むと、自らは数字を確認する事無く、五人の少女たちに数字を示した。


「龍子さん、〈伍〉ぉですよぉ」

 茨城の河瀬が呟いた瞬間、龍子の氏名と、令制国の名称、および、神社名が空中に現れ、かくの如く、勝ち抜き表が確定した。



  撥 濱辺七海 (武蔵国・富岡八幡宮)

  柒 川崎海千流(武蔵国・伏見大漁稲荷神社)

 

  陸 

  伍 清流龍子(山城国・貴船神社) 


  肆 河瀬愛結(常陸国・八坂神社)

  参

 

  弐 潮見凪 (筑前国・志賀海神社)

  壱 磯辺愛海(摂津国・住吉大社)



「あらま、ワテ、一回戦シードやわ。ほんまラッキーやぁぁぁ」

「キョーリュー、ジブン、ナンも分かっとらんな。むしろ、運、悪いやろっ!」

「何いうてはりますの?」

「あんな。不戦敗っつうのは、魚を釣るチャンスが失われるちゅー事やで。なのに、それを喜ぶなんて、ジブンみたいなの、真の釣り好きとちゃうでっ! そんなエセモンのアンタなんて、アタイが決勝でボロカスにしたるわ。覚悟しときぃ」


 この愛海の発言を聞いて、七海は思った。

 大阪の少女は、一番になりたがりの、単なるマウント娘ではなく、ただ、釣りが本当に大好きなだけなんだ、と。

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