第弐拾伍話 大少神の啓示
(〈マカイ〉に集いし乙女たちよ)
七海の自己紹介をもってして、六人全員の挨拶が終わった直後、少女たちの脳裏に、声が直接響いてきた。
「頭がキンキンするわ。いったい誰や、こんな声を出しとるんわっ!」
真っ先に声を上げたのは、大阪の磯辺愛海(まなみ)であった。
愛海は片膝立ちで座っていたのだが、跳ね上がるように立ち上がると、首をグルっと回してみた。だが、周囲には、自分たち六人以外の気配はまるで感じられない。
「あんたら、あそこ見てみぃ」
京都の清流龍子(たつこ)が、大鳥居の方を指さすと、鳥居の両柱の間が揺らいだようになって、やがて、空間の揺らぎが収まると、そこに人影、いや、人の影と呼ぶには、あまりにも巨大過ぎる輪郭が現れた。
「だ、ダイダラボウだぁ!」
深緑の制服の茨城の河瀬愛結(あゆ)は、思わず叫んでしまった。
「アユちゃん、そのだいナントカって何なん?」
オレンジ・ヤッケの福岡の潮見凪(なぎ)が、愛結に問うた。
「ボクの地元の昔話でぇ、茨城にいたっていう大男ぉ。水戸と大洗の間の公園にぃ、ダイタラボウの巨大な像があってぇ、この前のゴールデンウィークに大洗に家族で潮干狩りに行った帰りに観たんだよぉ。その像、五階くらいの高さで、なんかそれに似ているってぇ、チョッカンしたんよぉ」
「〈マカイ〉に集いし乙女等よ」
今度の声は、少女たちの耳に直接届いて、六人全員の視線は、声がした巨人の左の肩の辺りに注がれた。
その肩の上には、小さな人型の存在が乗っていた。
「なんか文鳥みたいジャン」
横浜の川崎海千流(みちる)がそう感想を漏らしたのだが、浜邊七海(ななみ)はこう思った。
(あのサイズ……。ワタシには、コロボックルか、一寸法師のように思えるわ)
「ねえったら、ねえ。そこの巨人さん、『マカイ』ってどういう意味なんスか? もしかして、ここって魔物が住む世界で、あなた、もしかして、魔王とかっスか?」
横浜の川崎が疑問を発すると、巨人と小人は互いにしばし顔を見合わせた後で、そろって噴き出した。
「お、おかしいぃ。だ、ダ……イ…………ちゃんが……、ま、魔王、だ…………ってさ。お、おなか、い、痛い。ひっ、ひっ、ふぅ~、ひっ、ひっ、ふぅ~」
巨人の肩の上で転げまわっていた小人であったが、笑いを収めるべく息を整えると、肩の上から、小さき体に似つかわしくない大きな声で言った。
「乙女等よ。ワレの名は、少名毘古那(スクナビコナ)、そして、こちらにおわすお方こそ、恐れ多くも、国津神の主宰神、大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)様であらせられるぞ。控えおろう」
「やばいよ、やばいよ、ミチルさん、魔王どころか、真逆の大神さまやん、ごめんなさいしてぇぇぇ!」
横浜の川崎の隣にいた、福岡の潮見凪が肘で突いた。
「神様、なんか、魔王と間違っちゃって、すんませんしたっ!」
「したっ!」
海千流に続いて凪が「したっ!」と言いながら身体を曲げたので、釣られて残りの四人も上体を折り畳んでしまった。
「よいよい。笑わせてもらったし、ヒトのコの過ちを許さないのは神の罪だから。ねえ、大上様」
少名毘古那神に言われ、大国主は首を小さく縦に振った。
「はい、はいっ! オオ神様っ!」
横浜の川崎がピンと真っすぐ上に手を挙げた。
「許す。小麦色の衣を纏った乙女よ」
大国主大神が発言を許可した。
「最初の話に戻るんスけど、『マカイ』って何なんスか?」
うちの地元の深川でもそうだけど、どうして運動部の人の敬語って「~ス」なのかな? 神様たち、機嫌損ねないかしら、と七海は内心ヒヤヒヤしていた。
気付くと、少名毘古那神が説明を始めていた。
「月と太陽、闇と光、暗と明、陰と陽、黒と白、死と生、外と内、西と東、そして、左と右、そういった両極にある事象の間には、そのどちらでもなく、かつ、そのどちらでもあるような混交した境界が存在する。いわば、点や線ではなく〈領域〉、すなわち、それが〈ま〉なのじゃ。そもそも、古来、〈ま〉には〈左右〉という字を当てていたんじゃよ。
すなわち、神がおる〈幽世(かくりよ)〉と、人が住む〈顕世(うつしよ)〉の間に、二つの世界のどちらでもなく、同時に、どちらでもある世界があって、その〈左右(ま)〉の世界が、〈左右界(まかい)〉なのじゃ。
ヒトのコには、ちと難しい啓示じゃったかな」
「いや、オオ神様、そんな事ないっスよ。人の世界の〈人界〉と神の世界の〈神界〉の間が〈ま界〉って話っしょ」
「その通りじゃ。小麦色の娘は、存外、賢いのぉ」
「ウチも、ライトノベルや、漫画やアニメで似たようなシチュ、見た事あるけん。大丈夫」
「鬱金色(うこんいろ)の娘、まことか?」
「まっぽし」
そう言って、福岡の潮見は頷いたのであった。
「ちょっと待ってや。ここが人間界じゃないってのは分かった。じゃが、いきなり、その〈マカイ〉って世界に召喚されたアタイらが、ファンタジーのキャラみたいに、はい、納得なんて、ようイカンわ。カミさんが大きいか少ないか、よう知らんけど、きっちり、こっちが納得できる分けを説明してくれっちゅう話やで、カミさん」
大阪の愛美は、神様相手でも一歩も引くつもりはないようである。
少名毘古那神が愛海に応じた。
「それでは、そなたらを、左右界に召喚した経緯を伝えよう。
先の神在月の折に、神々の間で、どの神が最も強き釣りの神徳を信徒に授与し得るかが俎上にあがった」
「ったく。もっと簡単に言ってくれや」
「愛海さん。どのぉ神様がぁ一番釣りの御利益があるかっというぅ話し合いをしたって事ですよぉ」
緑の愛結が、神の言い回しを言い換えてみせた。
「なるほど。アユ、カミさんの言葉、翻訳してぇや。じゃ、チッコいカミさん続けろや」
「そこで、日の本一の釣り神を決めるための競い合いを催す事と相成った」
「それって、カミさん達で、釣り大会をすればよいっちゅう話ちゃうの?」
「否、神在月以外は、神は、その鎮座地から遠く離れる事はできぬ。そこで、釣り神と最も縁強き、最良の釣りの神徳を受益し得る信徒一人を、己が神社の参詣者の中から選出し、神の代理として、釣りの競い合いをさせるべく、左右界に召喚した次第なのである」
「ナンやて?」
「えっとぉ、日本一の釣の神様を決める事になったらしいんですがぁ、神様はぁ忙しくてぇ、自分たちでぇ釣り大会ができないのでぇ、代わりにぃ釣りの勝負する人をぉ、自分とこの神社にお詣りに来た人からぁ選んだそうなのですよぉ」
「ナンやてっ! ちゅうことは、アタイがいつも大漁祈願をしとる〈すみよっさん〉が、このアタイを選んで、すみよっさんの代わりに釣り勝負をして、日本一になってこいっちゅう話やな。うぉぉぉ~~~、燃えてきたでぇ~、アタイこそが、ナンバーワンになってやるっ!」
大阪の愛海は、勝負事に燃える質らしかった。
とゆう事は、と七海は思った。
深川の八幡さまが、ワタシの事を召喚したんだわ。
でも、ワタシ、たしかに、毎日、お詣りに行って、高校生になったら釣りデビューできますようにって祈っていたけれど、実際には一度も釣りをした事はないのよ。
江戸時代から漁師町として栄えていた深川の氏神であった富岡八幡宮は、釣りとの〈縁〉が深く、深川のみならず、都内や関東の多くの漁師や釣人からも篤い信仰を集め、「釣行安全・大漁祈願」のお守りを授与している。また、本殿においては、「釣行安全・大漁祈願」の祈祷も行っていて、さらには、竿やリール、ルアーなどの釣り道具の御祓いさえしている。
かくも数多の釣人が参詣する深川の富岡八幡宮の信徒の中から、何故に、釣り未経験者の自分が選ばれたのか、七海には合点がいかないのであった。
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