第弐拾肆話 勢溜の少女たち
神社と通りの境の赤い鳥居を抜けると、そこは見知らぬ世界であった。
「こ、ここ、いったい何処? なんで、永代通りじゃないの?」
振り返り見上げてみると、そこに立っているのは、地元の富岡八幡宮の、見慣れた赤い鳥居ではなく、焦げ茶色の大きな鳥居であった。
「〈デジャ・ヴュ〉、これ、写真で見た事があるよ……。たしか、出雲大社の大鳥居」
海斗が消息不明になってから、彼の行き先であった出雲について、七海は色々と調べており、勢溜の大鳥居も目にしていたので既視感があったのだ。
「ジブン、そんなとこに突っ立っとらんで、こっち来たら、どないや?」
突然、七海は声を掛けられた。
(一、二、三、四、五)
声がした方では五人の少女が輪になって座っており、七海に話し掛けてきたのは、深紅のコートを纏った、肌がやや浅黒い短髪の少女であった。七海が近付くと、その少女は、跳ねるように立ち上がり、こう提案した。
「今来た子で六人やな。なぁ、ジブンら、現状はよう分からんままやけど、このまま、ナンも喋らんで、黙って座っちょってもシャーないやろ。こうして集まったのもナンかのエンやし、自己紹介するってのは、どうやろ?」
その深紅のコートの少女は、口調から察するに、どうやら関西出身であるようだ。
「ほな、言い出しっぺのアタイからイコカ。
アタイは、磯辺愛海(いそべ・まなみ)、まなみは、愛する海って書いて〈まなみ〉や。大阪の住之江出身の中三。よろしゅうな」
「あんさん、趣味とかはありまへんの?」
七海の右隣に座っている少女がそんな質問を大阪の少女に向けた。
「そのイントネーション、ナンや、ジブン、京女か?」
「そうどすえぇぇぇ」
質問した少女は、わざとらしい京言葉を使って大阪の少女に応じた。
「ナンかハラたつわぁ。まあ、名前と学年だけじゃ、サミシのは確かやしな。アタイは、その名の通り、海を愛しちょって、趣味は船釣りと競艇や」
「『キョーテー』って何ぃ?」
上下深緑の制服を来た少女が、語尾上がりの調子で疑問を発した。
「ナンや、そこの緑の、競艇も知らんのか? 競艇っつうのはな、水上の格闘技、ボートレースの事やでっ!」
「へ、へぇぇぇ」
緑の少女は、愛海の剣幕に気圧されたようだ。
「船釣りに競艇、大阪の方は、よっぽど船がお好きなんやね」
「そうや。ナンかモンクでもあるんか。京女」
「は、はいっ! 次は、ボクがぁ自己紹介をぉやりますぅ」
大阪と京都の関西少女が険悪になりかけたので、愛海の左隣にいた深緑の制服の少女が慌てて自己紹介を始めたのだった。
「ボクはぁ、茨城県の取手出身のぉ河瀬愛結(かわせ・あゆ)ですぅ」
緑色の制服の語尾上がりの少女は、一人称に〈ボク〉を使う〈ボクっ娘〉であるらしい。
「『あゆ』やと。ナンやジブンの名前、魚の鮎か?」
「いぇ、親に訊いたところぉ、由来はぁお魚らしいんですけどぉ、漢字は、愛情の愛に結ぶって書いて〈愛結〉ですぅ」
「おっ、アタイと同じで、〈愛〉って漢字を使っとるんやな」
大阪娘の気は、京都の娘から、〈愛〉という名前の類似性に移ったようであった。
「実はぁ、ボクもぉ釣りが趣味でぇ、地元の霞ヶ浦とかでぇバス釣りをしていますぅ。あっ、ボクもぉ中三ですぅ。よろしくですぅ」
「それじゃ。アタイ、アユってきたんで、ほな、時計回りでいこか」
(大阪の愛海さん。ついに場を仕切り出しちゃったよ。しかも、河瀬さんを、もう下の名前で呼び捨て。馴れ馴れし過ぎる。苦手なタイプ。ワタシとは合わないかも。距離をとって、なるべく関わらないでおこう)
深紅のコートの大阪娘は、七海の左隣にいたのだが、七海は気持ち右に身体をずらしたのであった。
「じゃ、次、オレンジのやっけの子、イコカ」
「『やっけ』?」
関わらないでおこう、と思っていたのに、つい七海は疑問を声にしてしまった。
「ナンや。ジブン、〈やっけ〉も知らんのか? ああゆう冬に運動部が着る、寒さや風除けの外着の事やで」
愛海は、オレンジの衣類を着ている少女を指差しながら説明した。
「ウィンドブレーカーの事やね。ワテの住んどる京都では、老齢の方が『やっけ』って呼ぶのを聞いた事ありますわ。それにしても、今時、『やっけ』て。ぷっ」
「バカにしとんのかっ! 京女、誰もオマエには話ふっとらんわ、ボケェ」
「おお、こわい。こわい」
(話題を、ぶっ込んじゃったのはワタシだけど、京都の人、逐一、大阪の人に絡むなぁ。どっちにも関わらないようにしよう)
七海は、諍いに巻き込まれないように、完全中立の立場を取る決意を固めたのであった。
「ウチは福岡の中三、潮見凪(しおみ・なぎ)です。ウィンドブレーカーを着とるのは、リトルシニアで硬式野球やっちょって、その練習の帰りやけん」
「ほぉ〜、ジブン、ポジションと打順は?」
「センターで、チームじゃ、クリーンナップ、四番を張っちょります」
「りとるしにあ」「くりーんなっぷ」ってどうゆう意味? と疑問に思った七海であったが、それを口にすると、再び場が紛糾するような気がして、声になる前に言葉をグッと飲み込んだ。その代わりに、素知らぬ顔をして、その未知の単語を、スマホで調べる事にした。
あれっ!?
端末の画面には「圏外」の表示が出ており、ネットに接続できないのだ。そこで、七海は、メモ・アプリに、それらの単語を記しておき、スマホの電波が戻ったら検索する事にしたのだった。
「趣味は、もちろん、野球っちゃけど、投げ釣りも好いとーよ。ウチ、四番やけん、竿もバリ遠く飛ばすっちゃけど」
どうやら、オレンジの博多の野球娘は、遠投に自信があるようだ。
次に、上下、黄色のヤッケを着ている少女がスッと立ち上がった。
わっ! この子、スラっと背が高くて、クール・ビューティー、何より姿勢が綺麗、と七海は思った。
「横浜に住んでいるけれど川崎ッス」
話している感じは見た目と真逆であった
「「「「「………………………… 」」」」」
「あれ? 無反応? 初対面の挨拶では爆笑必至のテッパンギャグなのに。これは、横浜に住んでいるのに、名字は、隣りの川崎、てっ、説明させんといてやっ! もう、あかん、顔から火が出そうやぁ〜」
「もしかして、あんさん、横浜言うとりましたけど、元は京都の人?」
横浜の川崎さんの話しを聞いて、先の京都の少女が話に入ってきた。
「その通ぉりっ。小六まで京都の伏見に住んどったんやけど、中学にあがるタイミングで神奈川に引っ越したんよ」
「あんさんも、何かスポーツをやってはりますの?」
「アッシは、サッカー。横浜の女子のジュニアチームに入ってんよ」
「そういえば、川崎さん、下のお名前は、なんて言いはりますの?」
「海に千に流れって書いて〈みちる〉っす。で、アッシも釣りが趣味で、よく、堤防釣りに出かけるんすよ。そんで、昨日の土曜は練習が休みだったんで、パシフィコ横浜の釣りフェスに行って来たんすよ」
「えっ! ワタシ、今日、行って来ましたっ!」
思わぬ共通点を見出して、七海は、思わず声を上げてしまった。もしかしたら、この横浜の川崎さんと釣りフェスティバルの会場で自然エンカしていたかもしれない。
「残念。アッシは、日曜は練習試合があったんで、パシフィコに行ったんは土曜だけ。日にちズレてたら、横浜で会ってたかもしれんね? 後で、連絡先、交換しよ」
そして五人目は、先程から何度も大阪娘と小競り合いをしている京娘の番となった。
「ワテは、清流龍子(せいりゅう・たつこ)と申します。京都の鞍馬の中三。渓流釣りを嗜んでおります。
なあ、アンタラも気づいてはると思いますけど、ワテも含めてここまでのミンナ、同じ中三やね。なあ、ワテの隣のあんさんも、中三なんやろ?」
京都の龍子が話を振ってきたので、七海は、黙ったまま首を縦に振った。
「ちょっと待てやっ! アタイも気付いた事があるわっ! アタイが船釣り、アユがバス釣り、福岡のオレンジのシオミーが投げ釣り、横浜の川崎が堤防釣り、アタイらみんな釣り好きやんけっ!」
「ワテを飛ばしてはりますよ。マ・ナ・ミちゃん」
「うっさいわ。ダマっとれ。このキョーリュー(京龍)。さっき聞いたばかりやし、知っとるわ。なあ、最後のジブンも釣り好きなんやろ?」
七海は、再び黙って首肯した。
「ジブン、名前は?」
「濱辺七海(はまべ・ななみ)です。東京の深川出身です」
「『は・ま・べ・な・な・み』やとぉぉぉ。ジブン、〈磯部愛美〉っちゅうアタイと名前、なんか被っとるやんけ。ジブン、紛らわしいから、『トーキョーモン』で決まりな」
(なんて、ゴーイング・マイ・ウェイなのよ!)
「で、トーキョーモン、自分、何釣りをやっとるんや?」
「あっ、ワタシは、釣りは大好きなんですけれど、ネットで道具について調べたり、釣り動画を観ているだけで、実際に釣りをした事はないんですよ」
「ふん、ナンや、ドーグ・ヲタクの『在宅』か」
大阪の愛美に鼻で笑われ、七海の気は深く沈んでしまったのであった。
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