第拾捌話 祇園会と稲荷会の神々の乱入

「「「「「「「「ちょっと待ったぁぁぁ~~~!」」」」」」」」

 この制止の声と共に、八柱の神が進み出てきた。


「誰だっ! 大神の話は未だ終わっと……」

 大国主大神の話が遮られた事に不快を覚えた少名毘古那神であったが、その八柱の神等の顔ぶれを見た瞬間、慌てて批判の言葉を飲み込んだ。

「お、奥方様っ! こ、これは失礼をば」

 少名毘古那神は、声に非難の色が帯びた事について、その女神に謝罪した。

「いえ、少名殿、こちらの方こそ、突然の御声掛け、失礼いたしました。

 しかしで御座います」


 こう口火を切った女神、〈須勢理毘売命(スセリビメノミコト)〉は、視線を、夫である大国主大神に向けた。


 この年の神の宴において、須勢理毘売命は、父方の親族である八坂神社の祭神等と宴を楽しんでおり、件の、住吉系と水神系の諍いが起こった時も、スサノオの神族である〈八坂組〉は、我関せずの傍観の姿勢を取り続けていた。

 だがしかし、であった。


「旦那様、問題が、住吉と水神の諍いで、調停の話で留まっていたのならば、わたくし共、スサノオの神族も割り込むつもりは毛頭ご座いませんでした」

 こう語った後で、須勢理毘売命が、周りの兄姉神等に顔を向けて軽く頷くと、そこに居並んでいた、八坂神社の祭神である〈八柱御子神 (やはしらのみこがみ)〉も、首を大きく縦に振り、同意を示したのであった。


 かつて、須勢理毘売命が、父である須佐之男命と共に〈根の国〉に住んでいた際に、女神は、この国に逃れてきた、当時、大穴牟遅神(オオアナムジノカミ)と名乗っていた男神に出会った。須勢理毘売命と大穴牟遅神は忽ち恋に落ちたのだが、結婚を認めない須佐之男命は、大穴牟遅神に数々の試練を与え、その全てを乗り越え、ついに、須勢理毘売命との結婚を許された。この時、須佐之男命は、大穴牟遅神に〈大国主〉という名を与え、かくして大国主神となった男神は、須佐之男命の娘である須勢理毘売命を正室として迎えたのである。

 さて、八坂神社の主祭神は、〈須佐之男命〉、その妻〈櫛稲田姫命(クシナダヒメノミコト)〉、そして〈八柱御子神〉で、これは、須佐之男命の八柱の御子神の総称である。

 その八柱の御子神とは、母の名が分かってはいないが同胎の、〈五十猛神(イタケルノミコト)〉、この男神の妹である〈大屋比売神(オオヤツヒメノカミ)〉および〈抓津比売神(ツマツヒメノカミ)〉、そして、櫛稲田姫命との間の〈八島篠見神(ヤシマジヌミノカミ)〉、神大市比売(カムオオイチヒメ)を母とする〈大年神(オオトシノカミ〉と〈宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)〉、そして、根の国時代の御子である〈大屋毘古神(オホヤビコノカミ)と〈須勢理毘売命〉等、八柱の異母兄弟姉妹神である。


 出雲大社の主祭神である大国主神は、須佐之男命と櫛稲田姫命の子である八島篠見神の五世代後の神裔に当たるのだが、つまり、大国主大神にとって、須佐之男命は、祖先にして、〈大国主〉の名付け親でもあり、かつ、義理の父なのだ。

 いずれにせよ、出雲の祖神たる須佐之男命の直系の神族である八坂勢は、祖先にして妻の父という近親神であるが故に、公的な国津神の主催神という立場であるにもかかわらず、大国主大神にとっては、あまり強くは出られない神族な分けなのだ。


「旦那さま」

 須勢理毘売命は、もう一度呼び掛けた。

「当八坂の社の祭神たる〈八柱御子神〉の一柱たる五十猛(イタケ)大兄は、かつて、その名に〈礒竹〉というう字が当てられていたのですが、それは、〈竹〉は林業に、〈磯〉は海に通じ、さらに、父、スサノオの供をしていた際に、土の船を作って海を渡り、出雲に到着した逸話によって、〈造船〉〈航海安全〉、さらには〈大漁〉の神としても信仰されております。つまり、我が八坂の社もまた、住吉や水神に引けを取らぬ、大漁加護を与える、釣りの神社なのですのよっ!」


 それから、興奮し息が切れた、異母妹である須勢理毘売命の言を、五十猛神が引き継いだ。

「大神よ、話が、単なる住吉と水神の抗争ではなく、〈日の本一〉の釣り神社を決定するための競い合いとなったというのに、このまま我が社を無視するのならば、〈八坂組〉を始めとする、須佐之男命を頭と仰ぐ〈祇園会〉全二三〇〇社が黙っておりませぬっ!」


「あのぉ~、ちょっと、よろしどすかぁ? イソノ大兄」

 僅かに手を挙げて、一柱の女神が話に割って入ってきた。

「いかがした? ウカ妹」

 こう五十猛神が問い掛けたのは、その異母妹である宇迦之御魂神であった。

「日の本一の釣り神社を決めるって話に、八坂組が参与するって話なら、うち、この話から抜けさせてもらいますわぁ」

「な、何を言う? う、ウカよ。そちは、スサノオの子としての矜持をなんと心得ておる? 日の本一の釣り神社という看板を、指をくわえたまま、黙って住吉や水神に譲れとでも言うのかっ!」

「イソノ大兄、そうおっしゃりましてもな。たしかに、うちも〈八柱御子神〉の一柱で、祇園会・八坂組の幹部に名を連ねてはりますけれどぉ、そもそも、うちは首領として〈稲荷会〉を率いている身なのですよぉ」

「う、ウカノミタマよ。い、いったい何が言いたいのだ?」


 ここで、宇迦之御魂神は、おっとりとした京言葉から、突然、口調を変えた。

「イソのアニィ、察しが悪いのぉ、日の本一の釣り神社を決めるっちゅう話なら、ウチとこも噛ませっちゅう話やでっ! のう、ダイ坊っ!」

 ドスの効いた声でそう五十猛神に言い放つや、宇之御魂神は、大国主大神と少名毘古那神を睨め上げたのであった。


 〈稲荷神〉を主祭神とする稲荷神社の数は日本全国で約二七〇〇社と、数こそ、社数二千台の〈水神系〉や〈祇園会〉と大きな違いがある分けではないのだが、境内社や合祀(ごうし)など、分祀した社を全て加えると、数は十倍の三万社にまで膨れ上がり、ここにさらに、稲荷神が祀られている山野や路上の小さな祠まで含めると、傘下の社の数は正確には把握できない程なのだ。いずれにせよ、末端まで含めると、〈稲荷会〉は、日本で最大規模を誇る神社と言えるのだ。

 その全国三万余社を数える稲荷神社・稲荷社の総本宮こそが、京都府に在る〈伏見稲荷大社〉で、その首魁こそが、宇迦之御魂神なのである。


「しかし、ウカ妹……」

「はぁ、『マイ』じゃとぉ⤴」

「ウカノミタマノカミ様……、稲を象徴する稲荷神であるあなた様は、穀霊神にして農耕神であり、その御神徳は五穀豊穣であるはず。そもそもの話、今回の釣りの問題とは完全に関係が無いのでは?」

「イタケルノォ~、今や、稲荷会は、農業だけじゃなく、もっと手広く加護を授けとるんよ。で、それは、ありとあらゆる産業にまで拡がっておって、今や、うちんとこの社には、〈商売繁昌〉の御利益を求める参拝者も、ぎょうさんきちょるわけよぉ」

「それでも、釣りは無関係なのでは?」

「情報が古過ぎるで、大兄よ。うちとこの大抵の社では〈大漁満足〉の願いも受け付けとって、多くの漁師や釣り人も参拝に来てはるし、三万以上の傘下の中には、大漁祈願に重きを置いちょる稲荷神社もあるっちゅう話よ。分かったか、ぼけぇ~」


(ぅ、うわっ、ウカの伯母上、。こ、こわっ! それにしても、〈荒魂(あらみたま)〉が前面に出た時の、スサノオ神族の迫力、半端ないわぁ) 

「で、それでじゃ、どないするんや、ダイ坊ぉ⤴」

 稲荷会の主催神から声を掛けられ、大国主大神は一瞬で我に返った。


「どないしよ……、スクナ」

「まかせて、ダイちゃん。考えがあるから」

「頼んだ」


 大国主大神から託され、少名毘古那神はこう宣言した。

「大神の決定を申し渡す。当初、住吉系と水神系の社の間で優劣を競い合わせる予定であった釣り勝負の規模を、日本全国のあらゆる社にまで拡大する」

「な、なんとぉぉぉ、もしや、我々にも参加の権利がある、という事かっ!」

 社格が高くない社に祀られている神々や、釣好きではあるものの、釣りや漁の神徳を有していない神々が騒めき出した。


「参加を望む神々には、代理として釣りをする、神との縁強き信徒を選び出す準備期間も必要であろう。最も多くの参拝者が集う新暦の正月三が日を、その見極めの機会に利用したい神も中にはおろう。

 そこで、新暦の初詣が落ち着いたら、日の本一の釣り神社を決める大会を開催する事にいたす。

 我が社こそが日の本一の釣り神社である、と主張する祭神は、その開催日までに、釣りを為す乙女を選出し、幽世の出雲にまで遣わせんっ!」

「「「「「「「「おぉぉぉ!」」」」」」」」


 住吉と水神、八坂と稲荷の諍いを遠巻きにし、静観していた神々からも歓声があがった。


「そして、大会の結果として、自らの信じる社を、日ノ本一の釣り神社の座に据える事に尽力した乙女には〈釣之巫女〉の称号を与えん」


 かくして、幽世に召喚された乙女たちが、神の代理として競い合う釣り大会が開催される事と相成ったのである。

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