第拾柒話 大国主大神からの提案 

 大国主大神に呼び出され、四柱の神々が進み出てきた。


 大国主神から見て左に控えるは、大阪の住吉大社を総本社とし、全国に約六〇〇社ある住吉神社の祭神たる〈住吉三神〉、底筒之男神(ソコツツノオノカミ)、中筒之男神(ナカツツノオノカミ)、上筒之男神(ウワツツノオノカミ)で、この三柱の神々は、総じて〈筒之男三神〉とも呼ばれている、海の大神である。


 一方、大国主大神から見て右に控えるは、全国に約二〇〇〇社ある水神社(すいじんじゃ、あるいは、みずじんじゃ)の総本宮である貴船(きふね)神社の主祭神である淤加美神(オカミノカミ)で、祀られている京都の貴船神社では、〈高龗神(タカオカミノカミ)〉と呼ばれている。

 この高龗神は、大国主大神の前に出てきた際に、龍から人の姿に化身していた。とまれ、淤加美神(オカミノカミ)は〈龗神〉と漢字表記される場合もあるのだが、この〈龗〉とは〈龍〉の古語であり、いずれにせよ、オカミノカミは、水を司る竜神なのである。


 〈海〉の三神を祀る摂津国の住吉大社と、〈水〉の竜神を祀る山城国の貴船神社は、同じ近畿内に在って、国同士が隣接しているにもかかわらず、というかむしろ、隣り合っているからこそ、摂津国と山城国、すなわち、現在の大阪府と京都府の両神社は強く反発し合っていた。

 そしてさらに、海と水、同じ〈水〉系の自然現象を司る神々の元締めである事が、よりいっそう筒之男三神と龗神の間の敵愾心を激しく燃え上がらせていたのだ。

 しかもその関係は、大阪の住吉大社と京都の貴船神社の関係に留まらず、両社に連なる住吉系の社と、水神系の社の潜在的な敵意として燻っていたのだが、その敵対心が、この年、令和五年の神の宴において遂に、争いとして顕在化してしまったのである。


「それでは改めて尋ねよう。この諍いの原因は何なのだ?」

「「「「それは、こいつ(等)が!」」」」」

 大国主大神が尋ねた瞬間、左から三本、右から一本の指が、逆側にいる神を指さし合った。

「えぇぇぇいぃぃぃ、そう、四柱、一度に話されては分からぬ。そうじゃな、オカミ、事情を語れぃっ!」


 そう大国主大神に指名され、高龗神が説明し始めた。

「最初、水を司る〈水神〉等で集まり、自社で、小魚を象った〈ルアー守り〉を取り扱い始めた、と話していたのです。すると、この話を小耳に挟んだらしき住吉のモンが、『水に関わっているだけで、釣りに興味もないくせに、参拝者集めのために模倣しやがって』っと、いちゃもんをつけてきた次第なのです」

「あいや、諍いの切っ掛けは分かった。それでは、住吉の方にも話を訊いてみようか。住吉三神の代表として、ソコツツノオノカミよ。何か反論はないか?」


「国津神の主催神(しゅさいじん)よ。少し修正させていただきたく存じます。うちのもんが、先に水神にくってかかったのは確かです。だがしかし、『自分ところの系列の神社こそが、日本一、釣りの御利益がある』なんて、声高に語られては、釣人を守護してきた〈海神の住吉〉としては、それは、聞き捨てできない話なのですよ」

「「そのとぉぉぉりっ!」」

「「「「「「そうだっ! そうだっ!」」」」」」

 底筒之男神の言に、中筒之男神と上筒之男神が同意を示すと、六〇〇余柱の住吉系の神々もまた、海の主催神に同調したのであった。


「住吉はん、何を言うてはりますの? そもそもの話、海や川の上位概念は〈水〉、その水系の主催神であるうちとこの社の方が、釣りへの加護が強いのは、〈水を見るよりも明らか〉でっしゃろ? そもそも、住吉はんは、いつも感情的で脊髄反射をなさる。もう少し論理的に考えなさっては? おほほ」

「「「「「「『ロンリテキ』って何や、ぼけぇぇぇ~~~~っ!」」」」」」

「そうゆうところやで。おほほ」

 扇で煽ぎ躱されるように受け流されて、さらに、住吉系の神々は頭に血が昇ってしまったらしく、大国主大神の前であるにもかかわらず、両陣営は再び一触即発の状況に戻ってしまった。


「えぇぇぇ~~~い、双方、引けぇぇぇいっ!」

 少名毘古那神が〈神威〉を込めた声を上げると、全ての神々は完全に動きを止め、元いた位置にまで戻っていった。


 両社の陣営が静まるのを待った少名毘古那神は、大国主大神の掌から肩の上に跳び移ると、大国主大神にだけ聞こえる程度の小声で何やら語り掛けた。そして、それを聞いた大君が大きく頷き、「よしなに」と言った後で、少名毘古那神は、神の宴の会場全体に響き渡るような大声で、こう宣ったのである。


「オオカミはぁっ! 汝等の気持ちをぉ、よぉぉぉ~~~くぅ、御分かりになられたっ! これからぁ、汝等にぃ、大神がぁっ、御考えにぃ、なられたぁ、解決策をぉ、伝えるぅ!」

「「「「「「「「おぉぉぉ!」」」」」」」」

 住吉系と水神系、双方の陣営から歓声が上がった。


 双方が静まるのを待って、少名毘古那神は続けた。

「よいかっ! 耳をぉ、そばだててぇ、よぉぉぉくっ、カッ、クッ、ニン、するのシャぁ!」

 そう言った少名毘古那神は、親指と人差し指を〈L〉字型に立てたのだが、勢い余って、最後の「じゃ」の所で声が裏返り「シャぁ」になってしまった。

 赤面しつつも、こほんと軽く咳払いをした後で、一つ深呼吸した少名毘古那神は、こう述べた。

「俎上に載せられているのは、どちらの社における釣りの加護が上かという話じゃろう?」

 双方の陣営の神々皆が大きく頷いた。


「それならば話は簡単じゃ。実際に、釣り勝負をして優劣を競えばよかろう」

「「「「たしかにっ!」」」」


 少名毘古那神から、大国主大神の提案を聞かされ、住吉系と水神系の神々が響めき、腕がなるわい、とか、いったい何釣り勝負をするのか、とか、匹数勝負なのか、あるいは、大きさ勝負なのかなどど盛り上がり出した。


「うるさぁぁぁいっ! 未だ話は終わっとらん。ここからは、大神が説明なされる。心して聞くがよいっ!」

「もうすぐ〈直会〉も終わりを迎え、各々、それぞれの鎮座地に戻るであろう。神々が集って釣り勝負をするとしたら、あと一年、待たねばなるまい。そもそも、釣りの加護の強さを測るのじゃぞ。神自らが釣りをしてどうする。自らの信徒に釣り勝負をさせて、日の本一の釣り神社を決めればよかろう」

「「「「なるほどぉぉぉ!!!!」」」」


 その時であった。

「「「「「「「「ちょっと待ったぁぁぁ~~~!」」」」」」」」

 会場から、そんな介入の声が上がったのである。

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