第肆話 朝焼け色に染まった岡山

 二〇二三年現在、日本で定期運行されている最後の寝台特別急行列車である二八五系電車、すなわち、「サンライズ号」の〈顔〉はベージュ色が基調になっている。そして、車体に関しては、一階部分こそ同じベージュ色ではあるものの、一階と二階部分の境界には金色の水平のラインが入っており、その金色の線によって分けられた二階部分は赤色に塗装されている。

 これら三つの色の正式名称は、列車の顔や一階のベージュ色が「モーニング・ミスト・ベージュ」で、これは〈朝霧〉を、「サン・ライズ・ゴールド」という名の水平線の金色は〈日の出の地平線〉を、「モーニング・グロウ・レッド」という色名の二階部分の赤色は〈朝焼け〉をイメージし、さらに、先頭車両の前面と側面の何箇所かには、〈太陽〉を表わした「サンライズ・エクスプレス」のロゴマークが入っている。


 この〈朝霧色〉と〈朝焼色〉のサンライズ号は、座席指定券のみで乗車できる「ノビノビ座席」に加え、さらに、五つのタイプの寝台個室によって構成されており、B寝台が「サンライズツイン」「シングル」「シングルツイン」「ソロ」の四種、そして、A寝台が「シングルデラックス」の一種である。

 このうち、A寝台は「サンライズ瀬戸」の四号車と、「サンライズ出雲」の十一号車の〈朝焼色〉の二階部分に、それぞれ六室ずつ配されており、そのうちの半分が禁煙室、残り半分が喫煙室になっているのだが、神津海斗が予約したのは、「出雲」の十一号車の禁煙室であった。


 扉を開けて、シングルデラックスに足を踏み入れた瞬間、海斗は、まるで車両の外観と呼応しているかのように、室内の調度品やその光の加減が、朝焼けを感じさせるような暖かな色だな、という印象を抱いた。


 海斗は、初めて「出雲」に乗車する十一月二十二日よりも前に、インターネットで、サンライズ号のA寝台の配信動画を繰り返し視聴し、期待を膨らませていたのだが、実際にA寝台個室に入ってみたところ、自分が思い描いていたイメージよりも遥かに広々としているような印象を受けた。

 A寝台が二階に配されているのは、縦に余裕を持たせる為らしいのだが、その縦も然ることながら横も長い。そもそもの話、長さ約二十メートルの一車両の二階部分に、一人用の個室が六部屋しかない分けだから、平面に空間的ゆとりがあるのは当然といえば当然かもしれない。

 とまれかくまれ、A寝台は、このスペースを贅沢に使って、ベッドの幅は八五センチと幅広で、これは、B寝台の横幅が約六〇センチである事を鑑みると、A寝台のその横幅の広さは圧倒的であるようにさえ思われる。


 そしてさらに、海斗の目を引いたのが、A寝台の机の広さである。

 たしかに、B寝台にも物が置けるスペースがあるのだが、その広さはパソコンで長時間物を書くには不十分な広さなのだ。

 また、「出雲」には十号車にミニラウンジがあるので、ここで作業をするのも可能かもしれないが、ミニラウンジは共有スペースなので、集中して作業するには向いてはいない。

 だからこそ、広々としたスペースで、誰にも邪魔されずに、〈神在月の出雲〉を題材にした「序論」を書く為に、海斗は、中央線の始発に乗って国分寺駅にまで赴いて、〈十時打ち〉をし、大枚を叩いて、「サンライズ出雲」のA寝台を予約したのである。


 出発直後の興奮が治まったのは、サンライズ号が東京駅を出発してから約半時間後、列車が横浜を過ぎた後で、ようやく落ち着いた海斗は、大型デスクにノートパソコンを置き、眠気が襲って来るまで、卒論を執筆する事にした。

 しかし、筆が興に入ってしまった海斗は、結局、眠らぬまま、ひたすらに書き続け、ようやく一区切り付いた時には既に、列車は姫路を通過し、空は明るくなり出していた。


 二〇二三年十一月二十三日の日の出の時刻は、日本の子午線が通っている〈明石〉が六時四十一分、〈岡山〉が六時四十五分である。

 サンライズ号が岡山駅に到着する予定は六時二十七分で、ここで七号車と八号車間の切り離し作業が行われ、高松行きの「瀬戸」は六時三十一分に、「出雲」が六時三十四分に岡山駅を出発する事になっている。

 この日のサンライズ号は、遅れる事なく順調に運行し、予定時刻に岡山駅に到着していた。

 そして、数分間の停車時間にホームに出て、サンライズ号の切り離しの模様を写真や動画に収めんとカメラを構えている沢山の人の姿が、今頃になって重くなり出した海斗の視界に入ってきた。


「そういえば、朝焼けが最も綺麗なのって、日の出時じゃなくって、日の出前だって、たしか何かで読んだ事があったな。三十分前から二十分前くらいがより美しいって」


 岡山駅にサンライズ号が到着したのは、日の出の約二十分前であった。


「これは、ワンチャンいけるな」

 六時三十四分に「出雲」が岡山駅を出るまで未だ数分の時間的余裕があった。

 一眼レフカメラを持った海斗は、急いで十一号車を出ると、他の〈撮り鉄〉達がホームの下方、車両の連結部にレンズを向けているのを尻目に、レンズを上に向け、岡山に停車中のサンライズ号の〈朝焼色〉の赤い車両と、朝焼けに染まった岡山の空をカメラに収めたのであった。 

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