第2話 シンプルな形で色は白。ただしサイズはS。

 某百貨店の女性用下着売り場。2度目ともなると幾分勝手がわかってくる。


 今回の私はシンプルな形で色は白。サイズはSときている。否が応でも期待が高まる。


 いや、違うんだ。決してロリ◯ンと言うわけではないんだ。ただ、他の人が決して経験することがないことを、自分だけが体験できるかもしれないという……そうそう、背徳感? そう言った意味での期待だよ。


 今回は前回と違い、私の前にも何人かSさんがいるようだ。しかし、かなりのハイペースでいなくなっていく。


 持って行った人を自分なりに評価すると、85点、80点、82点、95点! といった感じだ。そして目の前のSさんがいなくなり、次はいよいよ私の番だ。


 !? 120点!!!


 すごい美人のお姉さんがこちらに近づいてくる。慌てるな私。まずは左手をよく見るんだ……


 ビンゴ! 薬指に指輪が光っているのが見える。既婚者だ。つまりこの母親似の子どもがいるということだ!


 さあ、私を見ろ! 私を手に取るんだ!

そうだ、そのままレジへと向かうんだ!


 私の念が伝わったのかはわからないが、美人の奥様は私を手に取り、カゴへとそっと置きレジへと向かった。


 カゴの中には靴下先輩や肌着先輩が入っていた。


(お世話になります。下着でございます)


 返事が返ってくるわけではないが、先にカゴに入っていた先輩方にはきちんと挨拶ができた。これで洗濯機で一緒になっても、いじめられることはないだろう。


 買い物かごから買い物袋へと移された私は、美人の奥様が運転する車に乗り込み、自宅へと案内してもらった。


「ただいまー」


 美人の奥さんが帰宅を知らせるが、家の中からの返事はない? 一瞬、『誰もいないのか』とも思ったが、それなら『ただいま』なんて言うわけないなと考え直す。はて? 一体どういうことなのかな?


 僕の疑問をよそに、美人の奥さんは2つ持っていた買い物袋のひとつを玄関に置き、私達下着や肌着が入った袋を持って、階段をトントンと上がっていく。


 コンコン



「静香? いるの? ……開けるわよ」


 「いるの?」と「開けるわよ」の間に少し間があった。ドアノブをつかむ手も少し震えているように見える。何だろう、あまりいい感じがしない。


 ガチャリ


 おそらく子ども部屋のであろう扉を開ける。中はカーテンがしまっているのか薄暗い。よく見えないが、奥にあるベットの上に、女の子が膝に顔を埋めて体育座りしているようだ。


「静香。今度、学校の行事で行く宿泊学習用に新しい下着を買ってきたわ」


 薄暗い部屋を静香と呼ばれた女の子に向かって、ゆっくりと歩いて行くお母さん。袋から私を取り出しそっと女の子へと差し出す。その瞬間、視点が戻る。


 目の前にいる女の子は、顔も上げずに私をつかみ上げると勢いよく放り投げ、私は壁に激突してしまった。


「あんたの買ったもんなんかいらない! 学校にも行かない! 出て行って!」


 それだけ言い放って、女の子は再び顔を埋めて泣き始める。


「……ごめんね」


 お母さんは聞こえるか聞こえないかの大きさの声で悲しそうに呟いて、部屋を出て行ってしまった。


 そうか、この子とあのお母さんは血が繋がっていないのかもしれないな。おそらくお父さんの再婚相手のお母さんに心を許すことができないのだろう。お母さんが出て行った後、この静香ちゃんも『ごめんなさい』って繰り返しているところをみると、本当は感謝しているのに素直になれないといったところか。

『新しいお母さんに懐くということは、前のお母さんを裏切ることになる』とでも思っていそうだな。


 人の手から離れたことで私の視点は俯瞰視点に戻っている。


 薄暗い部屋に泣いている少女と下着に転生した私。お互いに何の罰ゲームだこれ。




 そんな状況がしばらく続いた後、この子の父親と思われる男が帰ってきた。


「静香、入るよ」


 男性の優しそうな声とともにドアが開き、予想通りと言うか、予想以上にイケメンの男がお盆を手に部屋へと入ってきた。


 なるほど、この子を見るに前妻もさぞかし美人だったに違いない。その前の妻との間に何があったか知らないが、再婚であのレベルの美人さんとパートナーになれるのだから、そりゃ顔も性格もいいに決まってる。


「なあ、静香。いい加減早苗さんのことをお母さんだと認めてあげてくれないか? 静香の気持ちもわかるけど、早苗さんも本当に頑張ってくれているんだよ」


 イケメンお父さんは夕食が乗ったお盆を机に置き、そっと女の子の横に腰掛けた。


 む、今日の夕食は焼きサンマか。しかも、サンマが開いてある上に骨まで抜かれてるな。これをあの美人ママがやったなら、お父さんの言う通り頑張ってると認めよう。


「わかってる。けど…けど……」


 女の子はお父さんの言葉に顔を上げることはない。


 ああ、私だったらこの子のなんて声をかけようか。そうだな、『静香、お母さんが二人いるって考えるのはダメかい?』とかかな。


 すると、イケメンお父さんがふと何かを思いついたように、こちらを見てから女の子に問いかけた。


「なあ、静香。お母さんが二人いるって考えるのはダメかい?」


「えっ?」

(えっ?)


 二人……じゃない、一人と一パンティの思いが重なる。衝撃の展開に私の思考は止まってしまった。


「確かに明美は……静香のお母さんは天国に行ってしまったけど、いなくなったわけじゃないんだ。ずっと静香を見守ってくれている。

 でも、ご飯を作ったり買い物に行ったりはできないから、もう一人のお母さんである早苗さんがやってくれるんだ。

 静香には二人のお母さんがいるんだよ。他の子より2倍幸せだね」


 その言葉に、女の子が顔を上げる。目には涙を浮かべ、顔はあかくなっている。


「お母さんを忘れなくていいの? お母さんを裏切ることにならない?」


 女の子の心から出た言葉にお父さんは静かに頷き、娘の頭を抱え込んだ。


「大丈夫。二人のお母さんは静香が幸せになることを願っているから」


 先ほどまでのピリピリした空気がなくなり、穏やかな時間が流れる。


 しかし、私は一言いいたい。


(私のネタをパクるなやぁぁぁぁ!)


 絶対、私の心の声が聞こえただろ!? こっち見たよな? 『はっ!?』って顔してたよな!


 畜生! あの子の頭を抱きしめる役をやりたかった……


 …………うぉっほん。少々取り乱してしまいましたね。ええ、大丈夫。今のは本心ではありませんよ。親子の絆が固く結ばれることを、切に願っておりますので。


 お父さんが部屋から出て行った後、しばらく何かを考えていた静香は、徐にベッドから降り机の上に置いてあった夕食を食べ始めた。


「おいしい」


 綺麗に骨抜きされたサンマ……ではなく、隣にあった大根おろしを食べて呟く。


 たぶん、そいつは料理の腕はあんまり関係ないですよ。


 夕食を食べ終えた静香は、壁際に落ちている私どもを拾い上げた。


 途端に視点が切り替わり、目の前に美少女の顔のアップが映し出される。


「明日はこれを履いて行こうかな」


(オホッ)


 変な声が出た。いや、実際は出てないと思うけど。変な声が出た。


 自分で言っててわけがわからなくなかってきましたが、もう一度確認しましょう。明日、この美少女が私を履く?


 仕方がない。私は今、下着なのだから仕方がない。これは犯罪ではない。自分にそう言い聞かせながら、ベッドの横に置かれたスポーツブラさんとともに、静かに眠れない夜を過ごすことになった。



 ベッドの横に置かれ、再び俯瞰視点に戻った私は、隣で静かに寝息を立てている美少女を見つめている。


 それだけでも、犯罪のにおいがプンプンするのだが、この子が明日、私を履くと心に決めている。


 神様ありがとうございます。


 期待に胸を膨らませながら時間が過ぎるのを待っていると、ふと窓の外からオレンジ色の光が入ってくるのが見えた。


 しかも、その光はなぜかゆらゆら揺れている。


(こんな夜中に何だ? 車のヘッドライトか? それにしてはずっと光っているし、ゆらゆら揺れているな……火事だ!!)


 まずいぞ! これは火事だ! 耳をすませばバチバチと木が爆ぜる音も聞こえる。近いぞ。たぶん隣の家だ!


 私は叫んだ。心の中で叫んだ。静香起きろと叫んだ。


 だが悲しいかな。下着の声は届かない。


 ああ、まずい。火が燃え移っている。窓が焼けている。誰か、誰か助けてくれ! 静香を助けてくれ!


 バリン!


 窓が割れ、火がカーテンに燃え移る。


「きゃあぁぁぁぁ」


 その音と衝撃と熱気で静香が目を覚ました。だが、恐怖からか混乱からか頭を抱えて、ベッドから降りる気配がない。


(誰かぁぁぁ!)


 バタン!


「静香! 大丈夫!? 火事よ! 逃げるわよ!」


 その時だった。早苗と呼ばれていた美人のお母さんが部屋に飛び込んで来て、燃え盛るカーテンをものともせず、静香にかけより腕を掴んでベッドから引きずり降ろした。


 そして、静香を背負い部屋を飛び出して行った。


 よかった。私の叫びが届いたのかどうかはわからないが、これであの子は助かるだろう。


 そして、自分の命を顧みずに助けてくれたお母さんと、上手くやっていけるだろう。


 さて、そうなると俄然気になってくるのはこの私のことだね。


 まさか、下着である私を助けに来てくれる人なんていないよね? 放水も始まってないし。


 あ、ベッドに火が燃え移った。高級羽毛布団が勢いよく燃えているなぁ。


 むむむ、スポーツブラさんにも火がついたか。少し苦しそうなのは気のせいかな。


 暑いな。とっても熱いな。


(アチィィィィ!! アヂアヂアヂィィィィィィ!!)


 火だるまになりながら僕は願った。


(どうかこの家族が幸せになりますようにと……)










 次に目を覚ました時、私はまたあの百貨店の下着売り場にいた。


 今度は、ヒラヒラがたくさん付いていて、かなりの面積がスケスケで色は赤。ただしサイズはMだ。


 神様、次こそ期待していいだよね?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る