第8話(編集済)

 いつも通り、授業がおわり放課後になった。

 テスト一週間前だと言うのに、美咲は焦った様子で何処かへ駆けていってしまった。ので、一人で勉強することに。放課後に教室で残っている人は意外と少なくて、みんな図書館とか自習室へ行く。教室にいるのは教え合うような声を出して勉強したい人だけだ。


「楓ちゃん!」

「わあ、一条さん」


 机をどん、とくっつけられてつい苦笑する。


「教えてあげるよ。勉強。アタシに見せてみて」

「……ほんとに?」

「うん! どこ?」

「丁度ここがわからなくて」

「ああ、これね……」


 そう言うので数学の問題を見せてみた。今は数2の範囲をやっており、問題を見せるとすぐに彼女は模範解答を書き始めた。


「どこまで解けたのか見せて」

「こんな感じなんだけど」

「ふーん、じゃあここまでは解けたんだ。ここからはこうして──」


 と言って丁寧に説明をしてくれた。なんでこんなに分かるのだろうか。生き生きとして得意げだ。


「凄いね、賢いんだ」

「伊達に何年も生きてないってこと。これくらい朝飯前よ。ほら、教えてあげるからどこが分かんないか言ってみなさい」

「あはは、まだ他の問題が解けてなくて。分からなかったらまた声をかけるね」

「分かった」


 そうして私は問題に取り組みだした。

 のは、いいものの。頬杖をついてずーっと彼女が私のことを見てくるから、集中ができない。間違ってたらちょっと恥ずかしいし、何より考えているところを見られるのは慣れない。


「そこ、計算ミス」

「……あ、ほんとだ」


 消しゴムで消して、書き直す。

 こうやって注意してくれるのは助かるけど、緊張が増す。ここらの問題は基礎ばっかりで、彼女の手を煩わせるような問題もない。対して彼女は余裕なのか、一切勉強道具を出す様子がない。もう高校レベルの数学なんてチョロいのだろうか。


「テスト勉強はしなくてもいいの?」

「しても大学に行くわけでもないからね。アタシにとってやる意味のないもの、かな」

「そうだよね」

「ま、退屈な人生よ」

「……そっか」

「吸血鬼って、今の時代そんなにいないのよ。知ってた? 死にたい吸血鬼は勝手に死んでるの。だから珍しいのよ?」

「なら、凄いことなの? かな」

「そうよ、出会えたことに誇りに思いなさい」


 思えるかなあ。正直微妙かも。なんて本人には言えないけど。

 そうして授業中にこっそりやっていたこともあり、考査課題の一枚が全て終わった。残り三枚。それなりに数がある。


「終わった〜! あと三枚もあるけど……」

「偉いわね、ご褒美とかいる?」

「ご褒美? 例えば?」


 と、言うと頬に口を軽くつけられた。

 思わず小声で、声を出す。


「ちょ、み、見られたら……!」

「見られないわよ。他の人は勉強に集中してるし人も少ないし」

「そ、そっかあ……?」

「これくらいスキンシップでしょ。ほら解きなさい」


 随分と軽く流されている気がする。これは気のせいだろうか。確かにスキンシップの国もあるけど、ここは日本だ。いやそもそもご褒美にキスってなんだ。別に私は嬉しくない。

 文句を言いたかったけれど、課題を終わらせたいし何も言えなかった。相変わらず手元は見てくるが、“見られている”ということが段々と集中の要因にもなってきてしっかり勉強に取り組めた。それに分からないところがあったらすぐに聞けたのは大きかった。


 そうして、思ったよりも早く二枚目も終わった。


「凄いわね。ご褒美は?」

「いらない」

「えーいけずぅ」


 いつの言葉だ、と思っていると頬を両手で掴まれて顔を固定された。


「ちょっ……!」


 今度は、正真正銘のキスをされた。顔の熱が一気に上がる。


「ばか、何してるの?!」

「声出しちゃうと迷惑だよ?」


 その通りで教室にいる人は少し居心地を悪そうに身体を動かした。思わずため息がこぼれる。


「……もうそろそろ学校も終わる時間だし、キリもついたから帰ろうかな」

「そうね。そうしましょうか」


 邪魔した身でここにいるのは嫌だったし、見られていたらと考えるとここにはいられないので、私は急いで鞄に荷物をしまった。


「ねえ、楓ちゃん、少しお花でも摘まない?」

「え? ああ分かった」


 随分照れ隠しな言い方をするものだとは思った。いや実際そんなことはどうでもよかった。

 スクールバッグを持ち、少し暗くなった廊下を歩き、女子トイレへ一歩入った、その瞬間だった。

 肩を掴まれぐるんと世界が回る。暫くして壁に押さえつけられてるのだと分かった。

 トイレは嘘か。これは人目につかないようにするための誘導。でも個室じゃない、ちょっと表からは見えない入口でこんなこと、人が来たらバレてしまう。


「何してるの?」

「さあ、私へのご褒美がほしいから」


 それがさっきのキスだろう、と言う前に口を塞がれた。柔らかく舌を突かれ、絡まる舌。受け入れてしまった自分を恥じたい。口の中を食すような、そんな乱暴さが感じられる。いつしか肩に込められている力は強くなっていた。


「ぃ、いた……」

「あっ、ごめん、痛かったよね」

「いや……いや、ほんとに、そうよ!」

「楓ちゃんと全然触れ合えてなくて寂しかったから、ごめん。ちょっと勢いが出ちゃった」

「は!?」


 首を指先でなぞられる。それからリボンとシャツのボタンを外して、手を服の下に滑り込ませた。


「いいよね?」

「駄目、血のストックもあるんでしょ」

「なんで駄目なの?」


 ソフトクリームを舐めるかのように舌を肌に滑らせる。そこだけが冷たくなっていくこの感覚が汚らしくて、煩わしい。


「ん……、痛いし、貧血になったら嫌だし」

「だから時間空けてあげたのに」

「私、友達としてなら貴方と接していける。けれどそうやって乱暴にされるなら、関われない」

「……はあ」


 じっと、赤い目が私を射抜く。


「駄目?」

「うん」

「耐性でもついた? 全く凪いてない」


 つまらなさそうに、彼女はもう一度口付けてきた。入り込む鉄の味。

 こいつは、こうやって人の身体を操作してるのか。この吸血鬼……!

 すると、彼女は大きく噛みついてきた。


「ぐ……ぅ……!」


 久しぶりで、慣れないこの感覚に力が入らなくなる。ふわふわと体が浮いていき、耐えきれなくて膝を曲げてずるずると尻もちをついてしまった。


「傷つけてないよ、痛くないでしょ?」

「どうかな……」

「駄目?」

「やめておこう」


 そんな他愛もない話。

 すると遠くで女子の声がした。何人かで帰るようだ。〇〇という俳優がかっこいいとか、ドラマの感想を言い合っている。


「ねえ、楓ちゃん。もし、ここが見られたらどうなるのかな」

「わかんないよ、なに、してるかなんて」

「吸血とかわかんないか。じゃあどういう風に見られるんだろうね」


 どうって……。

 彼女はあろうことかまたキスをしてきた。

 それは駄目だろうと、抵抗をしようと手で胸を押すが、力が全く入らない。それどころか彼女は私の手を包んで、恋人繋ぎの形にしてきた。


「っ……ん、だめ……」


 僅かな隙間から言葉を出すけれど、彼女の耳には届いていないようだった。

 頭の中に響く水の音が、心拍数を上げていく。彼女達が早くここを横切れと、そんな風に願う。


「あっ、……」


 彼女達の声が最大限まで大きくなる。ドクリ、ドクリと心臓の鼓動は早く脈打つが、力も込められず何もできない。


「あ、ねえ! 私宿題出してなかったかも、やば」

「えーやばいじゃ〜ん」

「どうするの?」

「えー怒られるかなあ」


 そうして声は遠のいて行った。


「なあんだ、行っちゃった」

「……はあ、っ……」

「見られなかったかあ」


 ちゅ、とまた軽く口付けた彼女は寂しそうに舌舐めずりをした。私が息を整えている間、帰りのチャイムがなるまで、至る所に口付けを落としていた。




***


4話に5話をセットにしました。

5〜7は前と1話ズレていますが、物語に影響はないので、読み返している方であれ?となった方、もしいたら気にしないでください。


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