第6話
***
試合開始のホイッスルが鳴る。しのちゃんの試合が始まるが、私はそれどころではなかった。
「ねえ、美咲ちゃん。ちょっと着いてきなさいよ。話があるの。」
「……分かった」
思わず、吸血鬼を睨んでしまったのを許してほしい。
数日前からいきなり現れたこの吸血鬼。名前に覚えがあったので調べたら、有名財閥の一角である一条家の一人だったらしい。立場はかなり上みたいだ。吸血鬼としての危惧性は無いみたいだが、金で揉み消しているんじゃないかとも感じられる。
「せんせ〜……ちょっと体調が悪くて」
「私が付き添いをするので」
「そうか、一条さん、大丈夫か?」
「はい……ちょっと日陰で休めば大丈夫かなって」
「気をつけろよ。あれだったら保健室行ってもいいからな」
「はあい」
立ち回りというか、何を言わないでも理解してくれる賢さがある。長く生きているのは本当なのかもしれない。
そうして校舎裏の、少し人から見えないようなところに連れてこられた。
「この辺でいいかな」
「話って何?」
「別に。ねえ、貴方楓ちゃんのなんなの?」
「何って? 幼馴染だけど」
「へえ〜」
「貴方こそ、今こそ大人しくしてるみたいだけど、何が目的?」
「え? 分かってるくせに」
「…………」
私が黙り込むとクスクスと笑って大変嬉しそうな笑顔で口を開いた。
「仲良くなれば快く血をくれるのかな〜って」
その瞬間に、私は彼女と仲良くはなれないことを悟った。前々から気味悪さは感じていた。その気味悪さは、他の要素が入り込んでいた可能性もあったが、正しかったらしい。
「あなたの目的は、血?」
「そう! あの子、とっても美味しいから。飲んだことないの? ──って冗談よ。そんな顔しないで」
「私、あなたのこと許せないと思う」
「許される気はないけど? ていうか、許すのは貴方じゃないし」
してやったり、という顔だ。つくづく相性が悪いみたいだ。
「話は終わり?」
「え、まさか。本題が隠れてるわよ」
「本題?」
「ねえ、四宮楓のこと、好きなんでしょ?」
「…………」
札を、取ろうとして、自分が体操服なことに気がついた。昼に霊はそんなに出ないし失念していた。
「そんなんじゃ私はやれないわよ?」
「腹が立ったの、少しでも痛い目をみせたくて」
「ふーん、そっか」
「“好き”という定義は色々あるけれど、アタシは貴方のことをはっきり嫌いね」
「悲しい、私は好きだけどね」
壁際に寄せられて、腕を伸ばされ行く手を阻まれた。
少女漫画ならこんなシーンでときめくのだろうか。いわゆる壁ドンというやつ。しかし今あるのは殺意そのものだ。
「ありがとう、私は異怪人と付き合う趣味はないの」
「だと、いいね。ほら、こっち向いて」
チャーム、だったか。吸血鬼の赤い目には洗脳作用がある。それを防ぐには目を隠すようなものが必要なのだが。
「ごめんなさい、目は合わせたくないの」
「分かってるなら、効かないかもなあ。なーんて」
顎をぐいと持ち上げられて、視界に入ったのは瞳ではなかった。
「あの──っ!」
それどころではなくて、口に入る異物。それを理解して私は早急に噛み切った。滲み出る鉄の味。それなのにその侵入は止まることがない。
「んっ……っ!」
気味が悪い。こんな外で体育の日にやることがこれか。食いしばった歯を開けようしてくるが、そんなもの無理に決まってる。のは、勿論彼女も知っていた。脇腹を撫でるように、優しく線を引かれると自然と力が緩む。瞬発的に彼女の身体を押し退けようとしたが、全く敵わない。
「ぁ、んっ……なに、して!」
歯列をなぞられ、それから舌が触れる。彼女の舌は若干の冷たさを感じた。抗えなかった。それを起爆点に、私はされるままに、口腔内への侵入を許した。
「ゃ、ぁ……ん、っ、」
自分の声が自分のものではなくなったみたいだった。鉄の味を感じているうちに、身体の熱も上がっていく。それは比喩ではなく、そういう気分へと持っていかれているような感覚。
そんな最高潮の時に、口を離された。
「ねえ、こっち見て」
「は?」
しまった。そう思う時には遅すぎた。
ぼんやりとした頭に、真紅の瞳が吸い込まれていく。
「ねえ、アタシのこと好きになっちゃいなよ。」
「ぁ……」
首筋をぺろりと甜められる。
「ほんと、貴方は穢れを知らないって感じ。だからこんなに付け込まれやすいんだよ。耐性がないんだねぇ〜」
赤が、脳裏に焼き付く。
「ね〜?」
首筋に痛み、そしてそこから心地良さが広がっていく。
じくじくとお腹に物足りなさを感じる。ただ熱い。
「お腹空いてたんだよね。でもやっぱり思ったより美味しくないなあ。……あはっ、物足りなさそうな顔してる」
「ね、アタシのこと好きだよね?」
「ふふ、まだ完全には駄目かなあ、そう簡単にはいかないよね。霊のこと退治してるし、それなりに耐性はある、と」
「保健室行こっか。抱っこしてあげるね」
耳のずっと奥で声が反響していた。
彼女の嬉しそうな笑みは、まるでおもちゃを見つけたかのような、そんな、子どものような無邪気な笑みだった。
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