第2話

 スマホのアラームが音を立てる。これで何回目だったか。

 煩わしく思い、スマホを手探りで持ち上げて時間を確認する。

 七時。ちょっと寝坊している。準備しないと間に合わないので、重い瞼と身体を起こして、少しだけ伸びをすると首元が少し傷んだ。


「…………」


 昨日のあれは夢だったと思いたかった。だけど、ヒリヒリと痛む首元は現実を知らせていた。

 絆創膏を貼り直し、急いで支度をする。制服に着替えて、歯を磨いて、髪の毛を整えて、先生にバレないように少し化粧をする。いつもはポニーテールにするけど、首元に絆創膏も貼ってあるし下ろすことにした。クラスの男子に変なからかわれ方もされたくないし。

 家のインターフォンが鳴り、もうそんな時間かと時計を見る。七時四十五分。幼馴染の美咲を待たせるわけにも行かないので急いで向かう。


「おはよう〜」

「おはよう、しのちゃん今日は髪の毛下ろしてるんだね」

「うん。今日はそういう気分で」

「まだ春だし丁度いいかもね」

「って言ってもそこそこ暑いけどね」


 一部の男子が半袖にしてるくらいには。

 私はそこまで暑がりではないので、まだ耐えられる。がもし真夏だったら更に腹が立っていたかもしれない。まあ、すぐに治りそうな傷なんだけど。


「しのちゃん、なんか、穢れてる……」

「え? ちょ、汚いってこと?」

「ううん、そうじゃなくて空気っていうかオーラが。何かに憑かれた?」

「こ、怖いこと言わないでよ……」


 幼馴染の彼女、花園美咲は幽霊の類を祓う仕事をしているらしい。私もそういう霊能力者は信じている立場ではないのだが、美咲とその家族のことだけは信じている。事実、何度か助かっているし。

 で、その美咲が私がなにかに憑かれたというのだ。怖い他ない。そして心当たりがあるとするなら、昨日のアイツだ。


「しのちゃん、これ持ってて。軽いお守りでちょっとした抑止力にしかならないだろうけど」

「もっと強いやつはないの?」

「もっと、って……。今手元にはないかな、お父さんなら持ってるかも。だけど多分相当強い幽霊さんだと思うな、なにかしているわけじゃなくて、残ってるって感じだから。マーキング、かな?」

「へ、へえ……」

「私がどうこうできるわけでもなさそうだから……ごめんね」

「ううん全然。お守りありがとう」


 多分、美咲では分野が違うかもしれない。だけどお守りがあるのは心強い。あの時、あの女はまた来るような事を言っていたし。


「あ、ごめんね話し込んじゃって。じゃあ行こっか」


 そうして私達は学校に着くまでの二十分間、他愛のない話をした。

 美咲とは家から近い清水高校に進学しようと、中一の頃から言い合っていた。後に知ったが、偏差値もそれなりにいいし、それに伴って大学の進学実績もいい。土地には恵まれているなと思った。


「おはよ〜」

「おはよう」


 歩いていると自転車通学勢の友達に声をかけられる。こういう平凡な毎日が楽しい。




「突然ですが、今日から転校生が来ます」


 ホームルームの時間、先生が気だるげにそう言い放った。

 ざわざわと騒がしくなる教室。レアイベントの一つだ。かく言う私もみんなと同じで、クラスに転校生が来るという経験にドキドキした。それにしても高校二年の五月中旬に転校か。仲良くなり始めたタイミングでの転校は少し可哀想ではある。今年は修学旅行もあるし。


「はい、じゃあ入っていいぞ〜」


 ただ、その人間を見た瞬間、時が止まったように感じた。

 知っていたのだ。彼女のことを。


「軽く自己紹介をしようか」

「分かりました。はじめまして。一条 花菜かなです。よろしくお願いします」

「おお、それだけか? 趣味とか、どこから来たのとか、色々あるだろ。」


 そんな彼女のおかしさは周囲には伝わっていないみたいだった。

 色白黒髪、目は赤い。白い肌だと誰かが口を零し、きれいな髪だとまた誰かが口を零し、きれいな目だと後ろの女の子が口を零した。

 セーラー服というシンプルなデザインに恐ろしいほど彼女は映えていた。首元はチョーカーを着けている。けど、それは校則違反でないのか。


「じゃあ、趣味は読書や映画鑑賞です。よろしくお願いします」

「へえ〜いい趣味をしているんだな。ありがとう。みんな、仲良くしろよ〜。で、悪いけど一条、前の学校では良かったかもしれないけど、この学校ではチョーカーは駄目なんだ」

「え? そうなんですか?」

「ああ、だから残念だけど……」

「どうしてもですか?」


 彼女は先生の袖を引っ張り、先生は彼女の顔を困ったように見つめた。


「ああ、だから……」

 

 言いかけて止まった。

 数秒だった。見つめ合っていた二人だが、みんなが違和感を覚える前にパッと目を離した。


「うーん、しょうがない、特例だぞ」


 おかしい。

 昨日私がおかしくなりかけたアレを、先生にもやってのけたんだ。


「じゃあ一条はあのドアに近い一番奥の席だな」

「はーい」


 彼女に近い席の男子のことが羨ましいと、誰かが呟いた。すると一番前の席にいた西原くんが手を上げた。


「せんせぇ〜どうせなら席替えしましょうよ。端っこじゃあ友達も出来にくいですよ!」

「私もそれだと嬉しいです」

「そうだな。そうしよう! おっと、もういい時間だな、熱くなってきたから水分補給しっかりな、ホームルーム終わり。解散していいぞ〜」


 席替え。テストが終わって席を替えたばかりだ。それなのにもう席替えをするのか。転校生が来たからおかしくないのか。

 何もかもが怪しく見えてしまう。自分の悪いところが出ている気がする。


「しのちゃん、ちょっとトイレに行かない?」

「あ、うん」


 真面目な顔した彼女。

 教室を出る間際、先生と楽しげに話す転校生を盗み見ると簡単に目があった。

 それに気づいたのか、美咲は私の手首を掴みどんどん歩いていく。言葉の通りトイレには行ったが、個室には入らなかった。


「ねえ、しのちゃん、あれ完全に悪魔だよ!」

「そんな大袈裟な、先生もあの子が可愛くて許してるんだよ……多分」

「しのちゃん、あれと同じ匂いがする。もしかして昨日出会った?」

「…………」

「はあ、もう……絶対洗脳の類のことしてるよ。チョーカーなんてどう考えても駄目じゃん。席替えだって、あのおちゃらけた西原くんの言うこと普段は聞かないのに」

「そうだよね……」

「え、しのちゃんは何もされてないの? 大丈夫?」

「うん、私は大丈夫だよ。それより祓えそうなの?」

「お化けじゃないもん。もう……悪魔? 私の管轄外じゃん」

「そっかあ……」


 祓えないということで、吸血鬼さんとは暫くお世話になりそうだ。


「それより、何かされそうになったら全力で逃げてね。それよりどうしてあの悪魔はここにいるんだろう。誰かが契約したのかな……友達が欲しいとか……?」


 美咲が真相に辿り着けるのはもう少し先になりそうだ。

 迷惑を掛けたくもないし、今のうちは話すのをやめておこう。


「危険だったら知らせてね。出来る限りのことはするから」

「うん、いつもありがとう」


 さて、あの吸血鬼はこれから何をしでかすのだろうか。とりあえず、私がなんとかしなければ。

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