吸血カノジョはご乱心

はにはや

第1話

 私の日常が劇的に変化した理由なんて、簡単にわかる。そして、どこからやり直せば平穏な日常になったか、も。


***


 きっかけは、学校帰りでのこと。

 通学路からちょっとそれた道を、買い物ついでに寄り道をしていると、フラフラと路地に入っていく女の子の姿が見えた。それも、壁に手をついて体調を悪そうにしていた。

 新刊を買えて後は家に帰るだけだった私は、心配なので女の子の様子を覗き見しようと思ったのだ。そしたら、案の定床にへたり込んで息を荒くしていたから、つい駆け寄ってしまった。今になって思えば、これが間違い。


「大丈夫ですか!?」


 格好はいわゆる地雷系の女の子。

 ピンクのフリフリの服に、短い黒いスカートに、厚底ブーツを履いた、多分関わることのなかったような人。

 でも、あまりにも体調が悪そうだったから、助ける他なかったのだ。顔を覗くと、赤目の淡麗な顔つきで、きっとこのまま放置すると変な男に連れ去られるだろうと簡単に予想ができた。


「やさしいね、あなた……」

「どこか悪いんですか? ええと、こういう時は……救急車、呼んでもいいですか?」

「かーわいいっ」

「わっ!」


 抱きしめられた。いきなりのことに何も分からなくて脳がパンクした。多分、男だったら勘違いしてしまったんだろうなと思う。まあ実際はそれどころじゃないことが起きたんだけど。


「え、えっと、あの……」

「十秒、いや、二十秒、じっとしてて。できる?」

「え? あ、はい」


 それから彼女は首筋に近づいた。

 なにか、嫌な予感はしたのだ。いきなり抱きつかれるのがそもそもおかしかったし。

 ──それが、的中した。

 鋭い痛みが首元に響く。彼女から離れようと思っても、しっかりと抱きしめられていて逃げられない。それから私は全身に力を入れて本気で拒絶をし、無理やり身体を引き剥がし立ち上がった。


「ッな、なにするのっ! 頭がおかしいの!?」

「酷い、でもちょっと回復したかも。ありがとね」

「はあ!?」

「あたし、吸血鬼なの」

「いきなり噛みついてきて、ふざけないで。心配して損した。悪戯なら辞めなさい」


 立ち上がると、ふらりと目眩がした。まさかそれが本当なわけない。揚げ足を取られたら嫌だった。

 だからそれに気付かれたくなくて、ぐっとこらえ、私は踵を返して歩を進めた。しかし彼女も後を追ってくる。


「悪戯? 違うよ、ねえ、名前はなんていうの?」

「……」

「私はね、花菜。あなたは?」

「……関わりたくもないから、ついてこないで」

「悲しい。血、美味しかったよ」

「ねえ、ふざけないで。」

「また、会えるよ。あなたの匂い、覚えたから」

「気色悪い。」

「もう、」


 手を掴まれた。

 思わず私は振り返る。


「いい! 金輪際、私に付きまとわ…、」


 彼女の赤い目が、やけに綺麗で。

 脳がおかしくなりそうだった。なんだ、彼女のことを許せるかもしれない。それどころか、少し、


 ──おかしい!


 私は目を瞑り、前を向いた。脳が支配されるような、思考が書き換えられているような気がした。彼女とずっといたいと思っている。彼女に尽くしたいとも。


「…………吸血鬼なのは、本当なの?」

「あれ、効いてないの?」

「効いてるから聞いてるのよ…!」

「すごい、人間のくせに理性があるんだ。どうしよう、益々私のモノにしたくなっちゃった…!」


 笑い声がやけに残響する。早く離れないと、私は歩みをゆっくりと始めた。


「あはは、耳真っ赤。照れてるの?」

「早くどっかに行って!」

「私のこと、すき?」

「嫌い。失せて。二度と私の前に現れないで」

「凄い、凄いよ。ねえ、私のモノになって、いいじゃん、悪いことはさせないよ」

「帰って! うるさいから……!」

「……いいか。どうせあなたの心に私がもう残ってるんだから」

「……ッ」


 彼女の顔を睨みつけるが、それには怯んでいないようだった。そして私の顔を執拗に眺めた後、嬉しそうに微笑んで方向転換をした。


「またね」


 その甘ったるい声がやけに耳に残った。もうこんなことはもう懲り懲りだと、手を握りしめた。

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