第3話
そう決意したは良いものの、なんら変わりない一日だった。一つ違うことがあるとするなら転校生の存在だ。みんな群がってどこから来たのとか、なんの本が好きなのかとか、聞いていた。普通ならここまで人が興味を示すことは無いだろうに、恐らくとびきりの美人だからこうなっている。特に男子は、転校生に話しかけるのは普通だ、という理論で仲良くなりに行ってそうだ。大変浅ましい。
そんなクラスメイトを見ていてもつまらないので、私は昼休みに教室で食べることを避けることにした。美咲と食べたかったが、委員会があるようで一人寂しく階段下の物置きのようなところで食べることに。
今日のお弁当は、卵焼きにウインナー、冷凍食品のグラタン、それから唐揚げが入っていた。それから小分けのふりかけが別に添えられていた。
「いただきます」
「こんな埃っぽいところで食べないほうがいいんじゃない?」
「……昨日の吸血鬼」
「ふふ。そんなに睨まなさんな」
どうしてここが分かったのだろうか。周りの人間は置いてきたのか。みんなあんなに興味ありそうだったのに。
「匂いで分かるんだよ、あとクラスメイトの子は探したい人がいるからって置いてきちゃった」
「心を読んだの!?」
「あはは、ただ考えてることが分かるだけ。わかりやすいね」
彼女はクスクスと笑いながら私の隣に座った。
「私も一緒にご飯食べてもいい?」
「……まあ、別に」
「それで、そのご飯なんだけど……」
と、言いながら首元に手を掛けられてら気づいた。こいつ、何も持ってきてない。吸血鬼の主食って、もしかしなくとも分かる。
「貴方がいいなあ」
「いや」
「お腹が空いて倒れちゃう」
「勝手に倒れたら?」
「暴走して周りの人間を襲っちゃうかも……なんて。」
私の反応を逃すまいと、彼女は目を私から逸らさずそんなことを言った。ぐっと肩に立てられた爪が力強く、彼女の言葉を半分信じさせた。
「っ……」
「いいんだ。」
絆創膏を外して、元の傷を彼女は口に含んだ。生暖かさに身をよじらせる。
夢物語のような戯言を受け入れるのは心底おかしいと思う。だけど彼女の妖艶さが、歪さが、人間の美しさとは思えなくて簡単に流されてしまった。
「や、やっぱだめ! 怖いし」
「楓ちゃんって言うんでしょ? 可愛いね」
「……誰かから聞いたの?」
「名簿で見たの」
最悪だ。学校に来られてる時点で、もう取り返しのつかないところまでは来てるんだけど。
「なんで学校に来れたの。転校生として」
「ちゃちゃっと洗脳したっていうか。あと、色々? そんなに気にしないで」
「昨日の今日で? 洗脳ってどういうこと?」
「それはナイショ」
「じゃあ、なんで私なの?」
「なんでって。美味しいから。もういい? 吸うね」
「やめッ──っ!」
肉に侵食する感覚がした。痛い。脳にガンガンと痛みが伝播する。目元が熱い。震える体で、嫌でも彼女の身体に抱きついて痛みを逃そうとしてしまう。
それに気づいたのか、彼女は顔を上げハッとした表情をした。
「ごめん、痛かったよね。久しぶりで全然気遣えてなかった」
彼女の手は、私の頭を撫で、それから目尻に溜まった涙を指で拭った。
「こっち見て、怖がらないで」
赤い瞳に吸い込まれるようだった。
顔を持ち上げられ、唇に柔らかいものが触れていた。数秒して口づけをされていると分かったが、もう遅い。ぬるりと、蠢くものが歯の隙間から入ってくる。鉄の匂いが広がって、気味が悪かった。
目を開けると彼女の赤い瞳が眼前に広がっていて、意味がわからなくて、頭がクラクラとする。されるがままに、口腔内には生暖かいものが動いている。何がいいんだろうか、ぞくぞくと体が感覚を否定しようとしていた。
「っあ、大丈夫? ついやっちゃった。やるつもりは無かったんだけど、かわいくて」
「っはぁ……はぁ……」
視界がクリアになる。酸素が足りていなかったらしい。こんなほこりまみれの場所だろうに、空気が美味しい。
「じゃあ今度こそ、いただきまぁす」
私の返事をよそに、彼女はガブリと肩に噛みついた。
痛みは無かった。その代わりにゾクゾクと体が震えるような感覚が全身に広がって恐怖すら感じた。
「ゃ、ゃだ……」
「……」
引き剥がそうと力を入れたくても、それどころではなくて、この感覚を逃れるために彼女を抱きしめるという行為でしか落ち着けなかった。
自分の中での終わりが近付いていて、この生々しい感覚を享受することになるのは最悪だった。どうして自分がそんな風に、と考えるのは野暮だ。原因は分かりきってきて、ただ不運を呪うしかなかった。
「っ……──!」
本当に、最悪だと思った。
そのタイミングを計ったかのように彼女は名残惜しそうに傷口を舐めてから顔を上げて、私の頬に触れた。
「えらいえらい」
とびきりの笑顔で彼女はそう言った。
何がだ、と。
体は熱いし、少し汗ばんでいた。ろくでも無い事が起きたのはわかっていた。どうしようもない嫌悪感に襲われる。
「ほら、次は楓ちゃんがご飯を食べる番だよ」
「食べる気にならない……」
「えー、私のためにご飯を沢山食べて血を作ってもらわないと。ね?」
赤い瞳が私を射抜いていた。それが少し恐怖に感じた。
「少しだけ……」
貧血で授業中に倒れてしまうのは嫌だったし、要求は飲むことに。
彼女に見られながら食べるご飯は美味しいとは言えなくて、うまく食事が喉に通らなかった。
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