6.1 溶けていく
最初は、夢だと思った。
もう会えないと思っていた澪ちゃんが、ずぶ濡れで道を歩いてて。もう諦めなければいけないと思っていた彼女が、目の前にあって。
嬉しかった。もう一度、チャンスをもらえた気がして。彼女の心は既に別のところにあるのは知っていたけど、それでも可能性があるならって。
弱っていた澪ちゃんが、言葉を並べていた時。その姿が、たまらなく愛しかった。あの頃の澪ちゃんを、又見ることが出来た気がして。
強引にだが、再度唇を交わすことが出来て。彼女もそれを受け入れてくれたと思った。けど、違った。
「ごめん、帰る」
澪ちゃんはそう言った後に、逃げるように家から出ていった。まだ大雨の中、傘も刺さずに。
私とキスしたのが、そこまで嫌だったのか。最初はそんな思考になりそうだったけど、少し考えれば分かることだった。
澪ちゃんは優しい、優しすぎる。いじめられた理由を全て彼女に責任転嫁した時も、澪ちゃんはそれを受け止め、私を守ろうとしてくれた。転校するといったときも、すぐさま私に着いていくと言ってくれた。けれど私は、それを拒絶してしまった。
二年前の転校後から、私は人と関わるのを止めた。もう虐められたくない、あんな目に会いたくない。人間関係で悩んだ末私が出した結論は、他人との関係を断ち切ることだった。
そんな中でも私は、澪ちゃんへの恋心を忘れられずにいた。それもそうだろう、接触を拒否している中、彼女への想いは止むことは無く、むしろ溢れ出していった。澪ちゃんとの鎖を断ち切ることは、私には不可能だった。
高校に入っても一緒だった。他人と関わるのはやめよう、そう思っていた。あの瞬間に、立ち会うまでは。
私が普段通り、本屋でバイトをしていた時。店前を整理していると、視界で澪ちゃんの姿を捉える。恐らく、何らかのイベントで買い出しに来ていたようだ。
最初は驚いた。嬉しいというよりもびっくりしすぎて、思考が回っていなかった。だが私の中に、澪ちゃんに話しかけるという手段はなかった。自ら彼女を拒絶した私が、話しかける権利なんてない。そう思っていたからだ。けれどそれは、一つの場面に出くわすことで、変わってしまった。
「……え?」
澪ちゃんが隣の誰かに、笑いかけていたのだ。それは、単なる笑顔ではない。私に対して向けていた時の、笑顔だったのだ。
なんでそんな顔、するの。私以外にそんな顔、見せないでよ。
そんなこと考えるなんておこがましい。知っている、私も分かっている。だが、理性で感情は抑えられない。どうしても私は隣の人が気になってしまい、身を乗り出してその人物を確認しようとする。その後、人物の正体は働いている本屋の常連である、立花優ということを知る。
澪ちゃんも、私と同じだと思っていた。もちろんこれは、私の憶測。彼女は人と関わるのが得意な方な訳でもないし、そもそも好きでもない。私以外と関わるメリットなんてないとも思っているだろう。そう思っていた。
それでも彼女は、動き出していた。私の知らない中で、前に進んでいた。そんな彼女に私は、最低な感情を持ってしまった。その姿に、苛立ってしまった。
私は性格が悪い。相手にも、自分と同じことを求めてしまう。共依存の関係だった澪ちゃんには、無意識にそう思っていた。
黒いその感情から、私はもう一度澪ちゃんに会うことを決めた。過去の自分を清算するという上辺を纏って、行動した。結果、もう一度澪ちゃんに会えた。澪ちゃんと話せた。
でも、もう遅かった。彼女の心は、既に立花優の手元にあった。それに気づいた私は残された善意で、彼女をもう一度手放してしまった。
そして、既に諦めていたその時、澪ちゃんと再度出会ったのだ。
私が捉えた彼女は、自分の感情が分からなくなっていたようだった。その原因は、立花優との関係。私にとっては、願ってもないチャンスだった。感情の整理が出来ていないうちに、もう一度私のモノに出来る。そう思ったからだ。
けれど、それは違った。再度告白し唇を交わしても、彼女の心は立花優の元から離れなかった。
それでもいいと思っていた。形だけでも戻すことが出来れば、何でもいいと。けれど、彼女は違っていたようだった。
澪ちゃんが私の部屋から出ていったとき、私は涙した。また、彼女を傷つけてしまった。自分の最低なエゴで、同じことを繰り返してしまった。過去に縛られ続けた私が起こした行動のせいで、二の舞に。
謝ろう、そして、踏ん切りを付けよう。取り残された私は一人そう考えると、澪ちゃんに一つの連絡を送った。
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