5.1 私の方が

 私、立花優は、元々は今のような性格ではなかった。一言で表すなら、内気というのが正しいか。

 物心つく前には、父親は既に家にいなかった。そんな私は寂しさを埋めるように、母の背をずっと追っていた。いつでも、どこでも、どんな時でも。私はずっと母の隣に居た。そんな時だった。

 中学一年生の春、母親が死んだ。ありふれた、事故による死だった。両親がいない私は叔母さんに引き取られ、引っ越しを余儀なくされた。叔母さんは引き取ってはくれたものの、身の回りの世話は全て自分で行うこととなった。お金はくれたので、私はコンビニと外食を多用した。


 母親がいないこの世界で、私は誰の背を追えばいいのか。誰の隣にいればいいのか。孤独と不安が、私の身を襲った。すると、それを見計らったように、私の目の前に日和が現れた。

 隣の家に引っ越してきた彼女は、引っ込み事案な私を受け入れてくれた。そんな彼女に、私は甘え続けた。

 授業以外は、基本彼女の隣に居た。昼食も、無理を言って一緒に食べた。登下校も共にした。


 一人にはなりたくない。自我すら持ち合わせているか分からない当時の私が、唯一持ち合わせている思いだった。人と接するのは苦手なのに、人からの目を気にする。そんな矛盾を抱えていたのが、その頃の私だった。

 だが、時間とは永遠ではない。中学二年生の冬、日和が卒業してしまった。

 別に、当然のこと。進学、就職、その手段は問わないが、進むことは当たり前。それでも、当時の私はそれを理解できていなかった。

 私にとって日和は、唯一の友達、というモノではなかった。唯一の、依存先だった。

 休日以外は、どこでも彼女といた。そうすれば、変に思われないから。そうすれば、楽に生きれるから。そんな支えを失った私は、どう生きればいいか分からなくなった。

 消えたい。日和がいなくなり、私はそんなことを思い始めた。生きる意味が、よくわからなくなってきたのだ。生に執着もない、生きる理由もない。日和も、もういない。そんな時、とある事象が私の身を襲う。


 心が、ふと軽くなった。比喩ではなく、物理的に。

 それは、徐々に多くなっていった。消えたいと思うたびに、翌日の朝に心が軽くなっていった。

 病名は分からなかった。ただ、自分ではわかった。このままだと、私は消えてしまうと。

 だが、相談する相手がいない。日和は引っ越してしまったし、母はもういない。叔母さんにだって相談できるような信頼関係がない。どうしようもない状況に立たされた時、一つの写真を見つける。

 それは、男の人の写真だった。が、その容姿に特徴があった。私と、そっくりの顔だったのだ。不思議に思い、色々調べてみると、写真立ての裏に何か紙が挟まれてあった。


「あいたい」という、切ない4文字の言葉だった。


 少ない手がかりから、私は自分のそれについて色々なことを調べた。そして、とある仮説にいたる。

 願えば、叶えることができる力。私の解釈では、恐らくそのようなものだろうと考えた。成功者が、願い続けたから実現したというように。呪い続けた結果、それが実を結ぶように。私の身にあるそれは、そのようなものの一種だと考えた。

 その日から私は、寝ることが怖くなった。起きたら、消えてしまうんじゃないか。別の場所にいるんじゃないか。そんなことを思うようになってしまった。

 消えたいと願っていたはずなのに、消えたくないと思う私。ここでも、そんな矛盾を抱えてしまう。


 三年生になってから、初登校の日。恐怖より黒いものを胸に、私は学校に向かった。これからどう生きればいいのか、これからどうすればいいのか、そんなことを考えながら。

 その日は、特に何もなかった。分かったことは、一人でいても大して問題はないということ。人からは変な目で見られず、自分のことは守れる。ならば、別に一人でいてもいいと思った。

 だけど、そんなことはなかった。一人は、寂しい。それが、日和のいない学校を過ごした私の感想だった。だが、人と関わることを極端に避けてきた私に、今更友達作りなんて出来なかった。

 翌日。私はそこで、一人の少女を見つけることになる。


 四時限目が終わり、昼食の時間となった時。クラスに活気が訪れ、周りの人は各々の友人と食事をしている中、私は菓子パンをただ一人貪っていた。そんな時だった。


 ぐちゃ。


 その時は、何が起きたのか分からなかった。唐突な出来事に、頭が回らなかった。けれど、視界にそれを入れることによって、確認を取ることが出来た。

 どうやら、私の二つ前に座っている女の子が、弁当を落としたらしい。だが、それをしたのは彼女ではなかった。近くでニヤニヤと笑みを浮かべている三人の内、一人の犯行のようだった。


「なに普通に飯食ってんだよ?」


「便所飯しろよ、便所飯」


「ご飯も美味しくなさそ、良かったじゃん、食べれなくて」


 聞いていて気持ちの良くない言葉を吐きながら、下品に笑う三人。クラスの人たちはそんな光景に違和感を持たず、賑やかに食事を続ける。私の瞳で捉えたそれは、異常以外の何物でもなかった。

 やめなよ。

 私がそんな一言を掛けてあげられるヒーローなら、彼女は助かるのかもしれない。だけど、それは不可能なこと。日和ならなんとかできたかもしれないが、何も持ちえない私にはそんなことできない。

 私も加害者の一人になろう。傍観者になることを決め、再度食事に戻ろうとしたところ。偶然、彼女の目が見えた。

 


 ――ああ。



「……あ? なんだ、お前」


 立ち上がり、三人の中の一人である目の前の女性に手を掛けると、彼女はこちらを睨みつけながら不機嫌そうに言葉を投げてくる。だが今の私に、そんなことはどうでも良かった。

 その目。その薄い赤色の目。その全てが零れてしまった目。色は全く違う。灯している気持ちも違う。だがその目は、その瞳は。

 間違いなく私と同じ、空っぽの目だった。


 次の日から、私は彼女と共に行動することにした。結局、何故あれを止めるような度胸が湧いたのかは分からなかった。だが、澪が隣に居れば、私は日和のような立ち振る舞いが出来た。

 ご飯も、ペアワークも、トイレも。日和と同じように、私は澪の隣に居た。彼女に、自らを重ねながら。彼女という水面に、自らを映し出しながら。

 澪は日和とは全く違う。だけど私には、確信があった。

 この子は、私の全てを受け入れてくれる。私の、逃げ道になってくれる。

 新たな、依存先になってくれると。

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