3.3

そして、現在。私の依存先である、あったといえる二人が、私の知らない場所で会話を始めようとしていた。朦朧としていたが、すぐに気を取り戻し二人の会話に集中する。壁に耳を近づけ、一言一句聞き逃さないようにする。


「あなたは、澪の友達?」


「……恋人だった、というのが正しいです」


 久しく聞くその声に何を思ったのか、私は不意に頬を赤く染める。ただそこにある感情は複雑で、嬉しさでも怒りでもなかった。


「へえ、恋人。澪にそんな存在があっただなんて、知らなかった」


「はい。……それよりも、優さん。本題に入っても、よろしいでしょうか」


 私に存在する記憶の中でもあまりない真剣なトーンで声を出しながら、優に対してそういう京。コーヒーカップが机と触れた音がすると、優が口を開いた。


「うん、大丈夫だよ」


「そうですか。では、さっそく」


 そういうと、京は何やら考えているのか、すぐに口にはしなかった。だが、次に私の耳に入る言葉は、かなり衝撃的なものだった。


「単刀直入に言います。澪ちゃんと会いたいので、場所を教えてください」


 一瞬、声が出そうになった。だが、両手を口に当てることによって、何とか防ぐことが出来た。

 何故、今更。私が持った初めての感想は、それだった。自分から私を遠ざけた癖に、何故今になって私に会いたくなったのか。理由を聞くために、私は再度意識を集中させる。


「そもそも、私の連絡先はどこから手に入れたの?」


「知り合いから。SNSで教えてもらいました」


「ネットリテラシーがないなあ」


「そんなのはどうでもいいのです。澪ちゃんの連絡先でも、居場所でも。関係のある情報を、私にください。お願いします」


 淡々と言葉にしていく京に対して、私は少し違和感を覚える。ここまで、自分の思いをはっきりと言える子だったかと。


「じゃあ、次の質問。なんで今更、会いたくなったの?」


 私の考えを代弁するかのように、ティースプーンでコーヒーを混ぜながら優はそう口にする。


「……もう一度、やり直したいのです。澪ちゃんと、話すことによって」


 先ほどよりも声のトーンを下げながら話す京。そんな彼女の言葉を聞き、またもや私は声が出そうになるも、先ほどと同じような行動を取ることによって難を逃れた。


「勝手だね。口ぶりから、離れたのはあなたからじゃないの?」


「はい。最低なエゴによる、私の身勝手な行動です。ですが、あいたいのです。もう一度彼女にあって、言葉を交わしたいのです」


「依存先がもう一度欲しくなったの? 澪にそんな感情ぶつけられても、困っちゃうでしょ」


「それは、あなたにも言えるんじゃないですか?」


「……」


 二人の会話が止まる。カフェの中の空気は変わらずも、そこには淀んだ何かが訪れる。そんな中、私は混乱した頭で何とか状況を整理しようとしていた。だがそんな私を二人が待つことはなく、優の言葉によって思考は止められた。


「私利私欲で動いているあなたと、繊細で今動き始めようとしている澪を合わせるのは、あまり好ましくないな」


 コーヒーのすする音が耳に入る。私も思い出したかのように、連動しカップに口を付ける。


「別に、あなたには関係ないでしょう」


「関係あるよ」


「なんですか。あなたにとっても澪ちゃんとは、いったい何なのですか?」



「……答えたく、ないかな」



「……ずるいですね」


「うん。私はずるいんだ。とりあえず、今日はもう終わり。私から言えることはないよ。澪と話したいなら、自力でなんとかして」


 そういうと、優はティーカップに再度口をつけ完飲してから店を出ていった。京も何を考えていたのか数十分は店にいたものの、私がケーキに手を付ける頃には帰っていた。






「いったい、なんだったのだろうか」


 ベッドに寝転がりながら、そんなことを一人呟く。

 自分から離れていったのに、今更私に会おうとする京。私との関係を何故かぼやかし、その行為に反対した優。複雑な情報に頭が混乱し整理を図るも、今の私には厳しいものだった。


「……あまり、深く考えない方がいいか。とりあえず今は、明日の優とのデートを楽しもう」


 様々な感情が交差しながらもそれを口にすることで、私の頬は自然と緩み赤くなる。

 私には、優が居ればいい。今は、それでいい。それだけを意識的に考えて、私は眠りについた。





 

 翌日。カフェで待ち合わせる前の、暇な時間。私は時間を持て余していたので、仕方なく本屋に入り小説の吟味を始めていた。

 一冊の小説を手に取り、戻す。そんな作業を繰り返していた時。突然、あの声が私の耳に届く。


「……澪ちゃん?」


 突如、私の中に様々な思いが走る。この声は、この感じは。間違えるはずもない、あの子の、京のものだった。

 私はゆっくりと振り返り後方に視線をやると、そこにはバイト中だと思われる京がいた。私を見た今日はよっぽど嬉しかったのか、頬を赤く染め笑顔で私を迎えた。


「やあ、久しぶりだね、澪ちゃん」


「……うん、久しぶり、京」

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