2.6

「多分、ここらへんにあるかな」


 丁寧に並べられている資料の中から一冊を丁寧に抜き取り、「これだ」と呟く佐々木先輩。私はそれを受け取ると、すぐに内容を確認するためそれを開く。


「……本当だ、正確には八年前からのやつですけど、ありますね」


 そこには、私の求めていた情報であるものが書かれていた。構成、テーマ、配役、時間、そして原本。参考にするには十分すぎる量だ。

 私は必要な情報だけをまとめ、それを束にし纏めようとする。佐々木先輩はその様子をジッと見ているだけだった。

 何か落ち着かなく、私は視線を佐々木先輩に動かし、睨みつけるような目をする。


「あの、どうしたんですか」


「なにが?」


「ずっと私のこと、見てるじゃないですか」


「だって、暇なんだもん」


「そうですか。けど落ち着かないんで、やめてください」


 わざと冷たく接すると、佐々木先輩は両手の手のひらを天井に向けやれやれとでもいったようなポーズをしながら、部屋の隅へと移動し何かをし始めた。

 二人の手作業の音だけが響き続ける部屋の中、先ほどと同じように静寂を割いたのは、作業を終えたと思われる佐々木先輩だった。


「ねえ、澪ちゃん」


「なんですか」


「澪ちゃんって、優ちゃんのこと好きなの?」


「ええ⁉」


 私が声を上げると同時に抱えていた資料の紙を落としてしまい、周りに紙がバラまかれる。狼狽えるもかがみながら一枚ずつ拾っていると、佐々木先輩がそれを手伝ってくれた。


「すみません、ありがとうございます」


「大丈夫だよ。……で、どうなの」


「どうなのって」


「好きって言葉は不適切かな。友達として、大切にしてる?」


「……友達ですか」


 友達とは何なのだろうか。その二文字に、いったい何の意味が込められているのだろうか。普段から話していれば、それは友達と言えるのだろうか。私が優に向けている感情は、友達としてのモノなのだろうか。

 自問自答を繰り返す。佐々木先輩は私を横目にしゃがみながら、両手で自らの頭を抱えて返答を待つ。

 そうして数十秒経った頃。自分の中で固まった答えを佐々木先輩にぶつける。


「友達というのはわかりませんが、優のことは大切にしてます」


「……なるほどね。複雑なんだ」


「……ですけど、好きってことは、あり得ません。あり得ちゃ、いけないんです」


 私はもう、女の子を好きになってはいけない。幾度となく自分に戒めた言葉を再確認するように、言葉にして口に出す。その様子をみた佐々木先輩は何かを感じたのか立ち上がり、明るい長い茶髪を私の方に見せながら、向かい側の本棚に向かう。


「まあ、女の子同士の恋愛なんて、おかしいもんね」


「……そうですね」


 何回も聞いた、自分は異質であるという答えを佐々木先輩から聞き、私は唇を噛みしめながらそういう。空間には再度静寂が訪れることになり、それを割くようなことは起きなかった。




  それから二週間後、私は主題などを色々決めて直しながら、ようやく脚本を書き上げた。もう既に今月の末だったので、急いで見せようと思い学校に向かっていた。けど、佐々木先輩に提出するよりも先に。


「私に、見てほしいって?」


「うん」


 一番信頼できる人物を目の前に、私はホチキスで止められた紙を渡しながらそういう。優はそれを受け取ると時計を確認し時間的に大丈夫だと理解すると、じっくりと頭から読んでいく。

 そして、数分後。優は目を大きく開かせながら、青色の瞳を輝かせる。


「これ、澪が書いたの?」


「うん。私が書いた」


「すごいじゃん。少ない量なのに面白いよ、これ。どんでん返しとかがあるわけじゃないけど、凄い良い」


「そう言ってくれて、良かった」


 紙を机でトントンと整えると、それをこちらに渡す。私はにへらとした顔を抑えることができず、だらしない表情を優に見せる。


「じゃあ今日からかな。練習とかその他諸々は」


「そうだね。佐々木先輩にも、見せないと」


 そう呟くと、一瞬、優の表情が歪んだように見える。ただ、瞬きをしている間にそれは普段の表情と変わらなくなった。

 それはそれとして、二年生のクラスは怖いので後で行こうと思い、バッグに紙を入れようとしていた時。優が、口を開く。


「ねえ、澪」


「……どうしたの?」


 私がそう返答するも、優は口ごもり言葉に出さないままの状態でいる。気になるのでそれが開くのを待つも、一向に開く気配はない。


「どうしたの、優」


「……いや、なんでもない。そろそろ五時限目だし、準備しよ」


「……わかった」


 結局、優の答えはわからずのままだった。私はそれを聞こうとしようと思ったが、それは彼女の雰囲気によって止められた。

 その後は忙しかった。配役、脚本との辻褄合わせ、時間との勝負。それら全てを片付けるのには苦難を要した。だが佐々木先輩のおかげで、その壁は超えることができた。少し悔しいが、佐々木先輩は非常に優秀だった。

 そして、体育祭当日。私は現在、優と一緒に通学路を歩んでいた。


「いよいよだね」


 珍しく、私から口を開く。前を歩いている優は忘れ物でもしたのか、バッグの中をごそごそと漁っていた。


「そうだね。まあ、結構練習したし大丈夫でしょ」


「皆は大丈夫だろうけど、私の脚本が心配だよ」


「大丈夫だって。しっかり面白かったし」


「……ありがとう」


 優の言葉に対し、まだ寒いのに顔が熱くなってくる。それをごまかすように、自分の両手に息を吐くようにする。

 桜は既に散っており、辺りの木々は少しずつ緑へとなっていった。桜によって美しく着飾られてはいないが、これもこれはありだなと思えた。そんな時だった。


「ねえ、澪」


 突然優が立ち止まり、私の名前を呼ぶ。知らぬ間に距離が離れている優に対し少し驚きながらも、私は言葉を返す。


「なに?」


 そう答えた時。優は、悲しそうな、苦しそうな笑みを浮かべた。初めて見る、表情だった。


「澪は、変わらないでね」


「……え?」






  体育祭のことは、よく覚えていない。ただ、私たちの出し物の評判が良かったことは覚えている。それに安心し、ホッと胸を撫で下したことは印象深かった。

 それと、優の様子がなんだかおかしかった。別に、特筆して何かあったわけではないが、普段の彼女ではなかった。ただ、それも大して言及する必要のないことだ。

 そして体育祭の後日、土曜日のこと。私は優に取り付けた約束を完璧に遂行するため、前日に下見に来ていた。そこは最近できた駅近のカフェでいつか行ってみたいと思っていた場所なので、自分一人で来ても十分満足できるほどのものだった。だけど、明日は私の目の前に優がいることを考えると、どうしても頬が緩んでしまう。

 角の卓に腰を下ろし、メニュー表を確認していたとき。雑音の中に、唯一私の捉えることができる声の存在があった。優の声だった。


「で、どうして私を呼んだの?」


 それを聞いた瞬間、私はその声の位置を探す。その結果、横の壁を挟んだ二つ先の席にいるようだった。私は壁に耳を近づけ、できるだけ声を捉えられるようにする。



「……澪ちゃんと、話したかったからです」



 ――なんで。


 その声を聞いた瞬間、私はすぐに壁との距離を取った。水を一気飲みし、荒い呼吸になる。

 優と話した相手の正体は、すぐに分かった。今の私を、作り上げた要因。今の私が、女の子を好きになってはいけない理由になった要因。だが、彼女に対して恨みはなく、そこにあったのは恐怖と後悔だった。彼女に対して謝罪できなかったことが、ずっと心残りだった。

 その声の持ち主は、中学の時の私の恋人。そして、私に呪いを植え付けた人物。


 ――女同士で付き合うなんて、気持ち悪い。


 クラスメイトの声が脳内で再生される。頭を抱えて、苦しむようにもがくも声は上げないようにする。

 中学生の頃。優と出会うまでの間、私は虐められていた。女の子同士で付き合っているという、くだらない理由で。

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