2.5

「過去のデータ?」


 放課後、昨日と同じように特別教室に向かい、登校中に話していたことをそのまま佐々木先輩に伝える。口元に指を当てながら悩むような素振りを見せると、心辺りがあったのか指を上に突き立て、大げさに口を開く。


「C棟にある資料室に行けば、過去十年くらいはあるかも。原本と諸々のデータとか」


「本当ですか?」


「多分ね。それじゃあ、行ってみようか」


 そういい、着いてきてと言葉を重ねながら教室を出ていこうとする佐々木先輩。傍らで私はまだ優が来ていないことが気になり、佐々木先輩を呼び止める。


「あの、佐々木先輩」


「ん? どしたの」


「優がまだ、来てなくてですね」


「別にいいじゃん。行こうよ、二人で」


「ですが……」


 言い訳苦しい言葉を並べていく私に対し、佐々木先輩は呆れたように溜息を吐く。

 前にもいったような気がするが、私は佐々木先輩が苦手だ。好きじゃないといった方が正しいのかもしれないけど。

 理由は、特にない。優と幼馴染であるという事実が気に食わないのか、みんなに元気を振りまくような彼女みたいな性格が苦手なのか、はたまたその両方か。ハッキリしない言い分なのだが、とにかく私は佐々木先輩のことが少し苦手で、二人きりになるであろう空間は避けたいのだ。


「大丈夫だよ、いじめたりしないから」


「い、いえ、そうじゃなくて」


 再度先ほどと同じような言葉を口にしようとしたところ、それは佐々木先輩の人差し指が私の唇に当たることにより止められる。


「いいから来て。それに、話したいこともあるし」


 そういう佐々木先輩の表情は、いつものそれとは違うモノだった。不気味というか、恐怖というか、心配そうというか。形容しがたい顔だった。


「……わかりました。すみません、駄々こねて」


「わかったならよろしい」


 打って変わって客観的に見れば可愛いといわれるであろう表情に戻し、佐々木先輩は教室を出て、資料室があるはずの場所に向かい始めた。半ば強制的に、私も彼女の背中を追った。

 この学校には校舎が五つあり、しかも全てが四階まである。現在A棟にいる私たちがC棟にたどり着くまでには、少し時間を要した。

 放課後、しかもあまり使われていない廊下を二人で歩いている中。部活の音しか聞こえない静寂の空間を割くように、佐々木先輩が口を開いた。


「ねえ、澪ちゃん」


 立ち止まり、自らの明るい茶色の長髪を右手で撫でながら、佐々木先輩は私の名を呼ぶ。


「な、なんでしょうか」


 そう返事をすると、突然佐々木先輩は進行方向とは真逆の、私の方に対し歩き始めた。一歩、二歩、三歩。しだいに、顔と顔の距離が近くなっていく。

 そして、文字通り目と鼻の先の距離になった時。佐々木先輩が口を開いた。


「澪ちゃん、私のこと嫌いでしょ」


「……え?」


 不気味な笑みを浮かべながらそういう佐々木先輩に、私は上手く返答をすることができなかった。


「嫌いとまではいかないかもしれないけど、苦手だとは思ってるでしょ?」


「い、いえ、そんなことは」


「いいって。澪ちゃん、態度に出すぎだよ? 気を付けなくちゃ」


「……すみません」


 まさか、気づかれているとは。自分の佐々木先輩への接し方を上手く思い出せず、石像のように固まってしまう。


「澪ちゃん可愛いから、仲良くしたいんだけどな。あなたみたいな人と私、話すの好きだし」


 佐々木先輩はそういうと、再度資料室に向かって歩き始める。私はそれについていくことしかできず、真っ白になった頭で返答を考える。


「なんで私のこと、苦手なの?」


 冗談なのか本気なのか分からない佐々木先輩の声が、私の耳に届く。歩きながら考えても、やはり言葉は見つからなかった。


「まあ大方、予想はついてるけど」


「……なんですか?」


「澪ちゃん、嫉妬してるんでしょ」


「ええ⁉」


 昨日の自分の思考を読まれたような佐々木先輩の行動に対し、思わず私は普段なら絶対に出さないような声を上げる。

「そんなに驚かなくてもいいでしょ。だって、分かりやすかったよ。優ちゃんと話しているときの澪ちゃんの表情、すっごい不機嫌そうだったんだから。自分でも見てみてほしいくらいだよ」


「そ、そんなんだったんですか」


 知らなかった。まさか、そんな顔をしているとは。

 過去の自分の表情を思い出そうとしているうちに、自然と視線は下を向き始めていた。そのとき、佐々木先輩が立ち止まり、その髪色と同じ色の瞳をこちらに覗かせる。


「澪ちゃんにとって、優ちゃんは大切な友達なんだね」


 友達。その二文字に引っかかりながらも、私は「はい」と答える。それを聞いて何を思ったのか、佐々木先輩は笑みを浮かびながら両手を自らの背中の方で結び、口を開く。その内容は、私にとって懐疑の内容であるものだった。


「けど、良かったよ。優ちゃんにも友達ができてて。あの子、いつも私としか話してなかったからさ」


「……え?」


 突然語られた、私の知らない優の情報。私の前にいる優とは、まるっきり違うもの。たくさん友達がいたであろう彼女とは、別のことを語っているんじゃないかと思った。


「それ、どういうことですか」


 開示された情報に私は飛びつくことしかできず、佐々木先輩に一歩近づきそう問う。


「おっ、積極的だね」


「ふざけないでください」


「はは、ごめんごめん。どういうことって、別にそのままの意味だよ。私としか話したくないんじゃなくて、私としか話せないみたいな。だから、久しぶりに会ったときはびっくりしちゃった。中学の頃とは、全然違うんだから」


 佐々木先輩の口から語られる優の印象は、私の持つ優のそれとはまったく逆のモノだった。……というか、その感じじゃ昔の優は――。


「澪ちゃんみたいな子だったよ、中学の頃の優は」


「……」


 言葉を失う。彼女の言葉を疑うという思考すら持ち合わせておらず、混乱だけが私の中に渦巻いている。

 別に、失望しているとかじゃない。ただ単に、混乱しているだけだ。あの優が、偶像だったのかもしれないと。


「けど、あんなに変わったってことは、何か変えることがあの子の中であったんだと思う。そしてその理由には、恐らくあなたがいる。だから、思いつめなくてもいいんだよ」


「……そうですかね」


「きっとそうだよ。それじゃ、行こうか」


 そういうと、佐々木先輩は明るい茶色の長い髪を揺らしながら、もう一度歩き始め資料室に向かう。私は様々な感情が入り混じり思考が捻じれていくも、今とれる行動は一つしかなく、仕方なく彼女についていった。

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