2.3
その晩、時計の針が全て同じ場所を指す頃、私は机の前で仏頂面を下げながら、あることについて悩んでいた。
「さて、どういうのを書けばいいのかな……」
そう、それは脚本の内容。昼食の後の催しとして行われる、生徒主導の子芝居だ。とはいっても五分程度の短いものなので、大抵は簡素的な内容で終わる。去年の内容は聞いた限りだと、ネットで話題になったネタを織り交ぜた、ギャグ寄りの子芝居をやったらしい。だが、優にそんなことさせられないし、自分でもそういうのを書ける自信がない。
バッグから本屋で買ってきた小説を数冊机の上に取り出し、一つを手に取る。数十分、それと顔を合わせ続ける。だが、アイデアというのはすぐに降りてくるものではないらしく、私の状況は相変わらずだった。
とりあえず、書く脚本のジャンルを決めよう。そう考え、私は背筋を伸ばして姿勢を良くし、シャーペンを持ちノートに文字を書き連ねていく。
うちの学校は聞いたところによると、赤と白に分かれる紅白戦らしい。ならば途中に挟まれるこれは、それを生かしたものにした方がいいだろう。各々が勝った種目のことについてを語らせてみるのはどうだろうか。いや、それはなんだかチープだな。
小説家気取りのコメントを一人呟きながら、私は案を練っていく。すると、あることを思いつく。
「……私を、重ねてみる?」
その口に出した言葉は、思ったよりも名案だった。これならば安っぽいものにはならないだろうし、ある程度話も作りやすいはずだ。まあ、自己投影させた登場人物を出したものを全校生徒の前で出すなんて悶絶ものだけど、これ以外の案をこの小さい頭では思いつかない。
「それなら、色々書ける」
早速、何を書きたいのかをノートに書きだす。重くなりすぎず、かといって軽くはせず。自分で書くといったからには、ある程度クオリティの高いものを作らなければ。書いているうちに、変なプライドまで生まれ始めていた。
だが、ここで問題が起こる。
「……私主体の話、暗すぎる」
主人公気質のない私に視点を当てた時に出来る作品は、どう見ても面白くのないものだった。しかもなまじ主観的に書いている分、人前には出せない程重いものになってしまっている。
じゃあ、どうすればいいのか。再度私は顎に指を付け、頭を悩ませる。書きやすそうだからそう書こうとしたのに、それが書けないのならどうすればいいのか。数十分間悩んだ結果、私が取った選択は諦めてベッドに入ることだった。
毛布の中だけに夜が訪れている部屋の中、私は閉じなくても暗い視界を保ちながら、ぼんやりとしていた。
これから更に、期限や打ち合わせなどもある。考えただけで腰が重くなるそれに対し、安易に受けたことを後悔する。決して安易ではないのだが、思いつきでやるべきではなかった。
そんな時、今朝の優を思い出す。いつもとは少し違った、彼女の姿を。
「……なんか、想像と違う反応だったな」
私は脚本をやることを優に伝えたら、喜んでくれるものだと思っていた。もちろん、それの逆はないだろうが、普段の優なら間違いなく喜んでくれていただろう。だけど、違った。何かが気に食わなかったのだろうか。
「私は、あなたに追いつくためにやろうとしたのに」
自分の行動の理由を他人に押し付けた、最低な言動と分かりながらも口にする。毛布を強く握り、名前の付けられない感情の発散先を探す。だがそんなものは存在せず、私は諦めて部屋の光を消しに行く。
勝手に一人で拗ねながら、ベッドに向かい睡眠に入ろうとする。すると、足に何か当たったことを感覚的に感じる。当たったらしきものを手に取り確認してみると、それは昔、優がくれたものである、小さいぬいぐるみだった。
「あれ、落ちちゃったのかな」
これは、いつも私が枕もとに置いているものだった。どうやら、何かの衝撃で落ちてしまっていたらしい。少し懐かしさを感じながら元の位置に戻そうとしようとしたとき、先ほどよりもいい代案が思いつく。
「……もしかして、優に視点を当てればいい?」
思いついたら、あとは早かった。私は部屋に光を呼び戻し、椅子を引き腰を下ろす。そして、今考えただけでもたくさん出てきている案をノートにひたすら殴り書く。
主役となるのは優のような明るい人、その人は様々な種目に出て一位を取り、チームに貢献していく。その傍にいる人は彼女に追いつくため、勇気を出して次の種目に挑戦する。
これをそのまま出そうとは思わないが、ある程度形にはなってきた。これを、どう話にしていくか。それを考え文字にしていくうちに、気が付けば夜は更けていて、私の視界はそれと反し暗くなっていった。
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