1.3

初めての高校生活の一日を終え、自宅までの帰路を辿っている中。私は凄まじい疲れから、今にでも寝てしまいそうな程だった。


「どうだった?」


 そんな私とは正反対に、スクールバッグを片手に持った元気いっぱいの優は、少し前で私の方を見るように振り向きながらそう口にする。


「とにかく疲れたよ」


「はは、澪らしい」


 初めての学校、初めての授業。その上慣れない人前での行動。どう考えても、今日一日で起きる量のイベントじゃない。自分の許容以上の量を背負ってしまった私は、誰が見ても分かるくらいグッタリしていた。


「けど、嬉しいな。澪が一緒に委員会やってくれるなんて」


 地面に落ちている桜の花びらを手に持ちながら、嬉しそうに優は笑う。背景の夕方と桜も相まって、それだけで高貴な絵に見えるほどに美しかった。


「それはまあ、うん」


 返す言葉に困り、視線を川の方に向けながら、特に意味のない単語を連ねる。


「で、本当はなんでやってくれたの?」


「……え?」


 視線を元に戻した時。彼女は私の顔を覗き込むようにし、その青色の瞳に私の顔を鏡のように映し出す。そこにいる私は、頬を真っ赤に染め上げていた。


「なんかあるんでしょ? 理由。……なんでって顔してるね。だってほら、右手」


「右手?」


 そう言われて確認してみると、そこには自らの前髪を人差し指と親指で無意識に弄る、私の右手があった。


「だってそうしてるとき、いっつも澪、私に隠し事してるもん」


「ええ、それ、本当?」


「私が嘘、つくと思う?」


「それは、思わないけど」


 それなら言いなさい、と私に一歩踏み込み、距離を縮める優。その近さでは視線を合わすのも恥ずかしいので、思わず逸らしてしまう。

 無論、本意は別だ。今の優との関係を少しでも変えたいというのが理由。だが、それを優に言ったところでどうなるというんだ。苦笑いされて気まずくなるのはオチだろう。だからといって、言い訳をずっと続けるわけには……。

 目を瞑りながら、このどうしようもない状況の打開策を考える。すると、その様子を見ていた優は口元に指を付けながら微笑み、口を開く。


「まあ、言えないならいいよ。今日はいろんな澪が見れて、楽しかったし」


 口元を緩ませ、瞳を閉じながら笑う優。揺れるその髪が太陽の光に反射し、青みが強く強調される。揺れるその髪の毛一本一本に、意識が削がれる。

 私と優が歩く時は、いつも前を優が歩く。中学三年生の頃からの習慣が抜けなく、そのまま現在まで至ってしまった。前を歩く、一歩が大きい優と、後ろを歩く、一歩が小さい私。少し歩数を多くしないと私は彼女に追いつけない。けれど、その距離が崩れることはあまりない。彼女が、止まらない限り。彼女が、早く歩かない限り。


「……優」


 思わず名前を呼んでしまう。優はそれを聞くと立ち止まり、クエスチョンマークを頭の上に浮かべながらこちらを振り向く。


「どうしたの?」


 夕日を背景に映し出された彼女の姿は、とても美しかった。桜の咲く季節も、悪くないと感じた。

 私が踏み出せば、彼女に追いつける。私が変われば、彼女に近づける。その距離が遠くなることは、あまりない。……優が、変わらない限り。


「優は私のこと、置いていかないでね」


「……何言ってんの。そんなこと、するわけないじゃん」


「……嘘じゃない?」




「嘘じゃないよ。私が嘘、つくと思う?」


「……それなら、良かった」


 私は優の返答に安心し、思わず笑みが零れてしまった。その間に優は既に歩き始めており、少し遠くまで歩いていた。太陽の光に邪魔されて、その表情を見ることは叶わなかった。

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