なな、苑爾さん出て!お願い!怖い!
翌日、僕と赤金さんは再び、学内の喫茶『青い鳥』を訪れていた。
「忍が苑爾の死体を視てから今日で五日目か……」
「その物騒な言い方やめてください」
彼のざっくばらんな物言いにはだいぶ慣れてきたが、さすがに白昼堂々、喫茶店で発言するには血腥すぎる。危ない。通報されたらどうするんだ。
幸いにも店内はほどよい騒めきに包まれていたので、周囲のテーブルから視線が突き刺さることはなかった。
「実現までの期間は当日中から一週間ってことは、今日か明日か明後日、だな」
「はい。いままで七日以上かかったことはありませんから」
「今日は朝イチ依頼の打ち合わせで会ったけど、服は違ったんだよな。白シャツに赤い花柄の刺繍が入った、よく着てるやつだった」
僕にも心当たりのある服装だ。
苑爾さんは服にこだわりのある人で、あまり頓着しない僕が着ているような適当な量販店のものではなく、ちょっと個性的な色柄のものを好む。凡人が着ればたちまちおかしなコーディネートになりそうなものもうまく着こなすひとなのだ。さすがである。
「でもなぁ」と、赤金さんは眉間に皺を寄せた。
「最初に聞いたときから気になってたんだが、そもそもあの野郎、黒いパーカーなんて持ってたっけか?」
僕はきょとりと瞬いた。
そういえば、三月末に出会ってから本日に至るまで約二ヶ月という短い付き合いではあるが、苑爾さんが黒いパーカーを着ているところは見たことがない気がする。
あまり気にしたことがないから自信はないけど、赤金さんには確信があるようだ。
「あいつ、黒は埃とか糸くずが目立つから嫌だって言ってた気がすんだよな」
「……言いそうですね」
「あと俺がいっつも黒いから、隣に立つことが多い自分は明るめにしなきゃ、とかワケわかんねぇこだわりがあったはずだ」
「う~~ん言いそう……」
初対面のときからすでに赤金さんの素っ気なさを窘めていた苑爾さんだ。サークルの代表だからと愛想よくするタイプでない相方のぶんまで、人一倍気を遣っていてもおかしくない。
「高校時代の友だちがアパレルブランド立ち上げて、そのモデルやってるから色々試作も貰うらしいけど、黒いやつは大抵俺に横流しだからな。黒を一切着ないわけではねぇけど、忍が視たような真っ黒パーカーは苑爾の美的センスに反するはずなんだよ」
も、モデル?
頭のなかに再現された苑爾さんがぱちこーんとウインクを飛ばしてきた。思わず遠い目になる。
「……苑爾さんって……」
「変なやつだろ?」
「そこまでは言いませんが、隠し要素のびっくり箱みたいな人ですね」
「俺は六条ワールドの最深部がいまだに見えねぇよ。顔よくて性格悪くなくて、趣味は人助け、特技ビリヤードで、バーでバイトしてて、友だちのブランドのモデルだもんな。じつはトップアイドルの彼女がいまーすとか、じつは石油王の息子でしたーとか、じつは年上のイケメンな医者の彼氏いまーすって言われても、俺ァもう驚かん」
「僕は全部驚きます」
「忍はリアクションが新鮮でいいな。……あ、なんか電話かかってきた」
話途中でごそごそとポケットを探り、赤金さんがスマホを取り出した。
着信の画面を見て目を丸くし、テーブルの上に置いた。「苑爾だ」スピーカーホンにして音量を調節しながら応答する。伸ばした人差し指を唇に当ててこちらを見たので、僕はこくこくうなずいた。
「もしもし? どうした」
「さっきメッセージ入れたんだけど、読んでない?」
「……読んでねえ」
赤金さんはあからさまに「げ」と言いたげな顔になる。
「悪いけど、あんたの服借りてるわよ。本部に置いてあった黒のパーカー」
僕たちは同時に顔を見合わせた。
苑爾さんが持っていないはずの、黒いパーカー。
赤金さんの抱いた違和感は正しかったのだ。
「……おい、今どこにいる?」
顔色を変えた赤金さんが立ち上がる。
僕も慌てて荷物を抱え、二人ぶんの支払いを済ませて外に出た。ドアを開ける際にベルが鳴ってしまったが、通話に入ってしまっただろうか。
「菖華音大? なんでそんなとこにいんだよ。惠ちゃんとデートぉぉ? 一億年早ぇんだよ今すぐそっち行くから動くなよわかったな……おいコラ苑爾!」
最後はドスの効いた声で怒鳴りつけた赤金さんは、凶悪な舌打ちを洩らして「クソ野郎が」とスマホを睨みつけた。一方的に通話を終了されたらしい。メッセージを確認してさらに目尻を釣り上げ、鬼のような形相になる。
怖い。ガラが悪い。
「あの野郎、苅安を撒きやがった……!」
もともと威圧感のある容姿をしているため余計に迫力がある。通りすがった学生があまりの形相にやや怯えていた。
惠さんの通う菖華音楽大学は、幸丸大学から徒歩で二十分の距離。死ぬ気で走って追いかけたとしても十分はかかる。
「走るか……!」
「電話します!」
赤金さんに対しては対応が雑な苑爾さんだけど──無論それは二人の親しさからくる信頼された雑さである──、僕からの電話なら出てくれるかもしれない。スマホを取り出して電話をかけてみる。
出ない。
隣の赤金さんの目が怖い。出ない。苑爾さん出て! お願い! 怖い!
僕に怒っているわけじゃないのは解っているけど半泣きになっていたら、「おいコラ赤金なにキレてんねん」と一人の学生が声をかけてきた。
「いたいけな学生泣かすなや。学生部に通報すんぞ」
「諏訪ァいいところにっ!」
入学式の日、赤金さんと一緒に交通整備に当たっていたあの学生スタッフだ。重ためのマッシュヘアの下から切れ長の目が覗く。氷のように冷たい容貌をしていてすこし近寄りがたいけど言っている内容はなんだか善人っぽい。真っ青なキノコヘッドになるところを回避した例の飲み仲間だ。
「お前今日チャリか。ロード? ミニベロ?」
「スーパー寄ろと思てたからママチャリ。なんやねんいきなり」
「今度メシ奢るから今すぐチャリ貸してくれ!」
諏訪さんは一度ぱちりと瞬いたあと、パンツのポケットから取り出した鍵を赤金さんに投げ渡した。
「A03」
「サンキュー諏訪愛してるぜ!」
「何やねんキショいな」
広い立体駐車場の一階は丸々学生用の自転車置き場になっており、区画ごとの柱にはそれぞれAからKまでのアルファベットと、01から12までの数字が振ってある。
A03のエリアまで一目散に向かうと、赤金さんは迷わず一台の自転車に鍵を差し込んだ。ボディがトリコロールカラーに塗装されたママチャリだ。わかりやすい。
すぐそばにある南門から学外に出ると赤金さんがペダルに足をかける。守衛室が見えないところまで走ってから、僕は荷台に飛び乗った。
「忍、翔馬に電話しろ」
「翔馬くんですか? なんでまた」
「あいつそういう
スペック、という言葉に聞き覚えがあった。そういえば琴子社長の誕生日パーティーの日、翔馬くんは僕の居場所を把握していたようだった。
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