第10話 世界最後の日 (終)
エヌ氏は売れない漫画家だった。
28歳で集談社の中くらいの電子コミック賞を取ってプロデビューしたのだが、2,3年もすると人気も下火となり、意を決して1年休養した後に書いた力作も途中で打ち切りとなり現在は単発の読切や柄にもない絵本などを書いて細々と生活していた。
両親がスナック経営でそこそこ稼いでおりその仕送りで食べるには困らなかったが、「そろそろ潮時かな。」と考えることも多くなった。
彼のこだわりはデジタル機器を使わずに昔ながらのGペンとケント紙を使って、派手なアクションシーンと美少女ヒロインの正義の味方が数々の困難を乗り越え、人智を超えたアーキファクトの力と勘違いで全世界を破滅から救うというスタイルである。
西暦2050年前後には大流行したのだが今はもうすぐ西暦2080年である。
50歳前後の読者には多少ファンもいたが、若い世代の読者には見向きもされなかった。
「マジでそろそろ親父のスナックでも継いで漫画はキッパリ諦めようか。」
30歳から付き合っている7つ年下の彼女も「売れるまで」と随分と待たしてしまってもうすぐ40歳となってしまう。
彼女の親にももう言い訳もできない。
エヌ氏には選択の余地はなかった。
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その頃、世界情勢は一気に悪い方へと傾いていた。
湾岸戦争、ロシアとウクライナの戦争に続き、イスラエルとガザとの戦争、アフリカの武装勢力同士の大規模な戦争、気候変動による食糧危機に端を発した戦争、中台戦争の勃発等々の連鎖で際限のない代理戦争から大国同士の直接対峙へと移っている。
どちらの陣営か、あるいは第三国がたった一発の核ミサイルのスイッチを押せばそれを感知した仮想敵国も遅れることなくボタンを押すこととなる。報復の応酬により地球全土に核の雨が降り注ぎ地上の人類80億人はほとんどが死に絶えることが確実である。
そして人類の有史以来初めて「全ての核保有国の首脳の手元に核ミサイルのスイッチとなるアタッシュケースがある。」状態が現実のものとなったのである。
そしてそれは日本時間のある金曜日の日付が変わる前、に最初のボタンが押されることが確実になっていた。
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「ごめんな、長いこと待たせたのにこんな結果になって。」
「ううん、いいのよ、ワタシね、子供の頃から魔法少女になってスティックで世界を核戦争から救うのが夢だったの、魔法で世界中の核のボタンを押せなくしてね。でもあなたが漫画で夢を叶えてくれたわ。ワタシを主人公にした漫画が電子コミック賞の佳作を取ったじゃない、アレも立派なものよ。」
「そう言ってもらえると俺も救われる。あれは力作だったしな。」
そうしてエヌ氏は彼女を連れて何年かぶりに実家に帰った。
二人ともいい歳だし、結婚式は挙げないことにして出発前に市役所で籍だけいれてきた。
実家には遅くに着いたが、金曜日の夜ということもありまだスナックは営業していた。
「ただいま、父さん、母さん。」
扉を開けるといつもの常連客とカウンターにエヌ氏の父親であるマスターがいる。中に18歳くらいの超ミニスカートからスラリと伸びた長い足、美しい黒髪のスレンダー超美少女が駆け寄ってエヌ氏に抱きつく。
「おんやまあ、帰ったのけ。」
通常なら嫉妬に狂った彼女が激怒する場面なのであるがそうはならない。
「
「母さん、近い近い、ちょっとマジで勘弁してくれよ〜。」
エヌ氏は抱きつくスーパー美少女を力ずくで引き剥がす。
周りから爆笑が起こる。
「跡継ぎくんもボッコちゃんには敵わねえだろ。」
ボッコちゃんとは遠隔操作の人形アンドロイドである。
見た目こそ18歳のスレンダー美少女であるが、中身はエヌ氏の母、アラ還の保子なのであり、スナックの二階の実家からヘッドセットで操作しているのだ。
その姿は保子の18歳の姿に瓜二つに仕上がっているがエヌ氏にとっては母親の若い頃のヤバい姿である、くっつかれるとマジ冗談抜きで「勘弁してくれ」なのであった。
「へえ、ボッコちゃん、まだまだ現役なんですね、手入れもよくされてますね。」
彼女が近くで見て感心している。
「なんなら若奥さんのアンドロイドも作ってやろうか?」
常連客でアンドロイド製作者のクラフツマンマツウラが声をかける。
「いえいえ、ワタシはこの豊満ボディで頑張りますよ。」
少しぽっちゃりめの彼女は左腕の力こぶを撫でながらガッツポーズしてみせた。
「こりゃまいった、先が楽しみだな。」
店内は大盛り上がりとなった。
そんな中地域の防災無線か淡々と防災情報を流れる。
「西朝鮮から弾道ミサイルが発射された模様、頑丈な建物に避難してくださいぃー」
消えいるような防災無線に耳を傾けるものは一人もいない、もうこれまで何度も何度も繰り返し放送されて耳にタコができた内容であったからだ。
そんな防災無線の横では常連客とお酒の入ったエヌ氏夫妻のボルテージは上がっていった。
エヌ氏夫人は往年の魔法少女の歌を熱唱し、スナックの忘れ物置き場にあったUSBメモリを手に取って踊る。
途中打ち切りにはなってしまったが、エヌ氏の最後の力作「電脳少女SAI」の本来のエンディングは大陸の某国が発射した核ミサイルをUSB型のアーキファクトを電脳世界総理大臣SAIのスパコンに挿入することで全世界のネットを支配できるようになり全面核戦争を寸手のところで防ぐエンディングとなっている。
エヌ氏夫人は歌の最後でレジがわりのタブレットのUSB端子に忘れ物アーキファクトを挿入した。
常連客から割れんばかりの拍手が巻き起こった。
常連客は朝まで飲む勢いであったが、日付が変わる頃に突然停電となってしまい、強制解散となってしまった。
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エピローグ
全世界はネットのない昭和へと逆戻りしてしまった。
有線無線でネットにつながっていたサーバーや電子機器は原因不明のまま修復不能にまで破損していた。
ネット接続のない専用回線やコールドウォレットの中身、販売前のパソコン等は無事であったが破損したシステムを組み直そうとネット接続を試みた販売前製品も多かったことから無事だった機器もほとんどが使い物にならなくなった。
原因が全く不明で解明もできなかったため、現存施設は全て切り離して厳重に管理された環境で完全廃棄され、無事だった製品を新たに立ち上げて新規のネットシステムを一からやらなければならないことを人類は悟る。しかしそれも簡単ではない、訳がわからない発展途上国は勝手に新システムに感染機器を繋いでしまうのだ、その度に振り出しに戻りある程度の復旧までには世界の総力を結集しても10年はかかるだろうと言われた。
世の中は紙とタイプライター、せいぜいネット接続しないワードプロセッサーによる事務へと逆戻りした。
旧感染パソコン機器をネット接続した者は無期拘禁か死刑を宣告される。
ネット環境は細かくブロック分けされ、感染が確認されたブロックは全機器廃棄となる。
高速インターネットとは過去の話となり、地球の裏側との交信は「16ビット」程度の速度となる。
こうなっては核ミサイルは無用の長物であろう、核爆弾は保有できなくもないが、戦前のアナログな航空機で落下させる「リトルボーイ」や「ファットマン」のようにするしかない。
何より全世界の叡智を結集しなければこの困難を乗り切ることなどできないのだ、戦争などというくだらないものをしている暇も余裕もなかった。
そもそも半導体生産もままならない今、核保有にはほとんどメリットが無くなってしまっていた。
核の脅威はこの先10年去ったのである。
こうしてエヌ氏とエヌ氏夫人は魔法のスティックで全世界を救った英雄となったのである。本人たちがその事実を知ることはないのだが。
ベテラン読者の方々はご存知だろうが、もしこのUSBメモリの正体をまだ知らない方は「令和のボッコちゃん後編」を参照ください。
後日談
不便なアナログ生活に困窮したエヌ氏夫妻だったがひとつだけ良いこともあった。
お抱え漫画家がデジタル描画ができなくなってしまった集談社はGペンとケント紙で作品を次々に生み出すエヌ氏をレギュラー連載漫画家として迎えたのである。
スナックは今まで通り父母に任せ東京に戻ったエヌ氏夫妻は毎日締め切りに追われる充実した日々を送る。
英雄になっていたことは知らなくても二人は幸せであった。
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余談
ネット大災害の後、日本全国に原因不明の大量の廃棄物の落下の被害に襲われる。
多くは土砂や残土、産廃ガラ、のようであるが一番の被害は「中国州」(旧中国地方)に降り注いだ放射性廃棄物である。
広範に降ったせいか放射性レベルはある程度低かったものの、除染には莫大な費用がかかると見積もられた。
中国州知事は山陽リニア新幹線に頑強に反対していたが一転、除染費用のため、金銭的メリットが見込まれるリニア新幹線の開通を認めざるを得ない状況となる。
こうして時空建設株式会社の手がけた工事はあらゆる因果律を捻じ曲げてでも確実に「既成事実」となった納期が守られるのある。了
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