第8話 17億円当てた男 中編

 エル氏はその後また数ヶ月、ロト7のことを忘れていた。

 その間もどうということはなく、普通に定時まで働き、たまに美味しいものを食べるという質素な生活を続けていた。


 現金主義でカードを持たないエル氏は久しぶりに贅沢したビフカツ定食の代金を払うと札入れが空っぽになった。

 そこにロト7くじが残っていることに気がつく。


 池袋にいたエル氏であったが、日比谷の例の売り場に行くことにした。

 くじを買ったことがなかったので当選確認できることを知らなかったのである。


 有楽町駅で電車を降りて、あの売り場に行くと見覚えのある40代くらいの美人の売り子さんが座っていた。


 「あの、当選確認お願いします。」


 美人の売り子さんはくじを受け取ると機械にかける。


 「あらまあ、お客さんでしたの?おめでとうございます。一等当選してます。」


 なかなか度胸のあるプロの売り子さんである。動揺することなくプロの仕事をこなす。


 「はあ、そうなんですか?ありがとうございます。」


 エル氏は拍子抜けくらい低いテンションで答えた。

 「それで私はどうしたらいいですか?」


 「ごめんなさいね、この売り場で17億円お渡しできたらよかったのですが、規則で高額当選の場合にはエム銀行の本支店で対応することになってますの、そうですわね、丸の内の皇居前にエム銀行の本店がありますわ、まだ営業中ですから行ってみられてはいかがですか?」

 彼女はエル氏の手を取りくじを手渡してくれた。


 「ありがとう、そうするよ。」


 エル氏は彼女の手にじかに触れてしまったことを少し気にしていた。彼女には悪いがこれはやむを得ない事故だと思うことにした。


 エル氏は軽くお辞儀をしてエム銀行本店に向かった。

 メトロに乗るほどの距離でもない、エム氏は皇居のはたをぼちぼち歩いて向かった。


 「あの、宝くじ売り場のお姉さんに言われて来たのですが?」

 窓口で事情を話すと若い行員さん二、三人がバタバタとして応接室に案内された。


 あとはマニュアル通りに説明を受け、鑑定のためにくじを預けて預かり証を受け取ってその日は会社に戻った、昼食時間を大幅に遅刻したが、会社に事情を話したら怒られずに済んだ。普段は真面目に仕事をしており遅刻など一度もしたことがなかったからだ。


 それから彼の周辺はざわつき始める。


 会社の女の子たちが一人で、または数人で彼に話しかけるようになった、男性の同僚もエル氏は飲みに誘うことが多くなった。


 ある時には証券マンを名乗る人が訪ねてきたり、不動産会社、貴金属会社、信託銀行の営業マン、怪しげな宗教団体から寄付の要求が来たりと間断なくやってくる。


 しかしエル氏はめんどくさそうに淡々と話を聞き、お誘いには人並みに付き合い、女の子たちともポツポツと話す。つまり彼自身は普段と何も変わらなかった。


 そのうちエム銀行と約束した日になる。

 その日は有給をもらって丸の内に行った。


 そこで冊子をもらい、一通りの説明を受ける。給与振り込み口座がエム銀行だったのでその通帳を持っていき、そこに振り込んでもらうことにした。


 「エムさん、これで説明は終わりです、何かお聞きになりたいことはありますか?」


 「そういえば最近私を訪ねてくる人が増えたのですが、これと関係あるのでしょうか?」


 「そうですね、その冊子にも書いてありますが、当選したことを知らせる人をよく考えてから話してください、と、書いていますが、大金を持っている人にはいろんな人が近づきますからね。」


 「なるほど、私は会社に話してしまったので広まってしまったのですね。」


 「それからできるだけ今の会社は辞めないで勤め続けたほうがよろしいかもしれませんね。」

 「ええ、そのつもりです、今の会社に不満はありませんしね。」


 エル氏はエム銀行の担当者にお辞儀をして銀行を後にした。


 銀行を出たエム氏を3人組の男たちが少し距離を置いてきたことをエム氏が気がついていたかどうかは定かではない。


後編に続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る