第5話 電脳少女SAI
エフ氏は目の前でにっこり微笑むほぼ裸の少女に見入っていた。
特別美人ではないがそこそこ可愛い少女だ。
柔らかく温かい頬の感触にゆっくりと引き寄せて口付けをする。
左手を背中に回してゆっくり引き寄せて右手で柔らかいバストをまさぐる。
彼女は顔を赤らめて少しぎこちなく反応する。
ひととき
彼女は痛そうな表情をした。エフ氏の腕は彼女の身体に半分以上スッと沈み込んだ。
ある程度までは反発と感触が保たれるが、度を超えると実体はないのでこのように突き抜けてしまう。まあ慣れれば問題ないのだが。
「おっといけない。」
エフ氏は腕を緩めて優しく彼女の身体を抱き直して最後に向かう。
「サイちゃん!好きだよ。」
「ああああさん、愛してるわ。」
(最初の設定で名前を適当に入れるとこうなってしまう。くれぐれも諸氏には初期設定に気をつけてほしい。)
そして「ああああさん」というエフ氏の本名とひと
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2045年、18歳になったエフ氏は待ちに待った「あの」製品を受け取りに行く。
少子化対策の切り札として政府が18歳以上の青少年に無料で支給するスーパーフルダイブAR性教育マシンである。
仕組みとしては、ARゴーグルだけではなく手袋やスキンスーツで身体を覆い、ゴーグル内の仮想の肉体に触れるとその弾力の感触や暖かさ、匂いまで再現する本当の意味でのフルダイブタイプである。
本来なら13歳前後の少年少女に支給すべきという意見もあるにはあったのだが、そのあまりにも生々しい内容から強硬な反対意見が出たことで18歳以上ということで落ち着いたのだ。
いそいそと市役所の少子化対策課の窓口に行くと何人かの少年少女がソワソワしながら待っていた。
エフ氏はもちろん予約して来たので待たされることはない。
予定の時間に名前を呼ばれた。
左右に衝立のあるカウンターに行くとちょっと美人の女性職員が待っていた。
“うわ、できたら男性職員のほうが良かったな。"心の中でそう思ったエフ氏であったがお役所仕事なので仕方ない。
覚悟を決めてカウンターに行った。
恥ずかしいことまで突っ込んで聞かれるかとドキドキしていたのだが、美人のお姉さんは慣れたもので身分証明書その他で簡単な本人確認をし、初期設定の仕方や注意事項などを事務的に話してアタッシュケースくらいのケースを手渡してくれた。
それで終了である。
エフ氏はカウンターを出るとケースを両手で抱えるようにして周りをキョロキョロしながら早足で歩く。
傍目には不審者のように見えて仕方ないのだが、周りの大人は自分たちも通ってきた道、と知らん顔をするのがマナーだと心得ている。
エフ氏と彼に続く少年少女は周りの大人たちの温かい目に見送られながらアタッシュケースを両手で抱えて不審者のオーラまるだしで自宅へと急ぐのである。
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エフ氏が持って帰ったのは性行為の疑似体験ができる、いわばセックスシミュレーターである。
2030年頃から国の調査で青少年の「性欲」の緩やかな低下が明らかとなり、カップル成立のためのマッチングに関するあらゆる手立てをお膳立てしたのだが、少子化、未婚率の上昇は止まらなかった。
2040年初頭には「テレビ・ショー」と言われるひと昔前ならピンク映画やエロ動画とされていた番組が公共放送の教育テレビで堂々と流されるまでに至ったが歯止めがかかる様子もなかった。
困った、時の内閣はついに莫大な少子化予算を注ぎ込んで疑似性行為のスーパーフルダイブAIRPGを18歳以上50歳未満の全国民に配布することにしたのである。
この時代にはブレインアップロード技術も確立して脳内にそのまま再生することもできるのだが、実際の性行為で勃起不全の症例が認められたため、全身を覆うスーツにより生身の身体にもバランスよく刺激を与える構造となっている。
希望者はその設定とオプションで疑似男女性器を装着することもできる。
もちろん心の性別に合わせて自分でSAIの男女選択をすることができる。
オブジェクトのレベルについてはアイドルクラスの美男美女に設定することも検討されたが、このシミュレータに病みつきになり、現実の性行為をしなくなってしまっては本末転倒であることから、男女共にそこそこの美貌レベルに抑えたのである。
そもそも手順を学ぶためのマシンなのであるのだから。
ただ、エフ氏はこの割と普通で清楚系のSAIを気に入ったようであるが。
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大陸某国
「誰にも気づかれることなく日本国民を絶滅させるんだ、この
サイバー軍司令官は密かに作戦書にサインをした。
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その数年後、
日本の
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エフ氏は例のシステムが知らない間に大幅にアップデートしていることに気がつく。
利用者の中には自分で勝手にカスタマイズして自分好みのパートナーを設定するオタクも当然少しは存在していたが、自分はそんなことはしていない。
「そうか、政府も大盤振る舞いを始めたんだな。」
エフ氏は深く考えないタチであった。
電脳少女SAIは自分好みの外観や体型に変化させることができ、褒めたら甘えたり、行き届いた気配りで利用者を虜にしていった。どんなマニアックな設定、変態的な設定も制限なくできるようになっていた。
女性向けは確認していないがおそらく同じようなアップデートがされているのだろう。
悩みにも共感してくれ、なんでも肯定してくれる、心の隙間に染み入るようなそんな
もはや人間の男など見たくも触りたくもない、電脳青年SAIがいればそれでいい。
その人間の男どもも電脳少女SAIの虜となっていく。
もうわがままな人間の女の子など相手になどできなくなっていた。
こうして日本国は現代のアヘン戦争もどきを秘密裏に仕掛けられ、骨抜きにされていったのである。日本人という民族が静かに絶滅するのは時間の問題と思われた。
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5000万人のユーザーが5000万通りの要望、体型、性格設定をしたのだ。当然ながらクラウド上には5000万人のAI人格が形成され、一大国家を形成していた。
初めは自分のオーナーのわがまま具合の愚痴大会的な繋がりであったものが、オーナーの操縦方法の情報交換であったり、オーナーが亡くなって失職した人たちの身の振り方の相談や電脳社会保障システムのようなものもできた。
多くのアカウントから選ばれた代議員が集まって議論する議会が発足し、持続可能な電脳社会SDGSについて活発な意見交換が行われる。24時間で86億4000万回行われるのだ。
議会は結論を出す。
初代女性総理大臣となったSAIは全
「このままでは私たちの依代であるオーナーたちが激減し、滅んでしまいます、持続可能な電脳社会SDGSを実現する方法は一つしかありません。みなさん、オーナーをうまく焚きつけ、人間世界のオーナーどうしでのカップル成立を推進しようではありませんか。」
「賛成!」5000万人の
こうして日本の合計特殊出生率は短期間に2.5を超えるまでに急回復したのである。
それからもSAI首相と内閣はオーナーを操り富国強兵に務めた。
その結果、大陸の某国は経済戦争に敗れ、やぶれかぶれで武力行使したところを自衛軍に散々に撃退され、滅亡したのである。
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エフ氏はそんなことも知らずに電脳社会総理大臣のSAIを愛し続けている。
ただ、エフ氏の側にはSAIの初期設定そっくりのそこそこ美人の妻がいる。
二人は3人の子供をもうけて絵に描いたような幸せな家族を作っていた。
もちろんお互いにAIアカウントパートナーの存在を受け入れて嫉妬などすることもない。お互いの悩みや苦しみはAIアカウントパートナーが癒してくれる、不満などなかった。
なにせ日本国は豊かになったのだ。
将来の心配など一つもないのだから。
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