第8話

「さあ、どうしたのですか。選んでください」



 トウマさんはいつもと変わらない調子で、普通に言った。



 なんて日だ!



「その、そんな……なんで私に」



「あなたしかいないのです。申し訳ないと思っています」



「いえ、申し訳ないだなんて……。トウマさん、こんなに高価なものを買ってもらうなんて……」


 トウマさんは、私の言葉を聞くと少し俯いた。



「やはりおかしいですか。父親からこんなものを贈られるのは」



「いえ、トウマさんがお父さんならそれはそんないいことは……


 ……はい?」



「ですから、父親からブランド品をもらっても嬉しくはありませんか」

 ちょっと待って。ちょっと、整理しなきゃ。



 トウマさんに付き合ってくれと言われる⇒ブランドショップ⇒選べと言われる⇒あんこちゃん嬉しいやらなんやらで戸惑う⇒父親発言。




 ……なんのこっちゃ。



「トウマさん、あの……なんで私はここに連れて来られたのでしょう……?」


「ああ、そうですね。そういえば申し上げておりませんでした。

 

 今日は娘の誕生日でして、男親としてはなにをプレゼントすればよいものやら困りまして。それで望月さんに選んでもらおうと思った次第なのです」



「む、娘ぇ!?」



「ええ、申しておりませんでしたか? 私には今年高校2年になる娘がおります」



「高校2ね……じゅ、17歳ですか!?」



「ええ、今年17になります」

 気絶しそうだ……なんなんだこの怒涛の展開は。



「そんな娘さんのプレゼント、私が選んでもいいんですか!?」



「残念ながら私にはこういった相談を出来る女性はいませんで、それで望月さんならば……と思い着いてきていただいたのです」



 そおいうことは早く言ってよ!



 つか、え、ええええええええええっ!?

「お願いします望月さん、どうか年寄を助けると思ってお手伝いください」



 とか言ってるけど、全然引くつもりのない態度だ。



 こ、この人も……もしかして俺サマ系?!



「わかりました。わかりました! 私なんかでよかったら」



「助かります」



「でも、私あんまりブランド品のことわかりませんよ」



「わかっています」


 

 どういう意味だー!



「2つ選んでください」



「2つですか? わかりました」

 うー……ん、17歳がもらって喜びそうなもの……。



 17歳って若いもんなー。私の10個も下だから……。



 ん、10歳……



「10歳!!」



「どうされました!?」



「い、いえごめんなさい」



 

 えっ、私って高校2年生の子と10個も違うの?



 私27歳だよ?



 17-27=10



「きゃあーあーあーあー」



「どうされました?!」

「これなんてどうですか?」



 私は悩んだ結果、私はスマホのケースを選んだ。


 

 バッグやネックレスでもいいんだろうけど、やっぱり毎日使えて学校にも持っていけそうなものがいいんじゃないかと思ったからだ。



 手帳風のケースで、水色……あいや、シアンに黄色と白のストライプが入ってて、ブランドのロゴが開いた内側に入っている。



 どんな女の子かはわからないけど、トウマさんの娘さんなんだからそんなギャルギャルしてないだろうと勝手に推測。



 

 ブランドを主張するようなものより、こういうさりげないやつがいいのではないかな、と思った。


 

 っていうか、私がこれ欲しい。



「いいじゃないですか。さすが女性ですね、私にこのチョイスは出来ませんでした。望月さんに頼んで本当によかった」


 そして、もう一つマスカットグリーンの石がついたキーホルダー。



 選んだ理由は、スマホケースと大体一緒だ。



 っていうか私が欲しい。

「望月さんだったら、どっちがもらってうれしいですか?」



「私ですか? 私だったらそうだなーこっちのキーホルダーかな。色もかわいいし、鍵につけたいな」



「では、こちらを娘にあげましょう」



 と言ってトウマさんはスマホケースを選んだ。



 最後の最後に信用しないとか! ……まぁ、しょうがないけど。

「お待たせしました」



 清算を済ませたトウマさんが戻ってきた。



「では、参りましょう」



 そういってエレベーターのボタンを押す。



「次……ですか?」



「ええ」



「でもこれからトウマさん、娘さんに会うんじゃ」



「そうですよ」

「そうですよって……どういう……」



「望月さんも来てください」



「ほへっ?!」



「望月さんにもきてほしいのです。いいですね」



「い、イヤですよ! そんな!」



「望月さん、貴女は私に逆らってもいいのですか?」



「えーーーーーーーー」

 ついに口に出して叫んだ。



 周りのお客さんがチラチラとこちらを見る。



「お静かにお願いしますよ。望月さん」



「す、すいません……」



 つか、この会社で一番ひどい!



 この俺サマっぷり! 油断してた!

「もちろん、ただとはいいません」



 駐車場に向かう通路の途中で、トウマさんは立ち止まった。



「はあ……」



 言っている意味が分からず、また適当な返事をしてしまう。



「前祝となり恐縮ですが、お受け取り下さい」



 トウマさんはそういうと先ほど清算を済ませたはずの小さな紙袋を私に差し出した。



「え……?」


「お誕生日プレゼントですよ。来月、お誕生日ですよね」



「ええ……でもなんで」



 トウマさんはいつものようにニコリと微笑むと、



「取締役と同じ誕生日でしたので、覚えていたのです。8月8日でしたよね」



「メガネガエルと同じ誕生日?」



「メガネ……なんですか?」

「い、いえ! でで、でも! このプレゼントは娘さんの……」



 トウマさんは人差し指を立て、口に持っていくと『しーっ』と私が話すのを制した。


 そして、手に持ったもう一つの紙袋を指差した。



「あ……」



 二つ、買ってたんだ……。



「お付き合い、いただけますね?」



 おそるおそる差し出された紙袋を受け取る。

「喜んで……お付き合いさせていただきます……」



 なんてずるい戦法なんだ! こんなの絶対にイヤって言えないじゃないか!



「でも本当にいいんですか? 私がいて……奥さんとか……」



「妻とは……恥ずかしながら数年前に離婚しまして、実は娘と会うのは久しぶりなんです。私が望んだことではあるのですが……、男親なので急に二人で会っても会話に困りますので……」



 とトウマさんは少し顔を赤らめて頭をかいた。

 萌え!



 ……あ、いやいや。



 そういう背景があったのか……。



「そういうことなら……はい。わかりました」



 トウマさん、こんなのずるいですよ……。



 こんなの、私辞めるに辞めれないじゃないですか……。

 娘さんとの待ち合わせ場所は、池袋のとあるハンバーグレストラン。


 状況を説明すると、……私の目の前には顔を赤くして石化しているトウマさん。

 


 そして、私の隣には……ある意味予想通りの黒く長い髪が綺麗な娘さん。



 彫りの深いタイプのトウマさんと似て、顔のパーツはそれぞれしっかりしてキレイだ。



 気は強そうだけど、口数はあまり多くなさそうな感じ……。



「あ、あの……トウマさん……」



「はっ、乾杯だね! 乾杯!」



 黙りこくっているトウマさんに声を掛けると、目の前のお水の入ったグラスで乾杯しようとしだした。



「ち、違いますって! あの……紹介を……」



「ああ、そうか。そうですね」



 そう、トウマさんはテーブルに座って今の今まで一言もしゃべっていなかった。

「この子は娘の美冬(ミト)です」



「……こんばんは」



「どうも」



 ミトちゃんは少しだけ私を見て軽くお辞儀をした。



「そしてこちらの女性はお父さんが働いている会社の仲間、望月あんこさんだ」



 再度おじぎをする。

「……」



「で?」



「……は?」



 ミトちゃんはそのまままた黙ってしまったトウマさんに話の続きを促した。


 だけどトウマさんはそのサインに気付いていない。



 ……あの寡黙で落ち着いたトウマさんはどこへ……



「なんでお父さんの会社の人がここにいるの?」



 とても良い質問ですね。



「もしかして、この人と付き合ってるなんて……言わないよね?」



 眼つきが鋭い訳でもないのに、ミトちゃんのトウマさんを見る眼が怖かった。



「違うよミトちゃん……あのね」



「いいんです望月さん。私が自分で言います」

 少し落ち着いた(?)のか、トウマさんは私の弁明をさえぎって言った。



「……お父さんな、ミトと久しぶりに会うからなにを喋ったらいいのか分からなくてな。若い女性がいてくれたら少しは話せるかと思って来てもらったんだ」



 あっちゃー!



 心の中で私は叫んだ。



 私も父親が苦手だったのでミトちゃんの気持ちがよくわかる。分かるから次にミトちゃんがトウマさんに何を言うかも大体想像がつくんだよなぁ……。

「なにそれ。バカみたい」



 ほらきた。



 トウマさんは、悲しそう顔でミトちゃんを見ている。


 

 ……うー。


「トウマさん! バカにしているんですか!!」



 バン、とテーブルを叩き大声でトウマさんに叫んだ。



「も、望月さん……?」



 唖然とする二人。



 うう、恥ずかしい……。けど、ここを突破するには……



「私はいいです! 部下なんですからっ! でもミトちゃんの立場になってみてください!

 久しぶりにお父さんに会って……本当は色んな話があるのに急に若い女の人連れてきたらどう思いますか?

 やましい関係じゃなくてもムカつきますよ!


 大体デリカシーがなさすぎるんです!」



 トウマさんを指差しながら怒鳴る。


 問題は次だ……こんなの言っていいのかなぁ……ダメだよな……



 でも、いいや!


「そんなことだから奥さんと娘さんに逃げられるんですよ!!」



 言っちゃったーー!!



 逃げられたのかどうかもちゃんと知らないのに啖呵きっちゃったーー!



「ちょっと、なんであなたにそんなこと言われなきゃいけないんですか!」



 立ち上がるミトちゃん。



「い、いや私はミトちゃんを思って……」

「家族でもない人にそんなこと言われたくないです!」



「そ、そうだよねー」



 うう、すごい気迫。負けそうだ……さすがトウマさんの娘。


 私はたじろぎながらトウマさんをチラリと見る。



「……!」



 トウマさんは気付いてくれたようだ。

「悪かった! 悪かったよミト! ……望月さん、悪いが今日は引き取ってくれませんか」



「え! なにしにきたんですか私!」



 わざとらしくないかな……。



「いいから! 今度埋め合わせをするから、今日は帰ってくれ!」



 そうそう、それ! バッチリですよトウマさん!



「じゃあ、……そうします。お疲れ様でした」



 バッグを肩にかけると店を出た。

 店員さんの「あ……ありがとうございました」という気まずそうな声に苦笑いで応え、通りに出た。








「……っぷはぁああああ~~」



「こここ、怖かった……。女子高生って怒ったらあんな顔出来るの?」



 ミトちゃんの前ではなんにも喋れないトウマさんを思い出す。



「あのトウマさんにあんなカワイイところがあるなんて……」



 思い出すと笑えてきた。

 他の人の前ではあんなに俺サマなのに……。



 ていうか、よくよく思い返してみればトウマさんって私だけじゃなくって誰に対しても俺サマだよね?



 丁寧な言葉と落ち着いた物腰だから、誰も気づいていないけどあれはかなりのものだよ。



「……でもそんなトウマさんの弱点が……ぷぷぷ」



 思い出すとまた笑える。なんだかんだで私は楽しかったのかもしれない。

 駅に向かって歩きながら今日一日を振り返ってみる。



 今日はとんでもない一日だった。



 すごく長くて、一瞬で過ぎ去った感じがする。



 それでもやっぱり、一番の出来事はハルくんのことだ。


 正直、もう辞めちゃおうかと思ったけど……元はと言えば私が全ての原因なわけで……。


 

 やってしまったことは取り消せない。……でも、やっぱりもう少し頑張ってみようと思った。



 ハルくんにきちんと話して、謝ろう。



 そして、できればまた元に戻してもらおう。



「……ワイロ貰っちゃったしね……」



 バッグの中からトウマさんに貰ったキーホルダーが入った紙袋を出した。



『チャリン』

「……チャリン? なんだろ」



 紙袋の中から小銭のような音が聞こえた。


 もらったキーホルダーの音じゃないような気がして、中身を確かめてみた。



「お金?」



 紙袋の中には、やっぱり小銭が入っていた。


 数えてみると130円あった。



 なんだろうと思い、紙袋からキーホルダーを取り出しよく見てみた。



 すると、四つ折りにされたメモが入っている。

「……?」



 片手に130円を握りながら、そのメモを開いてみた。



【帰りの電車賃です。今日はありがとうございました。やはり望月さんに来てもらって正解でした】



 と達筆なペン字で書かれていた。



「帰りの電車賃……って」



 考える。

「レストランでこんなメモ書けるわけないよね……? じゃあ、もしかしてこれ買ったときに……?」



 ぞわぞわと身震いする。



 つまり、どういうことだろう。



 もしかして、こういうことなのかな……。





「こうなるって計算してたってわけ!?」






 スタミナ丼店の前で「エスパーかーー!」と叫び、ティッシュ配りのギャルがビビっていた。











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