第8話 祖母の弟子



「おや? 可愛らしい嬢ちゃんだねぇ? 新入りの侍女かい?」



 恋花れんかが中の蒸気に当てられていると、そこから一人の女性が出てきた。恰幅がよく、親しみを感じる笑顔。恋花を見下ろせるくらい背が高く、廊下側にいる紅狼こうろうと同じか少し低いくらいに思えた。


 その体格の良さに少し驚いてしまったが、挨拶がまだだと恋花は姿勢を正した。



「……はじめまして。こう恋花と申します」



 人間への挨拶など、祖母に化けていた九十九つくもりょう以外久方ぶりなため、少しぎこちないが出来ていたと思う。


 女性からは、また『おや』と言われて、肩を軽く叩かれたのだ。



「あんたが、玉蘭ぎょくらん師父シーフーのお孫ちゃんかい!? ちっちゃかったのが随分と大きくなって!!」

「!? え……私、を知って?」

「ああそうさね。だいぶ昔だけど、会いに行ったことはあるさ。あたしは、崔廉さいれんってもんだ。点心局の今の長だよ」



 恋花が物心つくかどうかに会いに来たのであれば、梁が祖母に化けるかどうかの時期か。ちらりと梁を見ても、彼は首を左右に振るだけだ。


 しかし、崔廉に質問などをしている場合ではない。ここで働けるかどうかを、この女性に決めてもらわなくてはいけないのだ。恋花の異能である先見では、対象者の心情を夢で視る能力を可能にしている訳ではない。あくまで、先の世にある『麺麭パン』を作れるくらいなのだから。



「崔廉殿。彼女がここで働けるかの審査をしてもらいたい」



 紅狼が間に立ってくれると、崔廉の目つきが少しだけ変わった。目は笑ってはいても、好奇の色が滲み出したのだ。あの目つきは知っている。梁が化けていた玉蘭が、恋花に向けてきた麺麭作りへの純粋な興味の表情と。あの時の中身は、梁なのか玉蘭なのかはわからないが……崔廉は、現役の料理人なのでそれは色濃く面に出しやすいのだろう。



「ここでか? 師父の孫だからって、あたしゃ容赦しないよ?」

「それは、彼女の品を口にしてからでいい。恋花、頼んでいたものは?」

「は、はい!」



 梁に持たせていた包みを受け取り、布を外してから崔廉の前に差し出す。今朝早くに梁と一緒に作った、『あんぱん』だ。紅狼に食べてもらったのよりは少し小ぶりに仕立て、餡はたっぷりにしてある。


 包子パオズとは違う、焼いたそれに崔廉は驚いたのか……ひとつ掴んで、鼻まで近づけて匂いを嗅いだ。



「……なんだい、こりゃ? 胡麻が載せてあるけど」

「……麺麭と言います。包子のように、中には餡が入れてあります」

「……ぱん?」

「俺も食わせてもらったが、すごく美味だ」

「へー? 武官が言うくらいなら」



 と言って、躊躇うこともなく、豪快にかぶりついた。恋花は少し不安を抱きながら、崔廉の口からどのような言葉が出るかを待った。


 横に来た梁に、軽く肩を叩かれても安心する気持ちにはなれず、崔廉があんぱんを飲み込むのを待つ。よく咀嚼し、味わいを確かめるようにして飲み込んだ崔廉は。


 手元に残ったあんぱんを持ったまま、空いている腕を使って恋花に抱きついてきたのだ。



「!?」

「合格さね! あんたは凄いよ!! さすがは師父の孫だ!」



 と言って、ぐりぐりと痛いくらいに恋花の頭に顎を乗せてきた。喜びの表れなのだろうが、そこまで感心させるとは思っていなかったので、恋花はびっくり以上に惚けてしまう。



「なら、崔廉殿。恋花を頼めるか?」

「もちろんさ。緑玲りょくれいへの点心作りにも加わらせていい!」

「りょく……れい?」

「李武官の従姉妹様だよ。……事情知らせてないのかい?」

「正式に決まってからだと思ってな」



 とにかく、審査には合格して勤め先が出来たこととなり。


 他の点心局の料理人らにも、あんぱんを食べてもらうこととなった。

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