第壱話 或る社員
横浜。日本の海の玄関口として、物は勿論、人の出入りも絶えない街。その中の、鉄橋や背の高いビルが立ち並ぶ何の変哲もない街路の一つに「武装探偵社」という探偵事務所がある。レンガ調のレトロな外壁が施された建物の四階にあるその事務所は、表向きは普通の探偵だ。しかし、構成する者
「谷崎さん、今日の社の人達の雰囲気、
社員である
「皆普段通りに過ごしているはずなのに、何かが違うというか、、、」
「
敦の横に
「今日は社員の一人が帰ってくるから。」
敦は驚いたように目を見開いた。
「まだ他にも社員がいるんですか?」
「うン。敦君はまだここに入って日が浅いから知らないと思うンだけど、実は
―
もう一回
「あれ?、、、乱歩さん、机の上に駄菓子が無いし、
うンうン、と谷崎が肯定する。
「凄いよ敦君、大分
谷崎に褒められ、敦は照れたように笑う。
「ありがとうございます、、でも僕、あんなにそわそわしてる乱歩さんと与謝野さん初めて見ました。」
普段の二人の様子を見ていると緊張とは無縁の世界に住んでいそうなものなのに、と敦が呟く。
「
谷崎が
「その社員って、どんな人なの。」
―
「えっ鏡花ちゃん、その報告書全部書き終わったの!?」
机に置かれた束を見た敦が驚きの声を上げるのに対し、鏡花は何気ない様に
「今回は量が少なかったし、そこまで大きな仕事じゃなかったから。それで、さっき言ってた女性社員ってどんな人なの。」
社員に興味を示す鏡花の横に、黄色の髪の少年が並んで
「それ、僕も気になります!」
―
ふと敦は、
「あれ、賢治くんもその社員さんのこと知らないの?」
賢治は敦よりも入社した時期が早い。だから彼も
疑問を浮かべる敦を見て、谷崎が説明を加える。
「
へえ、と三人から声が漏れる。
「入りたての時は、ボクも敦くんみたいに
谷崎は
「谷崎さん、大丈夫ですか?顔色が、、、」
心配して声を掛けた敦に、谷崎は弱々しい声で答える。
「有難う、敦君。
「いくらお姉様についての事でも、やはりお兄様の口からナオミ以外の女性の方のお話が出るのは妬いてしまいますわね。」
―谷崎ナオミ。セーラー服に艶のある黒髪を下ろした女性だ。谷崎潤一郎の妹であり、社の事務員として働いている。兄とはとても仲がいいようだが、今目の前で繰り広げられている様に兄に抱きついて体に手を這わせるなど、過度なスキンシップやあまり二人の仲について追求しないのが社の暗黙の
妹を
「只今戻りました。」
―村上真帆。黒の
『真帆!』
今までの張り詰めた空気が一気に緩み、
「もー!帰ってくるの遅すぎ!僕がどれだけ待ったと思ってるの!」
―
「何処か怪我してるところは無いのかい?あったらすぐ見せな、妾が治してやる。」
―
駆け寄ってきた二人に対し、彼女はふふ、と小さく笑みを零す。
「二人共心配しすぎですよ。怪我もしてませんし、新幹線乗ってる間ぐっすりだったので
と、真帆の視線が谷崎に向けられる。
「ところであの赤い服、、、もしかして谷崎君?わあ、大きくなったね。全然気付かなかったよ。」
真帆は谷崎に近付き、笑顔を見せる。
「お久しぶりです真帆さん。お陰様で、何とかやれてます。」
そう
「ナオミちゃんも元気そうで良かった。」
「お久しぶりですわお姉様。お姉様もお変わり無いようで、安心しましたわ。」
ナオミも嬉しそうに微笑み
二人と軽い挨拶を交わすと、今度は敦や鏡花を見て目を輝かせる。
「それで、この子達が最近入社したっていう子達かな?私は村上真帆。好きに呼んでもらって大丈夫だよ。ええっと、中島敦君に、泉鏡花ちゃん、宮沢賢治君だよね?先輩としては
話を聞いていた賢治が目を丸くする。
「凄い、自己紹介しなくても僕達の名前当たってます、、、!やっぱり都会ってすごいんだなあ。」
やっぱり賢治君って、着眼点が普通の人とずれてるような、、、そう敦が苦笑していると、真帆が答える。
「三人のことは他の社員から一通り聞いてたからね。でも残念、私は都会出身じゃないよ。」
賢治が驚いた表情を見せる。
「そうなんですか?」
「うん。実は私、愛媛県出身なの。それに島育ちだから、結構田舎から来たんだよ。よく家の近くの山に秘密基地作って、海眺めてたなあ。」
真帆は遠くを見据え、自分の大切な宝物を愛おしく、懐かしむ
「海、、、
ふと、鏡花が尋ねる。
「うん、違うよ。海はね、場所によって全然違って見えるの。横浜の海もとても素敵だと思うけど、やっぱり故郷の、、、あの瀬戸内の、私達が世代を超えて守り、愛してきた海には敵わないかな。」
真帆ははっきりと、自信のある声で
「、、、
鏡花が
「
と答えた。
突然、バンと大きく社のドアが鳴った。
「全員
威圧的な声とともに、
細身の男が、隣に並んでいる大男とは対照的な物腰の柔らかそうな笑みを浮かべ
「突然お騒がせしてしまいすみません。探し物をしているのですが、ご助力願えますか?」
その言葉を聞き、敦はハッとする。
「
敦はズボンのポケットの中から、拾ったばかりの将棋の駒を取り出す。
「
男はほっとしたような表情を見せ、
「待て敦。」
「君、これわざと落としたよね。」
男が乱歩に問い直す。
「と、言いますと?」
乱歩は眼鏡のレンズを光らせると、敦に問いかける。
「敦、
「探偵社のビルの前です。今日の朝、掃き掃除をしていた時に見つけました。」
敦が答えると、乱歩は真っ直ぐと男のほうを見て云った。
「君達は最近、社の周りを
その瞬間、男の眼の色が変わった。
「素晴らしい!流石は世紀の名探偵、江戸川乱歩さんだ。おっしゃる通り、私はわざと将棋の駒を落とし
男はさらにこう告げる。
「私は異能者です。異能は半径10メートル以内の空気中の酸素濃度の操作。また私の隣にいる者達は、ご覧の通り頑強な肉体を持っている。その筋肉は容易に片手で人の骨を握り潰し、頭蓋骨すら素手で砕くことが出来ます。そしてこの時間帯、社の中で唯一異能無効化を持つ社員である、太宰治という社員は外出中の
敦は立ちすくんだ。敵は頭蓋骨を握り潰せるほどの大男と異能者、それも異能者に至っては空気中の酸素を操るという極めて強力で厄介な異能の持ち主。しかも、社員の動向を探り、異能を無効化できる能力を持った社員が居ない時間を狙って来る程の周到性。だが何より、自分の行動により社員が危険な目に遭って居るという事実が敦を恐怖と絶望の淵に追いやった。敦は
そのとき、真帆が敦の肩にポンと手を置いて
「大丈夫だよ敦君。この事態は敦君が招いた訳じゃない。
真帆はそう
「ほう、最初の犠牲者は
男は指示を出そうとして止まった。何故なら、もう既に倒され気絶した大男二人の
「まさか敵拠点に攻め入るのに
真帆はあの一瞬で、大男の腕を掴み流れるような動作で相手の頭を地面に叩き付け気絶させていたのだ。
「なっ、、、」
男は目を疑った。
「あれ、私を一瞬で殺すんじゃなかったの?
真帆の挑発に乗った男が怒りを
「舐めるなよ、女
男が異能力を発動する。が、
「
途端、男から空気が漏れ始めた。
「がッッ、カハッ」
「覚えておいてね。次は
男は為す
「凄い、、、」
敦は驚きの声を上げることしか出来なかった。
「流石はお姉様ですわね」
「
ナオミや与謝野も口々に褒め称える。
「一体
敦が問うと、真帆はごく普通の事の様に答える。
「この人の肺の中にあった空気を操作して酸欠状態にさせたんだよ。私の異能は、相手の異能を操作出来るものなの。」
すると、敦の方を向いた真帆がハッとした様に
「そういえば私、敦くんに
真帆は眉尻を下げ申し訳なさそうに敦から
「
「僕、手伝います!」
賢治はそう
「おお、賢治君力持ちだね。」
真帆もこれには驚いたようで、
賢治が細身の男も同じ様に持ち上げようとすると、真帆から
「あ、
と声が掛かった。
「敦君、
「あ、はい」
真帆は駒を受け取ると、男の懐にしまい込んだ。
「返して大丈夫だったんですか?」
敦が尋ねると、真帆は苦笑いで答える。
「また襲われでもしたら嫌だからね。でも、そのまますんなり返すわけじゃないよ。」
真帆は顔を上げ、与謝野に目線を向ける。
「与謝野さーん、あれ貰えますかー?」
「はいよ。」
与謝野は棚から小さな部品を取り出し、真帆に投げ渡した。
「ありがとうございまーす。」
真帆はお礼を
「真帆さん、
敦は
「GPSだよ。これでこの人達の拠点の場所が判る。」
「其れって大丈夫なんですか、、、?」
敦は不安げに問いかける。すると、それを聞いた与謝野も悔しそうに
「敦の
敦は心の中で、そういうことじゃないんだけどな、、、とツッコミを入れる。と、真帆が質問に答える。
「半殺しにして返したら、余計敵の怒りを買いますからね。でも、今回は与謝野さんの気持ちも
先程の男の言葉を思い出したのか、真帆が苛立ちを隠せない様子で
「僕、真帆があんなに怒ったところ久しぶりに見たよ。」
乱歩は机の上に座り、駄菓子を食べ
「だって頭来たんですもん。思い出しただけでイライラする。」
真帆は敦に向き直り、力強い眼差しで
「
敦はあっけに取られた。真逆、自身が
「
敦の笑顔を見てようやく怒りが収まったらしい真帆は、満足そうに頷いた。
不意に賢治が声を掛ける。
「もう捨てちゃっても大丈夫ですかー?」
真帆が立ち上がり、くるりと賢治の方を向く。
「うん、もう大丈夫だよ。片付けありがとう。」
「はい!」
賢治が片付けをしていると、階段を上る足音が聞こえてくる。丁度外回りに出ていた二人が帰ってきたようだ。
再び、探偵社の
「太宰、国木田、只今戻りました。」
―国木田独歩。髪を後ろで一つに束ね、細長い角眼鏡を掛けた人物だ。「理想」と書かれた手帳を
「お、久しぶりだね二人共。」
「おや真帆さん。お久しぶりです。
―太宰治。砂色の
太宰が手を差し伸べようとしたその時、真っ直ぐな直線を描いた拳が太宰の頭を直撃した。
「痛っった!」
しゃがみ込み頭を手で押さえている太宰を横目に、国木田は真帆に謝りを入れる。
「済みません真帆さん。真帆さんが戻られるまでにこの
「この性格はもう直しようがないからね。」
仕方ないよ、と、真帆は諦めた様に肩をすくめた。
暫く談笑していると、国木田の背後から凛とした声が社内に響く。
「今戻った。」
―武装探偵社社長、福沢諭吉。緑の着物に黒地の羽織を纏い、荘厳な雰囲気を醸し出している。武装探偵社、そして一癖も二癖もある社員達を取り纏めているのが
全員が社長の方に向き直り、次の言葉を待つ。
「社の下で男性が三人倒れていた。心当たりはあるか?」
福沢が問うと、真帆が一歩進み出て発言する。
「はい。襲撃されましたので、私が応戦しました。」
福沢の顔が一層強ばり、語気が強められる。
「怪我は」
「特に問題ありません。社員も全員無事です。」
真帆は怯む事無く、真っ直ぐと福沢を見つめ答える。すると緊張した空気が少し緩み、福沢が溜息を吐いた。
「出払っていたとはいえ、手間を掛けさせて済まなかった。」
「構いませんよ。私も久しぶりに
真帆が朗らかに笑うと、福沢も少しだけ安堵した表情を見せる。
「
「承知しました。」
真帆の言葉を聞き届けると、福沢は羽織を翻して社の奥にある社長室へと入っていった。
社長が
「
「なっ太宰!真帆さんはたった今社長から直々に休暇を取るよう
国木田が反論すると、真帆が国木田を諌める様に
「私は特に問題ないよ、国木田君。それで、手伝いって何をすればいいの?」
太宰はニヤリと笑みを浮かべて
「敦君に、異能の制御の方法を教えてあげて欲しいんです。」
ヒュッと、谷崎の顔から血の気が引き青白くなる。
「えっ、僕、ですか?」
「然う。敦君に。」
その瞬間、真帆の纏う空気ががらりと変わった。
「構わないけど、いいの、私で?」
先程闘っていた時と同じ、見るだけで悪寒が走り本能的に逃げ出したくなる
「はい。
太宰もそれに呼応するように、にっこりと黒い笑みを浮かべる。
真帆さんに、異能の制御の方法を教わる。彼は
文豪ストレイドッグス~村上海賊編~ ちむ @kyorochann
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。文豪ストレイドッグス~村上海賊編~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
君はまだ知らないままで/微風 夜空
★3 二次創作:文豪ストレイドッ… 連載中 25話
犠牲の上に/雨窓美玲
★6 二次創作:文豪ストレイドッ… 完結済 3話
名探偵は今日も……?/なつ
★0 二次創作:文豪ストレイドッ… 連載中 3話
短編(22歳~)/ちくわ書房
★8 二次創作:文豪ストレイドッ… 連載中 14話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます