第壱話 或る社員

 横浜。日本の海の玄関口として、物は勿論、人の出入りも絶えない街。その中の、鉄橋や背の高いビルが立ち並ぶ何の変哲もない街路の一つに「武装探偵社」という探偵事務所がある。レンガ調のレトロな外壁が施された建物の四階にあるその事務所は、表向きは普通の探偵だ。しかし、構成する者ほとんどが異能を持っており、この街の昼と夜、表社会と裏社会の境目を取り仕切る役目も担っている。そんなこの会社だが、今日は何時いつもと様子が違うようで―


「谷崎さん、今日の社の人達の雰囲気、何時いつもと違う感じがしませんか?」

 社員である中島敦なかじまあつし何処どこと無く、此の妙に気が張った落ち着かない空気に違和感を覚えていた。

「皆普段通りに過ごしているはずなのに、何かが違うというか、、、」

嗚呼ああ、それはね」

 敦の横にた、谷崎と呼ばれた青年が答える。

「今日は社員の一人が帰ってくるから。」

 敦は驚いたように目を見開いた。

「まだ他にも社員がいるんですか?」

「うン。敦君はまだここに入って日が浅いから知らないと思うンだけど、実は此処ここにはもう一人、古株の女性社員がいるンだ。今日はその人が長期任務を終えて帰ってくる日だから、みんなそわそわしてるンじゃないかって。れを、敦君も感じ取ったンじゃないかな?」

 ―谷崎潤一郎たにざきじゅんいちろう。赤いスウェットを腰に巻き、横髪を髪留ピンで留めた青年だ。敦よりも先輩だが、気さくで面倒見が良く社の仲間から頼られることも多い。

 もう一回く見てみるといよと谷崎に言われ、敦は改めて周りを見渡す。すると、敦がぼんやりと感じていた社員達の違和感が、少しずつはっきりと見えてきた。

「あれ?、、、乱歩さん、机の上に駄菓子が無いし、先刻さっきからずっとドアのほうを見てるような、、、それに与謝野さんも何時いつもより落ち着きが無い、、、?」

 うンうン、と谷崎が肯定する。

「凄いよ敦君、大分わかようになッてきたね。」

 谷崎に褒められ、敦は照れたように笑う。

「ありがとうございます、、でも僕、あんなにそわそわしてる乱歩さんと与謝野さん初めて見ました。」

 普段の二人の様子を見ていると緊張とは無縁の世界に住んでいそうなものなのに、と敦が呟く。

嗚呼ああ、あの二人にとッての人は妹みたいな存在だッて聞いたことがあるから、何時いつもより気が張ってるのかもしれないね。」

 谷崎がう答えると、不意に隣から声が掛かった。

「その社員って、どんな人なの。」

 ―泉鏡花いずみきょうか。赤い着物を着て髪を二つくくりにした女の子で、社の中では年齢も経歴も最年少に当たる。しかし実力は折り紙付きで、仕事も早い。事務作業をしていたようだがもう終わったらしく、机の上には記入済みの報告書の束が置かれていた。

「えっ鏡花ちゃん、その報告書全部書き終わったの!?」

 机に置かれた束を見た敦が驚きの声を上げるのに対し、鏡花は何気ない様にう。

「今回は量が少なかったし、そこまで大きな仕事じゃなかったから。それで、さっき言ってた女性社員ってどんな人なの。」

 社員に興味を示す鏡花の横に、黄色の髪の少年が並んでう。

「それ、僕も気になります!」

 ―宮沢賢治みやざわけんじ。デニム生地の作業服オーバーオールを着て麦わら帽子を首から下げている男の子だ。温厚な性格で顔が広く、近隣に住む人々からもく慕われている。

 ふと敦は、先刻さっきの賢治の発言について引っかかる点を見つけた。

「あれ、賢治くんもその社員さんのこと知らないの?」

 賢治は敦よりも入社した時期が早い。だから彼もの社員について何か知っているのだと思い込んでいたが、違ったようだ。

 疑問を浮かべる敦を見て、谷崎が説明を加える。

嗚呼ああ、賢治くんが入社したのは彼女が任務に向かッた後だッたもンね。それで、彼女―真帆まほさんの事なンだけど、名前は村上真帆むらかみまほ。与謝野さんに次ぐ古株で、ボクの教育係だったんだ。」

 へえ、と三人から声が漏れる。

「入りたての時は、ボクも敦くんみたいにくくッ付いて色々教えてもらッたよ。報告書の書き方とか、任務ごとの対応の仕方とか。、、、然うえば」

 谷崎はいかけると途端に顔色が悪くなり、何か嫌な思い出を思い出した様に顔を伏せる。

「谷崎さん、大丈夫ですか?顔色が、、、」

 心配して声を掛けた敦に、谷崎は弱々しい声で答える。

「有難う、敦君。一寸ちょっと昔の事を思い出しちゃッてね、、、話が少しそれちゃッたけど、取り敢えず真帆さんはとっても頼れる先輩だから、安心して大丈夫だよ、、、ッてちょ、ナ、ナオミ!」

「いくらお姉様についての事でも、やはりお兄様の口からナオミ以外の女性の方のお話が出るのは妬いてしまいますわね。」

 ―谷崎ナオミ。セーラー服に艶のある黒髪を下ろした女性だ。谷崎潤一郎の妹であり、社の事務員として働いている。兄とはとても仲がいいようだが、今目の前で繰り広げられている様に兄に抱きついて体に手を這わせるなど、過度なスキンシップやあまり二人の仲について追求しないのが社の暗黙の規則ルールとなっている。

 妹をかせた悪いお兄様にはしつけが必要ですわね、とナオミが意気込んだ丁度その時、探偵社のドアノブがガチャリと回された。

「只今戻りました。」

 ―村上真帆。黒の長裳ロングスカートに白い襟服シャツを着ていて、その上には空色の長外套ロングコートを羽織っている。首には青いリボンが締められ、襟衣シャツく映えている。髪はうねりの無い黒髪で、頭の上で高くまとめてある。

『真帆!』

 今までの張り詰めた空気が一気に緩み、先刻さっきまでの様子が嘘のように吹き飛んだ乱歩と与謝野が一斉に駆け寄る。

「もー!帰ってくるの遅すぎ!僕がどれだけ待ったと思ってるの!」

 ―江戸川乱歩えどがわらんぽ。茶色の探偵服に帽子を被った社員で、この武装探偵社の中心的存在とえる人物である。真帆に対し怒っている様な口調をしているが、 纏う雰囲気はとても嬉しそうに見える。

「何処か怪我してるところは無いのかい?あったらすぐ見せな、妾が治してやる。」

 ―与謝野晶子よさのあきこ。白い襟衣シャツに黒いスカートを身に着けた女性社員だ。何と無く真帆と服装が似ているが、その首にはリボンではなく黒いネクタイが締められ、短く切られた髪には蝶の髪飾りが留まっている。探偵社では女医をしているためか、真っ先に真帆の体調面の確認をしている。

 駆け寄ってきた二人に対し、彼女はふふ、と小さく笑みを零す。

「二人共心配しすぎですよ。怪我もしてませんし、新幹線乗ってる間ぐっすりだったのでからだも疲れてません。長い間、留守にしちゃってすみませんでした。これからまたよろしくお願いしますね。」

 と、真帆の視線が谷崎に向けられる。

「ところであの赤い服、、、もしかして谷崎君?わあ、大きくなったね。全然気付かなかったよ。」

 真帆は谷崎に近付き、笑顔を見せる。

「お久しぶりです真帆さん。お陰様で、何とかやれてます。」

 そううと谷崎は照れくさそうに笑い、頭を掻いた。

「ナオミちゃんも元気そうで良かった。」

「お久しぶりですわお姉様。お姉様もお変わり無いようで、安心しましたわ。」

 ナオミも嬉しそうに微笑みながら答える。

 二人と軽い挨拶を交わすと、今度は敦や鏡花を見て目を輝かせる。

「それで、この子達が最近入社したっていう子達かな?私は村上真帆。好きに呼んでもらって大丈夫だよ。ええっと、中島敦君に、泉鏡花ちゃん、宮沢賢治君だよね?先輩としては一寸ちょっと頼りないかもしれないけど、これからよろしくね。」

 話を聞いていた賢治が目を丸くする。

「凄い、自己紹介しなくても僕達の名前当たってます、、、!やっぱり都会ってすごいんだなあ。」

 やっぱり賢治君って、着眼点が普通の人とずれてるような、、、そう敦が苦笑していると、真帆が答える。

「三人のことは他の社員から一通り聞いてたからね。でも残念、私は都会出身じゃないよ。」

 賢治が驚いた表情を見せる。

「そうなんですか?」

「うん。実は私、愛媛県出身なの。それに島育ちだから、結構田舎から来たんだよ。よく家の近くの山に秘密基地作って、海眺めてたなあ。」

 真帆は遠くを見据え、自分の大切な宝物を愛おしく、懐かしむような目で答えた。

「海、、、此処ここのものとは違うの?」

 ふと、鏡花が尋ねる。

「うん、違うよ。海はね、場所によって全然違って見えるの。横浜の海もとても素敵だと思うけど、やっぱり故郷の、、、あの瀬戸内の、私達が世代を超えて守り、愛してきた海には敵わないかな。」

 真帆ははっきりと、自信のある声でった。その目には、先程さきほどには無かった力強さが灯っていた。

「、、、貴方あなたがそこまで言う海、私も見てみたい。」

 鏡花がうと、真帆はふわりと笑い

何時いつか、一緒に行けたらいいね。」

 と答えた。

 突然、バンと大きく社のドアが鳴った。

「全員其処そこを動くな!」

 威圧的な声とともに、如何いかにも強そうな、筋肉が服の上からでもわかるほど発達したからだの大男が二人と、比較的細身で若く背の高い男が一人、社の中へ押し入ってくる。全員黒装束を身につけ将棋の駒のついたブレスレットを手首に通し、二人の大男は血と虐殺に飢えた目を炯々けいけいと光らせていた。社員も警戒態勢を取り、武器を構える。

 細身の男が、隣に並んでいる大男とは対照的な物腰の柔らかそうな笑みを浮かべながら口を開いた。

「突然お騒がせしてしまいすみません。探し物をしているのですが、ご助力願えますか?」

 その言葉を聞き、敦はハッとする。

しかして、、、れですか?」

 敦はズボンのポケットの中から、拾ったばかりの将棋の駒を取り出す。

嗚呼ああれです。見つかってよかった。れを此方こちらへ渡して頂けますか?何分なにぶんその駒は私どもにとって非常に大切なものでしてね。」

 男はほっとしたような表情を見せ、此方こちらに駒を渡すよう要求した。敦がれに従い男の前まで行こうとしたその時、突然乱歩から制止の声が掛かった。

「待て敦。」

 何時いつの間にか黒縁の眼鏡を掛けていた乱歩は、全てを見抜いたような目でった。

「君、これわざと落としたよね。」

 男が乱歩に問い直す。

「と、言いますと?」

 乱歩は眼鏡のレンズを光らせると、敦に問いかける。

「敦、れどこで拾った?」

「探偵社のビルの前です。今日の朝、掃き掃除をしていた時に見つけました。」

 敦が答えると、乱歩は真っ直ぐと男のほうを見て云った。

「君達は最近、社の周りをくうろついてた。社員の行動を探り、社員が外に出るタイミングを見計らうためにね。そして今朝ビルの前に駒を落とし、社員に拾わせた。では一体何故なぜ其処迄そこまでして駒を拾わせたかったのか?其れは―将棋の駒を落としたのを口実に探偵社を襲う為だ。」

 その瞬間、男の眼の色が変わった。

「素晴らしい!流石は世紀の名探偵、江戸川乱歩さんだ。おっしゃる通り、私はわざと将棋の駒を落とし其処そこの社員に拾わせました。実は先日、我が組織のおさ殿からの探偵社を潰すよう直々に依頼を受けましてね。本日はの任務遂行の為に伺ったのです。しかし、探偵社の皆さんには襲われる理由がない。そこで私は、社員たった一人がの小さな将棋の駒を拾ってしまったことで、取り返しに来た我々に襲われ無惨な最期を遂げるという状況を作り出そうとしたのです。」

 男はさらにこう告げる。

「私は異能者です。異能は半径10メートル以内の空気中の酸素濃度の操作。また私の隣にいる者達は、ご覧の通り頑強な肉体を持っている。その筋肉は容易に片手で人の骨を握り潰し、頭蓋骨すら素手で砕くことが出来ます。そしてこの時間帯、社の中で唯一異能無効化を持つ社員である、太宰治という社員は外出中のはずだ。つまり貴方あなた方はこの後一瞬にして私達に命を奪われ、死ぬ運命にあるのです。貴方あなたが将棋の駒を拾ってしまったせいで。ねえ、中島敦さん?」

 敦は立ちすくんだ。敵は頭蓋骨を握り潰せるほどの大男と異能者、それも異能者に至っては空気中の酸素を操るという極めて強力で厄介な異能の持ち主。しかも、社員の動向を探り、異能を無効化できる能力を持った社員が居ない時間を狙って来る程の周到性。だが何より、自分の行動により社員が危険な目に遭って居るという事実が敦を恐怖と絶望の淵に追いやった。敦は此処ここに来る前にいた孤児院で虐待を受けていた。自分の存在を否定され、罵られ、蔑まれた。だからこそ、自分が将棋の駒を拾ってしまったせいで社員が死ぬという男の言葉は誰よりも深く彼の心を抉ったのだ。自分のせいで、自分のせいで、自分のせいで、、、自責の念が敦の脳を埋め尽くし、支配していく。

 そのとき、真帆が敦の肩にポンと手を置いてった。

「大丈夫だよ敦君。この事態は敦君が招いた訳じゃない。れにこんな人達、私が全員まとめて返り討ちにしてやるから。あと、悪いんだけど少しの間だけこれ持ってて。」

 真帆はそうって外套コートを敦に預けると、敵の前に立ちはだかった。

「ほう、最初の犠牲者は貴方あなたですか。調査の段階では見たことのない顔ですが、まあ問題ないでしょう。では諸君、彼女を苦しまぬよう一瞬で―」

 男は指示を出そうとして止まった。何故なら、もう既に倒され気絶した大男二人のからだが地面に転がっていたからだ。

「まさか敵拠点に攻め入るのに短刀ナイフ一本も所持してないとは驚いたよ。まあ、お陰で楽に倒せたから良かったけど。」

 真帆はあの一瞬で、大男の腕を掴み流れるような動作で相手の頭を地面に叩き付け気絶させていたのだ。

「なっ、、、」

 男は目を疑った。の隙に、真帆は左手で男の肩を掴む。

「あれ、私を一瞬で殺すんじゃなかったの?しかして、、、自分より強いあの男達二人が倒されて、怖くて動けない?」

 真帆の挑発に乗った男が怒りをあらわにする。

「舐めるなよ、女風情ふぜいが、、、!」

 男が異能力を発動する。が、何故なぜか上手く制御できない。

先刻さっき君は、探偵社の中で異能無効化を持つのは一人だけだとった。でもね、彼の異能に匹敵する能力を持つ人物がもう一人存在するの。私の異能は、異能に触れることでその異能自体を操作する。能力名は―さざなみ。」

 途端、男から空気が漏れ始めた。

「がッッ、カハッ」

「覚えておいてね。次は貴方あなたの息の根止めるから。」

 男は為すすべの無いまま、あっという間に気を失った。

「凄い、、、」

 敦は驚きの声を上げることしか出来なかった。

「流石はお姉様ですわね」

り真帆がると早く片付くから楽だねぇ」

 ナオミや与謝野も口々に褒め称える。

「一体如何どうやって、、、」

 敦が問うと、真帆はごく普通の事の様に答える。

「この人の肺の中にあった空気を操作して酸欠状態にさせたんだよ。私の異能は、相手の異能を操作出来るものなの。」

 すると、敦の方を向いた真帆がハッとした様にう。

「そういえば私、敦くんに外套コート渡したままだったね。持ってくれて有難ありがとう。助かったよ。」

 真帆は眉尻を下げ申し訳なさそうに敦から外套コートを受け取ると、ふわりと袖に手を通した。

却説さて、と。倒したはいいもののこの人達如何どうやって片そうか、、、」

「僕、手伝います!」

 賢治はそううと伸びている大男を担ぎ、次々に窓から外へ落としていった。

「おお、賢治君力持ちだね。」

 真帆もこれには驚いたようで、驚嘆きょうたんの声を上げた。先刻さっき自分もあの大男達を軽々と地面に打ち付けていたのに、と敦は少し面食らう。

 賢治が細身の男も同じ様に持ち上げようとすると、真帆から

「あ、一寸ちょっとその人は待って。」

 と声が掛かった。

「敦君、先刻さっきの駒まだ持ってる?」

「あ、はい」

 真帆は駒を受け取ると、男の懐にしまい込んだ。

「返して大丈夫だったんですか?」

 敦が尋ねると、真帆は苦笑いで答える。

「また襲われでもしたら嫌だからね。でも、そのまますんなり返すわけじゃないよ。」

 真帆は顔を上げ、与謝野に目線を向ける。

「与謝野さーん、あれ貰えますかー?」

「はいよ。」

 与謝野は棚から小さな部品を取り出し、真帆に投げ渡した。

「ありがとうございまーす。」

 真帆はお礼をながら受け取ると、男が付けている腕輪ブレスレットにその部品を取り付ける。

「真帆さん、れって、、、」

 敦は真逆まさかと思いながら真帆に確認する。

「GPSだよ。これでこの人達の拠点の場所が判る。」

「其れって大丈夫なんですか、、、?」

 敦は不安げに問いかける。すると、それを聞いた与謝野も悔しそうにった。

「敦のう通りだよ。本当にGPS付けただけで返しちまッていいのかい?あたしはもっと半殺しになるまで痛めつけてやった方がいと思うんだけどねェ、、、」

 敦は心の中で、そういうことじゃないんだけどな、、、とツッコミを入れる。と、真帆が質問に答える。

「半殺しにして返したら、余計敵の怒りを買いますからね。でも、今回は与謝野さんの気持ちもわかります。社員を利用するなんて許せません。」

 先程の男の言葉を思い出したのか、真帆が苛立ちを隠せない様子でう。

「僕、真帆があんなに怒ったところ久しぶりに見たよ。」

 乱歩は机の上に座り、駄菓子を食べながう。

「だって頭来たんですもん。思い出しただけでイライラする。」

 真帆は敦に向き直り、力強い眼差しでった。

い、敦君。先刻さっきあの男が云ってたことは信じちゃ駄目だよ。あの駒は誰が拾ってもおかしくなかった。だから、敦君が気に病む必要はないの。わかった?」

 敦はあっけに取られた。真逆、自身がわれた訳でも無いのに自分の事のように考え、怒ってくれる人がいるなんて。敦はそのことが嬉しく、優しく笑って言葉を返す。

わかりました。心配してくれて、ありがとうございます。」

 敦の笑顔を見てようやく怒りが収まったらしい真帆は、満足そうに頷いた。

 不意に賢治が声を掛ける。

「もう捨てちゃっても大丈夫ですかー?」

 真帆が立ち上がり、くるりと賢治の方を向く。

「うん、もう大丈夫だよ。片付けありがとう。」

「はい!」

 賢治が片付けをしていると、階段を上る足音が聞こえてくる。丁度外回りに出ていた二人が帰ってきたようだ。

 再び、探偵社の栗皮くりかわ色のドアが開かれる。

「太宰、国木田、只今戻りました。」

 ―国木田独歩。髪を後ろで一つに束ね、細長い角眼鏡を掛けた人物だ。「理想」と書かれた手帳を何時いつも持ち歩いており一見堅物そうに見えるが、仲間思いな一面も多々見られる。

「お、久しぶりだね二人共。」

「おや真帆さん。お久しぶりです。嗚呼ああ、しばらく逢っていなかったせいもありますが今日は今迄いままでよりも更に美しさに磨きがかかり、凛とした睡蓮の様な美しさを感じさせる。どうかこのまま私と心中など、、、」

 ―太宰治。砂色の外套コートを身にまとい、首にあお色のループタイを着用した男性だ。先程の男がっていた様に異能無効化の能力を持つ人物だが自他共に認める程自殺嗜好マニアで、出逢う女性を手当り次第に口説き心中に誘っている。

 太宰が手を差し伸べようとしたその時、真っ直ぐな直線を描いた拳が太宰の頭を直撃した。

「痛っった!」

 しゃがみ込み頭を手で押さえている太宰を横目に、国木田は真帆に謝りを入れる。

「済みません真帆さん。真帆さんが戻られるまでにこの唐変木とうへんぼくの捻じ曲がった性格を叩き直す心算だったのですが、、、」

「この性格はもう直しようがないからね。」

 仕方ないよ、と、真帆は諦めた様に肩をすくめた。

 暫く談笑していると、国木田の背後から凛とした声が社内に響く。

「今戻った。」

 ―武装探偵社社長、福沢諭吉。緑の着物に黒地の羽織を纏い、荘厳な雰囲気を醸し出している。武装探偵社、そして一癖も二癖もある社員達を取り纏めているのがの人物だ。普段は水面の様に落ち着いた印象だが、今日は何処どこか少しだけ苛立っているように見える。

 全員が社長の方に向き直り、次の言葉を待つ。

「社の下で男性が三人倒れていた。心当たりはあるか?」

 福沢が問うと、真帆が一歩進み出て発言する。

「はい。襲撃されましたので、私が応戦しました。」

 福沢の顔が一層強ばり、語気が強められる。

「怪我は」

「特に問題ありません。社員も全員無事です。」

 真帆は怯む事無く、真っ直ぐと福沢を見つめ答える。すると緊張した空気が少し緩み、福沢が溜息を吐いた。

「出払っていたとはいえ、手間を掛けさせて済まなかった。」

「構いませんよ。私も久しぶりにからだを動かせたので、良かったです。」

 真帆が朗らかに笑うと、福沢も少しだけ安堵した表情を見せる。

うか。長期任務ご苦労であった。報告はまた後程こう。しっかりと体を休め、これからの業務に備えるように。」

「承知しました。」

 真帆の言葉を聞き届けると、福沢は羽織を翻して社の奥にある社長室へと入っていった。

 社長がなくなったのを確認すると、太宰が意気揚々と口を開く。

却説さて、社長への帰還報告も無事済んだことだし。真帆さん、一寸ちょっと手伝って頂きたいことがあるんですが構いませんか?」

「なっ太宰!真帆さんはたった今社長から直々に休暇を取るようわれたばかりだぞ!」

 国木田が反論すると、真帆が国木田を諌める様にう。

「私は特に問題ないよ、国木田君。それで、手伝いって何をすればいいの?」

 太宰はニヤリと笑みを浮かべてった。

「敦君に、異能の制御の方法を教えてあげて欲しいんです。」

 ヒュッと、谷崎の顔から血の気が引き青白くなる。

「えっ、僕、ですか?」

「然う。敦君に。」

 その瞬間、真帆の纏う空気ががらりと変わった。

「構わないけど、いいの、私で?」

 先程闘っていた時と同じ、見るだけで悪寒が走り本能的に逃げ出したくなるような目で問いかける。

「はい。しっかり付けて下さると助かります。」

 太宰もそれに呼応するように、にっこりと黒い笑みを浮かべる。

 真帆さんに、異能の制御の方法を教わる。彼はだこの言葉がどんな意味を持つのか、知るよしもなかった―

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文豪ストレイドッグス~村上海賊編~ ちむ @kyorochann

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