必要な嘘

 「織田方の!何をする気だ!?」


 「あなたは黙っててください。与作さん?治しても問題ないですよね?」


 「あ、いえ・・・自分は案内人や飛脚の者でして・・・あまり分からないのでございます・・・」


 「それを我等は甲府病と言ったり、農奴病やら、はらっぱりなどとも言ったりする」


 「あ、矢沢様。ちょうど良かったです。この方を治しても?」


 「いや、さすがの剣城殿も不治の病は治せないでしょう。要らぬ期待を持たせるのはどうかと思いますよ」


 「いや、不確かな事ではなく、オレは治る。治せる。と言っているのですがね。必要な嘘ならオレは吐きますが、これは嘘ではありませんよ。あぁ、旦那さん。オレは織田家の人間です。良ければこれをお飲みください」


 「め、滅相もございません!薬なんていただいてもお代なんて払えやしないので堪忍してくだせぇ〜」


 「ったく・・・毎回こうだよ。説明が面倒だ。矢沢様。あなたはオレ達の世話役ですよね?」


 「・・・・あぁ。一応そういう風になってはおりまするが・・・」


 「この病は日本住血吸虫と言います。人間を含む哺乳類全般の血管内部に寄生感染する病です。まぁ詳しく言っても分からんでしょうけどね。端的に言えば、農業に使う用水路。これをコンクリートやセメントにしたり、水に浸る所をゴム手袋や胴長などを着て濡れないようにすればまず大丈夫かと。後は、感染した人の糞なんかも考えようですかね」


 「「「・・・・・・・」」」


 オレが覚えている限りの事を簡単に言うと皆が目を丸くしていた。そりゃそうだろう。確か明治くらいまで原因が分からなかったんだったかな?いや、そもそもの、剛力隊が最近、セメントやらコンクリートを使い出したくらいだ。甲斐なんかで言った所で分からないだろう。

 まぁいいや。いつか敵になるかもしれない人達でも今は同盟をとりあえず結んだんだ。


 「飲みなさい。剣城様はあなたのような人を見捨てられないお優しい方なのです!」


 「す、すまねぇ〜・・・(ポワン)」


 「なっ!?ひ、光った!?」


 「あ、あれ!?腹がへこんで・・・おぉ・・・す、すまねぇ〜、か、厠に・・・」


 感染した男性の方は発光した後、荒屋の裏にあるという便所に駆け込んで行った。確かオレも最初はあのような便所でロープでケツを拭いたっけ?今更は無理だな。

 そして、聞きたくないブリブリ音が聞こえたあと、男性の方は戻ってきた。黄疸もなくなり、皮膚の色も健康な人のようだ。


 「なっ!?お、お主!?その腹は!?治ったのか!?」


 「お、お武家様!治ったみたいです!!はらっぱりが治りました!!」


 オレが少しドヤ顔で矢沢さんの方へ向いていると、10名程の人が現れた。あの関所に居た原何某さんだ。


 「今の顛末は見させてもらった。一度、館の方へ出向いていただきたい」


 ここで少しムッとなったのは矢沢さんと武藤さんだ。


 「監視ですかな?気分が悪いですな」


 「そう言うでない。お屋形様から何かあってからでは失礼だからと言われていたのだ。それにワシは陣馬奉行でもある。何もその方等二人が役不足という事ではない」


 あの温厚そうな矢沢さんが不機嫌になるくらいだ。オレなら気にしないが、まぁ信用されてないように見えるのか、はたまた、織田家に靡いているのを感じ取ったかだな。


 「これから他の村にも回ろうと思っているのですが?」


 オレもハイハイと命令ばかりは聞かない。美濃に来た信廉も自由にさせる代わりにオレも甲斐ではある程度の自由をと言っている。昨日から行き先を固定させられているようでつまらない。


 だが、ここで原は思わぬ行動に出た。


 「(ズサっ)この通りにございまする。このはらっぱりはお屋形様でも原因が特定できなかった奇病。寺の坊主などは呪われた土地や、お屋形様が今まで屠ってきた敵の怨念だとか言われていたのだ!恥ずかしながら、手前も少しそう思って来ていた次第・・・。頼む!どうか・・・この病を治してほしい」


 いや、怨念とか呪われたとか・・・まぁ時代だな。仕方ないか。そもそもこの人もジャンピング土下座か!?オレ程、上手ではないが、ここまでされれば無視できないか。


 「まぁ分かりましたよ。ミヤビちゃん。悪いけどオレが回る予定だった村に行ってくれるかな?恐らく長くなりそうだ。矢沢様も武藤様もお願いできますか?」


 「・・・畏まりました」


 「剣城殿がそう言うなら・・・」


 「うむ。相分かった」


 ミヤビちゃんはこれ見よがしに不満顔になったが仕方ない。


 「そもそもの・・・原様は何故そんな事まで?」


 「実はな・・・」


 聞けば、この原昌胤さんは元は美濃の土岐氏の庶流の出らしい。オレは武田二十四将の一人という認識で、昔から格が高い人かと思いきやそうでもないみたいだ。

 タイムスリップしなければ分からなかった事だ。外様という事もないが、この人も甲斐では苦労人らしく雑事のような事をしてまで配下に120人居るらしいのだが、それを食わせていると。しかもそれがギリギリだと。


 で、この原昌胤さんのその120人の配下の人からこの病気になる人が増えているのだとか。それで、この土下座だと。


 「まぁ分かりました。武田様がどう言うかは分かりませんが、話は聞きます。それに本気でこの病を無くそう、治そうとするなら明日、明後日でどうにかなるとは思わないでください。オレ達の孫の代くらいは掛かる事業ですよ」


 そしてオレは再び館の方は出向く。初めてまともにノア以外の馬に乗ったよ。しかも木曽馬というやつだろうか?足が短くオレの身長より少し大きいくらいの馬だ。


 貸してくれた馬は性格が良さそう・・・、


 「ヒヒィーンッ!!ガジガジ」


 「こ、こら!青海!!客人に失礼だろうが!剣城殿。相すまぬ。この馬はワシの馬で、だいぶ歳だが移動くらいは難なくこなすし、気性も穏やかだったのだが、いやしかし・・・このようにワシ以外に甘えるとは・・・」


 「え!?あ!まぁ・・・地元でもよく馬に甘噛みされますので・・・」


 やはり甘噛みは甘えているということなのか!?ノアもよく甘噛みしてくるよな!?それに・・・このおっさんも甘噛みされてるのか!?それはそれでビックリなんだが!?


 それにしてもカッコいい名前だな。ノアも漢字にすれば良かったか!?


 涎ベタベタになりながら館に到着する。本当に何でこんなに甘噛みされるんだ・・・。まさかプレミアムチモシーの匂いでもついているのか!?


 オレは乗せてくれたお礼にタブレットの収納に入れてあるハチミツリンゴをコッソリ食べさせてあげた。この馬とは当たり前だが言葉は話せないが礼を言われた気がした。


 昨日の部屋に入ると、既に信玄と秋山二人が居た。で、連れて来てくれた原さんは退出するらしい。


 「何度も出向かせてすまぬな。(ゴホッ)すまぬ。咽せた」


 この空咳も間違いないような気がする。


 「いいえ。問題ありません。もう聞かれましたか?」


 「あぁ。例の奇病を治したそうだな。で、其方はそれを知っていると先触れにて聞いた」


 「はい。知っております。原様に呪いやら怨念とかの話も聞きましたが、そんな事ございません」


 「高僧に祈祷もしてもらったが効かなかったからな。此度は謀なしで話そう。この奇病の原因はなんなのだ?」


 「分かりやすく言えば、寄生虫による病気です。 人間やネズミなどに感染した吸虫が産んだ卵が糞に混じって、淡水中に入ると、孵化(ふか)して幼生になり、ミヤイリガイという巻き貝にいったん寄生し、貝の中で増殖したあと、貝の外に出て再び水中を泳ぎ、人間や動物の皮膚から侵入します。

 主に農業をしている方に感染が多いのでは?」


 「何故そこまで分かる?」


 「何故と言われましても・・・。知ってるから知ってるのです」


 一瞬、御公儀の秘密でさぁ!って言おうと思ったが、どうやらそんな雰囲気ではない。かなり真面目ぽい。


 「そこを教えてはくれんのか?」


 これが他の人ならば本当の事を言っていただろう。未来から来たと。だがこの人にそれは言わない。それと、先の矢沢さんに言った必要な嘘とはこういう時に使う嘘の事だ。


 「実は尾張でも似た方が居まして、尾張には医療班という部隊が居ましてね。まぁその部隊を指揮しているのがオレなんですけどね。

 尾張や美濃には病院という咳病から骨が折れたりとした怪我や夜眠れないとか、精神からくる病などなど色々と診察する施設を作っているのですよ。そこでこの患者は既に治しているのですよ」


 「待て待て。その集団は金瘡医のようなものか?」


 「まぁ端的に言えば。けど、その金瘡医とは刀傷を専門にしているのでしょう?それに派により秘匿された薬とか秘薬とか言って、馬糞を塗りたくったり家畜の尿を消毒に使ったりしてるのでしょう?あんなもん科学的根拠のない治療ですよ。寧ろ腐らせて切断する事になったりしますよ」


 ここで静かに目を瞑っていた秋山が話出す。あの例の飯の時とは大違いだ。


 「そのような事を何故、織田家では知っているのか?」


 「そんな詰めた言い方しなくとも。織田家では完璧に役割分担しています。詳しくは省きますが何も兵士になり足軽になり侍大将、奉行になるのが全てではありません。人には向き不向きがございます。

 戦に強いのが全てならばオレもそうします。が、戦のない世がくれば侍はどうなりますか?不要でしょう?それに、何か争いが起こる事は殆どが下々の民の不満からです。下々の民を潤わす事こそ国を治める肝だとオレの殿である信長様は言っています」


 「秋山。口を慎め。今、この者は国の根幹の話をしたのだ。ここまで言い切る事ができるという事は武士だけが全てではないという事だ。

 で、そのびょういんなる場所を作るにはどうすれば良い?それと例の奇病の対策はどうすれば良い?」


 「心して聞いてください。本気で住血吸虫の事を対策するならば100年計画になると思ってください。莫大な国の金と人を使う事業になるでしょう。

 それに武田様が生きている間で賞賛される事はないと思います。次代の武田様も同じ政策を続け、患者が居なくなり根絶宣言が出せるくらいになって初めて武田様が賞賛されます」


 「そんなに掛かるのか?」


 「罹患した人を治すのは7日もあれば問題ないでしょう。ただ、原因を省かなければまた同じ事を繰り返します」


 「四郎!そこに居るか?」


 「はっ」


 「お主も聞いておけ。どうやらあの奇病は治せるらしい。それに織田は既にこの奇病を克服しているそうじゃ」


 「恐らくですがそろそろ第二の物資輸送班が到着するかと思います。その人選の中に先程言った、医療班も入っております。よろしければ罹患した方だけでも治療しますが?」


 「貴様!元よりこうなっている事を知っていたと言うのか!?」


 そう騒ぐのは先程やってきた四郎。武田勝頼だ。


 「四郎!辞めぃ!短慮を起こすなといつも言っているであろうが!いや、見苦しい所を見せた。相すまぬ」

 

 「ゴホンッ。此度、自分が来た折にしてみたい事の一つとして、貧しい方の治療は含まれていました。何も先の病の件ではございません。自分の部隊の得意としている事は他国では価値のある事だと自負しておりますので、折角、同盟が成ったというので勝手に考えておりました。無理なら辞めますが?」


 「いや、好きなようにして良い。元より信廉とお主等も自由にするというのが約束だからな。その虫の病の件は・・・(ゴホッ ゴホッ ゴホッ ポタッ)」


 「ち、父上!?」「お屋形様!?」


 「馬鹿者ッ!誰が父上と言って良いと言った!?それに秋山も取り乱すでない!」


 信玄は咳き込んだ。空咳ではなく結構大きい咳だ。それと同時に赤色の血が痰と一緒に手についていた。これはもう隠しようのない事実。史実を知ってるからこそ分かる事だ。この人は既に病魔に侵されている。

 オレが知ってる史実よりかなり早い。


 「良ければ診察しましょうか?」


 オレは自分で何を言っているんだ!?と心の中でツッコンでしまう。ミヤビちゃんに万全の武田を倒してこそ本物と言っておきながら、やはり少し躊躇している自分も居る。

 ここで治せば間違いなく全力の武田信玄となり、史実の三方ヶ原の戦いは数年後に起こるだろう。いや、オレが農業の事など教えたりしてるから兵糧も早く備蓄できるはずだからもっと早くなるかもしれない。


 そもそもの同盟のために来て既に戦う事を考えているとは・・・。だが、純粋に人としてこの人を治してあげたいとも思う自分が居る。この感情だけは捨てたくないとオレは思っている。だから自然と出た言葉だった。


 が、ここでも武田勝頼が騒ぐ。


 「き、貴様!お屋形様が病気だと愚弄するのかッッ!!」


 まぁ若さ故の虚勢か。はたまた、武田はこう他人には強く出る国柄なのか。


 「辞めぃ!四郎!お主は退出せぃ!気分が悪い!秋山!お主はこの芝田殿を丁重に真田館までお連れせよ。悪いがこの事は他言無用にしてくれ」


 「・・・・お屋形様。ここは診てもらった方が良いのではないでしょうか?それに今は我等3人だけでございます。面子も問題ないかと」


 めんどくさい国だな。美濃や尾張では下の位の人でも上の位の人でも病院に行くだけなのに・・・。

 けどもうオレは決めている。大概の事は概ね史実通り動いてはいる。事象の早い遅いはあるがオレもついていけている。そして・・・オレは武田を超えたい。史実の三方ヶ原を信玄の病気で終わらせたくない。

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