初めて語る三方ヶ原の戦い

 「で、あの男が薬を塗ると直ぐに治ったということか?」


 「はっ。あのような薬は見た事がございません!金峰山の奥地に住む薬師の薬でもあのような者など聞いた事がありません」


 「う〜む。(ゴホッ ゴホッ)すまん。咽せた」


 「お屋形様も一度見てもらうのはいかがでしょう?この所ずっと咳をしております。軽い流行り病くらいならば良いですが、その咳をしだしてかなり経ちます」


 「武田の当主とは強くなくてはならぬ。皆に弱味を見せるべきではない。その事は分かるよな?昌信よ」


 「はっ。ですが、最近は自分と寝屋を共に致す事も減りました。そこ元に居る弥七郎に何やら迫ったとは聞いておりまするが?」


 「待て。誓ってそんな事はない。そうよのう?弥七郎?」


 「はい。高坂様にあらぬ疑いを掛けたくないと思い、黙っておりました。本当に何もありません」


 「のう?言った通りであろう?ただ、此奴の親族に薬師が居ると聞いて先日の夜半に診てもらっただけじゃ」


 「・・・・・」


 「信じられぬか」


 「いえ。信じたいですが、体調が優れない事は事実にございます。ここは一度、秘密で診てもらう事をおすすめ致します。あの男はどうにも頼りないように見えまするが、少なくとも嘘を吐いたり、言われたくない事を方々に言うような男には見えませぬ」


 「うむ。考えておく。それとワシが最近、寝屋に呼ばないだと?今宵はワシの元を離れるでないぞ?高坂。いや・・・春日源助よ」


 「はぃ・・・満足するまでお相手願いまする」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「本日もお疲れ様でございます」


 「あぁ。ミヤビちゃんもお疲れ様。見事な助手だったよ」


 「(クスッ)ありがとうございます!それで、そんなに栄養ドリンクをどうするのですか?」


 「うん?これ?普通に明日の村々の遠征で持って行くんだよ」


 「そんなに持っていけば、何かの時はどうするのですか!?」


 「鈴ちゃんや鞠ちゃんが明後日には物資を持って来るようになっている。ってか、さっきトランシーバーでお願いしたんだよ」


 「では・・・ゆき姐さんから聞いた例のなんとか虫という病気を対処するのですか!?」


 「いや、本格的には要請がない限りするつもりはない。ただ、もし村に立ち寄り、その患者がオレの目に見えたら放っておくことはできないから。まぁこの栄養ドリンクで治しても、そもそもの原因を取り省かないと繰り返すだろうね」


 「そこまでしてあげなくとも良いのではありませんか?」


 「そんな事・・・今更じゃない?」


 「(クスッ)確かに、知らない人でも困った人が居れば助けるのが剣城様でしたね!」


 「・・・・・」


 「あれ?おかしな事言いました?」


 「ミヤビちゃん。聞いてほしい。真田館に今、人は居る?」


 「・・・・矢沢様と坂井様が外で行水をしています。平手様と武藤様はどこかニヤニヤ顔で出掛けました。恐らく花町に似た所かと。後は・・・武藤様の娘子と数人の下女が居るかと思われます」


 「分かった。できるだけ分かりやすく言うけど、他言無用に。これはゆきさんにも伝えてないんだ。オレが元居た世界分かる?」


 「未来ですよね?今このようにしている事も剣城様からすれば過去なのですよね!私も歳下ですが、本当なら500歳程、歳上なのですよね!」


 「うん・・・いや、まぁそんなところかな。で、ここの領主 武田信玄はオレが居た世界でこの時代の事を聞けば、指5本に入るくらいに有名な武将なんだよ。知謀、統率、武力これらに関しては昨日、今日話しただけで断言できる。信長様より上だ」


 「屠れということですか?」


 「え?違う!違う!そんな事お願いしないよ。西暦の話って分かる?あ、いや、そこは別にいいや。今はこの世界が始まって数え出して多分だけど1563年。

 で、オレの数え方が間違っていないとして、この数え方で1573年に武田信玄は胃癌やら肺癌やら何かは定かではないけど亡くなるんだ。三方ヶ原でね」


 「三方ヶ原ですか!?浜松のですか!?」


 「うん。ちなみに平手様もそこで亡くなるよ」


 「・・・続けてください」


 「まぁ簡単に言えば、今回同盟が成された事で武田は駿河を奪取する。そして既にそれは成功したような物だ。元今川の将を既に内応させているらしいんだ。オレが居た世界でも駿河は武田の物となっていた。それから数年し、力を蓄えて武田は・・・上洛するんだ。その途中の事だね。けど、本来この出来事はもっと後に起こるはずなんだ。

 それに武藤さんの娘ちゃんの於国ちゃん。この子も本来なら未だ産まれていないか1歳や2歳くらいのはずなんだ。武藤さんと会った時に思わず興奮して『二人の息子が居るか?』と聞いたのは覚えていると思う。

 正直、於国ちゃんはオレは知らなかったんだけど、武藤さんの息子二人は本当に凄い活躍をする武将になるんだ。オレが居た世界ではテレビ・・・劇の主役になるくらいにね。だから生まれたら年代も覚えているんだけど、あの時は興奮してしまって失念していたんだ」

 

 「ではその息子様はせいれき?では何年生まれですか?」


 「オレの記憶が正しければ1566年と1567年だ。つまり事象が早くなっているという事だよ。安易に考えていたけど、この事を踏まえて・・・先に言った三方ヶ原も早く起こるような気がするんだ」


 「ならば勝手にくたばるなら良いのでは・・・あっ・・・」


 「気付いたね。そう。戦をしてるからね。その戦の事なんだけど、武田の進撃は凄まじかったと言われているんだ。実際にこの目で武田の諸将、大将と見たけど強ち嘘ではないと思った。いや、本当だと思う。信玄も信玄で大砲や鉄砲を使おうが搦手を使い、織田軍を突破してきそうな感じがするんだ」


 「ではやはりそれならばこの場で屠るほうが・・・」


 「いや、ここからが相談なんだ。その武田信玄・・・この時代で最強と言われている武将。これを正攻法で戦で撃破してこそ本物だと思うんだ」


 「・・・・・」


 「戦も、知略も何もかも信長様より、ましてやオレなんかより上だ。しかももしかすればオレが知っている以上の仕掛けで戦が始まるかもしれない。そうなれば負けは必定。オレも本当に死んでしまうかもしれない。小川さんもミヤビちゃんも皆がね。それでもオレは何もかも万全の武田に挑んでみたいという気持ちがある。

 この時代に来た頃はそんな気持ちなんて湧かなかっただろう。けど、今は違うんだ。オレも本物の武将になりたいと思う」


 「剣城様は私達の大将です。剣城様が思う通りに私達は動きます。例えそれが地獄への道だとしても・・・。

 剣城様がてっぺんに立ち、そのてっぺんが小さな場所ならそれを私達が支えて、剣城様が落ちないようにするのです」


 オレはこの時初めて自らミヤビちゃんを抱きしめた。


 「ありがとう。この先どうなるか分からないけど、もし武田がオレが知ってる通り動くようならオレは・・・」


 「はい。お好きなようにお命じください。皆、剣城様に頼られる事を誇りに思いますよ」


 「分かった。けど、今はまだの話だからね。さて・・・今日はミヤビちゃんも一緒に夜ご飯食べよう。明日から大忙しになるよ」


 

 〜真田館 夜中〜


 「佐助?居るんでしょう?」


 「アッシは苔に同化している」


 「もう!普通にしてよ!聞いてたんでしょう?」


 「えぇまぁ。奥方殿に頼まれましたからね。あっ、さっきの抱擁は伝えません故、御安心を」


 「別にあのくらいならゆき姐は何も言わないわよ。それより、配下は何人くらい居るの?」


 「アッシは群れる狼ではない故」


 「それなら、年単位の仕事を頼むわ。あなたが武田の間者だと仮定して仮に上洛するなら・・・」


 「おいおいお嬢。待ってくださいや。本当に先の剣城様の話を信用するので?」


 「当たり前じゃない」


 「本当にいつか武田と敵対すると?」


 「だから当たり前じゃない」


 「・・・・・・」


 「なによ?」


 「いや・・・そうと決まればアッシも本気を出さなければならないですな。いや、特にアッシは任務を言われておりませんが、剣城様が『先に褒美を渡しておきます。何が欲しいですか?』と言ってくれたもので、アッシは上等な苔が欲しいと伝えたのです。すると剣城様は『北海道の毬藻です。何気にこれ一つで3万円もしたんですよ!?藻ですよ!?藻如き3万すよ!?』と渡されたので。このビードロの中にあるこれがそうです。愛いでしょう?ハァー・・・アッシもこの毬藻なる物になりたぃ・・・」


 「・・・・ドン引きなんだけど」


 「価値観は人それぞれでしょう?この毬藻ちゃんのために働きますよ。奇しくも、この館の主である真田家と少し縁がありましてね。上野国・・・暫し出張って来ましょう。武田と戦うとして満足に甲賀隊が動ける場所を先に探しておきましょう」


 「剣城様には私からあなたが敵地視察しに行ったと伝えておくわ」


 「やれやれ・・・我が大将と初めて認めたお方はアッシに似た方かと思いきや好奇心旺盛な人とはですな〜。まさか全力の武田と戦いたいと・・・。吉と出るか凶と出るか。では失礼」


 いや、間違っても剣城様は佐助とは似ていないと思うんだけど・・・。ましてや、剣城様は苔に話し掛けたりなんてしないと思うんだけどな〜。


 

 「こりゃ〜たまげた〜!」


 「な、な、な、なんじゃこりゃ〜!!!」


 「ね?言った通りでしょう?矢沢様も武藤様もそんな大袈裟にならなくても・・・」


 次の日さっそく畑に来た訳だが、まぁ美濃でも尾張でもよく見て、よく聞いた声だ。そりゃ、季節関係なく、植えた次の日に何でも収穫できるんだからな。チートだチート。

 イチゴなんて既に道に飛び出るくらいに実っているし。


 「これが織田の力だ!」


 ドヤ顔で織田の力だ!と言ってるのは昨日武藤さんと夜遊びしてたであろう平手さんだ。


 「まぁこのようにこの鶏糞・・・肥料を使えば直ぐに収穫できるのです」


 「これがそんなに凄い肥料とは・・・」


 「まぁ今だから言いますが、真田家の皆様にならある程度くらいなら融通しても良いですが返答は如何に?」


 「なんか含みのある言い方だが・・・」


 「いやいや。本来はこれはかなり貴重で数がないのです。ですが、早急に飢えを無くすために、今日回る村々には織田家に利はないですがこれを使う予定です。後は平手様に教えられたように作物を育てれば良いだけです」


 「ただより怖いことなぞないが、流石にこれは・・・」


 「まぁ矢沢様とお付き合いがあったからですよ。今度良ければ上野に招待してくださいよ」


 「なっ?武藤殿。昨晩言ったであろう?織田家でお館様の次に鴛鴦夫婦と言われているが、剣城殿だってたまには違う物を食べたりしたいんだ。その意味が分からんこともあるまい?」


 「ゴホンッ。えぇ〜、つまり・・・そういう事ですかな?」


 平手さんナイス!そうだ!ゆきさんが1番!これは当たり前だ!だがたまにはね?それなりの格にオレもなってきたわけだし、偶には・・・ね!?


 「え、えぇ、まぁそ、そうですよね。ここ甲斐はお仕事ですが、上野に呼ばれるならば遊興という形で伺いたいですな!ははは!と、とりあえずオレは村々を回ってきます!平手様も坂井様も仕事してくださいね!」


 オレは期待を込めた言い方で、村に肥料を配りに行った。そして、与作さんに案内され最初に到着した村。市川村という所らしいが、それをオレは見てしまった。


 「あっ、剣城殿。あそこは放置してくだせぇ〜。ここらへん一帯の人間にだけ罹る病でして」


 「おい!与作!ここは昼刻に回れと言ったであろうが!織田方の。どうもすいやせん。お見苦しい所をお見せしました」


 今日、同行している1人の半農半兵らしき人が与作を咎めた。


 なんて言えばいいか・・・。手足に赤い血豆のような斑点がかなりあり、お腹に水が溜まっているような・・・。肌の色はどす黒く、目は黄疸のような・・・。けど、普通に出歩いている。


 詳しく吸虫の症状は分からないが、間違いなくソレだとオレは思う。放っては・・・おけないよな。


 「ミヤビちゃん?例の物を」


 「はっ」

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